その126 滅びることのないもの

January 28 [Sat], 2017, 21:11
「滅びることがないもの」 イエスのたとえ28

マタイの福音書24:32-36

24:32 いちじくの木から、たとえを学びなさい。枝が柔らかになって、葉が出て来ると、夏の近いことがわかります。
24:33 そのように、これらのことのすべてを見たら、あなたがたは、人の子が戸口まで近づいていると知りなさい。
24:34 まことに、あなたがたに告げます。これらのことが全部起こってしまうまでは、この時代は過ぎ去りません。
24:35 この天地は滅び去ります。しかし、わたしのことばは決して滅びることがありません。
24:36 ただし、その日、その時がいつであるかは、だれも知りません。天の御使いたちも子も知りません。ただ父だけが知っておられます。

 キリストは度々世の終わりについて教えられました。私たちが「再臨・終末」と呼ぶ、キリスト教信仰の大切な一部です。このたとえはそのことについて教えています。

1、時代を見分ける目を持つ。
 イエス・キリストは目に見えない霊的なことだけを教えたのではなく、目に見える世界を霊的な目で見るように教えられました。神が創られたこの世界はある方向に向かって進んでいるというのです。そしてそのことが分かるように、あらかじめどのようなしるしが現れるのかを教えておられます。「にせキリスト」があらわれ、戦争と戦争のうわさが広まり、ききんと地震が起こると言われます。そしてクリスチャンに対する迫害が起こり、人々は互いに憎み合うようになり、不法がはびこり、愛が冷たくなると教えられました。
 この教えは、私たちが日々の生活のなかで色々なことに心を奪われながらも、何を頼りに生きているのかを自覚するように促しています。この世界は移ろいやすく、決していつまでも変わらないものではありません。そして残念ながら全ての人にとって、どんどん厳しい状況になっていくのです。そのことを思いながら今がどのような時代かを見る目を持つようにと教えられています。

2、神が完成する。
 この世界を創られた神は、いつかこの世界を完成されます。今この世界は罪によって神様との絆が失われています。これが私たち人間の苦しみの原因であり、世界全体の苦しみの原因でもあります。このままでは、盗みや殺人がこの世界から消えることはありませんし、真の平和を見ることもありません。しかし神の創造物がこのまま終わるはずがありません。神は御子キリストをこの地に送り、十字架の上で全ての罪の身代わりの罰を受けさせることによって、人を救おうと定められました。この救い主の死の意義と復活を信じる者には、神の霊をそのうちに住まわせ、罪の呪いから解放し、永遠に朽ちることのない命を与えようとされています。そして、やがてこの世界全体が救い出されるのです。そこから始まる新しい世界は、痛みのない、悲しみのない世界となります。
 世の終わりは信仰者にとっては決して恐ろしいことではありません。むしろ待ち望むべきことです。キリストはその時がいつかは分からないのだから、それまでしっかりと信仰による神との絆を持ち続けるようにと励ましておられます。

3.キリストの言葉を信頼する。
 この世界には永遠に存在するものはありません。いつかは滅び、消滅してしまうものばかりです。私たちはそのようなものを頼りに生きたり、永遠に続く死後の命を託したりすることはできません。しかし滅びることがないものがあるとキリストは宣言されました。それがキリストの言葉です。私たちは彼のことばによって信仰が与えられ、祈りを通して告白し、自分の中に聖霊を迎え入れ、永遠の命が約束されています。これからもキリストの言葉、聖書の言葉を握りしめていきましょう。どんなに時代が暗くなり、希望が見えなくなったとしても、キリストの言葉は不滅です。このお方を信じ、厳しい時代をくぐり抜けていきましょう。

今週の暗証聖句
この天地は滅び去ります。しかし、わたしのことばは決して滅びることがありません。         
マタイ24:35

その125 人生の逆境のときに

January 23 [Mon], 2017, 17:19
人生の逆境のとき ヨセフの生涯B

創世記40:1-23

40:1 これらのことの後、エジプト王の献酌官と調理官とが、その主君、エジプト王に罪を犯した。
40:2 それでパロは、この献酌官長と調理官長のふたりの廷臣を怒り、
40:3 彼らを侍従長の家に拘留した。すなわちヨセフが監禁されている同じ監獄に入れた。
40:4 侍従長はヨセフを彼らの付き人にしたので、彼はその世話をした。こうして彼らは、しばらく拘留されていた。
40:5 さて、監獄に監禁されているエジプト王の献酌官と調理官とは、ふたりとも同じ夜にそれぞれ夢を見た。その夢にはおのおの意味があった。
40:6 朝、ヨセフが彼らのところに行って、よく見ると、彼らはいらいらしていた。
40:7 それで彼は、自分の主人の家にいっしょに拘留されているこのパロの廷臣たちに尋ねて、「なぜ、きょうはあなたがたの顔色が悪いのですか」と言った。
40:8 ふたりは彼に答えた。「私たちは夢を見たが、それを解き明かす人がいない。」ヨセフは彼らに言った。「それを解き明かすことは、神のなさることではありませんか。さあ、それを私に話してください。」
40:9 それで献酌官長はヨセフに自分の夢を話して言った。「夢の中で、見ると、私の前に一本のぶどうの木があった。
40:10 そのぶどうの木には三本のつるがあった。それが芽を出すと、すぐ花が咲き、ぶどうのふさが熟して、ぶどうになった。
40:11 私の手にはパロの杯があったから、私はそのぶどうを摘んで、それをパロの杯の中にしぼって入れ、その杯をパロの手にささげた。」
40:12 ヨセフは彼に言った。「その解き明かしはこうです。三本のつるは三日のことです。
40:13 三日のうちに、パロはあなたを呼び出し、あなたをもとの地位に戻すでしょう。あなたは、パロの献酌官であったときの以前の規定に従って、パロの杯をその手にささげましょう。
40:14 あなたがしあわせになったときには、きっと私を思い出してください。私に恵みを施してください。私のことをパロに話してください。この家から私が出られるようにしてください。
40:15 実は私は、ヘブル人の国から、さらわれて来たのです。ここでも私は投獄されるようなことは何もしていないのです。」
40:16 調理官長は、解き明かしが良かったのを見て、ヨセフに言った。「私も夢の中で、見ると、私の頭の上に枝編みのかごが三つあった。
40:17 一番上のかごには、パロのために調理官が作ったあらゆる食べ物が入っていたが、鳥が私の頭の上のかごの中から、それを食べてしまった。」
40:18 ヨセフは答えて言った。「その解き明かしはこうです。三つのかごは三日のことです。
40:19 三日のうちに、パロはあなたを呼び出し、あなたを木につるし、鳥があなたの肉をむしり取って食うでしょう。」
40:20 三日目はパロの誕生日であった。それで彼は、自分のすべての家臣たちのために祝宴を張り、献酌官長と調理官長とをその家臣たちの中に呼び出した。
40:21 そうして、献酌官長をその献酌の役に戻したので、彼はその杯をパロの手にささげた。
40:22 しかしパロは、ヨセフが解き明かしたように、調理官長を木につるした。
40:23 ところが献酌官長はヨセフのことを思い出さず、彼のことを忘れてしまった。

監獄で他の囚人の世話をするようにまかされていたヨセフは、あるとき二人の囚人の夢を解き明かし、そのとおりになりました。しかし釈放された囚人はヨセフのことをすっかり忘れてしまい、ヨセフはさらに2年間監獄で生活することになりました。このような人生における逆境のときに、私たちはどうしたら良いのでしょうか?

1、心をまっすぐにして生きる。
 兄弟たちに売られ、ポティファルの妻に偽証され、無実の罪で牢屋に入ることになったヨセフには、心の持ちようについて、幾つかの選択肢がありました。@絶望して自暴自棄になる、A人を恨んで生きる、B神に反抗して生きる、などです。しかしヨセフは最後まで心をまっすぐにして生きました。ここに私たちが人生の逆境のときに持つべき心のあり様が教えられています。
 私たちの人生にもヨセフほど悲惨ではないにしても、物事が上手くいかないときがあります。期待していたような結果が得られない、何も悪いことはしていないのに、周りの人に悪意を持って見られる、行く手に希望が見えず、それが何年も続く…などです。そのような時に、自暴自棄になり、周りの人たちや環境を恨んで生きるという選択肢が存在します。しかしヨセフの生きざまは、逆境のときにこそ、心を神様に向け、まっすぐにして生きることの大切さを教えています。

2、周りの人の最善を考える。
 ヨセフは最悪の情況の中でも、周りの人の最善を考えるという心を失いませんでした。ヨセフは自分が世話をする2人の囚人にこう言いました。「なぜ、今日はあなたがたの顔色が悪いのですか。」こういう言葉はヨセフが見せかけだけの心で仕えていたのなら出てこない言葉です。彼は本当に心から二人の世話をしていたに違いありません。そしてこの言葉から始まった二人との会話が、後に大きく彼の人生を動かすことになるのです。もし顔色が悪いのを知っていて何も声をかけなかったらこの会話事態がありえなかったかもしれません。周りの人の最善を考えるという心のあり様が神様の計画を推進したと言えるのです。
 私たちの人生を逆境から順境へと変える鍵は、自分にだけ目を向ける心のあり方から、周りの人を思い、その人にとっての最善を願う心です。

3、神様が必要な力を与えてくださる。
この後のヨセフのように、逆境を乗り越える鍵は何でしょう?ヨセフの場合は間違いなく、夢を解き明かすことができるという特殊な能力があったことが分かります。ヨセフはこの力は神様からのものであると気付いていました。苦しいときでも、人の最善を考え、神様からいただいた自分の能力を使ったのです。
私たち一人ひとりにも、神様が必要な力(賜物)を与えてくださっています。大切なことは、それを惜しみなく、神様と人のために使うということです。私たちの信じる神様は、良いお方で、良いことをしてくださる神様です。そのことを忘れないで、苦しいときにもしっかりと神様との絆を持ち、勇気を持って生きていきましょう。

今週の暗証聖句
あなたがたは、世にあっては患難があります。しかし、勇敢でありなさい。わたしはすでに世に勝ったのです。 
ヨハネ16:33

その124 愛で乗り越える人生の嵐

January 07 [Sat], 2017, 16:08
愛で乗り越える人生の嵐

ローマ12:12
望みを抱いて喜び、患難に耐え、絶えず祈りに励みなさい。                   

今年一年、教会で掲げられる標語です。色々なことが起こる人生。良いこともあれば、良くないこともあるかもしれません。神様を信じている私たちは、状況、環境に流されない信仰という船に乗って、人生の嵐を乗り越えましょう。

1、希望を持って生きよう。
私たちはいつの間にか望みを持つことを怖れ、冒険を避け、現状維持に慣れきった人生を送ってしまいがちです。しかし聖書は明確に、私たちに希望を持って生きるように命じています。パウロが書いた手紙の受けとりては決して希望を持ちやすい環境にいたわけではありません。むしろ生まれたばかりの教会、信仰者として、社会のなかでさまざまな困難のなかにあったのです。しかしパウロはそのような人たちに望みを持って生きるよう励ましています。勿論その望みはキリストから来ます。どんな状況、環境のなかにあっても、私たちはイエス様と一緒にいるならば、希望を持って生きることができます。しかもパウロは「望みを抱いて喜び」と、喜ぶようにも勧めています。本来ならば望みが叶ったときに喜ぶものですが、そうではなく、それが実現する前から、望みつつ、喜ぶのです。それが信仰者の人生です。私たちもこの一年を望みを持って生きていきましょう。

2、苦しみを乗り越えよう。
次に書かれているのが「患難に耐え」という言葉です。私たちは、生きている以上、苦しみを避けて通ることはできません。大なり小なり、苦しみ、痛み、悲しみに直面することがあります。この一年のなかで、それを体験する人がいることでしょう。勿論そんなものはないにこしたことはありませんし、ないほうが良いのですが、パウロもここで、信仰者はしっかりとその苦しみにも向き合わなければならないと励ましています。鍵はいつも一緒にいてくださるイエス様です。人間の力では乗り越えることのできない苦しみ、痛み、悲しみも、キリストとともに生きるなら、必ずそれに打ち勝つことができるのです。

3、祈ろう。
結局のところ、希望をもって喜び、あらゆる苦しみに対処する唯一の方法は、祈ることしかありません。私たちは祈りを通して、キリストに近づき、キリストの思いを自分のものとし、自分ではなく、キリストの御思いが、実現するようにと、求めることができるようになります。日々祈る信仰者を目指しましょう。
この一年私たちは大いなる希望を持っていきましょう。尽きることのない喜びが溢れてくる体験をしていきましょう。苦しみ、痛み、悲しみがあっても、キリストにある勝利を体験しましょう。そして日々祈りに励む者となりましょう。祈りによってキリストに近づき、キリストの思いを自分のものとし、その愛によって生きる者とされましょう。

今週の暗証聖句
信仰は望んでいる事がらを保証し、目に見えないものを確信させるものです。              
へブル11:1