みんなで一つの歌を歌ってもいいじゃないか。

September 28 [Wed], 2011, 3:05
朝、すでに嵐の前触れのような雨風が家の壁を叩きけるなか、トントンと扉をはっきりと叩く音。宅配便かな、と思いながら応えると、実は聖書を配って廻っているとの婦人の声。扉を開けずに丁重にお断りした。雨の日は在宅が多いとしても、なにもこんな天気のなか。その逞しい精神と肉体を、先日の反原発デモにせめて打ち込んで欲しかった。6万人がひとの意思表示を持って集まった集会。デモパレード。ネットで流れた写真を見るに明治公園に集まった人々の影は渦となってのみこんでいく巨きな生き物のようだった。参加した友人の話を聞くと、放射能汚染被害いちじるしい福島から多くのひとが、子供やお年寄りまで、わざわざ東京に来て参加していたそうだ。久しぶりに日記を描いて、頭のなかを整理したくなった。この歴史的ともいえる民意の具体表示は、この国の未来に向けてどのような推進力となりうるのかはっきりいって、ここ数ヶ月、僕はこの国の公的機関や民間のメディアに失望している。むしろ、以前からの信頼感も薄らいでいたので絶望してしまったといっても過言じゃない。書き出したらきりがない。なんで事故を起こした民間の東京電力に業務上過失の捜査が行われないのかなんで全国の農水産物の放射能検査を徹底して、即時公表に至らないのかなんで国主導で医療機関による全国民の内部被爆検査をしないのかなんでなんでなんでそれは、政治家、官僚、すべてにおいて既得権益にぶらさがっていたものが私利私欲、保守的な自意識にいまでもぶらさがっているからだ。そうして、特別身近な存在でない限り(究極、自分以外)誰が苦しんでも気にしないでいられる心の持ち主だからだ。そうとしか思えない。人間の自然にもちえる慈愛の精神が誰にでも育まれていると信じこむのは大間違いだ。人間の歴史は狡猾と謀略と理不尽にまみれている。なんで、非戦闘力が大多数の二の町に原爆が落とされたのかなんで、効果の見込めない神風特攻隊など強要されたのか熾烈な安保運動を経てもなお、日米安全保障条約は推進されてきたのかなんで、国の経営が破綻しかけているのに、さも大義名分ありなんで、増税を断行しようとできるのかなんでなんでなんですっかり暗鬱なムードのなか、僕個人の想定意見を述べる。この国はもうすぐ終わるだろう。外交、国防の面ではロシア、中国、韓国の脅威に対抗する手段を持ちえていない。アジア諸国のなかでも国際共有言語の英語を圧倒的に喋れない日本人は国際間で孤立せざるおえないだろう。少子化は変わらず進み、蔓延的な不景気に街は包まれ、原発事故処理と賠償保障の類は遅々として進まず、やがて我々の世代は文字通り目をぶったまま果てるであろう。それでもいいんじゃないかと思っている。自分は元日本人として、仮に故国を離れざる事情になっても、弱っている隣人に手を差し延べられる心の持ち主であるならば。国とか団体とか、集合体に個が犠牲になるなんて、もうまっぴらゴメンだ。僕は僕の白黒ける意識だけを信じる。そうしながら残りの今生に決着をける。これからの世代には、自分の声で嘘偽りなくすべてを話す。「この国はもう駄目だ。この星だってもう終わりかもしれない。放射能は今も撒き散らされている。だからといって、誰かを非難したり悲嘆にくれる余裕などない。生きるのだ。どの状況下においても、自分自身の意識と真摯に向き合い、目の前のひとが安心感を享受できるように、がむしゃらに生きるのだ。それが、この時代に生まれた使命なのだ。決めるのは子供であろうが年寄りであろうが、いくであっても自分だ。残るものは自分自身と愛するひとのみだ。」いいじゃないか。しょっちゅう停電したってさ。食料が少々ひもじくったってさ。アフリカなんていまだに大勢の餓死者がでているんだから。ちょっと我慢して個が頭も体も惜しみなく使って、対応できればそれでいいじゃないか。もちろん国をよくしようと働きかけることが理想的なのかもしれないけれど。僕はすっかり諦めているから。国民投票で総理大臣も決められないんだから。予算の使い方もままならないで借金を作り続ける国なんだから。このごに及んで、誰も頼んでいない原発を、スキあらば再稼動しようとしている国なのだから。と、まあ、いろんなことをあれやこれや考えてみて。説得する気も、したいひともいないので、戯れた世迷いごととしてこの感情は霧のごとく消えてしまうのだろう。先日、親父と年金と喫煙に関して大喧嘩した。僕は年金は破綻してもらえないと思っているし、喫煙は家計や体調から節煙はあっても、肺ガンの恐れを理由にするには、あまりにも親和してしまっている。(アレルギーのように東北産地の食べ物を避けるひとで喫煙しているひとは、その矛盾を自認するべきだとも思う。)さらにこんな世の中で好々爺として悠々生きることなんてとても叶わないと思っている。親父さみしそうだったな。僕も口に出しながらせなかった。でもしかたがない。後悔しないためにもリスクに立ち向かって生きているのだから。(ちなみに年金を貰っている親父は、個人が老後に積み立てている額より、貰える額が多いとの主張。)話を戻そう。実は僕はデモに参加したかった。上記にある私的な虚無より関わろうとしなかったが、参加者からの熱い感想や、TV等メディアの冷めた反応を見聞きして、やってやりたくなったのだ。もっともっと誠実に。もっともっと過激に。6万人が手巻きの発電機を持って、デコトラのように体中ビカビカに光らしたっていいじゃない。アルジャジーラじゃないけれど、反原発メディアとして国際的なメディアの放送窓口をくったっていいじゃない。汚染された土壌に不耕起栽培のごとく、向日葵とか麻とかラベンダーとか広大な土地に種をばらまいて、除染の効果が薄いからやらないんじゃなくって、自然の生き物のために大地を返したらいいじゃない。最後に、現状の様子ならば僕はこれからも気ままに大好きな東北を訪れるし、今まで通りひとまず流通にのって入った東北からの生産物を口に入れるもりだ。無知を後押しするわけではなく、健康な自分の身体に対し、必要以上に病的に扱わないってこと。いままでだって、アスベスト、環境ホルモン、鳥インフルエンザ、コレステロール過多、メタボリック、更年期障害、中年期う、などなど深刻な問題は身のまわりに溢れ出ている。ヨウ素やセシウム、プルトニウムはもうすでに風に吹かれて飛んでいる。偶然にも摂取してしまったら汗や大小便で体外に流すしかない。それでも溜まって、病気を併発してぽっくりいってしまうかもしれないから、いまを懸命にか愉快に生きることに決めたのだ。(それにしても、後処理もままならない原発なんていらない。そんなの科学じゃない。当然、リコールでしょ。もっと、自然エネルギー的なものを研究していって欲しい。21世紀なんだからさ。)finelog.jp 悪徳
プロフィール
  • プロフィール画像
  • アイコン画像 ニックネーム:grthjbyjy5
読者になる
2011年09月
« 前の月  |  次の月 »
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30
最新コメント
Yapme!一覧
読者になる
P R
カテゴリアーカイブ
月別アーカイブ
http://yaplog.jp/grthjbyjy5/index1_0.rdf