映画『最高の人生をあなたと』/J・ガヴラス

May 21 [Mon], 2012, 17:44
58火、シネマera浜松で、最高の人生をあなたとを観る。
90分の映画だから、笑っているうちに忽ち終わってしまうのだろうと勝手に思い込んでいたが、とても長く感じられた。
それは単純に、共感できる部分が少なかったからだが、個人的な共感や好き嫌いで作品を評価してしまうつもりはない。
作品が悪いとは思わないのだが、残念ながら、今の私には判らないのだ。
この映画の主人公夫婦と年代は同じだし、私のような年齢に到った者の老いの感じ方がこの映画のテーマなのだから、私にこそ判っていい筈なのだが、駄目だった。
悲しい。
その訳を、少し個人的な状況も加味して考えてみたいと思う。
1つは、老いそのものでなく、夫婦というカップルそれぞれに湧く老いの感覚のズレ、それがテーマである。
私は連れ合いを失って長いので、まず、この種の悩みに悶々とする事はなくなってしまっている。
想い出してみれば、一緒に生活しつつも理解し合えない些事は日々あって、しかし、それは仕方のない事、愛情の不足によるものだとは全く思わなかった。
元々他人が一緒になるのだから、夫婦になれば100理解し合える等と思う事の方が妄想だ、と感じていた。
妄想にしがみついて、落窒オたりする事の方が、却ってヘンだ、と思っていた。
とは言ったって、ケンカをすれば、憤慨もしたし自己嫌悪にも落ち込んだ。
しかし、それは妄想とのギャップの所為ではないのだ。
この映画では、妻はある日老いを自覚し、これからは第2の人生の生き方を学んで、それを愉しみたいと思っている。
対して、夫は、自分の情熱が大事、だから泊まり込んででもやりたい仕事はする。
この相違がそんなに問題だろうかそれは実に普通の事ではないだろうか2つめ、妻は、家庭の為に教職を捨てた経緯がある。
そして、老いを感じた今、医者にそう言われればアクアビクスに行き、友人に諭されれば、また、ボランティアにも参加しようとする。
しかし、結果、アクアビクスの会場では、自分1人がリズムに乗れず、ボランティアの現場では、若いコーディネーターの言葉に憤慨して帰ってきてしまう。
つまり、老いを自覚した人生を志向しようという思いとは裏腹に、老いに対抗しようとして、当然それがうまくいかない。
家庭人としての時間が長かった所為だろうか、明確に社会性の欠如があって、外に出ようとすると、いろんなものとぶつかってしまう。
もう少し我慢して付き合えば、アクアビクスともボランティアともうまい折り合いのつけ方が見つかる筈なのに。
私の行っているジムでも、おばちゃん、おじちゃん、おばあちゃんおじいちゃんは、あまりいないかな達が、一生懸命エアロビクスを続けている。
それはそれで美しい。
3つめ、夫だって、今はまだ仕事に情熱を感じているとしても、1年先2年先は、もう違うかもしれない。
情熱を感じている内は、そこから無理矢理引き摺り降ろす事はない。
夫のそんな状態を、妻が夫の不理解だと主張するのはおかしいし、すべき事ではないように思う。
仕事を続けていけないと心身で感ずれば、夫自らが降りてくるだろうし、若い者達にバトンタッチした方がベターだと感ずれば、仕事への接し方も自然に変わるものだ。
情熱を失った男に、どんな対処があるか、どんな第2の人生があるか、というのがより重要な問題であって、この映画の夫は、まだそのステージにない。
夫婦が2人、全く同じタイミングで第2ステージに入るというのは、それはそうあって欲しいだろうとは思うけれども、至難な事だ。
ただ、相手のそれぞれの今を認めていく優しさは必要だろうが。
個人的な事柄を曝け出すのは気が引けるが、私は会社を早期退職し、その後に、自分の本当の情熱を見出した。
サラリーマン時代も、自分が多少なりとも会社を動かしているという意識たとえそれが幻想であったにせよは、自分を情熱的に仕事に向かわせたものだった。
決してメサラリーマンだったから、早期退職後に夢を求めたのではない。
だから、第2の人生というものについて、私は何の不安も持っていないし、毎日が楽しくて愉しくて仕方ないのだ。
勿A体はだんだん言う事を利かなくなる。
腰は痛いし、ジムで走るスピードだって、若い時に比べれば落ちた。
でも、それは当たり前の事。
それでも、やりようを見つけ、続けていく事が大事だと思っている。
映画の夫は、単なるサラリーマンでなく建築設計者だ。
冒頭は、過去の功績に表彰される式の場から始まる。
独立したオーナーではないから、厳密には給料を貰っている訳だが、普通のサラリーマンとは違う。
彼が、どれ程自分の仕事に誇りと情熱を持っているか、すぐに判る。
対して、妻は、その授賞式会場の外で、慶びに浸れず、他人事のように感じている。
受賞は、夫の過去に対する評価であり、ある意味でそれは人生の墓標だとも思っている。
妻の孤独はよく判るのだが、だからと言って、夫を自分のペースに無理矢理はめようとするのはどうだろうか。
高齢化社会が進展し、アンチエイジングが叫ばれるが、それよりウィズエイジングの方が大事だと、監督のジュリーカヴラスは主張したいらしい。
観念ニしてそれは勿サるが、しかし、人それぞれのペースというものがあるのだ。
強制はできない。
偕老同穴は理想だが、どちらかが先になり、どちらかが後になる。
同時に墓に入る事はなかなかできない。
妻の母の生き方、亡くなり方に2人が示唆を見つけるのは、実に意義深い。
祖母は、同じマンションに住むが、入口は別。
高齢者同士の付き合いに積極的に参加し、娘に過度に依存したり、孫だけが歓びという生き方とは全く違う。
5年前から胃がんを患っているが、娘には言わない。
高齢の為進行は遅いらしい。
生活の質を落としてしまうような治療は受けず、今を愉しんでいる。
彼女の死によって、険悪な状態にあった夫婦は、互いを見つめ直し、老いを伴にする事を誓う。
しかし、このエピソードも、監督にとって都合が良過ぎはしないか。
祖母は、上のような晩年を送り、死はあっと言う間にやってくる。
映画の上では、まるで、気が付いたら亡くなっていたみたいだ。
そんな最期もなかなかないだろう。
歩けなくなり、ベッドに寝たきりになり、痛みに苦しみ、娘に介護をされる日々それが長いか短いかはともかくは、完璧に省略している。
そうする事で、凛々しい老年の生き方を、殊更に印象付けようとしている。
こんな諸々の訳で、私は映画に共感できなかったのだ。
くだくだしい話しをお聞かせする殊になって、恥ずかしく、また、恐縮しているのですが、遠回りしても、結果的に、これが作品の評価に繋がっていると考えている次第で成瀬心美はあります。
監督脚本ジュリーガヴラス脚本オリヴィエザ撮影ナタリーデュラン編集ピエールアベレ美術イヴスチュワート出演イザベラロッセリーニウィリアムハートドリンマルトル他2011年仏ベルギー英合作
プロフィール
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  • アイコン画像 ニックネーム:gwpphi6ve1
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