その148 主の祈りC

October 01 [Sun], 2017, 10:30
主の祈りC
「日ごとの糧を今日もお与えください」

マタイの福音書6章9−16節
6:9 だから、こう祈りなさい。『天にいます私たちの父よ。御名があがめられますように。
6:10 御国が来ますように。みこころが天で行われるように地でも行われますように。
6:11 私たちの日ごとの糧をきょうもお与えください。
6:12 私たちの負いめをお赦しください。私たちも、私たちに負いめのある人たちを赦しました。
6:13 私たちを試みに会わせないで、悪からお救いください。』〔国と力と栄えは、とこしえにあなたのものだからです。アーメン。〕

人間の幸福は…
1、必要が満たされることにある。
日用の糧というのは、毎日食べる食べ物のことです。しかしこれは、もう少し大きく捉えて、私たちが生きるために必要なものと考えたほうが良いでしょう。私たちに必要なものを与えてくださいという祈りです。言い換えるならば、必要以上に求めるところに人生の不幸があるということです。食べ物だけではなく、持っているものすべて、特にお金に関して、必要以上に求めることが落とし穴になる。「足ることを知る」ということが、幸福の秘訣なのだと聖書は教えているのです。
今日本で「勝ち組」と言えばずばり大きなお金を稼いでいる人ですが、聖書が教える「勝ち組」は、「満ち足りる心」を持つ人のことです。衣食があれば満足できるような心、今日生を受けていることに感謝できる心、そんな心を持っている人こそが、本当の幸福の秘訣を知っている人なのだと教えているのです。


2、神様を信頼することにある。
私たちは、時に不安になります。明日何が起こるか分からないからです。「今日食べられても、明日食べられなくなるかもしれない。」「今日健康でも、明日病気になるかもしれない。」「今日幸福でも、明日不幸になるかもしれない」、と思い煩って、今日の幸福さえも、台無しにしてしまうのが、人間の弱さです。イエス・キリストはこの主の祈りを教えられた山の上の説教で、何度も、思い煩うことをしないで、神様を信頼しなさいと言われています。
明日のことは、誰も分かりません。悩んだからと言って、私たちは自分の寿命を少しでも延ばせるわけでもありません。大切なことは、毎日を、神様を思い出して、神様に感謝して、喜んで生きていくとき、私たちは、ただ生きているのではなく、神様に生かされているという自分を知り、充実した毎日を幸せに生きていくことができるということです。この主の祈りを毎日、祈ることによって、日々養ってくださる神様を喜び、思い煩わないで、人生を楽しむようにしていきましょう。

3、自分だけではなく、他の人たちの必要も満たされるように祈る。
イエス様がこの主の祈りを通して教えている人間の幸福は、自分だけではなく、周りの人の必要も満たされるように祈るということです。ここで「私の食べ物を」、ではなく「私たちの食べ物を」と祈っていることに注目しましょう。私たちの人生においては、「自分だけが幸せになる」ということはありえません。皆が誰かの恩恵を受けており、また自分も誰かの役に立つようにならなければ、本当の生きがいを得ることはできないのです。
周りの人たち、信仰の家族の必要も満たされるように願いましょう。また、まだイエス様を知らない人たちが、本当の必要である、イエス様を知って、永遠の命を得ることができるように、これからも熱心に求めていきましょう。

今週の暗証聖句
いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。すべての事について、感謝しなさい。             
1テサロニケ5:16−18