またの

October 04 [Thu], 2012, 17:15
なって、昌平校
しょうへいこう
の頭取
とうどり
から御目付(監察)に出世なすった。外交掛
がか
りを勤めておいでですが、あの調子で行きますと今に外国奉行でしょう。手前もこんな旅籠屋渡世
はたごやとせい
をして見ていますが、あんなに出世をなすったかたもめずらしゅうございます。」
「徳川幕府に人がないでもありませんかね。」
 この平助のトボケた調子に、隠居も笑い出した、外国貿易に、開港の結果に、それにつながる多くの人の浮沈
うきしずみ
に、聞いている半蔵には心にかかることばかりであった。
 その日から、半蔵は両国橋の往

き還
かえ
りに筑波山
つくばさん
を望むようになった。関東の平野の空がなんとなく戦塵
せんじん
におおわれて来たことは、それだけでも役人たちの心を奪い、お役所の事務を滞らせ、したがって自分らの江戸滞在を長引かせることを恐れた。時には九十六間
けん
からある長い橋の上に立って、木造の欄干に倚

りかかりながら丑寅
うしとら
の方角に青く光る遠い山を望んだ。どんな暑苦しい日でも、そこまで行くと風がある。目にある隅田川
すみだがわ
も彼には江戸の運命と切り離して考えられないようなものだった。どれほどの米穀を貯
たくわ
え、どれほどの御家人旗本を養うためにあるかと見えるような御蔵
おくら
の位置はもとより、両岸にあるVPN形勝の地のほとんど大部分も武家のお下屋敷で占められている。おそらく百本杭
ひゃっぽんぐい
は河水の氾濫
はんらん
からこの河岸
かし
や橋梁
きょうりょう
を防ぐ工事の一つであろうが、大川橋(今の吾妻橋
あずまばし
)の方から
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