暗闇坂幻覚三昧1
October 19 [Sun], 2008, 13:42
夢
帰りつかない夢ばかりみている。
わたしは見知らぬ駅に立っていた。もうすぐ列車が入ってくるというのに、なかなか切符が買えないでいる。券売機が故障しているのだ。何度いれても硬貨がもどってきてしまう。日常にも、たまにあることだが、心がせいてくる。別の切符売場でようやく切符を買って、いざ改札をぬけると、自分の乗る列車のホームはずいぶん遠くにあるではないか。階段を上がり下がりしても、なかなか出られない。線路をまたぐ跨線橋はゆるいスロープになっていて、それ自体が迷路のように入り組んでいた。
やっとホームに立つ。重い音をたてて入ってきた列車は、欧州の鉄道のように大きな客車だった。長距離の旅客ばかりが乗っているよう。それでも、わたしは漠然と自分が埼玉の大宮か浦和のあたりにいて、自分の実家のある川越に帰ろうとしているのだと思っている。
発車のベルがなり、わたしはあわてて乗り込んだ。ところが、その車内は贅沢なソファーがしつらえられた、オリエント急行の一等車のラウンジのようになっている。ソファーは濃い赤のビロード地だった。空いていていくらも席はあいていたが、とてもこんな車両には座れないと思い、後方の車両のほうへ渡っていくと、こんどは修学旅行生の一団らしい制服をきた少年たちが、ぎっちりと座っていて、なかなか一般の客がいる車両がない。
窓の外に眼をやると、右手に海岸が見える。埼玉は海がない県だから、そんなわけはない。しかも右手に海が見えるとなれば、列車は海沿いに北上していることになる。列車がちがうのだ。再び、あわててデッキに出で、次の停車駅で飛び降りた。人のすくない鄙びた駅で、なんだか東海道本線の真鶴あたりを思わせる。いよいよどこに来てしまったかわからないが、とにかく反対方面から来た列車で、もとの駅にもどらねばならないと思う。
ところが、もどるはずの列車は、線路づたいに五十メートルは歩かねばならぬ別のホームに入線してくるではないか。わたは線路を走り、おおあわてでその列車に飛び乗るが、それは乗ってきたとは似ても似つかない軽便鉄道だった。そのうえ軌道が大きくカーブしながら、とんでもない方角に走りはじめていく。わたしは半ば放心して、次々ととまる小さな駅に降りる気にもなれないでいた。どうやら、山に向かっているような気配だった。白いペンキ塗りの駅名標示にあらわれる駅名に覚えのあるものはひとつもない。だが、なんとなく、秩父あたりに自分はいるような気がしている。子どものときに遠足かなにかて来たことがあるような景色にも見える。
そのうち、驚いたことに、列車はわたしのいくべき駅の隣の駅にちゃんと停車していた。そこが終点だという。現実ならば川越の駅につながっているはずなのだが、しかたなくわたしは駅を出て、駅前の広場にたった。駅前のたたずまいは、昭和三十年代の頃の風景だ。軒の低い商店がずらりと立ち並び、
ボンネットバスも走っている。まるでタイムスリップしてきたような気持で、どうやったら、実家のある川越駅にいけるかうろうろしていた。バスの路線はどれも見知らぬ町へむかうものばかりなので、いっそ歩こうかと思う。しかし、歩くにしても道がまったくわからない。古びたパチンコ屋が、不景気な音楽を流していたり、店の奥がやけに深い菓子屋が、平たいガラスケースにさまざまな菓子を陳列して売っているのが見える。この景色は子どもの頃、母に連れられて見たような気がする。町に人の姿はない。
その頃になると、わたしもだいぶ落ち着いてきて、これが夢だと気づき始める。それでようやく、心を落ち着けて、その見知らぬ町のなかを歩き出していく気になっていた。見るものがみな珍しく、日頃よその町を徘徊するみたいに、のんびりと歩き出していくのだ。けれども、こちらがこれは夢だとさとった刹那から、夢はまるで秘密を知られた女のように、そそくさと立ち去っていくのだった。
帰りつかない夢ばかりみている。
わたしは見知らぬ駅に立っていた。もうすぐ列車が入ってくるというのに、なかなか切符が買えないでいる。券売機が故障しているのだ。何度いれても硬貨がもどってきてしまう。日常にも、たまにあることだが、心がせいてくる。別の切符売場でようやく切符を買って、いざ改札をぬけると、自分の乗る列車のホームはずいぶん遠くにあるではないか。階段を上がり下がりしても、なかなか出られない。線路をまたぐ跨線橋はゆるいスロープになっていて、それ自体が迷路のように入り組んでいた。
やっとホームに立つ。重い音をたてて入ってきた列車は、欧州の鉄道のように大きな客車だった。長距離の旅客ばかりが乗っているよう。それでも、わたしは漠然と自分が埼玉の大宮か浦和のあたりにいて、自分の実家のある川越に帰ろうとしているのだと思っている。
発車のベルがなり、わたしはあわてて乗り込んだ。ところが、その車内は贅沢なソファーがしつらえられた、オリエント急行の一等車のラウンジのようになっている。ソファーは濃い赤のビロード地だった。空いていていくらも席はあいていたが、とてもこんな車両には座れないと思い、後方の車両のほうへ渡っていくと、こんどは修学旅行生の一団らしい制服をきた少年たちが、ぎっちりと座っていて、なかなか一般の客がいる車両がない。
窓の外に眼をやると、右手に海岸が見える。埼玉は海がない県だから、そんなわけはない。しかも右手に海が見えるとなれば、列車は海沿いに北上していることになる。列車がちがうのだ。再び、あわててデッキに出で、次の停車駅で飛び降りた。人のすくない鄙びた駅で、なんだか東海道本線の真鶴あたりを思わせる。いよいよどこに来てしまったかわからないが、とにかく反対方面から来た列車で、もとの駅にもどらねばならないと思う。
ところが、もどるはずの列車は、線路づたいに五十メートルは歩かねばならぬ別のホームに入線してくるではないか。わたは線路を走り、おおあわてでその列車に飛び乗るが、それは乗ってきたとは似ても似つかない軽便鉄道だった。そのうえ軌道が大きくカーブしながら、とんでもない方角に走りはじめていく。わたしは半ば放心して、次々ととまる小さな駅に降りる気にもなれないでいた。どうやら、山に向かっているような気配だった。白いペンキ塗りの駅名標示にあらわれる駅名に覚えのあるものはひとつもない。だが、なんとなく、秩父あたりに自分はいるような気がしている。子どものときに遠足かなにかて来たことがあるような景色にも見える。
そのうち、驚いたことに、列車はわたしのいくべき駅の隣の駅にちゃんと停車していた。そこが終点だという。現実ならば川越の駅につながっているはずなのだが、しかたなくわたしは駅を出て、駅前の広場にたった。駅前のたたずまいは、昭和三十年代の頃の風景だ。軒の低い商店がずらりと立ち並び、
ボンネットバスも走っている。まるでタイムスリップしてきたような気持で、どうやったら、実家のある川越駅にいけるかうろうろしていた。バスの路線はどれも見知らぬ町へむかうものばかりなので、いっそ歩こうかと思う。しかし、歩くにしても道がまったくわからない。古びたパチンコ屋が、不景気な音楽を流していたり、店の奥がやけに深い菓子屋が、平たいガラスケースにさまざまな菓子を陳列して売っているのが見える。この景色は子どもの頃、母に連れられて見たような気がする。町に人の姿はない。
その頃になると、わたしもだいぶ落ち着いてきて、これが夢だと気づき始める。それでようやく、心を落ち着けて、その見知らぬ町のなかを歩き出していく気になっていた。見るものがみな珍しく、日頃よその町を徘徊するみたいに、のんびりと歩き出していくのだ。けれども、こちらがこれは夢だとさとった刹那から、夢はまるで秘密を知られた女のように、そそくさと立ち去っていくのだった。


