■人物 ポンパドゥール夫人
September 08 [Mon], 2008, 16:35
ポンパドゥール夫人(1721年12月29日 - 1764年4月15日)
ルイ15世の寵姫で、本名はジャンヌ=アントワネット・ポワソン。
1721年パリの銀行家の娘として生まれる。
平民という身分ながらブルジョワ階級の娘として貴族の子女以上の教育を受けて育つ。
彼女は美貌ばかりか才能にもとても恵まれていたようで、成績はかなり優秀だったといわれている。
1741年、徴税請負人のル・ノルマン・デティオールと結婚。
これをきっかけに、タンサン夫人やジョフラン夫人の超一流サロンに出入りするようになり、ヴォルテールやフォントネルら一流の文化人とも知り合うようになる。
1744年、その美貌がルイ15世の目に留まる。
彼女はポンパドゥール侯爵夫人の称号を与えられて夫と別居、1745年9月14日には正式に公式の寵姫として認められた。
ポンパドゥール夫人はやがて政治にも口を出すようになり、およそ10年にわたって「影の権力者」としての地位を守り続ける。
そして学芸的な才能を生かしてサロンを開き、ヴォルテールやディドロなどの啓蒙思想家と親交を結んだ。
また芸術の熱心な愛好家、パトロンでもあり様々な芸術家とも交流したという。
ポンパドゥール夫人の時代は、ロココ様式が栄華を極めた時代になった。
30歳を越えたころからルイ15世と寝室をともにすることはなくなったが、代わりに自分の息のかかった女性を紹介したりなどをして、その後もルイ15世への影響力を保ち続けた。
(「鹿の園」。ルイ15世好みの女をポンパドゥール夫人が次々と紹介しここに住まわせたというが、いわゆるハーレムのようなものとはまた違うものだったとされている)
現代にも、ポンパドゥール夫人の影響力は生きている。
例えば、ポンパドール(pompadour)と呼ばれる女性の髪形があるが、これも彼女のスタイルを当時の貴族の女性達がこぞって真似た結果、歴史に残ったものだとされている。
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