正反対の夫婦
June 07 [Sat], 2008, 0:37
ルイ16世とマリー・アントワネットの関係にはとても興味深いものがあります。
ちなみにそれはスキャンダル的な意味あいではなく、この二人の関係性には、何か普遍に近いものを感じるからです。
簡単に言えば、
「ああ、そういうカップルっているいる!」
みたいな共感を誘うということです。

若き日のルイ16世と若き日のマリー・アントワネット
この夫婦の性格は、ほんとうに見事なほど正反対で対立している、といわれています。
どのように対立しているのか、シュテファン・ツヴァイクの解釈をまとめてみると・・・
ルイ16世 ⇔ マリー・アントワネット
●(全体の印象が)重い⇔軽い
●無骨⇔柔軟
●停滞的⇔沸騰的
●鈍感⇔神経過敏
●優柔不断⇔超果断
●沈思熟考⇔即断即決
●厳格主義的偽信⇔多情仏心
●謙譲卑屈⇔驕慢自負
●屁理屈⇔浮薄
●節約家⇔浪費家
●厳粛にすぎる⇔陽気にすぎる
●重苦しく流れる底流⇔波と泡の舞踏(に似ている)
●孤独独居を好む⇔社交喧騒を好む
●牛飲馬食を好む⇔下戸、少食、早飯
●(十八番は)睡眠⇔舞踏
●昼型⇔夜型
・・・など。
確かにこれを見ると、生活のリズムから、もっと根深い根本的な性格やたたずまい、身体のリズムにまで全く正反対といっていいようなカップルです。
ルイ16世は性格的にもともと内向的で押しの弱い人物だったようですが、このような妻との交流が続くと、それによってさらにその傾向を強めてしまった、というようなことがあったかもしれない。
この性格の相違がもし男女逆だった場合は大して問題にならないような気がするけれど、このパターンでは、もともと自分に自信がない夫だった場合、妻に対して気後れしてしまうのは確実なように思います。
けれどここがまた興味深いのですが、このような正反対のカップルでも、仲が悪かったというわけではないようです。
それどころか、歴史上の他の王室カップルと比べると、けっこう円満だったように見える。
何故なら、仲たがいするためにはお互いの強い意志と意志のぶつかり合いが必要なわけですが、このカップルにはたまたま、お互いにそのようなものをぶつける必要性やそういう構造がなかったようなのです。
ルイ16世はその気後れから。
彼はマリー・アントワネットのする趣味や遊びなどが、自分の意向には沿わないものだと感じてはいたけれど、彼の押しの弱い性格のゆえ、それをあえてやめさせるような手段をとることができなかった。
だけどそれを苦々しく見つめていたわけではなくて、彼はにこにこと人のよい笑いを浮かべて見つめている。
そして本当のところは、こんなに綺麗でみんなにわいわい言われる妻に対して嬉しく思う気持ちもあって、妻の言うことなすこと、できるだけかなえてやろうと協力しようとする。
そんなルイ16世に対して、マリー・アントワネットは扱いの楽な夫に軽く好意を返す。
彼女は夫に対して特に悪意があるわけではなく、そして特に文句を言うほどもない程度に夫のことを好いている。
彼女のやりたいことを好き放題させてくれる、優しい夫として、素直なペットを可愛がるかのように愛情を返す。
大体このような仕組みで、このカップルはそれなりに仲良くやっていたようなのです。
ちなみにこういうカップルは、なかなかほのぼのしていて私は好きです。
そして私はこういうカップルを他にいくつか見た覚えがあるのですが・・・・どうなのでしょう。
ちなみにそれはスキャンダル的な意味あいではなく、この二人の関係性には、何か普遍に近いものを感じるからです。
簡単に言えば、
「ああ、そういうカップルっているいる!」
みたいな共感を誘うということです。

若き日のルイ16世と若き日のマリー・アントワネット
この夫婦の性格は、ほんとうに見事なほど正反対で対立している、といわれています。
どのように対立しているのか、シュテファン・ツヴァイクの解釈をまとめてみると・・・
ルイ16世 ⇔ マリー・アントワネット
●(全体の印象が)重い⇔軽い
●無骨⇔柔軟
●停滞的⇔沸騰的
●鈍感⇔神経過敏
●優柔不断⇔超果断
●沈思熟考⇔即断即決
●厳格主義的偽信⇔多情仏心
●謙譲卑屈⇔驕慢自負
●屁理屈⇔浮薄
●節約家⇔浪費家
●厳粛にすぎる⇔陽気にすぎる
●重苦しく流れる底流⇔波と泡の舞踏(に似ている)
●孤独独居を好む⇔社交喧騒を好む
●牛飲馬食を好む⇔下戸、少食、早飯
●(十八番は)睡眠⇔舞踏
●昼型⇔夜型
・・・など。
確かにこれを見ると、生活のリズムから、もっと根深い根本的な性格やたたずまい、身体のリズムにまで全く正反対といっていいようなカップルです。
ルイ16世は性格的にもともと内向的で押しの弱い人物だったようですが、このような妻との交流が続くと、それによってさらにその傾向を強めてしまった、というようなことがあったかもしれない。
この性格の相違がもし男女逆だった場合は大して問題にならないような気がするけれど、このパターンでは、もともと自分に自信がない夫だった場合、妻に対して気後れしてしまうのは確実なように思います。
けれどここがまた興味深いのですが、このような正反対のカップルでも、仲が悪かったというわけではないようです。
それどころか、歴史上の他の王室カップルと比べると、けっこう円満だったように見える。
何故なら、仲たがいするためにはお互いの強い意志と意志のぶつかり合いが必要なわけですが、このカップルにはたまたま、お互いにそのようなものをぶつける必要性やそういう構造がなかったようなのです。
ルイ16世はその気後れから。
彼はマリー・アントワネットのする趣味や遊びなどが、自分の意向には沿わないものだと感じてはいたけれど、彼の押しの弱い性格のゆえ、それをあえてやめさせるような手段をとることができなかった。
だけどそれを苦々しく見つめていたわけではなくて、彼はにこにこと人のよい笑いを浮かべて見つめている。
そして本当のところは、こんなに綺麗でみんなにわいわい言われる妻に対して嬉しく思う気持ちもあって、妻の言うことなすこと、できるだけかなえてやろうと協力しようとする。
そんなルイ16世に対して、マリー・アントワネットは扱いの楽な夫に軽く好意を返す。
彼女は夫に対して特に悪意があるわけではなく、そして特に文句を言うほどもない程度に夫のことを好いている。
彼女のやりたいことを好き放題させてくれる、優しい夫として、素直なペットを可愛がるかのように愛情を返す。
大体このような仕組みで、このカップルはそれなりに仲良くやっていたようなのです。
ちなみにこういうカップルは、なかなかほのぼのしていて私は好きです。
そして私はこういうカップルを他にいくつか見た覚えがあるのですが・・・・どうなのでしょう。
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