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男たちの旅路と豪徳寺

「男たちの旅路」とは
1976年2月〜1982年2月までNHKにて放映されたテレビドラマ。

ガードマンである特攻隊の生き残りという設定の主人公・吉岡司令補(鶴田浩二)と、戦後生まれの若者である柴田竜夫(森田健作)、杉本陽平(水谷豊)、島津悦子(桃井かおり)などが本音でぶつかり合う、世代間による価値観の違いを描いた作品。若者との間に一定の距離を置きつつも、自分の信念を曲げずに主張し続ける主人公のひたむきさに、次第に惹かれていく若者の姿を描く。

「本気で生きてきたか?」「ギリギリに生きてみたか?」と問いただす主人公の言葉は実に説得力があるとされ、多くの視聴者から共感を呼んだ。

放送とその影響について

1975年から放送が開始されたNHK総合テレビ「土曜ドラマ」シリーズの第三弾として始まった。ガードマンという仕事を題材にして、さまざまな場面での人間の価値観、信念というものを描いている。放映当時の世相を考えると、戦争を実際に体験した世代と戦後生まれ世代との価値観の違いは想像以上に大きかったと推測される。その懸隔と、それに対する戦中派の強い憤りがドラマ制作の大きな原動力となっている。また、実際に戦争の惨禍を体験した世代で、自身も特攻の整備士であった鶴田浩二が主人公に選ばれている。鶴田は一度はこの仕事の依頼を断ったが、山田太一との面会をプロデューサーに求め、山田に特攻崩れとしての自分の経験・思いを脚本に投影するよう求めたという。出来上がった脚本を見て、鶴田はこの仕事の依頼を快諾した。

シルバー世代の寂しさを扱った「シルバー・シート」と身体障害者の問題を真正面から捉えた「車輪の一歩」は特に評価が高く、繰り返し再放送がされている。この「シルバー・シート」は1977年度の芸術祭大賞を受賞している。


なぜ豪徳寺なのか?

「車輪の一歩」のロケ地が豪徳寺だったのだ。
わたしは、このドラマに大変影響を受けました。特に鶴田浩二が演ずる司令補、吉岡に惹かれました。
今でも、生き方に迷いが生じたとき「司令補」だったらどう考えるだろうか?
と自問自答するのです。




招き猫 発祥の地

豪徳寺(ごうとくじ)は、東京都世田谷区豪徳寺にある曹洞宗の寺院。元は臨済宗。山号は大渓山(だいけいざん)。一説には招き猫発祥の地とされる。

招き猫伝説

招き猫発祥の地とする説がある。井伊直孝が猫により門内に招き入れられ、雷雨を避け、和尚の法談を聞くことができたことを大いに喜び、後に井伊家御菩提所としたという。

豪徳寺では「招福猫児(まねぎねこ)」と称し、招猫観音(招福観世音菩薩、招福猫児はその眷属)を祀る「招猫殿」を置く。招猫殿の横には、願が成就したお礼として、数多くの招福猫児が奉納されている。ちなみに、招福猫児は右手を上げており、小判などを持たない素朴な白い招き猫である。


交通アクセス

小田急豪徳寺駅から徒歩10分
東京急行世田谷線宮の坂駅から徒歩5分

レッツ豪徳寺

『Let's豪徳寺』(レッツごうとくじ)は、庄司陽子による日本の恋愛コメディー漫画作品。

『月刊BE・LOVE』(講談社)にて1981年(昭和56年)から1987年(昭和62年)まで連載された。また、1987年には三田寛子主演で映画化された。

あらすじ
主人公、狛江百合はある建設会社の部長である父に「豪徳寺家の手伝いとして行ってきてこい」と言われ、渋々、豪徳寺家の手伝いをする。そこの家の家族と一緒に暮らしながら、その家の波乱万丈を見届ける事になる。

登場人物
狛江百合{こまえゆり} :主人公、十九歳。ある建設会社の部長の娘で、嫁修行をするためということで豪徳寺家へお手伝いとして働くことになる。当初は結婚はしないと言っていたが同じ手伝いの北見に縁談をもちこまれた。最初はいろいろともめてついには別れてしまうが、長女美姫に説得され八百屋の生田充と婚約し結婚。子供もいるが一回しか出てこない。名前は千姫{ちき}尚、狛江という名前は小田急線の狛江駅からである
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