「理論」について考える

February 09 [Thu], 2012, 16:34
「理論」について考えるという変なタイトルのブログですが、本人は真剣です。どうもがまんできず、書いています。日本の大学や教育界の理論的指導者が、「理論」というものを理解しない理論的指導者だもんですから、この数十年生産性は低いままです。
簡単にいいますと、例えばガン研究では、祖父の代のレベルから父の代のレベルへ進歩して、私たちの代では飛躍的に進歩しました。子どもや孫の世代では、大いに研究は進みます。このように「理論」は縦につながって進歩します。ところが教育界では縦につながって発展するスキームがありません。試みにパソコンで教育理論と打ち込んでご覧になると、「ディユーイの教育理論」とか「ヘルバルトの教育理論」とかいうのが横並びに出てきます。それはそれぞれ特色があるといっているだけで、各人の好みによって選択されているにすぎません。極端にいうと、ギリシヤ時代の医学と現代の最新医学を並置して、好みにまかせて選択しなさいといっているみたいです。芥川の文学,谷崎の文学のどちらがすきかは科学的研究ではありませんから、お好きなようにどうぞですませられますが、科学の研究では好き嫌いでは困ります。「これまで分かっていること」「これが分かっていないが、何をすれば分かるか」という分かっていることと分かっていないことが分かっていなければなりません。それが全くだめです。
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