『肌色TV』リニューアル計画のお知らせ 

November 20 [Thu], 2008, 13:30
とりあえず、優子は『肌色TV』の主催からは降ります。
『肌色TV』は続けますが、主催はナオミという変な女に任せることにしようかと思います。

やっぱ、優子はライブで発信していこうと思います。

優子、ときどき美知子日記は続けます。http://yaplog.jp/me-ism_yuko/

お返事です。 

November 19 [Wed], 2008, 17:38
>田中さん

戦争の話もSEXの話もしたいんですよね。でも、面倒なのはむしろSEXの話のほうですよ。

>田丸さん

そうはしたくないんですよね。理想論ですがね。

>市川さん

それも考えてます。

>光★さん

自分的には疲れて無いんですよ。むしろ元気!

>蓮ちゃん

いや、ずれてない。そうあってほしいものだよね!

>裸愚庵 若林菜沖

そこがネットのいいところでもあるんですけどね。無責任にもなれてしまうってのが怖いっすね。
蓮ちゃんも言ってたけど、「確かにネットでは、顔とか解らないから誰でも好きな事言えるからなぁ・・・
」ですな。

ネットであろうと、実際会って話そうと適切な距離というのが難しいですよね。

おひさ 

November 16 [Sun], 2008, 15:43
私の悩みの大半は“コミュニケーションの不在”だった。

そして、『社会の移り変わりと個人の悩みというのはこうも密接な関係あったんだなぁ…』
と思う今日この頃です。

で、最近の疑問。

ネットって本当に、コミュニケーションの役に立ってるのだろうか?
なんか、断絶を深め孤独にさせる方が強い気がするのは私だけだろうか?

今年になってネットに力を入れてみたんだけど…消耗してしまった部分が大きいんですよ。

確かに、真剣なやり取りや、一緒にライブもやったりって楽しい事もあったんだ
けどね。だけど、面倒な書き込みが多かったのも事実。

『肌色TV』みたいに意見をはっきり書くのはリスクが大きいのかな?
面倒な事にならないように、いつしか当たり障りのない言い方になっていたし…。

私もまだ不慣れなメディアだし、ネット自体もまだ発展途上なのだろうか?
知り合いのブログにも、疲れてやめたり、面倒な事になって名前変えてやり直したりをよく見る。

情報ツールとしてはいいんだけど、コミュニケーション・ツールとしてはどうなんだろうね?



ブログって 

September 03 [Wed], 2008, 0:52
久しぶりの更新です。

最近、ブログのあり方を改めて考えちゃいましてね。

いろんな人が見る以上、いろんなコメントが来るのは当たり前なんですが、それだけに返信って難しいですよね。

直接会ってれば、「違うよー」って笑いながら言うところを、ブログだと「違うと思う」とかになってなんだか素っ気ない。

また、時差もある。
優子の場合、毎日ブログ見るワケじゃないので、返信が遅れ勝ち。(どうかすると一週間ぐらい見なかったり…)
そうすると、無視されたと思っちゃう人もいるでしょう。

うーん…難しい。

8月15日を知る《4》 

August 11 [Mon], 2008, 9:34


そして、原爆が落とされるまで


太平洋戦争(大東亜戦争)
アメリカの経済制裁を受けますます苦しくなる日本。

1941年12月8日ついに、日本はアメリカと戦争をすることになった。

鉄や石油の80%から90%をアメリカの輸入に頼っていた日本は、東南アジアの油田を何としても確保しなければならなくなったのでした。
※アメリカは石油や鉄の輸入を止め、日本を追い詰めて、戦争をさせようとしたのではないだろうか?
『正義の国アメリカ』の建て前を守るには、日本から攻撃してくる形が好ましい。だから、もはや「日本の将来の為には戦争しかない」と思わせるとこまで追い詰めた感じもする。


アメリカとの戦争は、ヨーロッパで起きた『第二次世界大戦』への参加でもあります。
日本は、ドイツのヒトラーとイタリアのムッソリーニと言う2人の独裁者(ファシスト)と手を組みました。


東南アジアでの戦い
日本の戦場は主に、フィリピンやニューギニア、ボルネオ、ビルマ(今のミャンマー)などの東南アジアの島々です。

中でもフィリピンやニューギニアが激戦地でした。
今や観光地として有名なグアムやサイパンなどはその最たる場所でした。

※なんか、日本とアメリカの戦争なのに、戦場は別の国で迷惑を被ったのは別の国の人たちなんですね。
優子のバイト先の近くにフィリピンパブがあるけど、日本人ってフィリピン人にもずいぶん迷惑かけてきちゃったんですね。知らなくてすいませんでした。


さて、戦況ですが物質的に劣る日本がアメリカにかなうわけがありません。
最初の半年ぐらいは頑張っていたものの、どんどんアメリカに押されていきます。

沖縄戦→原爆→終戦
南の島々から登って来て、1945年4月にアメリカは沖縄まで来ました。
沖縄戦は、15万人の沖縄の人を殺す最大の戦地になってしまいました。

この頃には、ヒトラーは自殺、ムッソリーニは反対派の市民に虐殺され、ドイツ、イタリアも無条件降伏をしたのです。もはや、闘っているのは日本だけ。

そして、8月6日には広島に、8月9日には長崎に人類最大の狂気“原爆”が投下され、何十万人もの一般市民がアメリカきよって虐殺されました。

1945年8月15日

こうして、太平洋戦争は日本の無条件降伏で終わりました。


以上が、優子が調べた、第二次世界大戦終結までの流れ(歴史)です。
今回は、あまり意見は言いません。この流れの中に、今だに問題になっている事柄が幾つもあります。
ただ、北朝鮮の拉致事件にしても、日本が朝鮮を日本の領土にしていた事を知らずに語るのは片手落ちな気がするし、日本の一般市民を無差別で攻撃し、核兵器まで使って殺したアメリカを無条件に信じるのもどうかと思う。
そういう流れ(歴史)は現在も脈々と続いているのだなぁ、と思った。調べて、知ってよかったと思う。


ともあれ、1945年の8月15日というのは、人々が戦争と言う“いつ死んでもおかしくない恐怖”から一旦は解放された日なのです。

だから、優子は『解放〜FREEDOM〜』と言うイベントタイトルを付けてみました。

今回は、優子のお勉強の王道パターンの漫喫で漫画+wikiの他に、教科書とコン
ビニ・ブックという、誰でも手にする本を元に書きました。

参考にした漫画は、『龍-RON-』(小学館)、『国が燃える』(集英社)、『興亡と夢』(集英社)※漫画ではないが、“ヤングジャンプ”に連載されてたそうです。

教科書は、『新しい歴史教科書』(扶桑社)、『高校世界史』(実教出版)

コンビニ・ブックは、『図解日本史』(成美出版)、『世界の中の日本史』(成美出版)、『太平洋戦争の秘密』(学研)、『教科書が教えない歴史』(産経新聞出版)

です。    優子                                    
 


明治維新1868
  ↓
日清戦争1894
  ↓
日露戦争1904
  ↓
日韓併合1910
  ↓
第一次世界大戦1914
  ↓
世界恐慌1929
  ↓
満州事変1931
  ↓
日中戦争1937
  ↓
第二次世界大戦1939 
 ↓
太平洋戦争(大東亜戦争)1941


8月15日を知る《3》 

August 11 [Mon], 2008, 9:33


問題の満州国とは何?

ここで、満州国についてちょっと。

五族協和大東亜共栄とは?■
『満州国(1932年〜1945年)』とは、日本が中国に作った傀儡国家(日本が操っている国)。

しかし、理想の国家を作るという夢もあったように思う。

陸軍の石原莞爾の考えていた満州国には、『五族協和』という中国人、韓国人、モンゴル人、満州人、日本人が平等に住める国を造るという理想があったようです。
すなわち、東洋におけるアメリカのような国。しかも、アメリカのように先住民(インディアン)を追い出したりしないでだ。

幕末から受け継がれた、平等で平和なアジア(東亜共栄)を作り、欧米の侵略から守る。
その理想のケースが、五国共和の『満州国』だったと思う。日本の海外進出にはそういう理想が含まれていたようだ。※でも、石原莞爾は、張作霖爆殺や柳条湖事件などの謀略を起こしたりもしたんだよね。

しかし、そんな理想は考えず、日本のみが強大になること、または、自分が甘い汁を吸うことに専念する奴も出て来る。(と言うか、そういう奴の方が多い気がするぞ)

そして、理想ばかり言う石原は、1937年に満州国から外された。
石原と言う指針を失ってから、陸軍の暴走は加速する。
『五国共和』の夢は消え、日本は完全に欧米と同じ侵略国家になってしまった感じがする。

石原に代わりに1937年から満州国を仕切ったのが陸軍の東條英機で、この人が戦争をどんどん拡大して行く。
満州国は、どんどん植民地化して行き、少数の資本家や役人ばかり儲かるようになったようだ。
※満州国を造るに当たり、政府の責任者として岸信介(戦後、A級戦犯から首相にまで登りつめたやり手。1960年の日米安保を強行に通した人)が満州に来た。この人が来てから日本の企業と癒着した開発になってしまい、五族共和の夢は消えたのではないだろうか。
余談、あの自動車の日産(日本産業株式会社)も、満州で大きくなったんですね!

日本の東南アジア進出
大東亜共栄が建て前化していく中、陸軍はついに東南アジアにも手を伸ばし、1940年に仏領インドシナ(現ベトナム)に進出しました。

これにはアメリカも黙っていません。
東南アジアの利益を邪魔されそうなアメリカは、ついに日本への輸入をストップさせてしまう(経済制裁)。

こうして日本は、救いようの無い不況になっていくのでした。そして、東条英機は、ついに首相となり、アメリカとの戦争を決意します。



今回はここまで。

明治維新1868
  ↓
日清戦争1894
  ↓
日露戦争1904
  ↓
日韓併合1910
  ↓
第一次世界大戦1914
  ↓
世界恐慌1929
  ↓
満州事変1931
  ↓
日中戦争1937
  ↓
第二次世界大戦1939
  ↓
太平洋戦争(大東亜戦争)1941

8月15日を知る《2》 

August 11 [Mon], 2008, 9:31


日清戦争(1894年)

『日清戦争』では、朝鮮をどちらの支配下に置くかで清(現中国)と争います。
日本は勝ったので、兵隊を朝鮮に進めます。

日露戦争(1894年))
次の『日露戦争』では、満州(中国東北部)と朝鮮の支配をめぐってロシアと争います。
で、また勝ったので満州に兵隊を進めます。

日韓併合(1910年)
そして、1910年に韓国を日本の領土にします(日韓併合)。
当然、朝鮮の人の反感は生まれます(反日、抗日運動)。
※この時の、朝鮮と日本の関係はいまだに物議をかもし出しているが、今回はスルーします。

明治維新から40年ぐらいで大国の仲間入りした日本。
アジアで唯一、欧米の植民地にならなかった日本。
第一次世界大戦でも、イギリス側に付き、中国での権利を拡大した。
この日本の進撃は欧米列強の支配に苦しんでいる国々に勇気を与えたという一面もあったようです。

そんな日本に逆風が吹きます。

1923年の関東大震災、冷害による農作物の凶作。
そして、1929年のアメリカから始まった『世界恐慌』です。
それらの煽りをまともに喰らい、日本は大不況に陥ります。
東北の農家では餓死者が出る始末。女の子はほとんど女郎に売られたそうです。

このどん底を脱出するには、肥えた広大な土地『満州』を手に入れなければ!
と言う意見が支持されるようになりました。

満州事変(1931年)
そして1931年、ついに『満州事変』を起こし、満州を占領するのでした。
当然、中国の人の反感は生まれます(反日、抗日運動)。

満州に滞在していた日本陸軍(関東軍と言う)は、1929年に満州付近の中国人実力者、
張作霖(ちょうさくりん)を列車ごと爆殺します。

次いで1931年に、中国人の仕業に見せかけ、満州鉄道を爆破してそれをきっかけ
に満州全域を押さえます(柳条湖事件→満州事変)。

そして1932年ついに、念願の『満州国』を建国します。

しかし、国連は『満州国』をまともな国として認めませんでした。怒った日本は国連を脱退し、国際的に孤立します。


そしてその頃、日本国内では思想統制が始まりました。

治安維持法(1925年)』が出来、軍部のやり方を批判する人たちを逮捕したり、都合の悪い出版を差し押さえたりしたしました。
※最近、売れている『蟹工船』の作者小林多喜二も、この『治安維持法』によっ
て拷問死させられました。

国家総動員法(1938年)』で、日本のすべての資源や労働力を政府が自由に出来  、その大半を軍備に回すことが決まりました。庶民の暮らしは益々悪化していきます。

こうして、事態はどんどん戦争をする方向に進んで行きます。

日中戦争(1937年)
そして1937年、北京付近の盧溝橋(ろこうきょう)での戦闘をきっかけに、本格的
な戦争、『日中戦争』に発展して行くのでした。
※この時、南京で日本軍による虐殺があったことに関しては、いろいろ物議をかもし出していますが、今回はスルーします。


今回はここまで。


明治維新1868
  ↓
日清戦争1894
  ↓
日露戦争1904
  ↓
日韓併合1910
  ↓
第一次世界大戦1914
  ↓
世界恐慌1929
  ↓
満州事変1931
  ↓
日中戦争1937
  ↓
第二次世界大戦1939
  ↓
太平洋戦争(大東亜戦争)1941




8月15日を知る《1》 

August 11 [Mon], 2008, 9:30


8月15日を知る



毎年、8月15日は何らかのイベントに参加している優子です。今年は、なんと主催です!

ところで、8月15日とは何の日か?

そう!第二次世界大戦・日中戦争が終わった日として“終戦記念日”と言われてる日です。
では、『第二次世界大戦・日中戦争』とは何ぞや?ってことで私なりにいろいろ調べてみました。

ざっと、流れを書くと、


明治維新1868
  ↓
日清戦争1894
  ↓
日露戦争1904
  ↓
日韓併合1910
  ↓
第一次世界大戦1914
  ↓
世界恐慌1929
  ↓
満州事変1931
  ↓
日中戦争1937
  ↓
第二次世界大戦1939
  ↓
太平洋戦争(大東亜戦争)1941
  ↓
終戦1945


です。


【第二次世界大戦・日中戦争とは?】
簡単に言うと、日本・ドイツ・イタリアVSアメリカ・イギリス・フランス・ソ連・中国の戦争ですね。

まず、1937年から、中国大陸を戦場に、日本と中国が戦争になります(日中戦争)。

次に、1939年にヨーロッパを戦場に、ヒトラー率いるナチス・ドイツとムッソリーニ率いるイタリアが、
イギリス・フランス・アメリカ・ソ連と戦争を始めました。これを、『第二次世界大戦』と呼びます)。

そして、1941年に日本はフィリピン、ニューギニア、ビルマなどの東南アジアを主な戦場に、アメリカと戦争を始め、第二次世界大戦に参加します(大東亜戦争、または太平洋戦争。
日本は、中国と戦いながらアメリカとも戦ったのですね。

勝ったのはアメリカ中国・イギリス・フランス・ソ連などの国。
日本・ドイツ・イタリアは負けました。
そして、すべての戦いが終結したのが1945年8月15日と言うことです。

まあ、ここまではいいとして、問題は“何故、戦争になったのか?”です。

それには、優子の大好きな坂本龍馬さんのいた幕末まで遡らなければなりません!

【すべては凶暴なヨーロッパの国々の侵略から始まった】

戦争になる前提状況として、欧米の植民地政策の恐怖があります。

1853年にアメリカのペリーが日本に来て開国を迫ります。

その頃の欧米は、植民地(力で奪い取った国)をアジアにまで求めてきました。
すでに、アヘン戦争以降、中国(当時は清)は欧米の分割が始まっていました。

日本は欧米の植民地にならないために早く近代化して力をつけたいと思いました。
これが、龍馬さん達がやっていた『倒幕運動』ですね。
徳川幕府は倒れ、日本は近代国家のみちを歩き出します。

※しかし、ヨーロッパ人の侵略の残酷さは凄まじいです!
16世紀頃、スペイン人は南米でアステカやインカの人々を虐殺して文明を滅ぼし占領し、
イギリス人は、アメリカ大陸でインディアン(ネイティヴアメリカン)から土地を奪った。
イギリスはその後、インド、オーストラリアや、アフリカ、東南アジアの国も占領した。
フランスも、アフリカやインドシナ(現ベトナム)を占領した。
特に、アフリカの黒人捕まえて、奴隷として使ったのは最低の行為だと思う。
ヨーロッパやアメリカの人って彫りが深くて美形で、背も高くて足も長くて、カッコイいって思ってたのに、
そんな残虐で傲慢な事してたんですね…ショック!まぁ、みんながみんな、そうではないだろうし、反対した人もいたんでしょうけど。


その凶悪な侵略の手が日本にも伸びてきた!

「このままでは、アジアは欧米列強の奴隷になってしまう!」

と、言うことで、日本を強い国にすると同時に、朝鮮や中国や東南アジアが力を合わせて欧米列強に
対抗出来る共同体を作ろうと言う考えが出てきました。これを、『大東亜共栄』と言う。※優子の好きな龍馬さんや勝海舟も考えていたようですね。

この思想は、満州国設立太平洋戦争に大きな影響を与えたようです。

1867年、明治維新で日本が近代国家としてまとまると、一気に力を付けて行きます。

そして日本は、日清戦争(1894)日露戦争(1904年)などに勝ち、中国大陸に進出して行くのでした。




今回はここまで。

共鳴する加藤容疑者とミス・キャン 

July 13 [Sun], 2008, 6:56


もはや、「犯人は人間じゃない!」とか「即刻死刑だ!」などと、犯人個人をな
じっている場合ではないのかもしれない。
犯人を死刑にすれば終わる、そんな簡単に済む問題ではなくなっているのかもし
れない。
事実はもっと狂気をはらんで私たちに深く浸透しているのではないだろうか!


秋葉原通り魔殺人の加藤智大容疑者(25)の掲示板の書き込み。

「やりたいこと…殺人、夢…ワイドショー独占」

明らかに江東区のバラバラ殺人の星島容疑者(33)を意識した発言だと思う。

「『誰でもよかった』わかる気がする」

この書き込みは、土浦の通り魔殺人の金川容疑者(24)に触発されたものらしい。

彼らは実生活ではあまり女性にモテず、友達も少なかったようです。

彼らは共鳴し合ったのかもしれない。
しかし、もっと大きい共鳴は他にある気がする。



去年の12月に“ミス・キャンパス”なる東大生が自身のブログに「こじき」「恵
んでやる」などの表現でインド人を侮蔑する書き込みをして“ブログ炎上”して
しまいました。

写真を見ましたが、彼女は美人です。
よく飲み会などもやっていて友達も多かったようです。
学歴としても東大なら一般的には文句ないところでしょう。「才色兼備」という
やつですね。“学校教育的”にはとても上手くいっていたわけですね。

だけど、彼女の中には差別意識がありました。確実に“上目線”でした。

この“上目線”こそが、加藤容疑者のように歪んだ人間たちが絶えず気にしてし
まう視線だと思います。

素敵なパーティーに出たり、ファッション雑誌でポーズを取ったり、飲み会では
イケメンと写メに収まってみたりする彼女。
それに比べて、朝の5時に起きて仕事に向かい、単純作業の繰り返しを8時間続
け、コンビニ弁当を買って一人の部屋に帰る。楽しみはネットやゲームだけの彼
。境遇や将来性は天と地ほど違うでしょう。
多くの人は彼女のような人に“人生の勝ち”を見るのではないでしょうか?

しかし、優子は両者に同じ問題点を感じてしまいます。(両者が同じと言っている
わけではありませんよ)

それは、

『他人を想えない』

ということです。
「人の事を考えない」とかではなく、「想えない」のです。想いたくても想えな
いのです。

人並み以上に人との繋がりを渇望しているのに、それでも人を想えない。まるで
、その機能が欠落しているかのようです。

そして、同じ心的要因なだけに“上目線(優越感)”と“劣等感”は強烈に共鳴してしま
うのではないでしょうか?

これこそが、より狂気を増幅して、私たちの世界をさらに暗く覆ってしまう負の共鳴
のような気がします。


背中のほうからだんだんと巨人になっていく恐怖 

July 13 [Sun], 2008, 6:32



最近のテーマは“破壊されていく自然と、破壊されていく精神”とでもいいましょうか…どうも、この2つは密接な関係にある気がするんですよね。

それにしても、異常な事件が多い!


…というワケで自分なりに犯罪と、環境問題の研究を開始いたしました。 去年の年末から約半年で14件も!(漏れてるのもあるからそれ以上かも)



■2007■

@12/15佐世保散弾銃乱射(37才1970生まれ)



■2008■

A1/9青森で(18才1990生まれ)が母親、兄弟2人を殺し放火。母親のお腹に人形を埋める。



B1/29品川で包丁をもった高校生暴れる。(17才1991生まれ)



C3/23土浦駅で無差別殺人(23才1985生まれ)



D4/18江東区OLバラバラ殺人(33才1975生まれ)



E4/23豊田市女子高生殺害



F5/7舞鶴市女子高生殺害



G6/2松戸「指を指してバカにされた」と32才の男(1976生まれ)、集団登校中の小学生に車で突っ込む。



H6/9秋葉原無差別殺人(25才1983生まれ)



I6/27三重県、彼女の母親を殺害。現金を奪い何食わぬ顔で彼女と旅行(18才1990生まれ)



J6/27奈良県父親殺害(17才1991生まれ)「殺してみたかった」



K7/1岩手県で17才女子殺害



L7/2群馬県トビ職仲間殺害(17才1991生まれ)



M7/6京都で14才女子が通行人を刃物で襲う



特に、この1ヶ月ぐらいは7件も!

もはや、誰かが指示を出したか、洗脳したと言われたほうが納得出来る。ますます、得体の知れない狂気は増すばかりではないか…。






P R
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