ヨシさんがワンコに!?
んな訳なくて、
ここからは予告通り、まにゃ復帰の第3次探索の模様をお伝え。
雨の中で撤退を決断した前話。
あれから一週間。
思えば仕事中も、風呂に浸かっていても、布団に入って睡魔に意識を飛ばされるまでの時間ですら、私は軌道跡の未だ見ぬ先の風景に想像を膨らませていた。
トンネル、橋はあるだろうか。
線路なんて残っていたら
激アツ
だな。
せめて枕木でも残っていれば・・・
ある意味、空想に耽る少女のように、私は一週間を過ごした。
そして次の土曜日来たる。
今までも第3次探索の写真をメインに掲載していたので、ここまで特に新しく追記する説明は無い。
それでも探索当日は、先週雨だった分をも取り戻すような絶好の探索日和。
まにゃを抱えながら、急峻な斜面を下ることに苦労はあったものの、晴れやかな気分のままで再び森山トンネル南側の坑口を訪れた。
そう言えば、猟犬とのエピソードもあったっけ。
以下に真っ暗な地の底の動画を貼り付け。
大したこと無い動画です(汗)
すぐ先には、一週間前、ヨシさんと私が己の身を翻した撤退地点がある。
今話のレポートは、そこからスタート。
ただ一つ。
第2・3次の探索をお届けしたレポートは、タイトルにあるように、
今回を以って
最終回。
新展開が始まったばかりなのに、最終回とはこれ如何に。
と、疑念を持たれてしまいそうだが、お察しの通りである。
終着点は案外近かった
早速だが、路盤は跡形も無くなってしまう。
軌道跡は土砂に埋没したか、それとも川にさらわれたか。
予想するまでも無く、多分後者が正解だろう。
まさに、ちょうどこの斜面は、大きく蛇行する気田川の水が山にぶつかり、土砂をえぐる場所である。
今この瞬間にだって、雄大な自然同士のしのぎ合いが続いているはずだ。
更に廃線より50余年と言う膨大な時間の流れは、微塵の地形を保つことすら許さなかった。
気田林鉄の他区間で良く見かける赤くペイントされたコンクリート柱を、森山トンネルの先、私が撤退するまでの区間に見つけることは出来なかった事実も、
私はコンクリート柱ごと地面が削られ気田川に落ちたと認識している。
前話で遠望した200メートル先、石垣の上の平穏な軌道。
たった200メートル。
されどその200メートルが、ここでは無慈悲なほどに遠く感じられた。


切り取られた路盤を避けるように、進路はおのずと高度を上げて行く。
驚くべきなのは、ここにもか細いながら踏み跡があって、崩落を迂回している。
我々は踏み跡に導かれ、かつて軌道の上部に広がっていただろう森に居場所を求めていた。
見る見るうちに高低差を増していく川面を見てると、冗談抜きでクラックラッする。
結論ありきで探索内容を綴る訳ではないが、身体が限界に近いことを示していたのだろう。
左手側はバッサリ切れ落ち、一歩でも踏み外せば色んな意味でゲームオーバー。
なるべく右手側に寄って進路を見つけたいが、自然は私の都合に関せず、動作の自由が利く斜面の範囲は進むにつれて狭み続けた。
我々は、ギリギリのラインを慎重に歩く。
バランスの支えになる物は、枝、岩、地面、何でもこの手に掴む。
斜面の途中で足掻く私の姿は、まるでジェスチャーゲームかピエロが綱渡りをしている様でもあっただろう。
まことに以って、無様。
憎し、
重力。
略して、憎重
世界は斜め。
ここなら行ける。
と言うか、行けた。
ここも行ける。
但し、まにゃは既に自力歩行させられない。
担ぐ。
ハイ、降参します!!
悪化する一方の環境に、いよいよ私の心が折れてしまった。
人生はあきらめが肝心。
特に探索においては、余裕のあるうちに撤退が正解でしょ、と自己弁護。
とにかく当時は、膝ガクガク、足パンパン。
実はこの写真を撮ってる時には、手元にまにゃはいない。
崖の中腹に置いて来てしまった


・・・戻ると震えていたよね、ゴメン。
やはり軌道跡を2キロ永遠と辿るなんて、土台無理な話だった。
それが容易いことならば、とっくに誰かが攻略して、どっかに情報でも載ってるはず。
私の気田林鉄に対する認識が、まだまだ甘かった。
それを結論に、私はこの場所を背にする。
もうね。
気田林鉄から、来るなって言われてる気すらしたよ。
(´・ω・`) ショボーン
でもね、でもね。
私は腹を決めた。
気田川を渡る。
何とかして渡る。
それしか、私が気田林鉄に見せられる誠意は無いだろうし。
これにて第3次探索は終了。
これより、後日、もしくは帰途に寄った、森山トンネルの対岸からの視界と簡単な考察を掲載する。
ブログのスペース余っちゃったからね

まず後日編。
崩落の向こう側、つまりは崩落の反対側(南側)の路盤を辿ることが出来た。
いずれその様子もレポートに公開しようと思うが、
その探索は第○次の○に、
6
の数字が入る、まだまだ先の話である。
ただ、今回は反対側から眺めた崩落の惨状を公開してしまおうと思う。
あははは〜
もう笑うしかないっしょ。
だって、一目見て「お手上げ。」
我々は猿じゃ無いっす。
第3次探索で逆側より辿った際に、無理強いして進まずに良かった。
むしろ、もっと早くあきらめていても罪は無いよな。
こう言った開き直りは、皆様にとって見苦しいかも知れないけれど、
結局、この崩落地にどう挑んでも勝ち目が無かった事実は、多少気持ちを楽にしてくれた。


それにしても、本当にここには路盤があったのだろうか。
南側も、ここに至るまで路盤が続いている。
つまりは、写真の目線で軌道が通っていたはずなのである。
当然、長い桟橋の存在を疑いたくなるような地形だ。
それでも、ここには路盤があったことは確実だったと言える。
もちろんそれは、上記で触れた水流が川岸にぶつかる地形であること以外に、
この先の下流側の探索を通して、ここ以上の地形の変化が複数見受けられたことに因る。
恐るべし、気田林鉄。
究極の放置プレーが生んだ悲劇は、森山トンネルだけでは無かったようだ。
これはサービスショット。
第3次探索の帰途に写したもの。
私のお気にズボンのお尻は修正不可能に破れていた。
探索中、屈んだ拍子に
ビリッっと

この展開はホントへこむ。
傍から見れば、遭難者のような外見になってしまった。
私は敗北者ではあるけれど、遭難はしていないぞ。
普段、Tシャツ以外の着替えを絶対と言うほど用意しない私だが、
この日はたまたまクリーニングから戻ったスーツを持っていたので助かった。
気田林鉄よ。
必ず、いつかこの恨みを晴らしてやるからな〜
首を洗って待っていろ〜


最後に。
日付は前後するが、
第3次の帰途編。
森山トンネル南側坑口を、県道下の河原より撮影した写真があったので載せておく。
この日も乳白色に猛る気田川の向こう、滑り台のように川に落ち込む岩盤が連なっている。
岩盤の下部だけならば、傾斜も緩やかで登ることは可能に見える。
ただその上部は鼠返しとは言わないが、上に行くほど傾斜は垂直に近くなる。
ロッククライミングの技術や装備が無ければ、太刀打ち出来ないだろう。
まるで人をあざ笑っているかのような斜面だ。
それでは、軌道がどこを走っていたかを確認しよう

軌道跡に赤線を引いてみた。
ねっ 高いでしょ
路盤を失えば、足がすくむ。
その言い訳の為に、敢えて検証しまちた(汗)
強固な城を攻め込むつもりで眺める岩壁。
以前にも触れたが、ここより森山トンネルを攻める策は見つからず。
慣れない無理をしても、対岸の白い岩盤に赤い染みを作るのがオチであろう。
そして、
想像以上に対岸の軌道跡の様子は、木々に隠され、把握しづらい。
最初はなかなか森山トンネルの姿を捉えられなかったが、
根気強く軌道跡を目で追うことで、その行き着く先が見て取れた。
木陰の暗がり。
裸眼では確かに、コンクリートのポータル上部を僅かに捉えることが出来た。
この後、軌道跡を辿れなかった悔しさを紛らわすように、県道側の河原より対岸を覗めることに終始。
崩落で路盤の有無が怪しまれる箇所はあっても、
私の探索欲が萎むことは無かった。
行ってみたい。
これが当時の私の心理全て。
眺めれば眺めるほどに想いが募る
気田川の徒渉は夏に行った方が良い。
最低でも春まで待つべきだ。
釣りに使う腰までゴムに覆われた耐水用のズボンを購入すれば、
明日にでも徒渉できるんじゃないだろうか。
頭には、そんな作戦(妄想)が浮かんでは消え。
これよりしばらくの日々は、まるで学生時代、遠足のお菓子を選ぶような楽しさがあった。
結 局 、 私 が 選 ん だ 方 法 は 、 、 、
気田川に捨て身で飛び込む(笑)
そこは誰も知らない遠州
新・世・界 
新発見連発・連打の探索、
近々公開予定
・・・・・完・・・・・