ポスト構造主義・ポストモダニズム 

June 29 [Sun], 2014, 22:39
1966年、ストラスブール大学に端を発した学生運動はフランス全土に拡大し、いわゆる五月革命がおこると、あろうことか本来労働者の側にあるはずのフランス共産党(PCF)がストライキを押さえ込み、当時の左翼文化人もこれを支持し、マルクス主義への民衆の幻滅を後押し、マルクス主義の頽落と共に近代的な主体という概念を前提に、積極的な政治参加を肯定したサルトルの実存主義も運命を共にすることとなった。五月革命の結果は、左翼勢力が民衆の支持を失い、保守勢力による安定的な政治・ハイテクを背景にした大量消費社会の実現を準備したのである。
そして、実存主義・マルクス主義を批判してきた構造主義にも批判が生じ始める。構造主義は、主体たる人間が無意識的に普遍的な構造に規定されていると主張し、現象の背後にある構造を分析することによって、あるシステムの内的文法をとりだすことができ、各システムはそれにしたがって作用する。そこでは、あらゆるものが予想可能になり、偶然性や創造性といったものが排除されてしまうのである。
いわゆるポスト構造主義の論者とされる者たちは、構造主義のもつ、構造を静的で普遍的なものとし、差異を排除する傾向に対して、それは西洋中心のロゴス中心主義であるとして異議を申し立てたのである。デリダによると人間が言葉(ロゴス)によって世界の全てを構造化できるという発想自体、実存主義・マルクス主義と同様に西欧形而上学から抜け出せておらず、構造主義によって形而上学を解体しようという試みもまた形而上学にすぎないと批判し、脱構築による階層的な二項対立を批評する。ミシェル・フーコーは、当初構造主義者とみられていたが、権力の構造を暴くことにより、西欧的な理性・絶対的な真理を否定していることから、ポスト構造主義者とみられるようになった。
そのような状況下において、リオタールは、『ポストモダンの条件』(1979年)を著したが、彼によれば、「ポストモダンとは大きな物語の終焉」なのであった。「ヘーゲル的なイデオロギー闘争の歴史が終わる」と言ったコジェーヴの強い影響を受けた考え方である。正にマルクス主義のような壮大なイデオロギーの体系(大きな物語)は終わり、高度情報化社会においてはメディアによる記号・象徴の大量消費が行われる、とされた。この考え方に沿えば、"ポストモダン"とは、民主主義と科学技術の発達による一つの帰結と言える、ということだった。
このような文脈における大きな物語、近代=モダンに特有の、あるいは少なくともそこにおいて顕著なものとなったものとして批判的に俎上に挙げられたものとしては、自立的な理性的主体という理念、整合的で網羅的な体系性、その等質的な還元主義的な要素、道具的理性による世界の抽象的な客体化、中心・周縁といった一面的な階層化など、合理的でヒエラルキー的な思考の態度に対する再考を中心としつつも、重点は論者によってさまざまであった。したがって、ポスト・モダニズムの内容も論者や文脈によってそうとう異なり、明確な定義はないといってよいが、それは近代的な主体を可能とした知、理性、ロゴスといった西洋に伝統的な概念に対する異議を含む、懐疑主義的、反基礎づけ主義的な思想ないし政治的運動というおおまかな特徴をもつということができる。その意味で単なる学説・思想ではなく、より実践的な意図をも包含するムーブメントといえるのである。それは左翼なき社会、大量消費社会において、自由と享楽を享受しながらも、反権力・反権威である続けるための終わりない逃走なのである。

参照:Wikipedia「フランス現代思想

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新トマス主義 

June 29 [Sun], 2014, 22:39
トマスの思想は、近代的認識論の成立により、急速に衰え始めたのであるが、19世紀になると、新トマス主義の存在論として復活した。大きくフランス・スピリチアリスムの伝統の中から復活したものといえるが、新トマス主義には、人格神たる神が存在するという神学的な立場を前提に、トマスの哲学を研究しようとするもの、そのような立場については判断を留保し、現代的な哲学・科学の成果を取り入れ、修正すべき点は修正した上でトマス哲学を研究しようとするものの二つに大きく分かれるといってよい。特に論争となっている点は、カントによる批判哲学、認識論の研究成果については、エティエンヌ・ジルソンのように、存在論に対する認識論的優位を認めてしまうと、結局は観念論に行き着いてしまうことからする消極的な立場と、むしろトマスの哲学には認識論的に示唆に富む記述が多いとして、フランス反省哲学のように、これを現代的に修正していこうとする立場がある。もっとも、前者の立場といえども哲学はあくまでも理性に基づくものであり、「神と魂の存在」という共通の信念をもっているとしても、神学とは区別され、その限りで「キリスト教的哲学」というものも存在するというのである。

参照:Wikipedia「フランス現代思想

フランス反省哲学 

June 29 [Sun], 2014, 22:39
ラシュリエ、ラニョーらによって始められた、デカルトに端を発するフランスの哲学的伝統の下、フランス・スピリチャリスムのメーヌ・ド・ビラン哲学の土壌に、イマヌエル・カントの批判哲学を移植した哲学をフランス反省哲学という。反省とは論者によって微妙なニュアンスの違いがあるが、常に精神をその作用およびその産出物において考察することをその方法論とし、直観主義に異議を唱える。生の哲学にも現象学にも大きな影響を受けず、独自の思索を深めたが、フランスでも地味な存在であるという。ポール・リクールがその伝統を引き継いでいる。

参照:Wikipedia「フランス現代思想
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