ねごと 

2006年03月23日(木) 1時06分
からだが壊れそうに痛い。

こんな夜が時々ある。仕事に行くのが怖いと言われるのももう何度目か知らない。つぶれるわけにいかないとおもって、どうってことないふりをするけれど、数時間も持たない。わたしの中ではどれもはずすわけにはいかなかったプロセスなのに、恋人はまるで不幸のどん底みたいな声を出す。だってそこは通過したんじゃないの?どうしてそう煮え切らないの?乗り越える気がないなら、さっさと家でも出てくれよ。今すぐだよ。
という暴力はしまうのに成功したけれど、こんなに頭に来るのも、結局はなにもできないからなんだとさえおもう。わたしがしでかしたことなのに、わたしがいくら苦しんでも、まるでなんにもならないから、どうしていいかわからずに、そうなっちゃうの。

そして恋人は寝言を言う。
「こわい?もうこわくない。こわがったってしかたないから。これはもう終わり!もうたたかわない」
さいごの、もう戦わないの意味が少し分からないけれど、
結局わたしはその愛しい寝言に救われる。

ななめ 

2005年07月27日(水) 14時52分
隣に誰かがいるということ。寄りかかりすぎてしまうということ。彼に心配をさせない唯一の方法は、わたしがひとりである程度やっても、まあいつもは大丈夫っていう安心をさせることだろうとおもう。けれど、そういう安心をさせられるようなわたしではないのかもしれない。がんばって、倒れて、がんばって、倒れて、の繰り返しなのかもしれない。もっとゆっくり、力を抜きながら、向かっていきたいのに、なんだかなあ。

まあ、でも、これは考えても答えの出ない部類なのだろうから、あまり深くは考えないようにする。本当に駄目なときは、相手のことなんか考える余地もなく頼ってしまうだろうし、相手のことを考えられる余裕のあるうちは、だからきっと、全てを預けるような真似はしないで済むのだろう。もし、わたしのやり方が彼にとって負担なら、彼がちゃんとそうわたしに伝えるべきだし、なにもかもをわたしが考えなくても大丈夫なはずだ。できることなら、ふたりで考えたいところだけれど、会ってこんな話ばかりするのもなあ、と思ったりする。だけれど、大切なことだから、少しずつ話していければなあ。

恋人だからと言って、甘えたり頼り切ったりするのはいやだなあ、と思ったりする。もうすっかり、甘えたり頼ったりしてしまっていて、手遅れかもしれないけど。

杞憂 

2005年07月25日(月) 23時27分
これで自殺されたらわたしは多分腕が落ちるまで腕を切り刻んだりするのだろう、とか漠然と思ってみる。まあ、頼りになりそうな女の子のところでも行って、とか、誰か友だちと一緒とかなら、べつに何日帰って来なくても構わないけれど、もし雨に打たれ続けたままどこかへ歩き出しているとしたら、とか、そういうのだと怖いな、と思う。うんとつらくて逃げているだけなのならいいけれど、たとえばなにかの拍子に、とか。まあ多分、まだそれを行動に移せるような時期でないことは、わたし自身がよく知っているけれど、あの人とわたしは違う人間だから、なおさらに怖い。

でもまあ、心配してもしなくても、なるようにしかならないのだけれど。だからまあ、とりあえず、そのうち、生きて帰ってくればまあそれでいいんだけど。

自分のことがあるからなのだろう、多分ひとよりもその種のことに関しては心配性なのかもしれない。夏の夕べの匂いの、投影。
こちらが心配しているときは、多分あんがい平気なものなのかもしれない。怖いのは、本当に知らないところで、なにか他のことに気を取られているうちに、なにかがあるということで、でも、そういうときは仕方がない。

で、電話がかかってくる。単純に、杞憂でよかったなあ、っておもう。それにしても、ここ最近ずっと心配し続けていたのだから、安心くらいさせてから出かけろよぼけ。

つれづれ 

2005年07月24日(日) 14時15分
つぼってやっぱり効くなあ、と思いながらもんでもらう。足の裏と手のひらに、それぞれ甲状腺のつぼがあることをさっき知って、尋常じゃなく痛い。だるい体のあちらこちらを揉んでもらって、それでなんだか楽になる。体と精神ってやっぱり繋がっているんだなあ、とかつくづく思いながら。

たばこを吸っても吸っても、吸い足りない気分になる。ミリ数の高いやつに変えたいけれど、甲状腺があるからなあ。面倒だなあ。

人に優しくできないときは、それは単純に自分のことで手いっぱいのときだ。わたしは多分、他の人よりも「自分のことで手いっぱい」のときが多い。精神が常に傾いているというのは、本当にやらなくちゃいけないことが多すぎるなあ、と思いながら、状態を立て直し、用事を済ませ、眠る。言葉を落とすのも、そういう理由で、手放せない。言葉を紡ぐ仕事が来ても、言葉を紡ぐことなら、多分ある程度は、やってのけれるんじゃないかしら。分からないけれど。しばらくは貯金を食いつぶすしかないなあ。

充電はすぐに切れる。当たり前だ、とおもう。こんなやり方じゃ、いつまでたっても、うまくやれないとおもう。ゼロになるまで動き続けるとか、ゼロになってばったり倒れ込むとか、そうじゃなくて、50前後をふらふらするようなやり方。

今年の夏は、思っていたよりも涼しい。暑さに追いつめられなくて済む。ああ、それにしても憂鬱が過ぎ去らないな。しばらくいやがるんだろうな。夏が終わるまで、でももうあと二ヶ月もないから、大丈夫かな。休み休み。

そろそろ観念して出かけなくちゃ。安心させなくちゃ親もつらいだろうし、相談事(っていうか金)もあるし。だるい。

パセドウ 

2005年07月23日(土) 2時21分
メモ。妊娠六週間目以降のメルカゾール摂取は胎児に影響するため、生理が一週間遅れた時点で自己検査する。妊娠の疑いがある場合には、大至急内科受診。

甲状腺が腫れていて痛い。気分も漠然と憂鬱だったり無意味に躁だったり落ち着かない。っていうか全身がだるくて冷えてる。むくんで、つりやすい。最近の煙草の量もいけないのかも。減らさなくちゃ。

レボトミンそろそろ効かないかなあ。寝不足も遅い就寝時間も、心身によくない。

心臓が痛いのは、あれか、脈のせいか。手が震えてるよめんどくさいなあ。頭痛いしなあ。やっぱりたばこだなきっと。目に出て頭痛引き起こしてるのかも。

メモ 

2005年07月22日(金) 4時16分
わたしが近寄りすぎている。でも好きな人とくっついていたいって、おもうのは、いけないことかしら。

人と近づくと、うまくできなくなる。自分のことを請け負うとか、そういうことが。さみしいときや、つらいときには、頼ってしまう。夜はやっぱり眠らなくちゃいけない。眠って、整理や考え事は昼。じゃなきゃだめになる。きみはあの人じゃないし、だからだいじょうぶだけど、わたしが誰と一緒にいても、だめになるようじゃやっぱりだめだから、ああああああ、ちゃんとひとつずつやっていかなくちゃ。

(無題) 

2005年07月22日(金) 4時03分
きおくがない、おもいだせない。起きたら思い出せる?何日になにがあったのかさえ分からない。わたし泣かなかった、取り返しのつかないことは泣いたりしないっておもってた、おもってた?わからない思い出せない。わたしがわたしの範疇以外で動いてた。だって祭りだったよ、流れが見えてたよ。

今日の単純な疲れと、あのときの疲れが、リンクしていまつらくなってるだけだ。眠って起きたらだいじょうぶ。明日はまりちゃんのところだし、もう全部だめになってもきみの名前を呼べる。でも、ちがう、眠りが足りないだけ。眠れば平気。だからおやすみ。

(無題) 

2005年07月20日(水) 2時25分
みんなわたしに優しくなる。みんなわたしに優しくして、わたしだけ自分の課題に追われている気分になる。みんなわたしのことを嫌いになればいいのに。それは少しうそだけど。わたし、早く、一日も早く、みんなに優しくしたい。みんなみたいにわたしも優しい人になりたい。みんなみたいに、わたしを愛してくれる人たちみたいに、わたしも愛したい。

わたしに近づかないでっておもう。近づかないで、じゃなきゃわたしどうしていいか分からなくなる。わたしだけ愛せないなんておかしい。でも、まだ終えてない課題がたくさんあるの。人並みに、だれかのことを愛したい。たったひとりでいいから、思いっきり愛したい。距離感なんか気にしないでも、気にしなくてもうまくやれるようになりたい。

木の扉を閉める日が少なくなればいい。自分のことをそんなに気にしなくてもバランスよく生きていけるようになりたい。そしたら、やれることが、もっと増える。

愛してるっていう実感が、ずっとわたしに宿ればいいのに。

愛されるのが、優しくされるのが、こわくなるのは、ねえ、なんの呪いなのかな。

っていうか死ね 

2005年07月09日(土) 19時53分
じたばたしすぎる。そう、休むの、うんと休むの。あんたたち勝手にやって。わたしひとりで休むから、誰の手も今は借りたくないから、ただ静かに横たわりたいだけだから、あんたたち勝手にやって。誰かがいなくちゃ叶わない夢なんて、見ないほうがいい。二度と、そんなことを望んだりはしない。



ああ、だからじたばたしすぎる。疲れていて、ただそこから抜け出したくて、考えも優しさも損得もなにもあったわけじゃなくて、あみだくじを引いたのよ。そしてこれなのよ。よくわかんないのよ。あああああ、だからとりあえず休まなくちゃ。どちらにしろ、わたしは覚悟さえもうできないくらいに、弱っていて、なのに嵐が毎日吹き荒れるんだわ。

今まで考えてきたこと全てが、まるで無駄になったみたいに、よく分からない。守り合うとか分からない。ききわけのいい子になればよかった。うんといい子になりたかった。倫理というのは、こういう八方ふさがりに陥らないための基準なんだわ。ハ!それに殺されたわたしが、そんなもん信じるわけにいかないけど。

おとなしくして。とりあえず休むの。多分、ゆうに一年はかかる。一年かけてでも、五年かけてでも、わたし元気にならなくちゃ。でも、まりちゃんは、それは病気じゃないのっていう。まあ、そうだよ、これだけストレスかかれば誰だっておかしくなるよ。日常の些細なこととか、恒常的に傷つけるとか、そういうほうが、幾分かはましかもしれない。恒常的に傷つく場所。痣になる。だから黙れ!うるさいよ、黙れよ!薬飲んで寝ろ!

もう 

2005年07月09日(土) 19時33分
どんなに考えても正解のない問題。倫理も道徳も思想も役に立ったもんじゃない。なにひとつ失わなかったのに、でもやっぱり決定的なものがなくなっている。わからない。なくなった?全てを失ったような気持ちになる。ないものねだりなんだわ結局、どこまで行っても。

死ねばいいとおもう。最後までやれないんだったら、最初から優しくしないほうがどれだけましだろう。あのとき、自殺に成功していれば、こんな未来はなかったんだとかおもってしまう。もうやめて。みんな待って。わたしなんかいなくなればいいなんて思わせないで。休みたい。なにひとつ関係ない、なにひとつ心配のない、誰もいない、孤独で、そして誰も傷つかない世界に行きたい。だれの名前も呼べなければよかった。もっと、早くに強くなればよかった。

感情なんか失えばいい。全てが無意味になればいい。無闇に誰かを想うなんて、そんなこと最初からしなければいい。わたしに誰かを愛せるかもしれないなんて儚い望みは捨て去ればよかった。愛せる?なにを!なにかを愛するせいで、なにかを殺すなんて、だからどうしてできるんだ。わたしいま多分だれのことも愛せない。ああ、真っ逆さま。入院したい。安全で孤独でなにもない白い箱へ連れ戻して。救急車を呼んで。安全な箱が欲しい。自由は安全を失う。もう全て壊れてしまえばいい。誰かが救われて誰かが死ぬ。いつまで立っても、そんなことの繰り返しなんだわきっと。もう見たくない。誰かがわたしのせいで苦しむところなんか見たくない。早く目が覚めないかな。覚めて、ああ夢だったのかよかったっておもいたい。目覚めたらきっと泣く。怖いのが一番嫌い。

きっと、同じことを繰り返す。生態系が崩れる音がする。祭りだわ、っておもう。ねえ、いつ終わるの。早く終わってしまえ。そして御輿が下げられて、わたしどこかに放られる。安全な場所が、欲しかった、ずっと安全な場所が欲しかったのに、そうやって安全な場所に行ったら、またわたし、好奇心に勝てなくなるんだわ。優しさも、感情も、好奇心も、もう要らない。要らない、そんなもの。わたしのことをみんなで一斉に嫌ってしまえばいい。

プロフィール
  • プロフィール画像
  • アイコン画像 ニックネーム:gonna
読者になる
Yapme!一覧
読者になる