ひさびさ 

December 09 [Fri], 2005, 18:02
いつものヤツだ、もうすぐおさまる、大丈夫、大丈夫・・・
と自分に言い聞かせ続けて2時間半。
長かった、びっくりした、泣き死にするかと思った!
とりあえず水分補給して、軽くストレッチしたら楽になったので、
今はのんきにこんなもん書いてます。

あきらかに普通の精神状態じゃないもんね〜、今の時期。
こうなった時の対処方法も、わかってきたよいい加減。
まず、携帯は遠ざける!危険!大事な人に迷惑かける!
そして我慢しないで泣けるだけ泣く、これも大事。
へたにこらえようとすると長引くから、感情の波に身を任せ一気に片付ける。

罪悪感 

November 20 [Sun], 2005, 18:01
幼稚園のお遊戯会の日。

デパートの包装紙で作ったピンクのおしゃれ帽子をかぶって、
おかあさんと手をつないでくるくる踊るはずだった。

待っても待っても、おかあさんは来なかった。
ベソをかきながら、せんせいと踊った。

「おとうさんがジコにあわれて、おかあさんはビョウインにいっているのよ」

おとうさんのせいでおかあさんが来れなかった。
おとうさんなんかキライ。

あのときそう思ったことが、ずっと後ろめたくて。
指を失ったおとうさんの右足を見たとき、自分のせいのような気がした。

自分のために来てくれるはずの人を、期待しながら待つのは苦手。

就職活動 

November 15 [Tue], 2005, 17:42
やっぱカラダを動かさないと余計なこと考えるし、
いろんな人に会って話さないと煮詰まってくる。
自分で思っているよりずっと、心身のバランスが崩れていたんだな。

というワケで、来年頭から外で働くことに決めました。
ただいま地味に就職活動中であります。
できるだけ忙しい環境で、かつてないくらい仕事に精を出すつもり。
現実逃避気味である感は否めないが、前向きだからよしとしよう。

今のところ第一志望は、某ITベンチャー。
わりと勢いがあって、好きなことをやらせてくれそうな会社です。
いろいろ面接を受けたけど、会社の方針と面接した直属の上司の性格が両方とも自分に合うなと思ったのはここだけでした。
2週間後に社長面接。
会うだけでネタになる方なので、ちょっと楽しみ。

麻雀 

November 13 [Sun], 2005, 18:00
今はもうさすがに自分でコントロールできるようになったけれど、彼の顔を見るとやっぱりあの時の記憶が甦って、顔がこわばるのがわかる。「死にたい」という以外のことを何も考えられない状態があんなに長く続いたのは初めてのことだった。もう一度あの状態を味わう時が来るかもしれないと考えるだけでぞっとする。苦しい。でも、今でも彼のことが好きなことに変わりはないし、どうやったらこの気持ちを薄れさせていけるのかもわからない。でも二度と元には戻れない。怖い。会うたび苦しむなら会わなければいいのだろうけど。
ビデオを録画して欲しいというメールが来たとき、すぐに家に帰って録画予約してあげたい衝動にかられた。でも、彼の家にはビデオがない。録画したものを見においでというシーンを想像したり、でもやっぱりお母さんのために撮ってあげるのかもと思ってみたり、そもそも新宿にいるのにわざわざその為に家に帰るなんて、そんなことしてたら私はこの人から離れられないぞと思ったり。こんな些細なことで、こんなに動揺してどうする。
やっぱり友達とか無理なのかな。

陶淵明 

October 25 [Tue], 2005, 5:48
欲言無予和 (言らんと欲すれど予に和するなし)
揮杯勸孤影 (杯を揮げて孤影に勧む)

「和するなし」の「和」とは、唱和・融和の和であって、それが成立するためには両者の間に完全に一致する境地がなくてはならない。「予に和するなし」とは、私の物思いを完全に理解してくれるものがない、というぐらいの意味であろう。
こうして孤独な物思い人は、自らの影を相手にひとり酒を楽しむのであった。


三島由紀夫 

October 25 [Tue], 2005, 4:41
何度読んでも愕然とするのが三島の『彩絵硝子』と『祈りの日記』。
いずれも氏が十代の頃に書いたもの。
にもかかわらず、「私小説」的な要素が微塵も感じられない。
例えばこの2作品は文体ががらりと違うが、それは決して偶然ではない。
それぞれの作風に併せて計算され尽くした文体なのである。

すげぇ。
15歳でこれ書いたとか、在り得ない。

昔の日記B 

October 24 [Mon], 2005, 14:18
2001/03/26(月) 果実

罪というものの謙虚な性質を人は容易に許すが、
秘密というものの尊大な性質を人は許さない。


なんて言うんですよ、三島は。(『果実』より)
私のやっていることは誰かに監視されているのかと、後ろめたい気持ちになりますね。

それにしても短編集『鍵のかかる部屋』(オースターではない)。
『祈りの日記』の文体がとても気にかかる。優雅な、女性らしい文体。
こういうものを読んでいると、何もかもが流暢に流れていくような、そんな錯覚に陥る。
そしてその感じは、ある程度、心地よい。
近いうちに現実世界に引き戻されるということを意識しない限りにおいては。

読んでいるときと書いているときとでは、この辺の感覚が違うのですね。
それはそれは顕著なものです。

だから私は書き手になりたい。

2001/03/27(火) 相変わらずの日記文学ブーム

ついに足を踏み入れてしまいました。禁断の古典文学の世界に。
角川ソフィア文庫の『蜻蛉日記』。
本朝三美人のひとり、歌人の誉れ高い道綱の母がつづる傷心の告白文学。
もう、せつない。なんていうか、せつない。
これかもしれないなあ、うん。

2001/03/28(水) 頭痛です

桜を見ようと外に出たら既に散ってしまっていた、そんな気怠さがあります。
いや、今ならまだ間に合うのでしょうが。桜。

大人気、新世紀型固形ソープが気になる。
身も心もきれいに洗い流してしまいたい。

こんな夜には、やっぱ酒だろうな。百薬の長。
飲みながらファミコンか。
いやいや、それじゃあ100%ダメ人間じゃないか。

アルコールで流し込むものはアスピリン。
頭の中に流し込みたいのはゆらゆら帝国。

昔の日記A 

October 24 [Mon], 2005, 14:17
2001/03/10(土) ユリイカ

見て良かったです。
ああいう空気を携えたものって、なかなか無いのではないでしょうか。

印象深いのは、殺された女の人のサンダルが向こうからゆっくりと流れてくるシーン。
よどんだ水の上を静かに流れるサンダルは、何かにひっかかって、止まる。
水は流れを止めないのだけれど、サンダルはそれ以上進まない。
静止しているわけではなくて、停滞というか、よどんだ感じ。

世界の見え方、時間の流れ方は人によって違う。
のが当然な気がするのだけれど、普段はあまりリアルに感じられない。鈍い。
私が知らずに通り過ぎることの多さを思うと不安になる。
だからと言って、どこまで貪欲に知ろうとすればいいのか。
どういう地点に到達すれば、自分は満足なのか。

などと悩む前に考えるべきことがある気もするし、どこから手をつければよいものやら。

2001/03/22(木) 坂本慎太郎先生

に惚れる。できることなら彼の一部になってしまいたい。

だいたい夜は独りで家の中でろくでもない事考えてるあいだに終わっちゃうね
何時電話しても居ないって言うけど頭の中で爆音で音楽が鳴ってるから聞こえねえよ


坂本先生とバイン田中、どっちかを選べと言われたら微妙だな。
でも、坂本先生とキムタクだったら確実に坂本先生だな。
なんて思いつつ、でもそんなこと有り得ないのに私ってバカ。

だいたい夜は独りで家の中でこんなくだらねえ事考えてる間に終わっちゃうね。私も。

昔の日記@ 

October 24 [Mon], 2005, 13:59
こっちに置いた方が管理がラクそうなので転記。そして元データは削除。
当時一緒に住んでいた男にマメに食事など作っていた自分を思い出す。
なつかしすぎる。

2001/03/02(金) きょうのごはん

かぼちゃときのことベーコンと玉ねぎのリゾット
@かぼちゃは厚さ5ミリの2センチ角ぐらいに切ります。ベーコンも2センチ角。玉ねぎはみじん切り。きのこは石づきを切ります。
Aフライパンにオリーブオイルを熱し、野菜とベーコンを炒めます。かぼちゃ、ベーコン、玉ねぎ、きのこの順で。
B米1/2合を加え、オイルがなじんで透明になるまでよく炒めます。
C塩こしょうで味を整えます。水2カップにブイヨン1個を溶かしたものをくわえ、蓋をして中火で煮ましょう。
D15分ぐらいたったら様子をみ、あとはご飯のかたさをみながら水を足していきます。
E美味しいかたさになったら出来上がり。器に盛って、パルミジャーノチーズをかけてイタダキマス。

2001/03/04(日) お疲れモード

アルバイトの後、20時間眠る。
目覚めてみれば次の日、しかも夕方。

2001/03/07(水) 毎度、お騒がせしております

だって、くしゃみがとまらないんです。
薬も効かない体なんです。
今が一番つらいときです。

というのは別にしても、春って何とも言えず切ない季節ですね。
「春といえばパステルカラー、心踊る楽しい季節。反対に寂しいのは冬。
木枯らしには哀愁漂います。」などという意見にはどうも共感出来ないんです、私。
暑かったり寒かったりというストレスがあると、それに集中できて楽だと思いませんか。
「さむいさむいさむいさむいさむいさむいねむいおやすみ」で一日が終わったり。
逆にポカポカ陽気で心地よく、お散歩ついでにお花見でも、なんていう日がアブナイ。
それこそ、心に移り行く由無しごとのせいで、あやしうこそものぐるほしけれ、
という状態になってしまうのです。

花粉症によるストレスが解消してからが、私の春の正念場になりそうですね。

思考が溜まって思想膿漏 

October 24 [Mon], 2005, 13:36
私には、「考えない」ということがうまくできない

なるようになるさ、なるようにしかならない。
それはわかる気もするけれど、だからと言って、
考えるのをやめることができないのだ。

気分転換が下手なんだろうと思う。
一時的にリラックスしたとしても、
それが終わればまた考えることに戻ってしまう。

考えるべきことが矢継ぎ早に襲ってきた場合、
やめればいいのに、メモを取る。
後で順番にゆっくり考えられるよう、覚書きをしてしまう。

だから私のPCとか雑記ノートとか、携帯のメモ機能とかは、
意味不明の走り書きでいっぱい。

出さない手紙もいっぱい。

けれどたいていの問題は、考えたからってどうなるわけでもなく、
暫定的処置を受けたまま、一旦保留の憂き目に合う。

そうして思考がループするうち、ふとある日、
「えへ。また来た。何かわかった?」
と姿を見せるのである。
もう、「懸案事項そのA。3年ぶり8度目の来訪」
とか記録したいくらい。

若い頃は、「おおむね人は・・・」とか「社会的には・・・とか」
そういう話題が多かったけど、
最近もっぱら自分自身のことばかり考える。
これって順番逆なんじゃない?なんてまた考える。

だけどやっぱり社会全体は個人に還元されるというのが
私の基本的なスタンスなので、
つまりは自分自身のことをつきつめろ!ということか。

とはいえ、個人を実体とみる「社会名目論」も、
社会を実体とみる「社会実在論」も、
結局は極端すぎるよね。
ジンメル先生の「個人間の心的相互作用が社会を作る」
という考え方が、やっぱり私にはいちばんしっくりくるのです。

やべー、とまらない。
不特定多数の人の目に触れる(かもしれない)
こういう場所で、自分の頭の中で渦巻いていることを
さらしていくことの意味がやっぱわからない。

これも単なる覚書きなのか、
何らかのコミュニケーションを期待しているのか、
単なる自己顕示欲か。

多分全部がちょっとずつというのが正解なのだけれど、
私はやはり潔癖症なので、その比率をまた考える。
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