3曲入魂DJ。 

2006年04月01日(土) 17時12分
3月12日。

デザイナーのユウキチさんに声をかけてもらって、クラブ・イベントでDJ。といっても、“3曲入魂”という、文字通り3曲だけをかけるというコーナー。

この日は“青春キラキラナイト”というタイトルで、青春のJ-POPや歌謡曲をかけるコーナーもあるということで、オレのようなアイドルしかかけない素人DJでもいいだろう、ということで、呼んでもらったというワケである。

「19時30分には入っているようにしてください」とメールをもらっていたけれど、一応、現場の様子も事前に見て、空気を知っておきたいので、会場の“club宙”に18時過ぎに入る。

入ったら、アマネくんがプライマル・スクリームなどをかけている。やはり、オシャレな雰囲気ではある。

ユウキチとアマネくんに挨拶をして、ぼんやりと若いみんなを眺める。しばらくして、DJが終わったアマネくんがやって来て、世間話。もともとはどういう関係の有志の集まりであるのか、どういった音楽が好きなのか、などという話。

「わりとスカとか、好きですね、この人たちは」というので、天井を見上げて考える。

3曲を選ぶという作業は、とても難しくて、難しいだけに楽しい作業だった。最初に考えたのは、おニャン子ははずしたくないなあ、ということ。出来たらコイズミもかけたいし、やっぱり筒美京平もかけたいし・・・
などと考えて、結局は、コイズミで筒美京平が書いた曲でもかけようか、おニャン子も何かかけよう、あと1曲は、その場で決めればいいや、ということにしたのだった。

最初は、なんとなくクラブという場を意識した方がいいかな、と思って、コイズミの『ヤマトナデシコ七変化』をかける。通常盤ではなく、バラードのセルフ・カヴァーでもない。当時、特別限定盤としてリリースされた12インチ。オーケストラ・アタックが80年代していて、なかなかオモロイ。

フロアにいた若者は、「お?」という顔で不思議そうに首を傾げている。それが「♪じゅんじょう、かじょうに、いじょ〜お〜」と始まった途端、ダハーッ、小泉今日子かあというように脱力していたのが、とてもオモロかった。

次は、オーケストラ・アタックつながりで光GENJIの『STAR LIGHT』。かける前にユウキチにジャケットを見せたら、ちょっとウケてくれた。曲が始まると、後ろでVJのオペレーションをしていたアマネくんが「おー!」と言って、握手をしてくれる。

そして、その次はゆうゆの『25セントの満月』。これは、さすがにみんなスカ好きなのか、あるいは多少は知っているのだろう、適当に脱力しながらも、そこそこ楽しんでくれているような気配。

まあまあ、よかったかもしれない。

と思っていたら、オレの次に3曲をかけた女子は、1発目に『お先に失礼!』(おニャン子クラブ)をかけたのだった。しかも、この曲もいわいちゃんがメインボーカルで入っている曲なので、2曲続けていわいちゃんの歌がかかるという、偶然とはいえ、大変珍しい事態になったのだった。

その後、青春キラキラナイトのメインである、DJたちの青春ソングをかけるコーナー。チャゲ&飛鳥、ゴーバンズ、リンドバーグ、レベッカなどがかかり、みんなで大合唱をして盛り上がる。

テスト。 

2006年03月27日(月) 1時34分
テスト。

テスト

テスト。

かもめ食堂。 

2006年03月24日(金) 23時17分
3月11日。

夕方、ふらりと銀座に行って『かもめ食堂』の様子を見る。荻上直子の新作だし、フィンランドで撮っているので、気になっていた。そうしたところ、昨日、本人がゲストで来ていた番組を見ていて、さらに気になったのだ。

なんと、カウリスマキの『過去のない男』の主役の俳優が出ているのだ。

中途半端な時間だったので、少し迷ったのだけれど、近くのタリーズでマフィンとエスプレッソを頼んでひと息。

20分ほど時間をつぶして劇場に戻ったら、何ごとかと思うくらいの行列だった。あわてて並んだけれど、「この場所ですとお立ち見の可能性があります」と言われる。立ち見で映画を観るなんて、15年ぶりくらいだな。

映画は、群ようこの原作(とは言っても、始めから映画のための原作らしいので、プロットなどは荻上さんのものなのだろう)、小林聡美、片桐はいり、もたいまさこの3人、そしてフィンランドでの撮影という、そこからイメージされるまんまの、のんびりとした映画だった。

思った通り、フィンランドで撮ると、アキ・カウリスマキのようになってしまうのが、ものすごくオモロイ。

「デートしてくれ」と言う。 

2006年03月22日(水) 23時33分
3月10日。

NHKに行く。笹野さんと少し打ち合わせ。

フロントの受付にいる女子に、ひとりだけ、なかなかカンジのよい子がいる。オレは特に用事があるワケでもないし、多くてもせいぜい週に一回くらいしか来ないので、顔見知りと言っても、かなりレベルの低い方の顔見知りだと思う。

たまにカウンターの前を通る時に、「おはようございます」とか「おつかれさまでした」などと、聞こえるか聞こえないかのという声で挨拶する程度の顔見知りなのだ。

とはいえ、何人かいるなかで、そうやってオレに挨拶してくれる人は、彼女ひとり。そういう意味で、とてもカンジのよろしい女子である。

2ヶ月ほど前だったか、いつものようにカウンターの前を通り過ぎて、「こんにちはー」などと挨拶をした後、ふと思いたって、その子に話しかけたことがある。

「ね、そのメガネさ、度は入ってるの?」

気が狂っているとも思える質問だけれど、彼女は一瞬もひるまずに「入ってますよ」と言って、ニッコリ微笑んだ。素晴らしい。

そして、また、彼女とオレは軽く会釈するだけの関係に戻る。一度、カウンターの中ではなく、レストランへと続く廊下で遭遇したこともある。彼女は、食事の帰りでもあったのか、同僚とふたりで歩いていた。

その時もオレの顔を認め「おや? こんなところで。珍しい」とでもいうような、くるりとした目で軽く会釈を交わした。 

その子がカウンターの中にいて、少し時間があったので、話しかけてみた。

「な、そのメガネさ、変装じゃないよな?」
「違いますよ。度だって入ってるんですから」

彼女はメガネをはずし、レンズをすかして見せてくれる。そして、間髪入れず「それは度は入ってるんですか?」とオレのメガネを指して言う。なかなかいいセンスだ。

もちろん、オレも彼女と同じように、メガネをはずして、レンズを見せる。

ほんの少しの間、初めての世間話をしてみる。番組が終わることを話して、そんなワケだから、ここに来るのもぼちぼち終わりだ、楽しかったのになあ、と言う。

「だからさ、オレとデートしてくれ」と言ってみる。

「あははははは」彼女は、大笑い。「だって、名前も知らないんですよ?」と言う。そりゃそうだ。話をしたことが1回だけ、しかもメガネのことを訊いたひと言だけだもんなあ。

オレはハギワラっていうんだ、と言うと、彼女は、カウンターの上にあったメモパッドを、そっと押して寄越す。そこに名前と、あと、なんだ、電話番号か? と言って、電話番号を書き、そのメモを渡す。

一応、オレも彼女のフルネームを訊ね、そして電話番号を訊く。

彼女は「ドコモですか?」と訊くので、オレはそうだと答える。「じゃ、後でショートメールを送ろう」とつぶやく彼女。そんなものはアテにならないので、それには答えず、オレはスタジオに戻る。

スタジオから出て、携帯の電源を入れたら、本当に彼女からショートメールが来ていた。

こういう面白がりのモチベーションの高い子は、なかなかいいと思う。やはり、普段からカンジがいいのはダテじゃないのだ。

乙女塾の話。 

2006年03月21日(火) 18時36分
2月21日。

夜、マニュエラSonotaのイベントでSpumaへ。

ちょいお久しぶりのゲイリー芦屋こと山岸さんと眞鍋かをりの話。歌唱指導でもしてくれ、と言われて行ったら5分しか時間がなかった、などという話。

それから黒沢清の話でも盛り上がる。奥様が来ていて、初めて少し話す。脚本の勉強をしているとのこと。鈴木則文、池玲子、渥美マリ、沖雅也などの話。さすが、ゲイリー芦屋の夫人。ちょっとイカれている。

木村くんとアイドル話。主に乙女塾。

そういえば、CXのリハーサル室で、CoCoの取材をした時のこと。CoCoのメンバーはもちろん、ribbonやQlair、その他の乙女塾のみんなが踊りの練習などをしている場所。その片隅で宮前真樹の取材をした。それが終わって、オレは急ぐ用事もなかったので、隅にある長い会議室用のデスクに腰かけて、思い思いの練習風景を見ていた。

少しすると、ひと休みといった雰囲気の羽田恵理香が、おっとりとやって来て、オレの隣に同じように座った。背の高いデスクなので、オレも彼女も足は床に届かない。ふたりでぶらぶらさせながら、羽田が「元気ですか?」と言ってにっこり笑う。お仕事は忙しいんですか? などと言った、さしさわりのない世間話しかしなかったけれど、彼女の方から隣に座ってきて、オレに話しかけてくれたのは、なんだか、とても大切にしたいふれあいだったように記憶している。

木村くんと話していて、そんなことを思い出す。

帰ったら、山本みづほがからメールが来ていた。ご主人が故郷に帰って実家の家業を継ぐため、みづほも会社を辞めて、一緒に付いて行くらしい。驚いて、すぐに携帯に電話する。近いうち、メシでも、と約束をして電話を切る。

原宿、表参道、渋谷。 

2006年03月15日(水) 3時39分
2月14日。

表参道で打ち合わせ。原宿からのんびり歩く。青山学院大学近くのカフェ。前日、朝5時過ぎまで起きていたので、9時30分に起きるのがつらかった。

打ち合わせはそこそこで終わる。共通の知り合いの近況などを訊ね合い「じゃあ、資料は後でメールしておきます」と別れる。

原宿に戻ろうか、渋谷に行こうか迷ったけれど、結局、渋谷まで行くことにする。

RECOfanでうしろゆびさされ組の『ANbALANCING TOY』、原田知世の『NEXT DOOR』(『雨のプラネタリウム』が入っている)、BANANARAMAのアルバムなどを買う。

横町の夢、ローサ、宇田川ロケット。 

2006年03月02日(木) 16時17分
2月13日。

横町の夢を見る。

オレはロマンチカのステージを観ている。それも、クラブやイベント・スペースのようなところではなく、中野サンプラザや渋谷公会堂のようなオーソドックスなホール。ステージ上には、横町ともうひとりがいて、踊っている。これは、信藤三雄のイベントで佐々木潤のサイドで踊っていたようなラスベガス・カウガールなスタイル。

オレは、すぐ左が通路という席に座っているのだけれど、通路を隔てた左隣には、なぜか横町が座っている。一緒に観てはいるのだけれど、彼女はなぜか縫い物をしている。「今度のステージに間に合わせなきゃ」などと言っている。

「ヨコマチってさ、ストリート・カルチャーっていうか、おしゃれ女子の間っていうか、なんか、そういうところじゃカリスマなんだよな? オレは驚いたぜ」などとまぬけなことを言うオレ。

横町のステージを横町と一緒に観ているという、不思議な夢だった。

夕方、久しぶりのお台場。

『シムソンズ』のプロモーションで来ている森谷さんと会う。クロークの北本愛美とも久しぶりに話す。

夜、ほとんど終わりかけの“宇田川ロケット”に顔を出す。終わった後、吉岡くんに挨拶をして、いったんは笹野さんと飲みに行くけれど、小一時間ほどして、結局アミーパークの打ち上げの方に行って、ダンサブルのふたりやポーク、なごみ堂水町、増子卓郎などと遊ぶ。

赤い。田中美里。 

2006年02月26日(日) 22時42分
2月10日。

昼間、NHKで弁当を食べたり、メガネの女子にニッコリしてみたり。この女子はいつも赤いフレームの眼鏡をかけていて、なんとなくとっぽい雰囲気で、ちょっとオモロイ。会話を交わしたことはなかったのだけれど、何度も顔だけは合わせているので、たまにオレの顔を見て「おつかれさまです」と小さな声で言って会釈してくれる。

ひと月ほど前、赤い眼鏡がちょっとすっとんきょうでカワイらしいので、「それってさ、度は入ってるの?」と訊いてみたことがある。彼女はもちろん「入ってますよ、もちろん!」と答えた。オレは、あそっか、変装とかダテかと思ったぜ、とつぶやいたのだった。

なかなか好感の持てる女子なのである。

隣のスタジオの前のメイク台に、松田美由紀さんがいたので、挨拶をする。

「そういえば、翔太くんのファンですよ、オレ」
「わー、ありがとう。ホントに!?」
「うん、ホント。翔太くん、いいもんねえ」
「そーお?」

と、不思議な反応。この人は、やっぱりちょっと変わってるなあ。

夕方は、浅草の東洋館で赤いプルトニウムの単独ライヴ。笹野さんも何とか開場前に間に合って、ふたりで入る。

普段は、遠慮したり照れくさかったりして、後ろの方に座るのだけれど、今回は、客入りに不安があるのかもしれないと思い、3列目に座る。前の方が空いていると、演者のテンションにも影響するのだ。

と思っていたのだけれど、始まる頃に後ろを見たら、なんとか格好がつくくらい、8割方以上は埋まっていた。

ライヴは思った以上にオモロかった。結構、真面目にちゃんと考えてやっているように思う。


いつもココからの山田さんや、いきなり猫ちゃんがゲストで登場したり。ああやって、予期しないところで突然見ると、やっぱり猫ちゃんは縁起がいいなあ、と感心ししてしまう。まるで染ノ介染太郎のように、おめでたいモノになってるような気がする。

終わった後、赤いプルトニウムが出て来て、挨拶やらグッズ販売やらをしていて、帰るお客さんなどもわんさとごったがえす中、やおらオレのケータイが鳴る。

ディスプレイを見たら、田中美里。

最高にやかましい中で、電話を取る。昨日、美里ちゃんの誕生日だったので、電話だけしたのだった。留守番電話だったので「おめでとう」だけ入れておいたのだけれど、そのお礼の電話である。

「美里です。電話、ありがとうございました。うれしかったです」
「あぁ、いやいや、こちらこそ。わざわざコールバックをもらうほどのものでもないのに、かえってすまない。どうかね、調子は?」
「はい。元気ですよ。今年は20代最後の年ですからね、楽しくやらなくっちゃ。また機会があったら飲みましょうね」

わざわざ電話をくれると思わなかったから、本当にうれしかった。

ハンパンダ。 

2006年02月21日(火) 15時52分

2月7日。

銀座にある“ギンザ・グラフィック・ギャラリー”でやっている『野田凪展-HANPANDA コンテンポラリーアート展-』にミカを誘ってふたりで行く。

ギャラリー・トークが行われるのだけれど、その相手がなぜか神蔵美子さんなので、ちょっと興味があった。

1Fのフロアは、ハンパンダが例によって、どかんと並んでいる。鹿のはく製でよく見られる、首の壁掛けになったハンパンダもある。

地下のフロアには、これまでの野田凪仕事がわんさと置いてある。YUKIの一連の仕事、ラフォーレの仕事など、女子の発想と、ちょっとダークな異形愛のようなものがミックスされた独特の世界。

そういえば、秋山道男のクラシクス・スモール・ラグジュアリのロゴも野田凪だった。仲條正義かのような端正なデザインで、きちんと秋山仕事と見えるのがさすがだった。野田凪は、葛西薫の弟子でもあるので、こういうことも出来るのだ。

ギャラリー・トークは大盛況。変わり者のお父さんの話、アカシック・レコードにすぐ入ってしまう自分の話がとても興味深かった。

終わった後、末井さん、神蔵さん、阿部優子らと一緒にギャラリー内で記念写真を撮る。

『ホテル・ルワンダ』。 

2006年02月18日(土) 17時33分
2月4日。

シアターN渋谷に行って、『ホテル・ルワンダ』の様子を見る。16時くらいの時点で、18時台から始まる最終回は満員だった。その次に、20時30分から始まる回というのもあって、これはまだ入れる。整理券の番号を訊くと30番。悪くない。しかも、よくよく聞いてみると、この回はレイトショーなので、1200円で入れるのだった。

ということで、整理券をもらう。

日本ではオクラ入りになりかけたけれど、観た人が評価して、その意義を訴える活動をして、2年経って公開になったという、たぶん、そのことに意味がある。

地味だけれど、恐さとやるせなさがじわじわと後からやってくる作品だ。

ドン・チードルとニック・ノルティがとにかく素晴らしい。

ルワンダで民族同士の争いにより、100万人を超える大虐殺があったこと、蛮行としか言えないそれが、実はほんの10年ほど前であったこと、それを国連が見守っていて、軍を派兵しているのにもかかわらず、最後は勝手に殺しあえばいい、と無視したこと、そして、その事実が、日本ではほとんど報道されなかったこと。

シンプルではあるけれど、とんでもない事実が、今でも世界の心根は貧しいままであるという現実をまざまざと見せつける。
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