その117 すべては心のなかから

September 10 [Sat], 2016, 12:00
すべては心のなかから 

創世記37:1-35
37:1 ヤコブは、父が一時滞在していた地、カナンの地に住んでいた。
37:2 これはヤコブの歴史である。ヨセフは十七歳のとき、彼の兄たちと羊の群れを飼っていた。彼はまだ手伝いで、父の妻ビルハの子らやジルパの子らといっしょにいた。ヨセフは彼らの悪いうわさを父に告げた。
37:3 イスラエルは、彼の息子たちのだれよりもヨセフを愛していた。それはヨセフが彼の年寄り子であったからである。それで彼はヨセフに、そでつきの長服を作ってやっていた。
37:4 彼の兄たちは、父が兄弟たちのだれよりも彼を愛しているのを見て、彼を憎み、彼と穏やかに話すことができなかった。
37:5 あるとき、ヨセフは夢を見て、それを兄たちに告げた。すると彼らは、ますます彼を憎むようになった。
37:6 ヨセフは彼らに言った。「どうか私の見たこの夢を聞いてください。
37:7 見ると、私たちは畑で束をたばねていました。すると突然、私の束が立ち上がり、しかもまっすぐに立っているのです。見ると、あなたがたの束が回りに来て、私の束におじぎをしました。」
37:8 兄たちは彼に言った。「おまえは私たちを治める王になろうとするのか。私たちを支配しようとでも言うのか。」こうして彼らは、夢のことや、ことばのことで、彼をますます憎むようになった。
37:9 ヨセフはまた、ほかの夢を見て、それを兄たちに話した。彼は、「また、私は夢を見ましたよ。見ると、太陽と月と十一の星が私を伏し拝んでいるのです」と言った。
37:10 ヨセフが父や兄たちに話したとき、父は彼をしかって言った。「おまえの見た夢は、いったい何なのだ。私や、おまえの母上、兄さんたちが、おまえのところに進み出て、地に伏しておまえを拝むとでも言うのか。」
37:11 兄たちは彼をねたんだが、父はこのことを心に留めていた。
37:12 その後、兄たちはシェケムで父の羊の群れを飼うために出かけて行った。
37:13 それで、イスラエルはヨセフに言った。「おまえの兄さんたちはシェケムで群れを飼っている。さあ、あの人たちのところに使いに行ってもらいたい。」すると答えた。「はい。まいります。」
37:14 また言った。「さあ、行って兄さんたちや、羊の群れが無事であるかを見て、そのことを私に知らせに帰って来ておくれ。」こうして彼をヘブロンの谷から使いにやった。それで彼はシェケムに行った。
37:15 彼が野をさまよっていると、ひとりの人が彼に出会った。その人は尋ねて言った。「何を捜しているのですか。」
37:16 ヨセフは言った。「私は兄たちを捜しているところです。どこで群れを飼っているか教えてください。」
37:17 するとその人は言った。「ここから、もう立って行ったはずです。あの人たちが、『ドタンのほうに行こうではないか』と言っているのを私が聞いたからです。」そこでヨセフは兄たちのあとを追って行き、ドタンで彼らを見つけた。
37:18 彼らは、ヨセフが彼らの近くに来ないうちに、はるかかなたに、彼を見て、彼を殺そうとたくらんだ。
37:19 彼らは互いに言った。「見ろ。あの夢見る者がやって来る。
37:20 さあ、今こそ彼を殺し、どこかの穴に投げ込んで、悪い獣が食い殺したと言おう。そして、あれの夢がどうなるかを見ようではないか。」
37:21 しかし、ルベンはこれを聞き、彼らの手から彼を救い出そうとして、「あの子のいのちを打ってはならない」と言った。
37:22 ルベンはさらに言った。「血を流してはならない。彼を荒野のこの穴に投げ込みなさい。彼に手を下してはならない。」ヨセフを彼らの手から救い出し、父のところに返すためであった。
37:23 ヨセフが兄たちのところに来たとき、彼らはヨセフの長服、彼が着ていたそでつきの長服をはぎ取り、
37:24 彼を捕らえて、穴の中に投げ込んだ。その穴はからで、その中には水がなかった。
37:25 それから彼らはすわって食事をした。彼らが目を上げて見ると、そこに、イシュマエル人の隊商がギルアデから来ていた。らくだには樹膠と乳香と没薬を背負わせ、彼らはエジプトへ下って行くところであった。
37:26 すると、ユダが兄弟たちに言った。「弟を殺し、その血を隠したとて、何の益になろう。
37:27 さあ、ヨセフをイシュマエル人に売ろう。われわれが彼に手をかけてはならない。彼はわれわれの肉親の弟だから。」兄弟たちは彼の言うことを聞き入れた。
37:28 そのとき、ミデヤン人の商人が通りかかった。それで彼らはヨセフを穴から引き上げ、ヨセフを銀二十枚でイシュマエル人に売った。イシュマエル人はヨセフをエジプトへ連れて行った。
37:29 さて、ルベンが穴のところに帰って来ると、なんと、ヨセフは穴の中にいなかった。彼は自分の着物を引き裂き、
37:30 兄弟たちのところに戻って、言った。「あの子がいない。ああ、私はどこへ行ったらよいのか。」
37:31 彼らはヨセフの長服を取り、雄やぎをほふって、その血に、その長服を浸した。
37:32 そして、そのそでつきの長服を父のところに持って行き、彼らは、「これを私たちが見つけました。どうか、あなたの子の長服であるかどうか、お調べになってください」と言った。
37:33 父は、それを調べて、言った。「これはわが子の長服だ。悪い獣にやられたのだ。ヨセフはかみ裂かれたのだ。」
37:34 ヤコブは自分の着物を引き裂き、荒布を腰にまとい、幾日もの間、その子のために泣き悲しんだ。
37:35 彼の息子、娘たちがみな、来て、父を慰めたが、彼は慰められることを拒み、「私は、泣き悲しみながら、よみにいるわが子のところに下って行きたい」と言った。こうして父は、その子のために泣いた。
37:36 あのミデヤン人はエジプトで、パロの廷臣、その侍従長ポティファルにヨセフを売った。

父ヤコブに愛されたヨセフは兄弟たちからは嫌われ、しかも彼の見た夢が原因で、ますます憎まれるようになりました。そしてあるとき、彼は兄弟たちの手によってエジプトに奴隷として売られるという苦しみにあいます。

1、すべては心のなかからはじまる。
 ヨセフは兄弟たちからねたまれました。4節には「彼の兄たちは、父が兄弟たちのだれよりも彼を愛しているのを見て、彼を憎み、彼と穏やかに話すことができなかった。」と書かれています。そしてヨセフの夢の解き明かしを聞いてますます怒りに燃えて、ついには彼を殺してしまおうというところまで発展していきます。心の状態がだんだん抑えきれなくなって最後に行動を起こすのです。人間の行動だけを見て、その元となる心のことを無視することは、物事の一面しか見ていないことになります。人間の争いや、災いは手や足から始まるのではなく、心から始まるのです。
 私たちは日常生活のなかで、自分の心にどのようなものがあるのか吟味する必要があります。

2、神は人の心のなかからはじめられる。
 神様はご自分の計画をなそうとするときに、まず人の心からはじめられます。言葉や夢、幻を通して人の心に思いを植え付け、それを育て、ご自身の計画をすすめていきます。ヨセフは神様によって夢を与えられました。彼はその夢を語ったために、余計に兄弟から憎まれることになりましたが、結果的にはその夢のとおりになっていったのです。
 神様は私たちにも同じように、心に何かの思いを与え、私たちを動かそうとなさいます。最初は小さな思いかもしれません。とうてい実現することなど望めないような大きな夢かもしれません。しかし私たちがそれを信仰で受け止め、育もうと決心するならば、やがてそれは神様の最もよいタイミングで、人生に起こるのです。

3、人は神に与えられた思いによって生きる。
ヨセフはこの後、何年もひどい苦しみにあいます。自暴自棄になり、兄弟を憎んで死ぬこともできました。しかし彼はいつも前向きに生き、周りの人のことを考えることができました。それは何故でしょうか?神様が彼に与えてくださった夢が彼を支えていたのでしょう。目に見える状況がどのようなものであったとしても、神様が約束してくださったことを信じて生きていたのです。
神様の計画の実現には時間がかかります。そしてそれまでの道のりは平たんではありません。神様はその途上を一緒に歩まれ、私たちを成長させ、完全に信頼するように望まれているのです。私たち一人ひとりが神様の計画を心のなかで持ちながら、一歩一歩進んでいくなかに、人生の意味や目的があるのです。
すべてを支配してくださる神様を信じて歩んでまいりましょう。

今週の暗証聖句
神は、みこころのままに、あなたがたのうちに働いて志を立てさせ、事を行わせてくださるのです。        ピリピ 2:13

その116 大事なこと

September 03 [Sat], 2016, 21:22
「大事なこと」
マタイの福音書13:31-32

13:31 イエスは、また別のたとえを彼らに示して言われた。「天の御国は、からし種のようなものです。それを取って、畑に蒔くと、
13:32 どんな種よりも小さいのですが、生長すると、どの野菜よりも大きくなり、空の鳥が来て、その枝に巣を作るほどの木になります。」

 イエスは天の国をからし種のたとえで教えられました。からし種は非常に小さな種なのですが、成長すると大きくなり、鳥が巣を作るほどになるというのです。からし種とは神(聖書)の言葉、あるいは信仰ともとることができます。また木とは勿論天(神)の国ですが、地上の教会というふうにも考えることができるでしょう。ここでイエスは私たちの人生において、大事なことを見極めることの大切さを教えています。

1、いのちが大事。
 イエスはここでからし種は「どんな種よりも小さい」けれども、その大きさは関係ないのだと言っています。大事なことは、その種にはいのちがあるかどうかということです。いのちがあるなら、最初の大きさはどうであっても成長するのです。
 神のことばは生きていて、力がある。へブル4:12
と書かれています。私たち人間の心に神の言葉が届くとき、最初は目に見えないほど小さく、とるに足らないように思われるかもしれませんが、永遠のいのちの力を持つその言葉は、生きていて力を持ち、やがて大きく成長するのです。
 私たちは日常生活のなかで、目に見えるもの、あるいは人からどう見えるかということに心が向き、そこに本当のいのちがあるかどうかを見過ごしてしまうことがあります。私たちが必死で追い求めているものにはいのちがあるでしょうか?私たちを悩ませる問題には、私たちの永遠のいのちを左右する力があるでしょうか?
 私たちに永遠のいのちを与える、力強い神の言葉を大事にしていきましょう。

2、終わりが大事。
 からし種は一夜で鳥が宿るような木になるわけではありません。どんなことでもそうですが、成長には時間がかかるものです。このイエスのたとえは、種そのものの大きさだけでなく、それが成長してゆく過程の、目に見える状態にも一喜一憂してはならないと教えているように思えます。神の言葉にはいのちがあるのですから、たとえ今日、明日に、目を見張るようなことが起こらないとしても、すべてを支配しておられる神を信頼し続けるならば、必ず神の最善のときに、豊かな実を結ぶ大木に成長するのです。
 今目に見える状態がどのようなものであっても、神の言葉の約束を信じ続けることが大切です。私たちの人生のなかで、そしてこの世界で、最も必要とされているのは、永遠に変わることのない神の言葉なのです。

3.キリストとのつながりが大事。
 初めに、ことばがあった。ことばは神とともにあった。ことばは神であった。ヨハネ1:1
 この言葉はイエス・キリストを表す言葉ですが、キリストこそが、神の言葉をあらわされたお方です。十字架にかけられる姿はまさに、この世界のなかでは小さく、弱々しいものでしたが、このお方にこそいのちがあり、多くの人を生かす力があるのです。
 キリストとのつながりをしっかりと持ちましょう。

今週の暗証聖句
まことに、まことに、あなたがたに告げます。一粒の麦がもし地に落ちて死ななければ、それは一つのままです。しかし、もし死ねば、豊かな実を結びます。            ヨハネ 12:24