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July 31 [Tue], 2012, 5:43
り得ないのです。美を目的として作られるあの高価な品の多くに、工藝としての美が乏しいことに、何の不思議もないわけです。真の実用品たることと真の工藝品たることとは同意義であるからです。用に叛いて美を迎える時、用をも美をも失うと知らねばなりません。
 だが私は注意深く言い添えておきましょう。ここに用というのは、単に物への用のみではないのです。それは同時に心への用ともならねばなりません。ものはただ使うのではなく、目に見、手に触れて使うのです。もし心に逆らうならば、いかに用をそぐでしょう。ちょうどあの食物がきたなく盛られる時、食慾を減じ、したがって営養
えいよう
をも減ずるのと同じなのです。用とは単に物的な謂のみではないのです。もし功利的な義でのみ解するなら、私達は形を選ばず色を用いず模様をも棄てていいでしょう。だがかかるものを真の用と呼ぶことはできないのです。心に仕えない時、物にも半
なかば
仕えていないのだと知らねばなりません。なぜなら物心の二は常に結ばれているからです。模様も形も色も皆用のなくてならぬ一部なのです。美もここでは用なのです。用を助ける意味において美の価値が増してきます。
 工藝美はかくして二つの面よりなる一つの真理を語っています。(一)もし用から美が出ずば、真の美ではないと。(二)もし美が用に交らずば真の用にはならないと。工藝においては用美相即
そうそく
なのです。用を離れて美はないのです。これは工藝における根本的約束なの
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