朝の面会
July 16 [Thu], 2009, 14:40
今日はベルばらkidsぷらざの、mashironのコラム「楽園の生活案内」の更新日です
第3回は、「貴婦人の朝」について。
楽園の貴婦人たちはどのような朝を過ごしていたのかについてのお話です。
朝の化粧をする貴婦人
詳しくはコラムのほうを参照していただきたいのですが、こういった貴婦人宅で公開された朝の面会のことを、「ルヴェ」と呼びます。
貴婦人のお化粧はネグリジェのまま行なわれました。
途中でドレスの着付けも行ないますが、ということはつまり、ネグリジェ姿も着替えも、紳士方の前で公開されていたということになります。
楽園では女性は貴重な「労働力」ではなく「贅沢品」であると見られていましたから、女性はとても凝ったお化粧を要求され、それゆえにお化粧の時間は非合理なくらいに長くとられました。
そしてとにかく官能を追求することが第一の関心ごとであるこの世界のことですから、こういった、「お化粧」や「着付け」という名目によって引き伸ばされた貴婦人のしどけない姿が、いかに官能的なものであるか、この社会は熟知していたのです。
これらのものは非常に効率良くうまく結び付けられ、お化粧の場面を公開することは、とても魅力的なものとして社会にも許されるまでにいたりました。
身分の高い女性は、それだけその崇拝者のサークルも大きくなります。
そしてそのような常連客が集まらなくなった時点で、その貴婦人は貴婦人としての価値を失うことになり、人生の孤独を味わうことになりました。
もし目をかけてもらっていた友人が一日でもルヴェに欠席しようものなら、それはすぐ翌日に、「あなたはわたくしのことをばかにしていらっしゃいますわ」とその貴婦人から頭ごなしに叱られたのだといいます。
このように、ルヴェとは貴婦人にとっては無視することのできない、大事なものだったようです。
さて、この貴婦人のルヴェの描写を見ていると、夫の存在が全く感じられませんが、夫は一体何をしていたのでしょう。
妻のルヴェに、夫が列席するということは非常に珍しいことだったようです。
仮に出席したとしても、彼の妻に対する権利は特別なものとして扱われることは特になかったようなので、確かに夫が出席などしても、きっととてもつまらない見世物でしかなかったでしょう。
夫としての権利を他の数々の男性とともに分け合わなければならないというのは、おそらく彼にとって楽しいものではないはずです。
では彼はこの時間一体何をしていたのか。
きっと彼は、妻ではないほかの貴婦人のルヴェに出席していたのでしょう。
このように、夫は、妻がこういった官能を公開するようなルヴェを開くことに対しては反対をしないのであり、そして妻のやっていることには特に干渉もしない、自分は自分でよろしくやっている、このような形態は、この当時の結婚観をとてもよく浮き彫りにしているように思われます。
それにしても、もはやショーと言ってもいいようなこのルヴェ、貴婦人たちは自分のお客様をとにかく集めるために、さぞかし「自分の魅力をいかに上手く表出するか」の研究に時間を割いたことでしょう。
きっと、ルヴェとはその貴婦人の魅力の陳列棚だったに違いありません。
こうやって貴婦人たちは、「見せる、見られる」という感覚(詳しくは記事『幸福のからくり』参照)に対して磨きをかけていったのかもしれません。
ルヴェについては、後ほどこちらのブログでもさらに詳しく触れていきたいと思っています。

第3回は、「貴婦人の朝」について。
楽園の貴婦人たちはどのような朝を過ごしていたのかについてのお話です。
朝の化粧をする貴婦人詳しくはコラムのほうを参照していただきたいのですが、こういった貴婦人宅で公開された朝の面会のことを、「ルヴェ」と呼びます。
貴婦人のお化粧はネグリジェのまま行なわれました。
途中でドレスの着付けも行ないますが、ということはつまり、ネグリジェ姿も着替えも、紳士方の前で公開されていたということになります。
楽園では女性は貴重な「労働力」ではなく「贅沢品」であると見られていましたから、女性はとても凝ったお化粧を要求され、それゆえにお化粧の時間は非合理なくらいに長くとられました。
そしてとにかく官能を追求することが第一の関心ごとであるこの世界のことですから、こういった、「お化粧」や「着付け」という名目によって引き伸ばされた貴婦人のしどけない姿が、いかに官能的なものであるか、この社会は熟知していたのです。
これらのものは非常に効率良くうまく結び付けられ、お化粧の場面を公開することは、とても魅力的なものとして社会にも許されるまでにいたりました。
身分の高い女性は、それだけその崇拝者のサークルも大きくなります。
そしてそのような常連客が集まらなくなった時点で、その貴婦人は貴婦人としての価値を失うことになり、人生の孤独を味わうことになりました。
もし目をかけてもらっていた友人が一日でもルヴェに欠席しようものなら、それはすぐ翌日に、「あなたはわたくしのことをばかにしていらっしゃいますわ」とその貴婦人から頭ごなしに叱られたのだといいます。
このように、ルヴェとは貴婦人にとっては無視することのできない、大事なものだったようです。
さて、この貴婦人のルヴェの描写を見ていると、夫の存在が全く感じられませんが、夫は一体何をしていたのでしょう。
妻のルヴェに、夫が列席するということは非常に珍しいことだったようです。
仮に出席したとしても、彼の妻に対する権利は特別なものとして扱われることは特になかったようなので、確かに夫が出席などしても、きっととてもつまらない見世物でしかなかったでしょう。
夫としての権利を他の数々の男性とともに分け合わなければならないというのは、おそらく彼にとって楽しいものではないはずです。
では彼はこの時間一体何をしていたのか。
きっと彼は、妻ではないほかの貴婦人のルヴェに出席していたのでしょう。
このように、夫は、妻がこういった官能を公開するようなルヴェを開くことに対しては反対をしないのであり、そして妻のやっていることには特に干渉もしない、自分は自分でよろしくやっている、このような形態は、この当時の結婚観をとてもよく浮き彫りにしているように思われます。
それにしても、もはやショーと言ってもいいようなこのルヴェ、貴婦人たちは自分のお客様をとにかく集めるために、さぞかし「自分の魅力をいかに上手く表出するか」の研究に時間を割いたことでしょう。
きっと、ルヴェとはその貴婦人の魅力の陳列棚だったに違いありません。
こうやって貴婦人たちは、「見せる、見られる」という感覚(詳しくは記事『幸福のからくり』参照)に対して磨きをかけていったのかもしれません。
ルヴェについては、後ほどこちらのブログでもさらに詳しく触れていきたいと思っています。
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『宮廷マダムの作法』










