アントワネットとフェティッシュ
January 12 [Thu], 2012, 20:17
「マリー・アントワネットの日常生活を疑似体験できたら楽しそうだなあ」と思って書き始めた『アントワネットの玩具箱』ですが、書いている途中で、アントワネットについて今まで私の中ではそこまで注目していていなかった部分が露になってきたように思いました。
それは、アントワネット自身がフェティッシュを愛する人だということです。
ジョゼフ・デュクルー
『オーストリア皇女マリー・アントワネット』
結婚の儀の前にフランスへと贈られた肖像画。
この髪型は王太子妃風として流行する。
世の中的には時々、アントワネットは流行をリードし、しかも流行を自ら創り出したかのような言い方で「モードの女王」となどと呼ばれることがありますが、私自身は彼女について実はあまりそのようなとらえ方をしていません。
アントワネットのお付きの女官、カンパン夫人は、アントワネットの趣味やセンスについて、以下のように語っています。
この服飾デザイナー(ローズ・ベルタンのこと)が王妃さまから信任された事情のおかげで、毎日のように新しいモードをとりあげることが、ベルタンには容易にできるようになったのです。
それまで王妃さまは、ごく簡単な服飾の趣味しかお持ちでなかったのですが、ベルタンが信任されてからは、それが生活の主な要素となり、当然宮廷の婦人方もその真似を始めました。
誰もが即座に王妃さまと同じ羽飾りと花飾りを持ちたかったのです。
つまり、モードを本当の意味で創り出していたのはローズ・ベルタンのほうで、アントワネットはベルタンの創り出すものを体現する存在、つまりモデルとして君臨していたわけです。
アントワネット自身は決して芸術家肌ではなく、当時ではごく平凡な流行を追う女性でしかなかったのですが、彼女が「王妃である」というその平凡でない立ち位置が影響して、その「モードの女王」という立ち位置にまで引き上げられたのだと、私は解釈しています。
ですからアントワネットは、本当の意味で「表現欲求」が強い人ではないのだと、私は考えていました。
その解釈は今でも変わってはいないのですが、アントワネットという人を眺めれば眺めるほど、彼女は「自分の好きなものにだけ取り巻かれていたい」といった欲求は非常に強いということを感じたのです。
ルイ15世が亡くなって、自分の思い通りにすることのできる範囲が確保されるようになると、彼女は早速自分の好きでないものを遠ざけるために、大掃除を始めます。
うっとおしかった儀式や習慣は廃止、廃止ができなければ許容範囲のところまでうっとおしさを薄めていき、できるだけ負担が少なくなるように設定し直します。
この動きのために障害になる壁も取り除きます。
そして、ある方面において自分に意見する人物たちも、次々と遠ざけていくのです。
それらによって自由な空間がすっかり出来上がると、今度は積極的に大好きなものや人たちをコレクションすることに取りかかります。
この部分に関しては、アントワネットは全く妥協がない。
ヴェルサイユの自分の居室から始まって、自分のものとなった別邸トリアノンは、まさに彼女の好きなものだけを厳選して集め作り上げられた、展示室です。
そこにはヴェルサイユではない、彼女を中心とした宇宙が出来上がっていて、この宇宙ならではの細かい規律が決まっていて、その世界の「美」に反するものは即排除されます。
アントワネットは本ですら読み切ることができないほど、集中力が散漫だとよく言われるのですが、この彼女の理想の空間を作り上げるための集中力、情熱はかなりのもののように私は思います。
そしてこの、自分のためのユートピアを作り上げようという執念、これはまさに、フェティッシュな心を有していなければできないことではないでしょうか。
アントワネットがしていたことも、私がこのブログで色々なものを蒐集しているのも、もとは同じ心から始まっていることなのではないかと感じました。
そんなわけで『アントワネットの玩具箱』は、アントワネットの日常生活を「ごっこ遊び」することと同時に、結果的には私自身がアントワネットになり代わり、アントワネットのフェティッシュを私が代弁するかのようにして蒐集したものとしても育っていったように思います。
そんなわけで『アントワネットの玩具箱』の執筆、私にとってはなかなか面白い体験でした

『アントワネットの玩具箱』はこちらで販売開始しています♪

詳細、見本はこちら
それは、アントワネット自身がフェティッシュを愛する人だということです。
ジョゼフ・デュクルー『オーストリア皇女マリー・アントワネット』
結婚の儀の前にフランスへと贈られた肖像画。
この髪型は王太子妃風として流行する。
世の中的には時々、アントワネットは流行をリードし、しかも流行を自ら創り出したかのような言い方で「モードの女王」となどと呼ばれることがありますが、私自身は彼女について実はあまりそのようなとらえ方をしていません。
アントワネットのお付きの女官、カンパン夫人は、アントワネットの趣味やセンスについて、以下のように語っています。
この服飾デザイナー(ローズ・ベルタンのこと)が王妃さまから信任された事情のおかげで、毎日のように新しいモードをとりあげることが、ベルタンには容易にできるようになったのです。
それまで王妃さまは、ごく簡単な服飾の趣味しかお持ちでなかったのですが、ベルタンが信任されてからは、それが生活の主な要素となり、当然宮廷の婦人方もその真似を始めました。
誰もが即座に王妃さまと同じ羽飾りと花飾りを持ちたかったのです。
つまり、モードを本当の意味で創り出していたのはローズ・ベルタンのほうで、アントワネットはベルタンの創り出すものを体現する存在、つまりモデルとして君臨していたわけです。
アントワネット自身は決して芸術家肌ではなく、当時ではごく平凡な流行を追う女性でしかなかったのですが、彼女が「王妃である」というその平凡でない立ち位置が影響して、その「モードの女王」という立ち位置にまで引き上げられたのだと、私は解釈しています。
ですからアントワネットは、本当の意味で「表現欲求」が強い人ではないのだと、私は考えていました。
その解釈は今でも変わってはいないのですが、アントワネットという人を眺めれば眺めるほど、彼女は「自分の好きなものにだけ取り巻かれていたい」といった欲求は非常に強いということを感じたのです。
ルイ15世が亡くなって、自分の思い通りにすることのできる範囲が確保されるようになると、彼女は早速自分の好きでないものを遠ざけるために、大掃除を始めます。
うっとおしかった儀式や習慣は廃止、廃止ができなければ許容範囲のところまでうっとおしさを薄めていき、できるだけ負担が少なくなるように設定し直します。
この動きのために障害になる壁も取り除きます。
そして、ある方面において自分に意見する人物たちも、次々と遠ざけていくのです。
それらによって自由な空間がすっかり出来上がると、今度は積極的に大好きなものや人たちをコレクションすることに取りかかります。
この部分に関しては、アントワネットは全く妥協がない。
ヴェルサイユの自分の居室から始まって、自分のものとなった別邸トリアノンは、まさに彼女の好きなものだけを厳選して集め作り上げられた、展示室です。
そこにはヴェルサイユではない、彼女を中心とした宇宙が出来上がっていて、この宇宙ならではの細かい規律が決まっていて、その世界の「美」に反するものは即排除されます。
アントワネットは本ですら読み切ることができないほど、集中力が散漫だとよく言われるのですが、この彼女の理想の空間を作り上げるための集中力、情熱はかなりのもののように私は思います。
そしてこの、自分のためのユートピアを作り上げようという執念、これはまさに、フェティッシュな心を有していなければできないことではないでしょうか。
アントワネットがしていたことも、私がこのブログで色々なものを蒐集しているのも、もとは同じ心から始まっていることなのではないかと感じました。
そんなわけで『アントワネットの玩具箱』は、アントワネットの日常生活を「ごっこ遊び」することと同時に、結果的には私自身がアントワネットになり代わり、アントワネットのフェティッシュを私が代弁するかのようにして蒐集したものとしても育っていったように思います。
そんなわけで『アントワネットの玩具箱』の執筆、私にとってはなかなか面白い体験でした


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『宮廷マダムの作法』










