その123 安らかに

December 24 [Sat], 2016, 20:06
安らかに

ルカ2:25-35

2:25 そのとき、エルサレムにシメオンという人がいた。この人は正しい、敬虔な人で、イスラエルの慰められることを待ち望んでいた。聖霊が彼の上にとどまっておられた。
2:26 また、主のキリストを見るまでは、決して死なないと、聖霊のお告げを受けていた。
2:27 彼が御霊に感じて宮に入ると、幼子イエスを連れた両親が、その子のために律法の慣習を守るために、入って来た。
2:28 すると、シメオンは幼子を腕に抱き、神をほめたたえて言った。
2:29 「主よ。今こそあなたは、あなたのしもべを、みことばどおり、安らかに去らせてくださいます。
2:30 私の目があなたの御救いを見たからです。
2:31 御救いはあなたが万民の前に備えられたもので、
2:32 異邦人を照らす啓示の光、御民イスラエルの光栄です。」
2:33 父と母は、幼子についていろいろ語られる事に驚いた。
2:34 また、シメオンは両親を祝福し、母マリヤに言った。「ご覧なさい。この子は、イスラエルの多くの人が倒れ、また、立ち上がるために定められ、また、反対を受けるしるしとして定められています。
2:35 剣があなたの心さえも刺し貫くでしょう。それは多くの人の心の思いが現れるためです。」

生後40日目に神殿に連れてこられたイエスを見て、老人シメオンはこの子こそ長年祈り続けてきた「救い主」だと分り「安らかに去ることができる」と喜んで主を褒め称えました。様々な不安や恐れのあるなかで、私たちはいかにして「安らかに」新しい年を迎えることができるでしょうか。

1、救い主を見る
シメオンの悩み、不安は赤子のイエス様を見てすべて吹き飛びました。
彼は祖国、同胞のために祈っていましたが、イエス様を見たときに異邦人をも救う救い主であることが分り神に感謝しました。イエス様を見るときに、自分の問題が小さくなります。神様はさらに大きな計画を持っておられるのです。このシメオンの喜びが私たちにあるでしょうか。苦しみ、未解決の問題がたくさんある中でも、彼はイエス様を見て安らかに生涯を終えることができると喜び、感謝を捧げたのです。
クリスマスの主役はイエス様ご自身でなければなりません。そしてクリスマスだけではなく、どのようなときもイエス様を見上げる必要があります。イエス様を見上げつつ、新しい年を迎えましょう。

2、使命に生きる
シメオンは祖国の人々のために祈り続けることを使命として生きていたのでしょう。そしてこのイエス様を見た時、自分の使命が全うされたことを感じることができました。
使命とは命を使うと書きます。使命を全うせずに、安らかに死ねる人はいませんし、使命を知らずに、安らかに生きていける人もいません。一年を振り返り、自分の命を何のために使ってきたのか考えましょう。
シメオンはマリヤに向って非常に厳しい預言をしました。「剣があなたの心さえも刺し貫くでしょう」と。これはイエス様が十字架に架けられるところを見るということでしょう。とても祝福とは思えません。しかしイエス様の十字架は多くの人のための祝福と変えられました。使命に生きると、苦しみさえもが良いことに変えられるのです。「来年もどうかこの命を神様のために使ってください」と祈ろうではありませんか。

3、忍耐して信じる
イエス様の十字架と復活は実際は30数年後のことです。ですからシメオン自身は救いそのものは見ていないのです。でも彼は満足しました。まだ見ていないものに満ち足りることができました。
信仰はじっと待つ作業です。忍耐して信じ続けることです。今年まだ実現していない祈りがあるでしょうか。解決されていない問題があるでしょうか。大丈夫です。何故ならもうすでに救い主イエス様が生まれてくださり、私たちのそばにいてくださるからです。すべての悩みを、イエス様の足元に置きましょう。そうすれば私たちは自由になることができ、心安らかに来るべき2012年を迎えることができます。

今週の暗証聖句
(愛は)すべてをがまんし、すべてを信じ、すべてを期待し、すべてを耐え忍びます。1コリント13:7

その122 チェンジ!!

December 17 [Sat], 2016, 21:50
チェンジ!!

ルカ1:39-56

1:39 そのころ、マリヤは立って、山地にあるユダの町に急いだ。
1:40 そしてザカリヤの家に行って、エリサベツにあいさつした。
1:41 エリサベツがマリヤのあいさつを聞いたとき、子が胎内でおどり、エリサベツは聖霊に満たされた。
1:42 そして大声をあげて言った。「あなたは女の中の祝福された方。あなたの胎の実も祝福されています。
1:43 私の主の母が私のところに来られるとは、何ということでしょう。
1:44 ほんとうに、あなたのあいさつの声が私の耳に入ったとき、私の胎内で子どもが喜んでおどりました。
1:45 主によって語られたことは必ず実現すると信じきった人は、何と幸いなことでしょう。」
1:46 マリヤは言った。「わがたましいは主をあがめ、
1:47 わが霊は、わが救い主なる神を喜びたたえます。
1:48 主はこの卑しいはしために目を留めてくださったからです。ほんとうに、これから後、どの時代の人々も、私をしあわせ者と思うでしょう。
1:49 力ある方が、私に大きなことをしてくださいました。その御名は聖く、
1:50 そのあわれみは、主を恐れかしこむ者に、代々にわたって及びます。
1:51 主は、御腕をもって力強いわざをなし、心の思いの高ぶっている者を追い散らし、
1:52 権力ある者を王位から引き降ろされます。低い者を高く引き上げ、
1:53 飢えた者を良いもので満ち足らせ、富む者を何も持たせないで追い返されました。
1:54 主はそのあわれみをいつまでも忘れないで、そのしもべイスラエルをお助けになりました。
1:55 私たちの父祖たち、アブラハムとその子孫に語られたとおりです。」
1:56 マリヤは三か月ほどエリサベツと暮らして、家に帰った。

神の御子であるイエス様は一体何のためにこの地上に来てくださったかというと、まさに「チェンジ」のためでした。
私たちが変わるためにイエス様が、来られたのです。
私たちの人生に、そして世界に変化をもたらすために、イエス・キリストは2000年前にお生まれになったのです。

1、信仰者の交わりの大切さをもたらした。
この神の家族の愛の交わりは、新約聖書の時代から今に至るまで続いているものです。神様は一匹狼のクリスチャンを望んではおられません。むしろ誰もが誰かを必要として、互いに励ましあい、互いに神を褒め称えあう中で、神様のご計画、御心を理解し、前進していってもらいたいと望んでおられるのです。
このマリヤとエリサベツの愛の交わりが、神の計画を推し進め、世界に変化をもたらしました。クリスチャン同士の交わりを大切にする信仰者となり、そして教会として成長していきましょう。

2、喜びの質を変えた。
1:45 主によって語られたことは必ず実現すると信じきった人は、何と幸いなことでしょう。
まだ見たことのないものを信じることができる。まだ体験していないことを信じて感謝することができる。それが幸いな人だと、聖書は言うのです。私たちの喜びは、完全に世界の人の喜びと質が変えられています。

3、世の価値観を変えた。
それまでは人間の目で見て、何が得で、何が損になるかを考え、人よりも高いところに立つ、人よりも多くのものを持つ、そんな人間こそが、この世の勝利者であるという価値観で動いていたのが、いやそうではない。目には見えないけれど神様がおられ、ちゃんと見ていてくださり、それぞれの人に報いを与えてくださる時代が来るのだというのです。その時は、この世で誇り高ぶっていた者が退けられ、この世で忘れられ、虐げられていた者が、高く上げられ、満
ち足りるようになるのだと宣言されています。

あなたがたの間で偉くなりたいと思う者は、みなに仕える者になりなさい。
あなたがたの間で人の先に立ちたいと思う者は、あなたがたのしもべになりなさい。マタイ20:26-7

クリスマスは、神様が世界を変えるために御子を送ってくださった日です。世界を変えるために来られたイエス様。私たちに真の交わりと、喜びと、価値観を与えてくださったイエス様。今、私たちにその使命が託されています。私たちは、周りの世界に対して、本当の幸福とは何かを表し、喜びを伝えていかなければなりません。世に流されるのではなく、世に証し、良い影響を与えるために、私たちは救われたのです。マリヤが告白し、歌ったように、私たちも喜びを持って毎日を生き、イエス様が教えられたように、この世の価値観に流されずに力強く生きてまいりましょう。

今週の暗証聖句
だれでもキリストのうちにあるなら、その人は新しく造られた者です。古いものは過ぎ去って、見よ、すべてが新しくなりました。
2コリント5:17

その121 時が満ちると

December 10 [Sat], 2016, 18:33
時が満ちると ガラテヤ4:4-7

4:4 しかし定めの時が来たので、神はご自分の御子を遣わし、この方を、女から生まれた者、また律法の下にある者となさいました。
4:5 これは律法の下にある者を贖い出すためで、その結果、私たちが子としての身分を受けるようになるためです。
4:6 そして、あなたがたは子であるゆえに、神は「アバ、父」と呼ぶ、御子の御霊を、私たちの心に遣わしてくださいました。
4:7 ですから、あなたはもはや奴隷ではなく、子です。子ならば、神による相続人です。

アドベント、降誕節の3週目ですが、今日もクリスマスとは私たちにとってどういう意味があるのか、ご一緒に考えてみましょう。

1、神様が歴史を支配しておられる。
今年も色々なことがありましたが、大切なことは、今世界で何が起こっているとしても、そしてこれから何が起ころうとしているにしても、私たちの信じる神様がこの歴史を支配しておられると言うことです。イエス・キリストの誕生が、クリスチャンだけでなく、世界中の人たちに大きな影響を与えているという一つの大きな証拠があります。それは私たちが普段使っている西暦です。イエス・キリストの誕生の一週間後を0年の正月と定め(実際は4年ほどずれているのが後で分かりましたが)、そこから数えられているのが西暦何年と言う年です。歴史というものが、イエス・キリストの誕生の前と後ろで区切られていることがわかります。
私たちには先が見えませんね。来年何が起こるのか。いや明日自分の身に何が起こるかさえも分からないのが私たち人間です。色々なことで不安になりやすいのは当然です。
しかし私たちには不安に勝る希望があります。この世界の歴史を支配している神様が、私たちの味方だと言うことです。この神様を信じていきましょう。

2、神様のときがある。
イエス様は偶然生まれて、偶然死なれた人なのでななく、神様の時に、神様のやり方で、この地上に来てくださった救い主です。
「時が満ちて」と言う言葉には、キリストの誕生は、神様の時だった。神様がこの時、今から2000年前に生まれるように定めておられたと言うことが宣言されています。
400年以上も預言者は現われず、神が沈黙されているように見えた時代に、神様は着々とイエス・キリスト誕生の準備をされていた。のです。
この1年を振り返った時、ある人には後悔があるかもしれません。ある人にはやりきれない悲しみがあるかもしれません。しかし全てのことに神様の時があるのです。
人間にはどうにもならないことも、神様が最善の時に、最善のことをしてくださるというのが、信仰者の強さです。

3、神様を信じるときを逃さないようにしよう。
イエス・キリストの誕生の目的は、信じる者を神の子とするためです。どんなことにも、神様の時があると申しましたが、この神様を信じて神の子どもとされることにも時があります。私たちは自分で親も子も選べません。しかし、養子は、親がこの子を自分の子にしようという意思がなければなりません。神様は、あえて私たちを、イエス様を信じる信仰によって、自分の子としようと決意してくださったのです。それまでどんな人生を歩んでいようが、どんな問題を抱えていようが、イエス・キリストを自分の救い主と信じるならば、神様は喜んで、「あなたは私の子供だ。もう大丈夫だ。何があってもあなたから離れない。あなたを護る。」と言っていただけるのです。
クリスマスにはこのような意味があります。この神様を信じましょう。

今週の暗証聖句
しかし、この方(イエス・キリスト)を受け入れた人々、すなわち、その名を信じた人々には、神の子どもとされる特権をお与えになった。                  ヨハネ1:12