4月に入った福島は「動物しかいない町」だった

November 13 [Tue], 2012, 1:01
終わりのない警戒区域ペットレスキュー平日はパソコン教室の先生をしながら、ボランティアで猫の保護活動を行っている中山さん。
2011年3月11日、その日もいつもと同じようにパソコン教室で授業をしていた。
福井で感じた震度4の大きな揺れが、東北では大津波となって人々を飲み込んでいることを知るまでに時間はかからなかった。
テレビから流れる恐ろしい光景を見て、毎日ただただテレビの前で涙を流していた。
刻々と変わる状況の中で、震災から4日後には後方支援を開始。
知り合いのボランティア団体が東北に入ってレスキューを始めていることを知り、保護されたペットの一時預かりを申し出た。
そして震災から1週間後。
もう我慢できなくなっちゃったんです。
飼い主と離ればなれになってしまったペットを保護したい、助けを呼べないペットに餌をあげたい。
そんな思いから、東北道の開通を見計らい、車で被災地へ入ることに決めた。
4月中旬の出発までに、ペットの受け入れ先を全国で募集。
30件程度の枠を確保して、福島に向かった。
株式会社レイリー最初は宮城を考えていましたが、2ちゃんねるで見た1つの投稿がきっかけで福島行きを決意したんです。
やきそばさん、と名乗る男性が浪江町のショッピングセンターサンプラザ付近にたくさんの残された犬がいる、えさをあげてほしい、と。
その書き込みを見て、福島行きを決めました。
浪江町への道のりの険しさは想像を遙かに超えていた。
とにかく前に進めない。
1メートル近くの道路の段差なんてザラで、そのたびに迂回。
迂回したら今度は道をふさぐように船がある。
その上、道中出合う犬や猫、ときには馬にエサや水をやる。
浪江にたどり着くまでに果てしない時間を要した。
福井を出るときに用意していた30件の里親枠はあっという間に埋まってしまった。
動物しか暮らしていない、時の止まった町でした。
予定通りにいくことなど何一つなかった。
やせ細ってそれでも飼い主を待ち続けて警戒する犬や猫に必ず飼い主さんを見つけてあげるからねと言いながら、保護を続けましたそれ以降、中山さんの週末福島生活が始まる。
ゴールデンウィークに再び福島に入ったときには、保護や依頼含めて100件に達した。
見てしまったんですよね。
見なかったら、知らなかったら、こんなにも関わらなかったかもしれない。
でも、あの光景を見てしまったら誰でも関わらなくてはいけないと思うはず。
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