朝の風景 

November 09 [Mon], 2015, 21:53
朝の電車
通勤の人、通学の人

乗車する
座る、立つ

家を出て、会社や学校へ向かう
決まりきった、朝のみちすじ

朝ごはんを食べた人
慌てて身支度だけをした人
駅までギリギリで駆け込んだ人

それぞれの朝があったはず
そんなことをみじんも出さないで
みんな同じように電車に乗って、目的地へ向かう

朝の風景
心のなかはいろいろ
何もなかったように、今、自分の場所へ行く

アスリートの魂「終わりなき挑戦 視覚障害者ランナー 道下美里」 

June 14 [Sun], 2015, 17:35
日頃、賀茂川パートナーズで練習させてもらっていることもあり、興味深く番組を見ました。
伴走されていた樋口さんのことを取り上げていた番組を以前に見ていました。
すぐには思い出せなかったのですが、その番組では、伴走することで「伴走者がかわる」ということが伝えられていて、わたしは好感をもって見ていたように記憶しています。

今回は、走者の道下美里さんを正面から取り上げたものでした。
道下さんが、たいへん努力をしていて、それを回りの人たちが応援している、支援をしているということを描いていたように思います。
「頑張る人−応援する人」という構図、そして、伴走者の献身ぶりに焦点があてられていたように感じました。

最初にあれ?と思ったのは、道下さんの夫の言葉。
夫「昔は、あまり言っちゃイヤかもしれないけれどモテモテだったんですよ。ぬるま湯のなかで生きている感じがあったんですけど、今はもう自分から厳しい荒行に行っているかのごとく、自分から追い込んでやっているので」
道下さん「たしかに、昔は努力をしない子だった、よく見てますね」

自分の配偶者のことを「モテモテだった」と繰り返したところで、なんだかイヤな予感がします。
「モテモテ」というのをどういう意味で使われているのかということはあると思うのですが、でもなぁ、モテモテって。
モテモテということと、努力するということは、次元の違うことだと思うのですが、そのように表現されていました。

続いて昨年のロンドンマラソンで2位だったという話題になります。
優勝したスペインの選手に10分以上差をつけられての2位は不本意な記録だったそうです。
帰国してから、優勝した選手の2時間59分22秒という世界記録への挑戦の過程が取り上げられていました。

ランナーの足音を録音したものを聞いて、リズムを覚える伴走者。
伴走者がリズムを崩さないように気を付ける、とくに腕振りを気をつけているということ。
防府マラソンのコースの打ち合わせ、給水場所、声のかけ方など。
そして防府マラソンでは、自分のリズムがつかめるようにという気遣い。
献身的な姿が映し出されていました。

その防府マラソンでは、2時間59分21秒。
参考記録ですが、世界記録を上回りました。

そして、4月のロンドンでの世界選手権に挑戦することになります。

膝に違和感があるという道下選手。
それはホームに問題があるというトレーナーの指摘がありました。
そして強化合宿で、中田崇志さんよりランニングホームの問題、左腕が振れていないという指摘がされます。
直したほうがいいという中田さん。
記録を伸ばすためには必要だと。
左腕がふれていないために、左脚に負担がかかっているということでした。

左腕がふれない原因は、伴走者との関係にあるということが説明されます。
いろんな方に合わせて走ることもあり、自分が合わせようとすると腕の振りが小さくなってしまうということが語られます。

大濠公園での練習風景。
多くのランナーが伴走者とともに走っている風景があります。

まわりにいろいろなランナーがいるということ。
自分は競技者としてやるときだけではない。
走力のある人が常にいるとは限らない。
走力のない方と走る場合がある。
と、インタビューに答えるような形で道下さんの言葉が続きます。

番組としては、競技者としてトップレベルにいる選手が、多くのいろいろなランナーと走っているというところを映したかったのかもしれません。
番組を作っている人は、それが「絵」になると思ったのでしょう。

そしてさらに、伴走者がケガで練習がキャンセルになって落ち込んだということが取り上げられます。
伴走者がいないと走れないという現実。
伴走者を探す努力もせずに落ち込んでいる自分に対する苛立ちという形で語られていました。

これもケガをした伴走者にあまりにも配慮がなくて、この場面も見ていて辛かったです。
これもまた番組を作っている人には、理解できなかったことだと思います。

道下さんのことを追いかけているうちに、番組を作っている人が、彼女中心にしか物事がみえなくなってしまったのかもしれません。
とくに彼女の腕振りが小さくなったのは、「いろんな人と走るから」としてしまったこと。
そして「走力のない人」という言葉は、思っていても言ってはいけないでしょう。

こんなふうに描いてしまうと、「伴走」というものに高い敷居を作ってしまうように思いました。
伴走に興味があるけれど、でも、やめておこうと思わせてしまうような番組の流れになっていました。

このあたりでかなり不快になってきて、さらに、伴走者の献身的な姿をみて、「なんか違う」と思わざるを得ませんでした。

「人としてすごい。あそこまでできる人いない」。
「勝たせてあげたい、悔しい、申し訳ない。リズムよく走らせる、工夫する余地、展開があった」。
そのような言葉に続いて、ロンドンのコースを念入りに下見をする伴走者。
視覚障害者ランナーとそれを献身的に支える姿がクローズアップされていました。

わたしがふだん接しているランナーや伴走者とはあまりにも違っていました。

障害者(女)−支援者(男)という潜在的なものが番組の作り手のなかにあって、競技者としての彼女の姿を曇らせてしまったのかもしれません。
そんななかで、彼女のランニングホームを直したほうがいいと言われた中田さんの言葉は、競技者としての対等な目線が注がれているように思いました。

いろんな人と走る、伴走者の事情で走れない。
言いたいことはいっぱいあると思います。
でも、それをどう克服していくのか。
それも競技のうちという潔さ。
わたしは、ふだんまわりにいるランナーからは、そういうものを感じているので、この番組での視覚障害者ランナーの描き方には、違和感と不快感が残ってしまいました。



マルティナ・ヒンギス 

June 08 [Mon], 2015, 14:27
テニスプレーヤーのマルティナ・ヒンギスさんの言葉。

「すべて必然だったのだから、後悔はしていない」。

チャレンジシステムがあれば、と思いたくなるような判定。
引退、薬物疑惑。
さまざまなことを経て、ダブルスプレーヤーとして復活したヒンギスさん。

自分にマイナスの出来事を「必然」と言ってしまえる強さ。
すばらしいです。

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とくに印象に残った本やテレビ番組、映画、講演などについて書いています。 そのほか、日常で感じたことなど、書いていきます。
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