政府が協力を求めたのは、統治側・加害者側に立つ専門家@放射線の

September 11 [Tue], 2012, 6:38
原発や核実験の放射線の健康影響を研究してきた専門家の大多数は保健物理とよばれる分野の専門家であって、医学者ではなく物理学化学生物学などで訓練を受けた研究者が属する。
この分野では原発の開発とともに原発による健康被害を抑えつつあまりコストをかけすぎないようにすることが主な研究課題となる。
これが原子力ムラに属することは明らかだ。
他方、医学者で原爆原発の健康影響に関心をはらって研究してきた人はたいへん少ない。
原爆や核実験の健康影響を研究してきた人々がいないわけではないが、そこでは放射線の健康リスク評価は政府や原発推進勢力に有利なものとはならない。
放影研や放医研に関与するなどして、次第に政府寄りに立場を移していった医学者はわずかながらいる。
だが、彼らの中で、放射線による新たな健康被害について研究している専門家はほとんどいない。
ところが政府サイトからチェルブイリ調査に加わったグループがあった。
笹川記念保健協力財団の支援で1991年から2001年にかけて行われたチェルブイリ医療協力事業であり、その中心となったのはIAEAに協力した放影研理事長の重松逸造氏、及び同氏に依頼された長崎大学の長瀧重信氏である。
長瀧氏は長崎大に赴任してきから放射能による甲状腺の被害について研究していた経緯があって、米ソから政治的外向的な要請のあったこの医療協力と調査の活動に関わるいことになった。
そして、長瀧氏の部下としてこの調査医療協力活動に加わった数人の研究者の中に山下俊一氏がおり、長瀧氏を補佐するような地位にあった。
笹川チェルブイリ医療協力事業を振り返って笹川記念保健協力財団、2006年福島原発災害が起こって、どのような対策をとればよいのかというときに、まずチェルブイリの被災者への医療支援を行って来た人々が医学界から求められたのは自然なことだったかもしれない。
だが、その際、菅谷昭医師後の松本市長のように日本での地位をなげうって、5年間被災地に滞在し統治の人々に寄り添い彼らとともに暮らしながら臨床にあたる道を選んだ医師医学者を選ぶこともできただろう。
なぜ、そうしなかったのか。
実際には、そうではなくアメリカ流の原爆被害調査の伝統ABCC放影研を受け継ぐ人たち、つまり長期間かけて大量のデータを収集することにより科学的に価値が高い成果を上げ、核開発の推進に役立てようという姿勢をもつ専門家がことに当たることとなった。
多くの公害問題でもそうなったように、政府が協力を求めるのは被災者側に立つ専門家ではなく、統治側加害者側に立つ専門家になる。
長崎の専門家ということでそれが少し見えにくい事情があったが、そこまで考慮に入れてクリスタル 悪質事態は展開していった。
福島原発災害の放射線健康影響対策では表記長崎大師弟が多大な権限を得て、政府や福島県の放射線対策に関わってきている。
なぜそうなったのかこの両者が1チェルブイリ事故の日本政府筋の医療援助の代表的存在と見なされたこと、2長崎大学が放射線リスク対策の最大拠唐ニ見なされたこと、3政府に協力する原発放射線領域の専門家群の中で医学系でまとまった人員をもつのが長崎大脈であったこと。
こうした事情によるのかと推測できる。
なお長崎大では2002年より21世紀COE放射線医療科学国際コンソーシアム、2007年よりグローバルCOE放射線健康リスク制御国際戦略拠刀vを行った。
グローバルCOEの拠塔梶ーである山下氏はこう述べている。
広島長崎で培ってきた原爆医療の経験を、もっと直接的に社会に活かそうとするもので、本学の教育研究拠唐フ中核に位置付けられている。
ちなみに21世紀COEのスタート直後、同分野に東京電力の寄附講座が設置されるはずだった。
なんと、なんと。
これについては、次回に少し詳しく述べよう。
以上、その5転載終わり、6へ続くー以上転載
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