『眠れる森の美女』で味わう宮廷文化
February 17 [Tue], 2009, 20:34
ペローの作品集には、『赤ずきんちゃん』『サンドリヨン、あるいは小さなガラスの靴』(シンデレラ)、『青髭』など、魅力的な作品が沢山ありますが、今回はその中から『眠れる森の美女』を取り上げて味わってみたいなと思います。
何故『眠れる森の美女』なのか。
それは、私にとっては数ある作品の中で、特に強くルイ14世の宮廷人が感じたであろう生々しい空気が感じられると思うからです。
これに関しては、世間には否定的な評価をする動きもあるようです。
例えば、この点に関してマックス・リューティという人は、このように述べています。
「ペローは昔話の文体に違反している」
「このフランス人は、優雅で、気の利いたリアリズムでもって、昔話にとって本質的で独特な無時間性をこわしてしまっている」
また、これと同じようにペローの作品を否定しているブルーノ・ベッテルハイムという人の文章もありますが、こちらは、たまたま上で述べたようなことが何故考えられるのかについての的確な説明文となっているので、ここにあげてみたいと思います。
ペローは、自分の物語集の読み手として宮廷人を想定し、自分の語る昔話をちゃかす。
たとえば人食い鬼のおきさきは、『たまねぎ入りのソース』をそえて子供たちを食べてしまいたい、という。
こういう付け足しは昔話的な正確を損なう。
同じような例に、目覚めた美女の衣装が流行遅れだった、という説明もある。
「王子さまには、それがおばあさんのころにはやった服装のように思われました。
えりも上のほうにあがりすぎています。
・・・・・そういう服装でも、お姫さまはやはりおきれいだったのです。」
ペローは、昔話の主人公たちが服の流行などとは関係のない国に住んでいるのを忘れたかのようだ。
ペローの物語集は、昔話のファンタジーの中に、こういうつまらない合理性を雑然と持ち込んだことによって、価値がずいぶん下がっている。
例えば、服についてのこまごましたことを描写したために、百年がある特定の百年の限られ、百年の眠りという神秘的、寓意的、心理的な時の意味が消えてしまう。
また、こういうことで、話全体がうわついたものになり、百年の眠りからさめた聖者が、世の中の変わりようを目にして、次の瞬間ちりになってしまう、という伝説とも違っている。
ペローは、聞き手を面白がらせようとして細々とした描写を付け加え、その結果、昔話の重要な要素である、時というもののない感じを破壊してしまった。 〜『昔話の魔力』〜
ここではこれが否定的な意味で書かれていますが、まさにこの部分こそ、ペローの魅力だと私には思われます。
当時ペローの作品を味わったのは宮廷人たちですが、その人たちの読後感を想像してみたときに、現代の私たちが思いもつかなかったような感覚を発見できる、というのがペローの魅力なのです。
そのようなわけで、次回からは『眠れる森の美女』の中でもそのポイントとなる箇所をいくつか抜き出して味わっていきたいと思います。
何故『眠れる森の美女』なのか。
それは、私にとっては数ある作品の中で、特に強くルイ14世の宮廷人が感じたであろう生々しい空気が感じられると思うからです。
これに関しては、世間には否定的な評価をする動きもあるようです。
例えば、この点に関してマックス・リューティという人は、このように述べています。
「ペローは昔話の文体に違反している」
「このフランス人は、優雅で、気の利いたリアリズムでもって、昔話にとって本質的で独特な無時間性をこわしてしまっている」
また、これと同じようにペローの作品を否定しているブルーノ・ベッテルハイムという人の文章もありますが、こちらは、たまたま上で述べたようなことが何故考えられるのかについての的確な説明文となっているので、ここにあげてみたいと思います。
ペローは、自分の物語集の読み手として宮廷人を想定し、自分の語る昔話をちゃかす。
たとえば人食い鬼のおきさきは、『たまねぎ入りのソース』をそえて子供たちを食べてしまいたい、という。
こういう付け足しは昔話的な正確を損なう。
同じような例に、目覚めた美女の衣装が流行遅れだった、という説明もある。
「王子さまには、それがおばあさんのころにはやった服装のように思われました。
えりも上のほうにあがりすぎています。
・・・・・そういう服装でも、お姫さまはやはりおきれいだったのです。」
ペローは、昔話の主人公たちが服の流行などとは関係のない国に住んでいるのを忘れたかのようだ。
ペローの物語集は、昔話のファンタジーの中に、こういうつまらない合理性を雑然と持ち込んだことによって、価値がずいぶん下がっている。
例えば、服についてのこまごましたことを描写したために、百年がある特定の百年の限られ、百年の眠りという神秘的、寓意的、心理的な時の意味が消えてしまう。
また、こういうことで、話全体がうわついたものになり、百年の眠りからさめた聖者が、世の中の変わりようを目にして、次の瞬間ちりになってしまう、という伝説とも違っている。
ペローは、聞き手を面白がらせようとして細々とした描写を付け加え、その結果、昔話の重要な要素である、時というもののない感じを破壊してしまった。 〜『昔話の魔力』〜
ここではこれが否定的な意味で書かれていますが、まさにこの部分こそ、ペローの魅力だと私には思われます。
当時ペローの作品を味わったのは宮廷人たちですが、その人たちの読後感を想像してみたときに、現代の私たちが思いもつかなかったような感覚を発見できる、というのがペローの魅力なのです。
そのようなわけで、次回からは『眠れる森の美女』の中でもそのポイントとなる箇所をいくつか抜き出して味わっていきたいと思います。
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『宮廷マダムの作法』










