源氏物語(1)

January 02 [Thu], 2014, 17:22
「源氏物語」(大野晋)

図書館で借りて読んでいるが、とても面白いし、手元に置いておいてもいいかな、と思って調べたら(岩波現代文庫版)、電子書籍になってないだけでなく、紙本も品切れとのことで、実際書店の書棚にも並んでいなかった。
(ランドマークのくまざわ書店と伊勢佐木町の有隣堂)

ということもあり、返す前にすこしメモを残す。
(源氏物語全部で54巻..."一 はじめにー何を読むか"のはじめのほうに「この五十四巻の物語は」とあります)

"四 桐壺巻と帚木巻は連続しない"より、"(二)成立論の展開"の冒頭から引用。

 さてこの(2)帚木巻の巻頭で読者が覚える違和感に最初に言及したのは、古く本居宣長である。彼は『源氏物語』研究の集成『源氏物語玉の小櫛』の第五巻で次のように述べた。
 この巻のはじめに、「いひ消たれ給ふとが多かんなんるに」とか、「かかる好きごと」とかあるが、(1)桐壺巻にはそんなことは書いてない。だからこれはこれから後に書かれるはずのことを指すのである。「語り伝へけむ」というのもこれから後の事をいうのだと宣長は注を加えている。こう書いただけで宣長はこれ以上に問題を発展させることはなかった。
 しかし和辻哲郎氏はこの点の重大さに気づき、(2)帚木巻の冒頭が含む問題をめぐる氏の見解を大正十一年に公けにした。ついで青柳(阿部)秋生氏が十数年後に、(5)若紫の巻を中心に考察を加え、その問題を大きく発展させた。そして昭和二十五年、武田宗俊氏によって確固たる見解が人々の前に提出された。


とあり、このあとにその見解にカンタンにふれたあと、上記を順を追って解説し、その最後に次のように書いている。

 阿部氏におくれること十一年、武田宗俊氏の「源氏物語の最初の形態」という論考が現れ、本居宣長以来の『源氏物語』の読み方を否定して、本来の『源氏物語』理解への方向を確立した。それは昭和二十五年六月・七月の二か月にわたって雑誌『文学』に掲載された。
(中略)
 武田氏の論は、阿部氏が(23)初音までされた分析を(33)藤裏葉まで進めたものである。ついで氏は(41)幻巻の光源氏の死を以って第二の区切りとした。つまり『源氏物語』全体を、
 第一部 (1)桐壺から(33)藤裏葉まで
 第二部 (34)若菜上から(41)幻まで
 第三部 (42)匂宮以下終わりまで
と区分けし、第一部を二つに分けて、紫の上系・玉鬘系の二系とした。紫の上系を私はa系、玉鬘系をb系と扱い、以下私はa系、b系と書くことにする。(そして第二部をc系、第三部をd系とする。)
P R
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