穀粉製造とは

January 07 [Mon], 2013, 0:43
私は、元来、演劇の「眼に訴へる効果」なるものを、人物の表情以外、さほど重大なものと考へてゐないのである。まして舞台上の機械的装置は、往々、観客の想像力を殺ぎ、芸術的効果を傷ひ、いはば幻滅に近い印象を与へるものであることを屡々経験してゐる。人物の動作にしてもさうである。その動作が激しければ激しいほど、俳優は自己をマスタアすることができず、或は舞台そのものの構造と調和せず、観客に一種の焦慮を与へ、時としては面をそむけさせるに至るのである。例へば、舞台上で走つたり、倒れたりする動作などは、いかに熟練した俳優でも、デリケェトな観客を苦笑せしめずには措かないのである。
 この点、ラヂオ・ドラマは、大変助かるには違ひない。しかし、悲しいかな、聴取者の想像力には限りがある。見物の想像を許さぬ俳優の魅力ある表情姿態は、これをラヂオ・ドラマに求めることができない。それにしても、不必要に見物の想像力を疲れさすことは慎しんだ方がよろしい。あの音はなんの音だらうか。あの叫び声は誰の叫び声だらうか。眼のない聴手が、かう自問自答する努力は、やがて、神経の濫費となつて、作品全体の鑑賞を妨げ、遂には、アンテナを外せといふことになるかもしれぬ。
「耳から眼へ」伝ふべきものと、「耳から心へ」直接に愬ふべきものとを、区別吟味しなければならぬわけである。
プロフィール
  • プロフィール画像
  • アイコン画像 ニックネーム:h2j4thwl
読者になる
2013年01月
« 前の月  |  次の月 »
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31
最新コメント
ヤプミー!一覧
読者になる
P R
カテゴリアーカイブ
http://yaplog.jp/h2j4thwl/index1_0.rdf