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July 21 [Sat], 2012, 4:56
一線上に居なくても、立派に愛し合っていられると思うが……。』
 愛する魂――むろん相互愛に充たされたる夫婦は、永久に別れて了
しま
うことはできない。兎角
とかく
人間の考
かんがえ
は、時間と空間とに拘束されているので、われ等の住む世界の真相が、腑に落ち難いようである。愛する魂と魂とは、空間的にはいかに離れていても、実際に於
おい
ては、極めて親密に結合しているのである。われ等には時間もなければ、又空間もない。無論真の理想的の一致というのは、両者の智能までも、全然同一水平線上にある場合であるが、実際問題とすれば、それは殆
ほとん
ど不可能に近い。魂と魂とが愛情の絆
きずな
で結ばれて居れば、それで立派な夫婦であり、智能的には、必ずしも同一程度であるを要しない。愛はいかなる距離をも結合する力がある。それは幼稚不完全なる地上生活に於
おい
てすら然
しか
りである。二人の兄弟が、相互の間を幾千万里の海洋によりて隔てられ、幾年幾十年に亘
わた
りて、ただの一度も会見の機会なく、しかもその業務がすっかり相違しているにも係らず、彼等の間には、立派に愛情が存在し得るではないか。夫婦となれば、その心情は一層不思議で、日頃自分を呵責
さいな
むばかり、優
やさ
しい言葉一つかけてくれぬ自堕落の亭主を、心から愛する世話女房が、あちこちに発見される。
 無論死は直ちに彼女を奴隷的苦境から解放する。彼女の方では上昇し、之
これ
に反して良人の方では下降する。が、愛の絆はこれが為めに断絶することはない。同棲はしないが交通はする。距離は地上に於
おい
てすら無視することができる。霊界にありてはそんなものは全然存在しない。
(評釈) 説明の言葉は簡単だが,この一章は人生の問題に触れて居

り、貴重なる教訓をわれ等に与
あた
うるものである。かの仏教の安価なる一蓮托生説だの、ColombianCupid.com基督
キリスト
教の一本調子な恋愛至上説だのは、僅
わず
かに真理の一部を掴んだに過ぎざる、甚
はなは
だしく歪んだもので、到底今後の人類を率
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