その90 主をたたえよ

December 26 [Sat], 2015, 15:02
主をたたえよ
詩篇117:1-2

117:1 すべての国々よ。【主】をほめたたえよ。すべての民よ。主をほめ歌え。
117:2 その恵みは私たちに大きく、【主】のまことはとこしえに。ハレルヤ。

117篇は詩篇のなかで最も短い詩ですが、この詩に神の目的と教会(あるいは人間)の使命が凝縮されています。

1、すべての人が救われること。
神は罪にまみれ、混乱した人間の世界から、アブラハムという一人の人物を選び出されました。彼を祖先とするイスラエルの民を通して、聖書が与えられ、キリストが生まれました。しかしそれは決してイスラエルの民だけを救うということではなかったのです。彼のように、神を信じる者は、どんな国の人であっても、神の民となるためだったのです。2節の「めぐみ」と「まこと」という言葉が象徴しているのはイエス・キリストです。このキリストを通して、神はすべての人が神を知り、神を信じ、神の救いを受け取ることを願っておられます。
私たち教会が存在する目的もこのためです。教会は世界に一人でもキリストを知らない人がいる限り、宣教し続けなければなりません。来年もこの神の願いと、神から与えられた使命を全うする教会、そして信仰者となりましょう。

2、すべての人が一つとなること。
すべての人が救われることは、すべての人がキリストにあって一つとされるためです。キリストは最後の晩餐の席で弟子たちのためにこのように祈られました。
ヨハネ17:11聖なる父。あなたがわたしに下さっているあなたの御名の中に、彼らを保ってください。それはわたしたちと同様に、彼らが一つとなるためです。
わたしたちは国籍が違っても、言葉や文化背景は違っても、皆主を信じる信仰によって神の家族、神の民とされました。世のなかにこのような組織はありません。そして私たちが互いに愛し合い、受け入れあう姿が、多くの人々を引き付ける強力な宣教となることが神様の願いです。来年も互いに赦し合い、愛し合う神の共同体を建てあげましょう。

3、すべての人が神をたたえること。
神の究極的な目的はすべての被造物が神に栄光を帰し、神の御名をほめたたえることです。実に私たちは、神をたたえるために造られたのです。これが私たちが生かされている使命です。めぐみとまことに富んでおられる方が、私たちをあわれみ、救ってくださいました。そしてこの一年も、すべての悪から護り、私たちに必要なものをすべて備えてくださいました。主によくしてくださったことを一つひとつ覚え、感謝しましょう。そして「神様。あなたこそ恵みの神、まことの神。すべての栄光を受けるにふさわしいお方です」と主の御名をほめたたえましょう。
来るべき新しい年2016年も、一人でも多くの人がキリストを通して救われ、互いに愛し合う家族を形成し、そして主の御名を賛美し、ほめたたえる教会となることを願ってまいりましょう。

今週の暗証聖句
わがたましいよ。【主】をほめたたえよ。主の良くしてくださったことを何一つ忘れるな。     詩篇 103:2

その89 私たちにできること

December 19 [Sat], 2015, 13:10
私たちにできること 
ルカ2:8-20

ルカ
2:8 さて、この土地に、羊飼いたちが、野宿で夜番をしながら羊の群れを見守っていた。
2:9 すると、主の使いが彼らのところに来て、主の栄光が回りを照らしたので、彼らはひどく恐れた。
2:10 御使いは彼らに言った。「恐れることはありません。今、私はこの民全体のためのすばらしい喜びを知らせに来たのです。
2:11 きょうダビデの町で、あなたがたのために、救い主がお生まれになりました。この方こそ主キリストです。
2:12 あなたがたは、布にくるまって飼葉おけに寝ておられるみどりごを見つけます。これが、あなたがたのためのしるしです。」
2:13 すると、たちまち、その御使いといっしょに、多くの天の軍勢が現れて、神を賛美して言った。
2:14 「いと高き所に、栄光が、神にあるように。地の上に、平和が、御心にかなう人々にあるように。」
2:15 御使いたちが彼らを離れて天に帰ったとき、羊飼いたちは互いに話し合った。「さあ、ベツレヘムに行って、主が私たちに知らせてくださったこの出来事を見て来よう。」
2:16 そして急いで行って、マリヤとヨセフと、飼葉おけに寝ておられるみどりごとを捜し当てた。
2:17 それを見たとき、羊飼いたちは、この幼子について告げられたことを知らせた。
2:18 それを聞いた人たちはみな、羊飼いの話したことに驚いた。
2:19 しかしマリヤは、これらのことをすべて心に納めて、思いを巡らしていた。
2:20 羊飼いたちは、見聞きしたことが、全部御使いの話のとおりだったので、神をあがめ、賛美しながら帰って行った。

このクリスマスに、神様が私たちに望んでおられることは何でしょうか?私たちにできること、しなければならないことは何でしょうか?

1、クリスマスのメッセージを信じる。
神様が救い主をこの地に送ってくださったのだというクリスマスのメッセージを信じるのです。
「きょうダビデの町で、あなたがたのために、救い主がお生まれになりました。この方こそ主キリストです。2:11」
これがクリスマスのメッセージです。羊飼いたちはこのメッセージを、無条件で信じたのでした。
クリスマスのメッセージとは、「あなたのために、救い主が生まれたんですよ」ということです。人間の罪、その罪からくる苦しみ、悲しみ、孤独、病、死、それらのものを人間から取り去りたいと、神様は御子イエス・キリストをこの世に送られました。これがクリスマスの中心メッセージです。このことを信じることが、この2015年のクリスマスに私たちにできることです。

2、イエス様に会う。
羊飼いたちは、天使の言葉を信じ、そしてイエス様を見るために、ベツレヘムの町へと駆けつけました。誰かの誕生日を祝うなら、私たちは、生まれた人自身に会って祝福の言葉をかけると思います。クリスマスが、イエス・キリストの誕生日だと分かったのなら、私たちは、このイエスというお方がどのような方なのか知り、このイエスに祝福の言葉をかけるべきです。
このクリスマスに私たちができること、それは、私たちのために死ぬためにお出でになったイエス・キリストと出会うことです。
「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。ヨハネ3:16」
神様は私たちを愛するがゆえに、御子を与えてくださいました。神様の望みは、すべての人がこの主イエス・キリストを信じて、永遠のいのちを持つことです。どうか皆さんにとってのこのクリスマスが、イエス・キリストと会うときとなりますように、心からお祈りいたします。

3、神様を愛して生きる。
この時から彼ら(羊飼い)の人生は、全く変えられていたのです。神様を愛し、神様に感謝し、神様を賛美して生きる人生に変えられたのです。
今日、この羊飼いたちのように、人生を転換させる日としましょう。「私の人生の質を変えてください。私の周りにある色々な問題、悩み、苦しみの中で、毎日を喜んで、感謝して、神様を愛して生きていけるクリスチャンとしてください。」今日そんな新たな決断をする日としましょう。

今週の暗証聖句
神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。ヨハネ3:16

その88 罪から救うため

December 12 [Sat], 2015, 18:30
罪から救うため 
マタイ1:18-25

1:18 イエス・キリストの誕生は次のようであった。その母マリヤはヨセフの妻と決まっていたが、ふたりがまだいっしょにならないうちに、聖霊によって身重になったことがわかった。
1:19 夫のヨセフは正しい人であって、彼女をさらし者にはしたくなかったので、内密に去らせようと決めた。
1:20 彼がこのことを思い巡らしていたとき、主の使いが夢に現れて言った。「ダビデの子ヨセフ。恐れないであなたの妻マリヤを迎えなさい。その胎に宿っているものは聖霊によるのです。
1:21 マリヤは男の子を産みます。その名をイエスとつけなさい。この方こそ、ご自分の民をその罪から救ってくださる方です。」
1:22 このすべての出来事は、主が預言者を通して言われた事が成就するためであった。
1:23 「見よ、処女がみごもっている。そして男の子を産む。その名はインマヌエルと呼ばれる。」(訳すと、神は私たちとともにおられる、という意味である。)
1:24 ヨセフは眠りからさめ、主の使いに命じられたとおりにして、その妻を迎え入れ、
1:25 そして、子どもが生まれるまで彼女を知ることがなく、その子どもの名をイエスとつけた。

ヨセフはいいなづけマリヤの胎内にいる赤子がただの人間ではなく、聖霊によって身ごもった子であることを天使から告げられます。そしてこのイエスが生まれてくる目的を知らされます。天使は「この方こそ、ご自分の民をその罪から救ってくださる方です」というのです。この言葉からクリスマスの意味を考えてみましょう。

1、罪の生まれるところは心のなか。
「人から出るもの、これが、人を汚すのです。内側から、すなわち、人の心から出て来るものは、悪い考え、不品行、盗み、殺人、姦淫、貪欲、よこしま、欺き、好色、ねたみ、そしり、高ぶり、愚かさであり、これらの悪はみな、内側から出て、人を汚すのです。」マタイ7:20-23

イエス様はここで、罪というものは、体の外にある、あるいは体の外側に出て初めて罪となるのではなくて、心の中でもうすでに始まり、心の中にあり、そこから外に向って出てくるのだと教えています。人は生まれながらにして、悪いものを心のなかに持ち、それが人を汚すのだと教えています。

2、罪の力は常習性と自覚症状がないこと。
罪には、くせになり、止められなくなるという力があります。そして自覚症状がなくなります。始めは良心が痛んだかもしれませんが、継続していくうちに、何とも思わなくなります。そして人生全体が引きずられるようになってしまうのです。パウロはこれを「罪の奴隷」と表現しています。自分も苦しみ、他人も傷つける、あらゆる不幸の原因がこの罪です。

3、罪の結果は神と永遠に離れること。
罪から来る報酬は死です。ローマ6:23
この罪の問題を解決することなしに、人は本当の幸福を得ることができないばかりか、イエス・キリストは明確に、人間には死後二つの行き先があると教えられました。一つは滅び。もう一つはいのちです。あなたはどちらを選びますか?

4、罪からの救いはイエス・キリストの十字架しかない。
これらの悪はみな、内側から出て、人を汚すのです。
旧約聖書の律法では汚れとはまず外から来て、汚れたものを触ると自分も汚れ、そしてそれが罪に定められると書かれています。
それに対して、イエス様は、人を汚すのは外ではなく内側、つまり心の中から生まれるものだといわれたのですが、いずれにしても汚れが指し示すのはそれが罪に定められるということです。どうしたらよいのでしょうか。律法では動物の犠牲、血が流されることによって汚れが清められると教えられました。これはイエス・キリストの十字架の予型です。イエス・キリストが十字架で流された血潮こそが、私たちの罪・穢れを洗い清めることができるのです。
では私たちは実際に何をすれば良いのでしょうか?信じるだけで良いのです。イエス様の死と復活は自分の罪からの救いのためであったと信じて、告白するだけで、あなたは汚れを清められ、新しくされ、永遠の命を受取ることができます。

今週の暗証聖句
御子イエスの血はすべての罪から私たちをきよめます。1ヨハネ1:7

その87 私の神

December 05 [Sat], 2015, 10:36
「私の神」
エレミヤ23:5-8

23:5 見よ。その日が来る。──【主】の御告げ──その日、わたしは、ダビデに一つの正しい若枝を起こす。彼は王となって治め、栄えて、この国に公義と正義を行う。
23:6 その日、ユダは救われ、イスラエルは安らかに住む。その王の名は、『【主】は私たちの正義』と呼ばれよう。
23:7 それゆえ、見よ、このような日が来る。──【主】の御告げ──その日には、彼らは、『イスラエルの子らをエジプトの国から上らせた【主】は生きておられる』とはもう言わないで、
23:8 『イスラエルの家のすえを北の国や、彼らの散らされたすべての地方から上らせた【主】は生きておられる』と言って、自分たちの土地に住むようになる。」

 エレミヤは紀元前600年前後に活動した預言者で、南ユダ王国が滅ぼされ、多くの人々がバビロンに捕囚として強制移住させられる時代に生きた人です。その預言者がダビデの子孫として生まれるキリストの誕生を預言しています。

1、神は約束したことを成し遂げられる。
 神は歴史を支配し、介入され、大切なことはすべて予め預言者を通して伝えられています。重要なことは一つの預言でも時代によって2重、3重の意味を持つということです。ここで語られている預言にはバビロンで捕囚となる民が将来自分たちの故郷に戻ることができるという預言と、神の子キリストが人として生まれる(クリスマス)と言う意味と、そしてやがて再び帰って来られる(再臨)という意味があります。21世紀の私たちにとっては既に起こったこともあり、これから起こることもあるのです。しかし聖書に書かれている神の約束が実現しなかったことはこの再臨を除いてはありません。神の約束を信じましょう。

2、神は希望を与えてくださる。
 聖書は神との約束を破り、神から離れ苦しんで生きるようになる人間の歴史が繰り返されていることを教えています。しかし神はご自分の選んだ人を決して見捨てることはなく、必ずご自身との関係回復の道を備えてくださいます。それこそが希望です。
 2015年も間もなく終わりますが、世界中で恐れや不安が膨れ上がった年だったと言えるでしょう。テロの危険は増し、環境破壊による地球温暖化も待ったなしの状況と言われています。誰も希望を持ちえない時代に生きているように思えます。しかしどんな時代にも神がご自身を愛する者たちに希望を与えられたように、今も神は私たちに希望を与えてくださいます。2000年前に人として来られ、十字架で私たちの罪を背負って死なれ、よみがえられたキリストを、主と信じる者は永遠のいのちの希望が与えられているのです。この希望を握りしめて、新しい年を迎えましょう。

3、神は「私の神」になる。
23:7 それゆえ、見よ、このような日が来る。──【主】の御告げ──その日には、彼らは、『イスラエルの子らをエジプトの国から上らせた【主】は生きておられる』とはもう言わないで、
23:8 『イスラエルの家のすえを北の国や、彼らの散らされたすべての地方から上らせた【主】は生きておられる』と言って、自分たちの土地に住むようになる。」

この言葉は神がそれまでは親たちから語り伝えられていた「先祖の神」だったのが、自分がエルサレムに帰るという奇跡を体験することによって「私たちの神」になるということを表しています。
私たちにとってもキリスト教の神は、もともとは「親の信じる神」「誰か他の人の信じる神」だったかもしれません。しかしキリストに個人的に出会い、この方の霊を心に迎え入れることによって神は「私の神」となってくださったのです。そして人生の最後まで一緒にいてくださるだけでなく、死後の世界にも連れていってくださる神となられます。クリスマスはこの神が私たちのために生まれてくださったときです。感謝して迎えましょう。

今週の暗証聖句
「見よ、 処女がみごもっている。 そして男の子を産む。 その名はインマヌエルと呼ばれる。 」 (訳すと、 神は私たちとともにおられる、 という意味である。 )マタイ1:23