対面 

2004年11月08日(月) 22時46分
やっとこさで家に着いたのは夜10時近く。 急いで母を迎えに行って父のいる病院へ。 行きながら母からは、父が意識が戻り意識はしっかりしてると教えてもらった。 ただもちろん集中治療室に入っていてまだまだ気をつけないといけない事ばかりということも聞いた。 

私が帰ってきて父に会いたいだろうとの事で前もって看護婦さんに夜遅くの面会も承諾を得てくれてた母。 さすが私のこと良くわかってる。 どんなに疲れてても這ってでも父に会いにいったであろう私。 父との対面はとってもとっても緊張した。

集中治療室… 中に入って一番に目に入ってきたのは眠っている父。 頭を帽子みたいなので隠しているから腫れている顔が強調されてた。 いびきをかいて寝ている父。 日頃からそうだったけど息が苦しそうに寝る父。 せっかく寝ているから起こさないほうがいいでしょうと言われたけど、寝ていてくれて本当に良かった。 涙が出て涙が出て話しなんか出来なかったよ。 「どうしてお父さんが…。こんなにも家族のことを思い、人のことを思う父がどうして…。」という気持ちでいっぱいだった。 とにかく対面できて良かった。 本当に良かった。

飛行機で… 

2004年11月08日(月) 21時46分
スペインから日本まで…といっても成田から羽田に移動して国内線に乗り換えて…。結局、2回の乗り換えと待ち時間とかやらで丸1日近く移動に時間を費やしてしまう、片道で。 その間というのは色んな事を本当に考えてしまいました。

2004年3月末から次姉とその6歳の息子が実家に帰ってきてた件には触れましたが、父がよかれと思ってしてることでも次姉がイヤがって怒ったり…そういうことがあって家族大好きの父がいつのまにか2階のテレビのある部屋にごはん&焼酎を持ってあがって映画のビデオを見まくるようになったのね。 私とかが行けば必ず2階にあがって父の話相手になったりとかもしてたんだけど、それが2週間も私とかがいなくって気分転換も出来なかったのかなぁ〜とか。

倒れた数日前に父が次姉と大喧嘩をして、2日間ほど長姉の家に泊まりに行ってたらしい。その時に長姉の家に電話をして父と話したのがそのときだったんだよね。後になって考えてみれば…。 確かに飲んでたけど、いつものことだし…と思ってた。 もう少し色々話せばよかったなぁ〜とか思ったり。

そしてきっと一生忘れる事が出来ないだろう、私がとても傷ついた事。 それは何も知らずに1回目に電話して次姉から父が倒れたと聞いたとき… 次姉が「私が大喧嘩したり、心配かけたりして。私のせいだ…。」と泣くので、もちろん私は「親だから子供みんな心配するのは当然といえば当然で…。みんなが心配かけちゃったし、心労もあったし。 誰のせいってことはないよ。」と伝えました、泣きながら。 それなのに2回目に電話したとき、父の状態を言ったあとに「○○ちゃん(←私の名前)を一番心配してたよ。」と言う次姉。 「ん?」と思いながらも私は1回目同様「誰のせいってことじゃない。」と伝えたのに、それでも「いいや、○○ちゃん(私の名前)が一番可愛くて一番心配だったんだよ。」との事。 なんか私のせいだよって言われてる感じがしたの。 これを考えるたびにまた涙が出てね。 これは今振り返ってもまだ考えるだけでツライし、なんで人のせいにしたがるんだろうという不思議な気持ちは拭いきれません。

飛行機の中…時間はありあまるほどあるから余計なことまで考えちゃいました。

何度も何度も… 

2004年11月07日(日) 21時13分
旦那のお母さんが国際電話カードみたいなのを前もって買ってくれてたので、それを使って何度も実家に電話をさせてもらいました。 スペインと日本…8時間の時差。 父が脳内出血で倒れたということ、そしてかなり深刻なこと、でも私たちが飛行機に乗る前に何とか命に別状はないということが聞けました。 本当にホッとしました。 

どうやら父が裏庭で花の手入れか何かをしているときに蚊がとんできてホッペに止まったらしく、それを叩いたら逃げられて捕まえようとしたら 何か力が入らなくて立とうとしても立てなくて…。「おかあさ〜ん!」と外から呼んだらしく、たまたま台所に立っていた母が(裏庭のすぐそば)その声を聞いて外にでて父を手伝うのに肩をかそうとしたら 「生あくび」をしたらしく、そこで母が救急車をよばないと!と思って家の中にいた姉に電話をさせたとのこと。 実際に救急車で運ばれるときも意識はしっかりあって、自分で住所、名前、電話番号もちゃんとつたえることが出来たらしい。

飛行機の中でも気が気じゃなかったよ…本当に。
父の事を思っては涙がつたっておりました。

その日… 

2004年11月06日(土) 16時51分
私の旦那の実家であるスペインに息子と3人で里帰り中だった私。 そして11月6日は息子の4歳になる誕生日。 日頃離れて暮らしている旦那の家族に少し孝行をしようと、息子の誕生日をスペインで祝う事を里帰りする前から決めていた私。 旦那は4年ぶり、息子は初めて、私は7年ぶりのスペイン。 そして息子の誕生日…。 息子くんは私の父=おじいちゃんなんだけど、小さい頃から「おとうさん」と呼んでいる…そしてそんな息子は大のおとうさん子。 父も6人目の孫だけどかなり可愛がってくれてる。 そんな父もきっと息子に「4歳おめでとう」の一言がいいたいだろう…でもスペインには電話をする勇気がないだろうと思い、私から実家に電話をしてあげた。

電話にでたのは私の双子の姉の1人(体調悪く実家に1年ほど帰ってきてた)だった。 電話の相手が私とわかると突然泣き出した姉。 私が電話する1時間前くらいに父が倒れたとの事…。そして救急車で運ばれてまだ検査中でまだ何も分らない状況だということを教えてくれた。 スペインにいる私は何もして上げられない歯がゆさと心配と悲しみでしばらく部屋に入って閉じこもってた。 幸いといっていいのか次の日に帰国することになっていたので旅行をくりあげたりとかする必要はなかったのが良かった。 1時間おきに実家に電話をし父の状況確認をとっていた私。 本当にあんなに元気だったのに… 空港まで送ってくれたときも元気だったし、2日前に電話したときも元気だった。 

私も実は父ッ子。 短気だけど頑固だけど父の家族に対する気持ちが手にとるように分るから、いつも話し相手になってたつもりだし、父のつぶやきとかも聞いてあげてたりしてたつもり。 この2週間、里帰りのため近くにいてあげられず話し相手になってあげれなかったことが、とても悔やまれる。 2004年は父にとって、父の長兄が亡くなり、私の姉の1人がリウマチになり6歳の子供をつれて実家に帰ってきたりと色々な心労もあったんだと思う。

ただ息子の誕生日…。 誕生日がくるたびにツライ思い出ではなく笑い話になるようになればいいと本当にせつに思った。
P R
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