ひきつぎ出来ずに
August 28 [Tue], 2007, 16:59
「ありふれた理由なんですが」
Web 企画A社勤務のTさん(31歳)は、なぜか、申し訳なさそうに転職動機を語った。
「もっと大きな仕事がしたいと思いまして…。すみません」
たしかによく聞く理由かもしれないが、べつに謝る必要はない。しかし、Tさんはクビをすくめて目をキュッと閉じ、しかられた猫のような顔を作っていた。
「こんな自分がエージェントにお願いしていいのかどうか…」
いいに決まっている。Tさんはインターネット創世記から Web に取り組んでいて、ここ数年はリーダーとして複数のプロジェクトを回すなど、実績も充分だ。プロマネをしている割に控えめすぎるキャラクターが気にはなるのだが。
見込み通り、応募をはじめるとTさんはほとんどの企業から面接に呼ばれることになった。面接も無事にこなし、Tさんはすぐにいくつかの内定を得たが、入社することにしたのは、従業員規模でいえばA社と同じくらいのB社。一般には無名ながら、Tさんは「面白い企画を扱っていて、以前から興味を持っていました」と、彼ならではの感覚で決断をしたのだ。
ここまでなら「ハッピーな転職でした」でコラムはおしまいなのだが、話はこの後にこじれることになった。Tさんの辞意を聞いた現職A社の上司は、「途中でプロジェクトを投げ出すとはどういうことだ!」と激怒、Tさんに仕事の「ひきつぎ」をさせないように仕組んだのである。
もちろん、A社としては慰留を念頭に、控えめなTさんの性格を利用したのだろう。クライアントに迷惑は掛けられないが、入社日の期限も迫ってくる…。Tさんは転職そのものをどうしようかと悩むことになってしまった。
突破口になったのは、A社が有名企業の子会社であることだった。親会社から来ている役員に「退職準備ができずに困っている。親会社の方に報告して対処してもらっていいか」という話をしたところ、すぐに「予定通り辞めていい」という返事を引き出すことが出来た。
ただ、それでも現場での「ひきつぎ拒否」の抵抗は続いた。Tさんの上司は、役員に対して「仕事を割り振りたくても、人がいない」と、最後まで話をごまかし通したのだ。
仕方なく、Tさんは状況をB社に伝えることにしたのだが、B社は「なんだ、そんなことですか」と、事も無げに言ってきた。
「それなら、うちに来てからその仕事を仕上げてしまえばどうです?うちのスタッフには副業を持っている者が何人もいますよ」
B社は Web 企画をフリーでやってきた人たちの集まりのような会社で、マネージャー・リーダークラスは、会社の仕事以外に、それぞれ個人的な繋がりで受けたプロジェクトを持っていた。
それを聞いた謙虚なTさんは、逆に及び腰になってしまった。
「無理です。個人で仕事とか、そういうことは考えたこともないですから…。それに、そんな人たちが中心の会社で、自分がやっていけるかどうかも不安です。やっぱりB社はレベルが高すぎたのかも」
A社の仕事をとってしまうことになるという罪悪感もあってか、Tさんはなかなか踏ん切りがつけられなかった。最後は、退職という決定事項に押し切られる恰好で、Tさんはひきつぎ出来なかった仕事を続けながら、転職するという道を選ぶことになったのである。
退職時のゴタゴタで、Tさんは精神を相当すり減らしたようだが、半年ほどすると、仕事にも慣れ、頑張っているという報告がB社・本人双方からあった。
ところが、さらに4ヶ月ほどして、Tさんが退職したというメールがB社から届いた。
「新しい環境に馴染めなかったのだろうか…」我々は残念な気持ちで詳細を訊ねるべくB社に電話をかけた。
「Tさんね、独立しちゃったんですよ」
「独立?」
思いもよらぬ言葉に、我々はオムウ返しをすることしか出来なかった。
「A社を辞めた時、いくつかお客さんがついてきたじゃないですか。」
「はあ、例のひきつぎの…」
「そうです。あれから、いろいろ紹介を受けるようになって、ウチの仕事まで手が回らないって。会社に馴染めなかったわけじゃなく、むしろ開眼しちゃったという感じですかね」
あの謝ってばかりだったTさんが。個人で仕事をやっている人が多いと聞いてブルーになっていた彼が…。実に転職は人間を変えてしまうものである。
転職をして色々変えてみたいですね。
Web 企画A社勤務のTさん(31歳)は、なぜか、申し訳なさそうに転職動機を語った。
「もっと大きな仕事がしたいと思いまして…。すみません」
たしかによく聞く理由かもしれないが、べつに謝る必要はない。しかし、Tさんはクビをすくめて目をキュッと閉じ、しかられた猫のような顔を作っていた。
「こんな自分がエージェントにお願いしていいのかどうか…」
いいに決まっている。Tさんはインターネット創世記から Web に取り組んでいて、ここ数年はリーダーとして複数のプロジェクトを回すなど、実績も充分だ。プロマネをしている割に控えめすぎるキャラクターが気にはなるのだが。
見込み通り、応募をはじめるとTさんはほとんどの企業から面接に呼ばれることになった。面接も無事にこなし、Tさんはすぐにいくつかの内定を得たが、入社することにしたのは、従業員規模でいえばA社と同じくらいのB社。一般には無名ながら、Tさんは「面白い企画を扱っていて、以前から興味を持っていました」と、彼ならではの感覚で決断をしたのだ。
ここまでなら「ハッピーな転職でした」でコラムはおしまいなのだが、話はこの後にこじれることになった。Tさんの辞意を聞いた現職A社の上司は、「途中でプロジェクトを投げ出すとはどういうことだ!」と激怒、Tさんに仕事の「ひきつぎ」をさせないように仕組んだのである。
もちろん、A社としては慰留を念頭に、控えめなTさんの性格を利用したのだろう。クライアントに迷惑は掛けられないが、入社日の期限も迫ってくる…。Tさんは転職そのものをどうしようかと悩むことになってしまった。
突破口になったのは、A社が有名企業の子会社であることだった。親会社から来ている役員に「退職準備ができずに困っている。親会社の方に報告して対処してもらっていいか」という話をしたところ、すぐに「予定通り辞めていい」という返事を引き出すことが出来た。
ただ、それでも現場での「ひきつぎ拒否」の抵抗は続いた。Tさんの上司は、役員に対して「仕事を割り振りたくても、人がいない」と、最後まで話をごまかし通したのだ。
仕方なく、Tさんは状況をB社に伝えることにしたのだが、B社は「なんだ、そんなことですか」と、事も無げに言ってきた。
「それなら、うちに来てからその仕事を仕上げてしまえばどうです?うちのスタッフには副業を持っている者が何人もいますよ」
B社は Web 企画をフリーでやってきた人たちの集まりのような会社で、マネージャー・リーダークラスは、会社の仕事以外に、それぞれ個人的な繋がりで受けたプロジェクトを持っていた。
それを聞いた謙虚なTさんは、逆に及び腰になってしまった。
「無理です。個人で仕事とか、そういうことは考えたこともないですから…。それに、そんな人たちが中心の会社で、自分がやっていけるかどうかも不安です。やっぱりB社はレベルが高すぎたのかも」
A社の仕事をとってしまうことになるという罪悪感もあってか、Tさんはなかなか踏ん切りがつけられなかった。最後は、退職という決定事項に押し切られる恰好で、Tさんはひきつぎ出来なかった仕事を続けながら、転職するという道を選ぶことになったのである。
退職時のゴタゴタで、Tさんは精神を相当すり減らしたようだが、半年ほどすると、仕事にも慣れ、頑張っているという報告がB社・本人双方からあった。
ところが、さらに4ヶ月ほどして、Tさんが退職したというメールがB社から届いた。
「新しい環境に馴染めなかったのだろうか…」我々は残念な気持ちで詳細を訊ねるべくB社に電話をかけた。
「Tさんね、独立しちゃったんですよ」
「独立?」
思いもよらぬ言葉に、我々はオムウ返しをすることしか出来なかった。
「A社を辞めた時、いくつかお客さんがついてきたじゃないですか。」
「はあ、例のひきつぎの…」
「そうです。あれから、いろいろ紹介を受けるようになって、ウチの仕事まで手が回らないって。会社に馴染めなかったわけじゃなく、むしろ開眼しちゃったという感じですかね」
あの謝ってばかりだったTさんが。個人で仕事をやっている人が多いと聞いてブルーになっていた彼が…。実に転職は人間を変えてしまうものである。
転職をして色々変えてみたいですね。
- 転職 |
- URL |
- Comment [0]