その93 将来と希望を得るために

January 23 [Sat], 2016, 20:27
「将来と希望を得るために」 
エレミヤ書 29章11−14節

29:11 わたしはあなたがたのために立てている計画をよく知っているからだ。──【主】の御告げ──それはわざわいではなくて、平安を与える計画であり、あなたがたに将来と希望を与えるためのものだ。
29:12 あなたがたがわたしを呼び求めて歩き、わたしに祈るなら、わたしはあなたがたに聞こう。
29:13 もし、あなたがたが心を尽くしてわたしを捜し求めるなら、わたしを見つけるだろう。
29:14 わたしはあなたがたに見つけられる。──【主】の御告げ──わたしは、あなたがたの繁栄を元どおりにし、わたしがあなたがたを追い散らした先のすべての国々と、すべての場所から、あなたがたを集める。──【主】の御告げ──わたしはあなたがたを引いて行った先から、あなたがたをもとの所へ帰らせる。」

神はエレミヤを通して、バビロンに滅ぼされ、捕囚生活をしているユダの人々に、将来と希望が用意されていることを約束されました。
私たちに必要なものも、将来と希望です。

将来と希望を得るために..
1、 神の考えに自分を合わせよう。
多くの人たちの失敗や苦しみの原因は、自分の考えや計画に神様を合わせようとして、それができないことです。神を自分に合わさせるのではなく、私たち自身を神の考えや計画に合わせることが必要です。本当の心の平安、幸せを実感して、充実した人生を送りたいのであれば、私たちは神の計画によって生まれ、生かされているということに気がつかなければならなりません。
神の思いを知り、神が自分に与えられている目的に沿っていきるならば、恐れのない、喜びに満ちた歩みをすることができます。
自分のために神がいるのではなく、自分が神のために命を与えられ、生かされていることを知りましょう。

2、 夢を持とう。
人が自分のために自分で持つ夢と、神から与えられた夢は違います。人の夢は挫折しますが、神から与えられた夢はいつまでも続きます。それは使命とも言い換えることができます。神様が与えてくださった命を神様に使っていただこうとするときに、どのような困難にも立ち向える使命感が生まれ、それが夢となるのです。
神の計画に生きるならば、出来ないことはありません。必ず多くの実を結ぶことができます。何故なら私たちは御子イエス・キリストの血潮で買い取られた神の子どもだからです。
信仰者1人ひとりが、使命感を持って生きようとするときに、神から大きな夢が与えられ、しかもそれは必ず実現します。
私たちの人生に、家庭に、教会に、国に、大きな夢を持っていきましょう。

3、探そう! 求めよう! 祈ろう!
神様はここで将来と希望が自動的に与えられるとは言っていません。
Jer. 29:12 あなたがたがわたしを呼び求めて歩き、 わたしに祈るなら、 わたしはあなたがたに聞こう。
Jer. 29:13 もし、 あなたがたが心を尽くしてわたしを捜し求めるなら、 わたしを見つけるだろう。

主イエス・キリストも求めなさい、捜しなさい、たたきなさいと教えられています。求める祈りと与える神の思いが合致したときに、私たちは約束のものを手にすることができるのです。
私たちが心をへりくだらせて、「神様、教えてください。」「神様、与えてください。」「神様、導いてください」と捜し、求め、祈るのであれば神は必ず応えてくださいます。
将来と希望を求めて、力強く祈ってまいりましょう。

今週の暗証聖句
求めなさい。そうすれば与えられます。捜しなさい。そうすれば見つかります。たたきなさい。そうすれば開かれます。
だれであれ、求める者は受け、捜す者は見つけ出し、たたく者には開かれます。                       マタイ7:7-8

その92 神の霊によって

January 09 [Sat], 2016, 22:17
神の霊によって

ハガイ書2章5節

わたしの霊があなたがたの間で働いている。恐れるな。

神殿再建に取り組んでいたイスラエルの人たちは、様々な困難によって挫折し、工事はストップしてしまいました。それを励まし、工事再開を促したのがハガイとゼカリヤという預言者だったのです。そして遂に彼らは神殿再建を果たしました。
私たちは人生のなかで、色々なことに綻びが出て、このままではいけない。何とかしなくてはならない。そう思うことが出てくるでしょう。
仕事のこと、経済のこと、人間関係のことなど、生活の色々なところを建て直さなければならないと考えているかもしれません。あるいは信仰生活そのものを建て直したいと願っている方もおられるでしょう。
私たちすべてのなそうとすることを、完成させてくださるのは神の霊、聖霊です。聖霊が私たちと、私たちの業を成し遂げてくださるのです。

1、神の霊によってすべてが始まる。
神の霊によってすべてのものが始まります。天地創造も、人間の誕生も、イエスの誕生も、教会の誕生もすべて神の霊によって始まっているのです。
神様の業を始められるのは、神の霊によるものです。神は今この日本の諸教会にも、そして私たちクリスチャン一人ひとりの中にも、何かを始めようとしておられます。まだ小さくて、それが何かは分からないかもしれません。しかしそれはやがて大きくなり、見たことのないような素晴らしい御業となります。すべてを始められる神の霊を求めましょう。

2、神の霊は私たちと共にいる。
工事が中断し、途方に暮れている民たちに預言者は神が共におられるということを思い出させました。私たちは、神の霊といつもともにいることができます。聖書は私たちがイエス様を信じたときから、神の霊が私たちのうちに入ってくださって、住んでくださるのだと証言しています。この聖霊とともに、この一年を過ごしてまいりましょう。聖霊を呼び求め、聖霊に頼り、聖霊に導かれて歩むことを求めましょう。

3、神に霊はすべてを完成する
神が始められた業ならば、それがどんなに人間の目には不可能なことであったとしても、神が完成してくださいます。これは当時のエルサレムに居た人たちのためだけの言葉ではありません。今を生きる私たちクリスチャンにも、まさに神様が訴えかけておられる言葉です。「恐れてはならない。おののいてはならない。私の霊によってはじめたことは、私の霊がそれを完成させる。あなたはただ、私の行なう業を見なさい」ということです。聖霊が成し遂げてくださいます。
この一年神様が始められることを期待しましょう。また神様が成し遂げてくださることを信じましょう。神の霊は、私たちがキリストの似姿となるように、私たち自身をも完成させてくださいます。神様とともに、良い一年を過ごしましょう。

神の業が、この教会と、私たち1人ひとりの人生に起こりますように、聖霊に満たされ、聖霊とともに歩んでまいりましょう。
今週の暗証聖句
『権力によらず、能力によらず、わたしの霊によって』と万軍の【主】は仰せられる。ゼカリヤ4:6

その91 根を伸ばす信仰者と教会

January 02 [Sat], 2016, 22:00
根を伸ばす信仰者と教会

エペソ人への手紙4章11−16節
4:11 こうして、キリストご自身が、ある人を使徒、ある人を預言者、ある人を伝道者、ある人を牧師また教師として、お立てになったのです。
4:12 それは、聖徒たちを整えて奉仕の働きをさせ、キリストのからだを建て上げるためであり、
4:13 ついに、私たちがみな、信仰の一致と神の御子に関する知識の一致とに達し、完全におとなになって、キリストの満ち満ちた身たけにまで達するためです。
4:14 それは、私たちがもはや、子どもではなくて、人の悪巧みや、人を欺く悪賢い策略により、教えの風に吹き回されたり、波にもてあそばれたりすることがなく、
4:15 むしろ、愛をもって真理を語り、あらゆる点において成長し、かしらなるキリストに達することができるためなのです。
4:16 キリストによって、からだ全体は、一つ一つの部分がその力量にふさわしく働く力により、また、備えられたあらゆる結び目によって、しっかりと組み合わされ、結び合わされ、成長して、愛のうちに建てられるのです。

このエペソ人への手紙はパウロが特に「教会」をテーマにして教えている手紙です。その主旨を簡単に言うならば「教会は、それ自体に命がある存在であり、病気でない限り、成長し続ける存在である」と言えるでしょう。
そして「その教会の成長は、メンバー一人ひとりの成長にかかっている」とパウロは断言しているのです。

根を伸ばす信仰者と教会になるために…

1、各自が段階をふむこと
成長には、時間がかかることと、段階を踏む必要があることを覚える必要があります。神様は6日かけて天地を創造されました。物事が完成されるには順序があり、順を踏んでいくことが必要だということを教えられるためではないでしょうか。
信仰の世界も時間をかけて、段階を踏むことが大切です。私たちは皆違うのですから、人と自分を比べる必要はありません。成長の速度も皆違います。堅実に聖書を読み、祈りの習慣を身につける以上に、成長の近道はありません。この新しい年、今日から、一人ひとりが、段階を踏んで成長していくことを目指しましょう。

2、内面の変化を重視すること
クリスチャンの人生とは自分のものの見方・考え方を変え続ける旅です。完成は最後までされないかもしれません。しかし変え続けるのです。信仰を成長させていくことによって、前まではすごくつらかったことが、苦でなくなるとか、以前は嫌いでどうしようもなかった人が、嫌いでなくなるとか、前はコンプレックスの塊ですごく窮屈だったのが、自由にのびのびと生きることができるようになったとか、そのような変化が徐々に起こってくるのです。徐々に聖霊に明け渡すということを覚えましょう。

3、お互いのことを考える
クリスチャンの成長は、決して個人的に自己完結するものではありません。私たち一人ひとりの成長の目的そのものが、教会を建て上げ、教会が成長してゆくためであると、聖書は教えています。何故でしょうか?それは教会こそが、キリストがみちみちているところであり、教会のかしらがキリストであり、私たちの命の源は、すべてこのキリストの体である教会から流れ出ているからなのです。ですから私たちは、「とにかく私一人が成長すればよい。大人の信仰者になれればよい」ではなくて、お互いのことを考えながら、ともに成長してゆくことを考えなければなりません。
今年も私たちは大木になる準備を進めていきましょう。私たちの目標は、自分だけが生き残る教会になることではなくて、日本の多くの人に恵みを押し流し、世界に良い影響を与える教会になることです。
大きなことをしてくださる、大きな神様を信じて、力強く前進していきましょう。

今週の暗証聖句
そして、これらすべての上に、愛を着けなさい。愛は結びの帯として完全なものです。コロサイ3:14