フランス文学の歴史 - 20世紀 

2014年08月02日(土) 23時08分
20世紀のフランス文学は(ポール・ヴァレリーが予言したように[4])歴史的・政治的・精神的・芸術的な危機の深い痕跡を留めている。この世紀を特徴づけているのはシュルレアリスムであり、これは特に詩を刷新した(アンドレ・ブルトン、ロベール・デスノス、ルネ・シャールなど)が、またアルベール・カミュやジャン=ポール・サルトルらの実存主義も新しい哲学である(サルトルは「実存主義はユマニスムである」と語った)。この世紀の芸術家たちの最大の起点は政治的な衝突に関係したものであった。戦争は小説だけでなく詩にも影を落とした。直接的に戦争と向き合った作家に、対独レジスタンスに参加したアンドレ・マルローや飛行士として従軍・戦死したアントワーヌ・ド・サン=テグジュペリらがある。サルトルらの実存主義者たちも現実への参加(アンガージュマン)へと向かった。実存主義はまたサミュエル・ベケットやウジェーヌ・イヨネスコらの不条理演劇を生み出した。
人間心理を精緻に掘り下げる小説家としてはマルセル・プルーストとアンドレ・ジッドの両巨匠が現れた。ルイ=フェルディナン・セリーヌが、街中の現実世界に最も近いところからの文法的アプローチや気ままな隠語と織り交ぜられた新語の創造によって、あまりにも洗練されすぎ生から遠くなってしまった語りに疑義を投げかけた役割も無視できない。
アラン・ロブ=グリエの『新しい小説のために』(Pour un nouveau roman)によって理論化されたヌーヴォー・ロマンは当初はわずかな数の作家にしか影響しなかったが、後にはミニュイ社(fr:Les Éditions de Minuit)の作家たちとして総称される一団の作家を導いた――ジャン・エシュノーズ、ジャン=フィリップ・トゥーサン、タンギー・ヴィエル、クリスチャン・オステール、ロラン・モヴィニエ、クリスチャン・ガイイなど。1960年に創刊された前衛雑誌『テル・ケル』にはロラン・バルト、ジョルジュ・バタイユ、ミシェル・フーコー、ジャック・デリダ、ジュリア・クリステヴァらが名を連ね、構造主義とポスト構造主義は世界的な影響力を持った。
ヌーヴォー・ロマンの後(もしくは五月革命の後)では、厳密な意味ではどのような文学運動も頭角を現していない。レーモン・クノーやジョルジュ・ペレック(それから今日ではジャック・ルーボー、ポール・フルネル、ジャック・ジュエ、エルヴェ・ル=テリエなど)が属したウリポ(潜在的文学工房)は事実上は運動ではなく制作サークルとして受け止められている。ヌーヴェル・フィクシオンとしてグループ化されるfr:Hubert Haddad、フレデリック・トリスタン、ジョルジュ=オリヴィエ・シャトーレノーなどの作家もそうである。今日ではセルジュ・ドゥブロフスキーによって作られたオートフィクションの概念によって一定数の作家を括ることが可能かもしれない。しかしながら、時として対立する感性・創作姿勢・作品世界を持つ十人十色の作家たちを1つのラベルにまとめるのは難しい。こうした定義は、あまりに自己中心的で、サン=ジェルマン=デ=プレ的[5]で、純商業的な観点からは国外の反響もほとんどない文学であるとする攻撃者[誰?]によって議論の的ともなっている。

参照元:ウィキペディア「フランス文学

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フランス文学の歴史 - 19世紀 

2014年08月02日(土) 23時07分
19世紀は数々の傑作を生んだ重要な世紀であるが、我々にも近いこの文学時代は包括的な理解が難しいものであり続けている。多くの文学史家にとって、フランス文学の19世紀は フランソワ=ルネ・ド・シャトーブリアンとそれからヴィクトル・ユーゴーのロマン主義、スタンダール、オノレ・ド・バルザック、ギュスターヴ・フローベールのレアリスム(写実主義)、エミール・ゾラの自然主義などの時代である。
1830年のエルナニ合戦を1つの頂点とするロマン主義の隆盛は部分的にはその原因をいくつかの視点から見出すことができる。フランス革命が刺激した自由の高まり、それから無秩序、不安定さがもたらす混乱、世紀前半からの政治の不確実性といった要素に重点を置く者もいる。この観点からは、思想を持ち、政治・社会体制への反対を表明する作家の姿が捉えられる。先にロマン主義が誕生したイギリスやドイツでは革命によるいささかの衝撃も受けていなかったので、フランス革命とその後の政治的混乱は(完全には)ロマン主義の開花を説明しないとし、フランスの文人による英独文学の研究と読書による影響を強調する者もいる[誰?]。
レアリスムはより漠然とした分類であり、シャンフルーリの定義によって後になって作家たちに付けられたものである。スタンダールやバルザックはロマン主義とレアリスムの中間に位置する。ギュスターヴ・ランソンの『フランス文学史』(1894)は長く権威となっており、レアリスムとロマン主義を定義した部分で多くのページをバルザックに割いている。「かくて、その無能力と能力のために、バルザックは小説の中でロマン主義とレアリスムの分離を行った。しかしながらその作品の中には何か途方もないもの、ロマン主義的な起源を持つ過剰さや極端さが覗いている。」[3]
レアリスムとは逆に、自然主義はエミール・ゾラが長きに亘り説き続けた明確な運動であった。
詩では、ロマン主義への反発から、「芸術のための芸術」を標榜し、客観と形式を重視するテオフィル・ゴーティエらの高踏派が生まれ、さらに高踏派やレアリスムとは反対に象徴と内面性に重きを置く象徴主義が台頭した。象徴派の代表的な詩人にはシャルル・ボードレール、アルチュール・ランボー、ポール・ヴェルレーヌ、ステファヌ・マラルメなどがいる。

参照元:ウィキペディア「フランス文学

フランス文学の歴史 - 18世紀 

2014年08月02日(土) 23時07分
18世紀は啓蒙思想(仏: Lumières 「光」)の世紀と呼ばれる。この「光」というメタファーによりこの世紀は、ルネサンスの精神と前世紀のデカルト主義を通じ、蒙昧(仏: Ténèbres「闇」――蒙昧主義と偏見)に対する理性の勝利を確立しようとした。啓蒙思想はヨーロッパの現象であるが、この時代フランス語はヨーロッパのリングワ・フランカの地位を獲得しており、フランスの哲学者たちが世紀の思想を最も良く結晶化させ、フランス革命を越えてヨーロッパと全世界に恒久的な影響を残すことになる新しい諸価値を浮き彫りにした。
コデルロス・ド・ラクロやマルキ・ド・サドなどリベルタン小説の流れなどもあり文学の多様化が進んだが、概してフィロゾーフ(広義の哲学者。理性と熟慮に基づき行動する知識人を指した[2])の時代であった。啓蒙主義の主要なフィロゾーフにはヴォルテール、ジャン=ジャック・ルソー、『百科全書』のドゥニ・ディドロ、シャルル・ド・モンテスキューらがいる。

参照元:ウィキペディア「フランス文学