しやりしやりと 

2011年10月14日(金) 10時07分
神戸から上京の俳人を囲む会に誘っていただき、参加しました。
神戸は神戸でも、「ハキダメホテル」の神戸にあらず。れっきとしたお嬢様俳人であります。

こうしてお目にかかるのは初めてですね…と御挨拶したのだが、じつは過去にも私達は共に語らっているらしい。
言われてみれば、そうでした。

忘れっぽくなっちゃって、茫然です。
このごろわたし、自分の人生に思い悩むことが減ったな〜と思っていたのですが、単に思い悩むべきネタを覚えていられないだけなのか…。


「大(ひろ)」という雑誌を読んでます。
発行人の境野さんと、はて、お会いしたことがあったかなかったか。
でも、ここに作品を発表している同人の方々とは、昨日今日の付き合いではありません、たぶん。

巻頭は渡部州麻子さんの「ひたひた 5句」。

 しやりしやりと喪服たたみぬ昼の月

たたむってことは和服ですよね。
和服を着るのはたいてい喪主だから、身内に御不幸があって、きのう直会なんかも終えていて、一夜明けて、架けておいた紋付をたたんでいるんですね。

「しやりしやりと」が正絹の衣擦れでもあり、洟を啜る音でもあり。
「昼の月」がやけにあっけらかんとしていて悲しい。



おめでとう! 

2011年10月05日(水) 15時46分
元河編集長の堀本裕樹さんが北斗賞を受賞されたとのこと。
たいへんおめでとうございます。

改めて申すことじゃありませんが、私は数年前から、
「いまどんな俳人に注目してる?」と俳人に尋ねられると「堀本さん」と応えていて、(それは単に、彼がイケメンであるということに起因していたのでありましたが、それはまあ、おいといて)「受賞」の知らせは嬉しかったですね。

よかった、よかった。

「梓」に掲載されていた飯田龍太論もとてもいい作品でした。
実作と評論と、この人ならば「正眼の構え」で向かって行ってくれることでしょう。

どうかこれからも邁進してください。

もう9月 

2011年09月13日(火) 8時29分
気がつけばもう9月になってしまった…。
このブログのスキンも秋のイメージにとりかえましょう。

予定の仕事がずれこんだり、不意な依頼を受けたりで、ここ数週間は慌ただしくしていました。
当然そうなると、自社の仕事は後回しにせざるをえません。
でもそれって本末転倒なので、辻褄を合せるために、飲みに行ったり食べたり遊んだり本を読んだりという、歓びの時間を削ったんですわ。(わたしの場合、平素より歓びの時間が多すぎるという指摘もあり)

そんでもってや〜っと昨夕ようやく、書肆アルスとして刊行した6冊目の本の最終納品が終わり!
今回は一部、Indesignを四苦八苦しながら自分でやったこともあり、達成感が格段に違います。

本ができるたび、「愛しいわが子」みたいな気分になってしまうのですが、この本はそれを飛び越えました。
レトリックとして「わが子」以上に、愛しい分身を表わす表現ってないもんでしょうか。

朝からスッキリサッパリ気分全開。おあつらえ向きに夜は句会。
ちょいと哲学堂公園でも散歩してきましょう。


渓流を一両列車爽やかに

高校生らしさ(第14回俳句甲子園) 

2011年08月25日(木) 7時38分
こんなに長々と、今回の俳句甲子園について書くとは、自分でも思いもしませんでした。

「ずいぶんハマってるんだね」

と、お読みいただいた旧知の先生に半ば呆れられてしまいましたが…。
今日で一応、一連の記録は最後です。


開催地松山、主催団体の前身は松山青年会議所。
当日御当地の熱気は一種異様です。
どうしたって地元高校への声援が大きく、他県チームにとってはアウェイです。審査員の先生まで「こころぼそさ」を感じているのです。

わけても、開成高校が味わうアウェイ感は、尋常ではないでしょう。

抽選などで不運が開成を見舞ったり、相手チームに審査員の評価が集まったりすると、観衆の喜びようは、まるでジャイアンツに勝った時のタイガースファンのよう…

なのでわたしは、開成有利の際は大きな拍手でもって称えることにしました。

高校生自身が詠んでいるのに「高校生らしくない」と言われたり、人一倍努力した結果なのに「うますぎる」と退けられたりするとしたら、こんな気の毒で理不尽な話はありません。
一過性の聴衆に過ぎない私ですら、そう思うと胃が痛みます。


  ***


まつたりと雲の居座る夏期講座  開成A

たしか、この句の時だったでしょうか。本人達が「高校生らしい句だと思う」と発言をしました。
「高校生らしい句」に悩んだ姿が垣間見えて、切なくなりました。

高校生らしさって、何でしょう。
たとえば、

たれのよく染みた団扇に呼ばれたる  吹田東

この句の主体は誰ですか? 高校生らしくないですね、というディベートがあるでしょうか。

実際に行われたディベートでも、「高校生らしくない」なんて尺度は存在しませんでした。
「らしい」も「らしくない」も、高校生なのですから。

かと言って、全体に作品レベルが大人のそれより低いかというと、決してそうではありません。
審査員の星野高士先生が時々冗談混じりに言われていましたが、

「まるでぼくの句みたい」

というのは、あながちジョークではないと思いました。

正直、わたしも以前は、有給をとってまで俳句甲子園の観戦に行く部下を冷めた目で見ていました。でも今、これだけ作品が粒揃いで鑑賞(ディベート)もおしなべてきちんとしてきている現実に、とても冷めてはいられませぬ。

高柳さんが言われた「ライバル」はすでに今、眼前に屹立しているのではないでしょうか。

私の商売としては、なまじっかな「入門書」や「ハウツー本」を企画しても、もう売れないってことです。




はあ
ブログおしまい。仕事します。



よきライバルに(第14回俳句甲子園) 

2011年08月24日(水) 9時28分
高柳克弘先生(31)の発言にも触れておきましょう。

「…そして願わくば、君たちがこれからも俳句を続けて、よきライバルとして、ともに研鑽していけたら嬉しいです」

「ライバルとして」と発言されたのは、13人の審査員のうち唯一人でした。これは、

「われわれロートルは、そう遠くない将来、去ってゆくわけですが、それまではしっかり努めます」

とユーモアたっぷりに挨拶された中原道夫先生(60)と対照的で、どちらの発言も、会場に大きな拍手を生みました。


わたしなどにはとても言えないことです。
仮にもわたしが編集者としてこの業界で生きていられるのは、俳句で大泣きしたり、俳句で人生を変えたりという、信じがたいような強烈な体験を経てなお、自らの意思でこの小さなジャンルの編集を志す人が、たまたま同年代に少ないからにすぎないのです。

もしこの高校生たちが、真剣に俳句編集の道を目指してきたとしたら…。
「ライバルとして」などと悠長なことは言ってられません。願わくば、どうか私が去るまでのそう近くはない将来まで、目指さないでいただきたいものです(笑)。


  ***

大会二日目、あるOBOGから、「またムック作ってくださいよ」と言われました。
「そうだね、作りたいね」と答えつつ、「そんな簡単なもんじゃないよ〜」とも思いました。

でも高柳さんの発言を聴いて、「次のムックは彼ら彼女らこそが作ればいいんだ」と、ふと思いました。



2010年編集、角川学芸出版発行のムック


生徒はおろか、顧問の先生にも話かけられない私が作るムックより、OBOGが作るほうが、遥かに臨場感あふれるいいものができるでしょう。もちろん、編集の基礎は少々しっかりと学んでもらわなければなりません。その点では、私にも役に立てる気がします。

少なくとも、現地でミカンを渡すことしかできなかった(しかも一校だけだ)よりは、「仕事した」実感が得られるし、お優しい第一回大会実行委員長にもまた誉めてもらえて、より美味しいお酒がいただけそうです。

俳句甲子園OBOGの多くは、俳句を手放さず、今でも俳句を愛する気持ちを持ち続けています。
このことは、ムックの編集を通してよく理解できました。

高柳先生と中原先生のちょうど中間くらい(?)に位置する年齢の私としては、今の立場で、今の自分にできることで、何か俳句甲子園のお役に立ちたいものだと、真剣に思うのでした。

郷土の代表校は…(第14回俳句甲子園) 

2011年08月23日(火) 8時43分
わが郷土の代表校、共愛学園高等学校についても触れておかねばなりません。

上毛新聞の記事は【こちら
対戦結果は【こちら】


地方大会では、はるばる長野まで行って敗れてきた学校だけに、今回の出場はことのほか嬉しいものでした。
乗り継いで、乗り継いで…彼女達にとってここ松山は、どれほど遠い地だったことでしょう。

ところで、わたしには兼ねて「郷土顔」を規定する尺度があり、この日まさに、その諸条件を満たす表情の男性がお一人、いらっしゃいました。
その懐かしい表情の方は、これまた懐かしい郷土の言葉で、緊張する生徒たちに話しかけていました。
顧問の先生に違いありません!
当然のごとく、「話しかけたい願望」が一気に沸くのですが、

「がんばってください! わたし、隣町の女子校出身なんです」

なんて大昔のこと言ってもしょうがないし、まして、

「顧問の先生ですね? うちのオジチャンによく似てます、お懐かしいです!」

なんて言うのはもってのほか。
やはりここは、黙って観戦するしかありません。

滝の水心のようにまっすぐに   共愛学園
白滝や下手な化粧のへばりつき  吉祥女子


「下手な化粧」について質問した共愛に対し、吉祥女子は、「わたし達くらいの年頃の女の子を想定しています」と答えました。

共愛ほど校則のキツイ学校で、お化粧する子がいるのだろうか。
わたしだって(…と、別にわたしがどうであろうと関係ないが)、初めてお化粧したのは社会人になってからだった。

そんな思いで共愛のディベートを見守ります。
彼女たちは黙り込んでしまいました。


おしなべて、共愛の5人のディベートは控えめで、しばしば司会から「発言権が移ってしまいますが…」と促されていました。

俳句甲子園で勝つためのトレーニングを積みさえすれば、簡単に解決する問題ではあります。だって彼女達は、かかあ天下の上州に育っているのですから。

ただ、そんな「勝つためのトレーニング」が俳句にとって望ましいものかどうかは、私にはわかりません。
もちろん敗けるのは悔しいし、出るからには勝ちたいでしょうけれど。

そんなことも含めて実行委員会に相談すれば、俳句と俳句甲子園をこよなく愛する東京支部のOBOGたちが、きっといい知恵を授けてくれることでしょう。
来年に向けて、またがんばってもらいたいです。

   ***

大会を運営するOBOGや一般ボランティアは、一目見てわかるようにスタッフポロシャツを着ています。
これ、非常によくできたシステムで、一人一人が広告媒体でもあるんですね。


私がいただいたのはこれ。


別々にスポンサー名が刻まれていて、着る枚数も曜日によってきちんと管理されているようです。

結局、一観戦者に徹し切った私ですが、「ボランティアスタッフの打ち上げ」っていうのには、ちゃっかり参加させてもらいました。

お疲れ様〜〜!!

と、グラスを掲げはしたものの、今日私がやったことと言えば、差し入れの御蜜柑を顧問の先生に御手渡ししたくらい。
でも、隣にいらした第一回大会実行委員長様から、

「いーのいーの、それで十分!」

と誉めていただき、自信みたいなものが芽生えたのは不思議でした。
この方の人望の厚さのわけが伝わりました。

それからは、なんだかいい気分になって、大会の大盛況ぶりに酔いしれてしまったのでした。


わたしの夏休(第14回俳句甲子園) 

2011年08月22日(月) 13時19分
14回目となる2011年は、8月19、20、21日の開催。またしても行ってしまいました。

「よほどヒマなのか、頼む仕事もないのに来てしまった人を紹介します!」って、実行委員長がご紹介くださったおかげ(?)か、行く先々で、

「することないんでしょう〜? ゆっくりしてってね〜〜」

と声をかけていただき、嬉し恥ずかしの2日間でした。


垂れ下がる俳句に紅白の旗。馴染みの光景。


もちろん、わたくしのいくつかの目的のうち、かなり大きなお目当ては金沢泉丘高校です。

去年のあの、涙が出るような素晴らしい句と、拳に力が入るパワフルなディベートを、今年もまた見せてくれるでしょうか。
(去年の様子は→【こちら】)



第一試合、金沢泉丘は広島高校と対戦。

私は勝手にファンになって、勝手に見ているわけです。
トーナメントには進めなかったけれど、今年もよかったですよ、句もディベートも。
たぶんきっと、生徒の自主性や自由に信頼を置く校風なんでしょう。


でで虫やみちのくの水脈甦れ  金沢泉丘高校
ヒロシマを語り継ぐ意味かたつむり  広島高校


この二句が出た瞬間、目頭が熱くなりました。

観戦していくうちに、この緑のポロシャツの方は顧問の先生ではないだろうか…と思い始め、話しかけたい衝動にかられてしまいました。
でも、なんて話しかけたらいいのだろう。

「あの、はじめまして。わたくし、××と申しまして、貴校のファンです」

突然こんなこと言ったら変なオバサンですよね。

「こんにちわ〜! わたし、貴校のPTA会長様といま、同じ句会で俳句を勉強してる××です!」

これは事実なんですけど、それをこの場で言ったところで、話の接ぎ穂にもならないだろう。

話しかけるのは諦めて、おとなしく観戦を続けることにしました。

目を剥いてウインドミルや蝸牛  金沢泉丘
扇風機札所の時計止まりをり  〃  


男子達は相変わらず早口でパワフル弾丸トーク。審査員の夏井さんも、そのパワフルぶりは高評価でした。

「初心者の女子二人口説いて…」とリーダー君が去年言っていた、あの「二人」なのかな。
「久しぶりねえ!」
と、女子には思わず駆け寄りたくなる衝動も。
じっと堪えて、リーグ戦敗退の無念さを共有し、その場を去りました。

  ***

お昼、ラーメンを啜っていると、

KANAZAWA

と背に刻まれたTシャツを着た高校生集団が入ってきました。
え〜〜!? うそ〜〜!?
と思ったとおりそれはウソで、文字は金沢ではなく神奈川。厚木東高校の皆さんでした。
思慕の強さが、GをZに見間違えさせたのですねえ。

食事が終わるころには、
同じ釜の飯ならぬ麺を食べた者
という気概がムクムクと私の中で沸き上がり、午後からは厚木東を応援することに!


全員茶道部という厚木東B。女子対女子の対決

終始、背筋をピンと伸ばし、礼儀正しく、奥床しく、相手チームを見つめていました。
ディベートの最中も、神々しさを感じるくらいの気高さで、開成Aをくだしてトーナメントを上ってきた柴田女子にストレート勝ちでした。

柴田女子の皆さんの俳句にも、わたしは何度も泣けました。
俳句ってほんとに、素晴らしいです。 

   ***

審査委員長のお一人、小澤實先生がいいこと言われてましたね。

自分達のチームの句を、自分達が一番愛していて、自分達が一番知っているとは思わないでください。

これは、多くのチームの人たちにとって「え?」と思う発言だったのではないでしょうか。
たしかにたとえば、

夕立坂窓に自分がよく映る  松山東A

という句については、
作者は外に居る(松山東A)
という解説よりも、
作者は室内に居る(開成A)
という鑑賞のほうが説得力はありました。


俳句甲子園には多くの涙が流されます。
悔し涙、嬉し涙。
それに貰い泣きする私らの涙。

相手チームの鑑賞のほうが正しいのでは…ということをうすうす感じることはよくあるだろうと想像します。
でもそれを認め、ディベートの方向性を修正することが、果たしてできるのでしょうか。5人という集団で。


白熱するディベートの最中に、もしそんなことができた暁には、また別の涙が流されるかもしれないですね。

それを見守る私達は、相変わらず貰い泣きです…。




  





三草子事件 

2011年08月11日(木) 21時01分
2011年3月3日に発行した松本純句集『三草子』は、私が今年から経営を始めた書肆にて販売代行をさせていただいています。【こちら


んでもって、最近になって各地から、ご購入いただいていることについては、本欄に以前記しました。【それはこちら

そこそこ長いこと句集の出版・販売に携わってきて、『三草子』のような販売動向もなかなか珍しいんですが、もちろん、エンタメ系の文芸書に比べたら、「動向? どこが?」ってなものなのかもしれないんですが、でも正直、このジャンルでは圧倒的に、非常に嬉しい動きなのです。

そしてこのたび。
ついに、私がかねて頭の上がらない「あのお方」までもが、『読んだぞ、よかったぞ、著者に会いに行くぞ』と言ったかどうかは分かりませんが、わざわざお取り寄せの上読んでくださり、その結果、著者に会いにいらっしゃることになりました(!)

すでにご存じの方も多いかとは思いますが、著者の松本純さんは、阿佐ヶ谷で酒肴「だいこん屋」っていうのをやっているんですね。
だから、「会いたい」と思ったら、そこに行けば会えるんです。

ムフフフ。
私の頭の上がらない「あのお方」が著者に会うと知っただけで、今日はもう仕事に手がつかないんですよォ。

その日、知らんぷりして私も店に行っていようかしら。
何着てこ。やっぱ和服かな。


「震災忌」はいつの季語か 

2011年08月10日(水) 8時56分
「地震」「瓦礫」「津波」を謳ったたくさんの俳句作品が生まれている。
あまりの現実に「季語が邪魔」として、無季俳句を発表した有季定型の人もいるが、多くは季語と折り合いをつけ、心の深くに語りかける挽歌のような佳句も生まれた。(句集になるらしいので、ここには記さず)

『虚子編 季寄せ』(三省堂 昭和15年初版)には、秋・9月の季題として「震災忌」が立項されている。

 甥姪のすく \/ 育ち震災忌  たつみ
 父の命(みこと)母の命や震災忌  杞陽


もちろんこれは、大正12年9月1日に、相模湾西部を震源地として発生した「関東大震災」を指している。

 路地に青き空みあげたり震災忌  鈴木真砂女
 震災忌我に古りゆく月日かな  永田 青嵐


虚子編に限らず、現行の歳時記すべて、「震災忌」といえば秋の季語だ。


いま、「震災」と言って9月1日を一番に思い起こす人はまずいない。


来春は、「震災忌」と詠む人がきっと増えることだろう。
いや、すでに詠んでいる人もいる。(わたしには、こんなにもすぐに「○○忌」と詠む感覚はちょっと分からないけれど)

これから編集する歳時記は、「震災忌」は春に立てることになるのだろうか。
しかしそうなると、真砂女先生が震災忌に見上げた青空が違ってしまう。
作者名を見て、あ、この作者の「震災忌」だったら秋だ、あっ、この作者は春の「震災忌」だ、と読み手側が判断していくことになるのだろうか。それでは、訳知り同士の間でしか通用しない。そんなのダメだ。

「震災忌」秋
「震災忌」春

と、ふたつ立項するしかないのでしょうね。
そのうち、夏も冬も立項されたりして、きりがなくなって、「震災忌」通季なんてまとめられたりして…。

すみません。悪い方へと妄想が傾くのはわたしの癖でして、そんな性癖はさておいて、明治時代にも江戸時代にも、大地震・大津波はあったわけです。
その度に俳諧師たちは、それを句に詠んでいたのでしょうか。詠んでいたとしたら、やはり「震災忌」と詠みこんだのですか? 
どうも、季題とはいえ「震災忌」という言葉に伝統の重みは感じないのですが、どうなんでしょう。

「短詩文芸評論家」を名乗る方にぜひ、この点について学識と見解を披露していただきたいです。





非日常が日常に 

2011年08月04日(木) 8時25分
明け方の地震が「日常化」しています。

わが家では初期微動に反応し、カタカタカタ…と鳴るのが
リビングの壁のイクヤーノフ色紙。

カタカタカタ…のすぐ後に、グラグラグラ〜ッと
家じゅうが揺れます。

最初の何日かは起き上がって布団から出て、揺れが収まるまで様子をみたけど、
今回はとうとう起きるのも面倒になっちゃいました。

カタカタカタ…で眠りからは覚めるのですが、ここ数回は目を開けません。

こうして「地震慣れ」していく自分。。。。



地震と放射能が日常だなんて、まったくもって異常です。


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