1:依頼――マミとの出会い

July 06 [Sun], 2014, 4:07
「キュゥべえだと……?」

「そうだっ! 失踪した私の娘の日記を見るとあの子はキュゥべえという奴に魔法少女にされたせいでおかしくなってしまったんだ! 読んでいると初めは楽しげだったのに途中から内容が変になっていく。その日付は私達があの子の異変に気づき始めた頃とも合致するんだ!

 たっ、頼むっ! 何としても奴を始末してくれっ! この得体の知れない奴を見つけ出し、殺すことの出来そうな男はあなたの他にないんだっ!」

「……」

 ゴルゴは公園の木に背をもたせかけながら、目の前で熱を振るって語り続ける男性の言葉を黙って聞いていたが、やがて指につまんだ葉巻を口から離して煙を吹き出すと、ゆっくりと口を開いた。

「その日記はあるのか……?」

「もちろん持ってきてある! 読んでみてくれ!」

 男性はゴルゴの声に応えて、半ば白くなった頭を横に向け、慌ただしく脇に抱えていた革鞄から学生ノートの帳面を取り出した。

 ゴルゴは男性から日記を受け取ると、人差指と中指で葉巻をつまんだままパラパラと開けていき、目を通していく。

「……」

 男性は目を大きく開き、手を広げ、口から唾を飛ばさんばかりになおも熱心にゴルゴに語りかけた。

「どうだっ!? 世界的スナイパーの君にこういう話をしても荒唐無稽と思われるかもしれないが、私にはその日記は真実を書いているとしか思えないのだ!」

「……」

 ゴルゴはなおもしばらくパラパラと目を通し続けていたが、やがてパタンと日記を閉じると、低く太い声で目の前の相手に向かって言った。

「……いいだろう……。依頼を受けよう……」

 男性の顔が喜びにパッと輝いた。

「おおっ! 感謝するっ! ゴルゴ13!」

――――――――――――――――――――――――――――――――

 5月の夜8時。

 ゴルゴの車は高速道路のインターチェンジを下りて見滝原市内に入ると、街外れの物寂しい道を市の中心部に向けて走った。車のヘッドライトと今走る道にポツリポツリと立つ街灯の他、今しがた下りてきたばかりの高速道と向かう先の市の繁華街からのおぼろに薄められた光が、朽ちた建物と、放置された野原を照らし出し、その人の手を離れた荒涼とした風景の中をゴルゴは黙然として車を走らせた。それほど速度を出してはいないが、夏の夜の草の香りを交えた夜気が、開け放した窓から風となって入って顔を打ち、心地良い。

「……」

「!」

 車で横を通過する際、街灯の明かりに照らされた、元は工場らしい廃屋の壁にチラリと奇妙な物を認め、ゴルゴは車を止めると車から降りた。

 バタン。夜の闇に勢いよく車のドアを閉じる音が響く。

 車のエンジン音と、進行中の風切り音が彼の耳から止むと、途端に周囲の草むらからの虫達の音色が届いて来きた。道に降り立つと、辺りの草の冷やされた空気が初夏の夜に涼みを与えてくれる。やや行き過ぎた車から、目にしたものを観察するために先ほど目についた場所に戻り、近寄った。

「……」

 見ると、あちこちひび割れ、黒ずんだコンクリートの上に直径30センチほどの、奇妙な黒いカビのようなものが生えている。大部を占める円い中央部の周りに触手のような細長い物が何本も生え出し、どうやってか壁に入り込み、根付いているようだ。不気味ではあるが、この荒んだ建物の外壁の様に奇妙に相応しくも見えた。

 ゴルゴがその奇妙なカビのようなものに手を触れようと手を近づけると、途端に辺りの景色がぐにゃりと歪み出した。

「!?」

 ゴルゴが異変を感じて頭を振り巡らせると、辺りにまばらに立てられた街灯と、遠くからの国道や街のきらびやかな光が届いての夏の夜の薄闇は急にオレンジを基調とする極彩色の景色に覆われ始めた。

「……!」

 ゴルゴは咄嗟にスーツの内に隠して装着されたホルスターの銃に手をかけ身構える。

 辺りは完全にオレンジや黄色の世界に覆われ、テーマパークの専用小屋のアトラクションを思わせるそのあまりにも日常からかけ離れた非現実的で強烈な光は夏の夜の薄闇に慣れた彼の目をきつく打ち、目をくらまさんばかりだった。

「……!」

 右手に銃を構え、目を見開き、額から汗を流しながら、突然の予測出来なかった出来事に身構えるゴルゴの視界に、周りから奇妙な生き物達が現れ出てくるのが見えた。初めは一匹二匹だった彼らは、次々と数を増していく。見ると、後ろ足でぴょこんと立ち、途中で短く断ち切られた、細長く立った耳を合わせて60センチほどの体高をした、兎のような小動物だった。皆周囲の風景に合わせた濃淡のオレンジの体毛に、白黒の線の流しの模様を付けたまだらな柄の模様となっている。しかし奇妙なことに、一見可愛らしいその動物達の細長く伸びた顔には目と鼻が無く、その異様さに気づくと途端におぞましく感じられる存在だった。それを認めたゴルゴの顔に、ツーと浮かんだ汗が流れる。

 現れ出た奇妙な生き物達は、ピョンコピョンコと小さく跳躍しながら、まるで獲物に迫るかのようにゆっくり周囲から彼に迫ってきた。

「……」

 その行動を認めたゴルゴはキッと眉を吊り上げて目を細め、厳しい顔立ちで彼らに向かって銃を撃った。額の汗は止まっていた。

 ガウーン

 ヒュンッ

 銃弾が小動物の一体に当たったかと思うと、瞬間その中に吸収された。

「!?」

 ゴルゴの目が驚きに見開いた。数度、一発は同じ相手に、残りはその左右の別の相手に発射する。

 ガウーン ガーン ガウーン

 ヒュンッ ヒュンッ ヒュンッ

 撃った弾丸のいずれもが当たった相手に吸収されていくのを見ると、初めこの奇妙な空間に取り込まれた時と同じようにゴルゴの額に汗が浮かんだ。彼は唖然として今しがた撃ったはずの目の前の動物達を見つめる。

(銃がきかない……!?)

 銃が当たった影響を全く感じさせず、動物達は変わらずピョンコピョンコ鈍い動きで、ゴルゴに近づいてきた。今狙い撃った正面の他、左右と後ろからも次々に動物達は迫りくる。

「……!」

 半径5メートルほどの距離まで包囲され、輪が狭まると、動物達の密度も濃くなり、隙間がほとんど無くなっている。ゴルゴがはっと辺りを振り仰ぐと、左斜め後ろの高さ2・5メートルほどに、薄暗くはっきり見ることのできない天井のから奇妙に垂れ下がったロープの先端を認めた。咄嗟に跳躍し、銃を手にしていない左手で掴むと、その勢いでググっと動いたロープの動きで小動物達の輪の囲みの一角の上を飛び越して脱する。

 小動物達は目と鼻のない顔でどうやってかゴルゴの動きに合わせて奇妙に振り仰ぐと、一瞬静止した後、今しがた彼らの上を飛び越えていったゴルゴの方へ方向転換をし、再びピョンコピョンコと、今度はたった今彼が逃れてきた場所から追ってきた。

 走り去るゴルゴ。

「!」

 ゴルゴが走っているとやがて奇妙に襞のように表面が波打った形の絶壁の壁に突き当たった。この非現実的な目を眩ます派手派手しい景色と、奇妙な生き物達に襲われるという異常事態のため、注意がおろそかになっていたが、いつの間にか左右に緩やかに曲がりくねった壁に閉ざされた、広い隘路のような所に追い込まれていた。見上げると、上の方は暗く、空間が捻じ曲がったような視界で果てが見えず、加えて壁の表面はつるつるしており、登攀してここを脱する事は不可能のようだった。

(行き止まりか……)

 上を見上げて逡巡したゴルゴの後方に、走って逃れ置いてきた獣達がピョンコピョンコと追いついて迫ってきた。咄嗟に振り返るゴルゴの目に映ったのは、ぎっしりと密集した形で大挙して彼に迫る動物達の大群だ。まれに起こるという鼠たちの大量発生を思わせる密度だった。目も鼻もないが、今や獰猛らしく開けた口の内部(なか)からは肉食動物のような鋭く尖ったギザギザの牙が見え、白くきらりと光る。

「……!」

 ガウーン ガガウーン

 ヒュンッ ヒュンッ

 ゴルゴが撃つ銃弾はことごとく小動物たちに吸収されてゆく。そうしている間にも獣達の後ろからまた別な群れが押し寄せてきた。目の前はもはやみっしりと閉ざされ、相当の跳躍力をもってしても飛び越えられそうにない。

(……!)

 ゴルゴの額からびっしり汗が出始め、目は焦りに見開かれた。

 と、ダーンダーンと銃声が響き、ぎっしりと密集した目の前の獣たち群れのの中央部の何体かが薙ぎ倒された。バタバタと倒れた何体かで隊形が崩れる。目のない彼らは突然の事態に、驚きと焦りからあちらこちら向き、右往左往し始めた。

 ダーン ダーン

 再び銃声が鳴り響く。バタバタとまた何体か薙ぎ倒されてゆき、それを受けて彼らは蜘蛛の子を散らすようにてんでバラバラに逃げようとし始めた。それでも、周囲の仲間たちにぎっちり囲まれた状態から逃げ出すのは容易でなく、逃げ出すのがままならない中央の何体かがまた追加の射撃で倒されてゆく。

 ダーン ダーン ダーン ……

 目の前の事態の顛末に驚き、どうやら窮地を逃れ得そうだと半ば安堵を感じたゴルゴだが、銃の音に本能的に目を厳しくし、身構えた。右手に持った拳銃は銃口を上に向けながらも、胸の辺りの高さで力を抜くことなく構えられている。だが同時に、普段聞きなれないその乾いた銃声と、辺りに立ち上る派手な濃い硝煙臭から違和感を覚えてもいた。

(……これは……マスケット銃か……?)

 倒れた十数体を残し、小動物達は次々に左右に散って行った。ぽっかりと空けられた空間を通って、倒された獣達の死体を踏み分けるようにして一人の少女が真っ直ぐにゴルゴに向かって歩みを進めてきた。

「危なかったですね、おじさま」

「!!」

 身構えるゴルゴの前に現れ、その声を発して届かせたのは、彼の警戒からの予想を外れ、中世の砲兵服姿の奇妙な格好をした、中学生ほどの少女だった。初めはその視線が得体のしれない相手の顔の位置を予測して彼と同じほどの高さに向けられていたため、案に相違して自分よりはるかに小柄な少女が現れたため、空間をさまよった目を相手に合わせて下に向ける際、一瞬の思考停止も合わせて、彼としては珍しく瞬時の隙が出来てしまったほどだった。少女はティーンエイジの前半と思われる年齢からしてはふくよかな体型をしており、豊かな金髪は縦にカールしていた。

 少女はゴルゴから数メートル離れた正面に立つと、垂れ目気味の穏やかな目ながら、自信に満ち溢れた微笑みの表情で口を開いた。

「私の名前はマミ。信じられるかわかりませんけど、魔女たちを退治する魔法少女の仕事をしていますの。もっともこの結界は使い魔達だけのようですけどね。めぼしいのは全部倒しましたしもうそろそろ結界が元に戻る頃ですわ」

「……?」

 ゴルゴが、相手の言ったことが理解できず、なおも上に銃口を向けた銃を右手で隙無く握りしめていると、

「ほら」

マミと名乗った少女が微笑んだまま顔を振り仰いだ。

 すると、周囲のどぎつい極彩色の風景が、暗い闇の方になっている上の方から明るい下の方へと、徐々に筋が溶け出すように放射状に崩れて行き、その過程からドームのように彼らを覆っていたとわかる奇妙な空間がやがて完全に消え去ると、 また元の見滝原市への入り口の、ぽつぽつと街灯が立っている街外れの廃工場前の夜闇の中に立っていた。

「しかしおじさま、使い魔相手とはいえ、あの結界の中で逃げおおせるなんて……。それにその銃……」

「!」

 ゴルゴは思わず手に握っていた銃を見つめた。

 少女は目を細めた。同時に先ほどから浮かべている微笑みが一層深いものとなり、きゅっと口角が柔らかく吊り上がる。あまりの異変に、我を忘れ、うっかり地を見せてしまったという体のゴルゴの顔から、彼が手に持ち、見つめている銃へと視線を移し、また彼の顔へと戻す。

「何か特殊な事情のようですね――それともご職業? 私は詮索しませんが、くれぐれもここで物騒なことはなさらないでくださいね」

 顔を向けたゴルゴと目が合うと、彼女はにっこりと微笑み返した。

 そんな彼女を見て、ゴルゴはゆっくりと銃を懐に戻した。

「遅くなったが感謝する……」

「いえ、どういたしまして」

 マミは目を閉じ、ぺこりと礼儀正しく頭を下げる。

 そこにいきなり、異様な長さの垂れ下がった耳を持つ奇妙な白い動物がひょこっとマミの背中から肩越しに顔を覗かせた。

「マミ、何とか間に合ったようだね。お手柄じゃないか」

「!?」

 突然しゃべり出した動物にゴルゴは思わず顔をこわばらせた。真っ白な体毛に、丸く飛び出たクリクリとしたルビー色の目をしている。よく見ると、初め耳と思えた垂れ下がった物は、まさに当の普通の三角形の獣耳からどういうわけか長く飛び出した20センチほどもある毛の房だった。分かれた先の方はピンクに色づき、その色の変わる境目あたりの所に、どうやってか黄色いリングが手品のショーのように宙に浮いた状態ではまっている。その体に比して異様に大きく長く、ふさふさとした豊かな毛のふくらみの尻尾を、四つ足を乗せた側のマミの肩の反対側に彼女の頭の後ろ越しに覗かせていた。

「もう、おじさまが驚いているじゃないの!」

 首を横に向けて、肩に現れた動物をたしなめるマミ。動物はゴルゴが顔をこわばらせると、しばらく彼の方を見つめていたが、またマミの方へと横から視線を向けた。愛らしい顔立ちだが、よく輝くクリクリとした赤い目はどこか対象を通り抜けて遠くを眺めているようでもあり、得体が知れず、その愛くるしい目と合っても、ゴルゴは顔の緊張を解くことがなかった。

 しゃべる奇妙な動物の白いふさふさとした毛を心地良さそうに撫でさすりながら、マミはゴルゴの方を穏やかな目で眺めて言った。

「あっ、おじさま。紹介しますね。こちら私の友達のキュゥべえ」

 その言葉を聞いたゴルゴの目が驚愕に見開かれる。思わず息を呑んだ。

(! キュゥべえ!?)

「危ないところだったね、マミが駆けつけなければ君はやられていたよ」

 小さな少年のように甲高い声で口を開くキュゥべえだったが、ゴルゴの顔に一瞬浮かんだ驚愕の表情に気づくと、口をつぐんでじっと彼の顔を見つめた。

 厳しい目で見返すゴルゴ。

「……」

2:和子

July 06 [Sun], 2014, 4:27
 シュボッ
 見滝原ビジネスホテルの一室にカポラル葉巻の紫煙が立ち込めた。
 ゴルゴは下着一枚の姿でベッドに座り、電灯で明るくなった室内に、さらに点けたサイドテーブルのデスクライトの直接的な明りの下、依頼者である父親から受け取った日記を見返していた。

 つい数時間前のあの事件の後、マミとは特にやり取りをすることなく別れた。訊きたいことがないわけでもなかったが、キュゥべえとのお互いに対する警戒心から避けたのだ。彼としては不注意なことに、事件と物事のあまりに意外な展開の連続に、一瞬露わにしてしまった感情を、あの奇妙な生き物に捉えられてしまったが、いずれ’彼’がマミについていない、彼女が一人の時に接触する機会もあるだろう。彼女は自分は中学三年生だと言ったが、魔法少女と名乗った彼女が砲兵服の’変身’を解き、一瞬でその中学校の制服姿に戻った時、その制服の型を覚えた。それから探ればまた容易に彼女を見つけ出すことが出来るはずだ。

 依頼を受けた父親の失踪した娘は親元を離れて、ここ見滝原市の隣野中学の寮に入っていたらしい。
 日記の内容は初めは好きなお菓子の事、仲の良い友達と遊んだ事など、少女らしい他愛もないものばかりだったが、途中でキュゥべえに出会い、魔法少女になったと記されてある。そしてそこからは魔女との戦いなど。
 すでに何度も見返した内容だが、実際に彼自身が直面し、窮地に陥った先ほどの出来事を体験して、この日記に記されている魔法少女や魔女というのが、彼女の妄想や作った物語、あるいは実際の日常体験の諷喩といったものでなく、自身の実体験を書いたものだということが今のゴルゴには理解できた。

 途中から日記の内容は激変し、彼にはそこに記されている文面からその理由は読み取れないが、「死にたい死にたい死にたい」と悲嘆の言葉が書き連ねられ、最後の方は「ソウルジェムが真っ黒に――」など、彼には意味も内容もわからない言葉が記されている。
 彼女は先ほど彼自身が襲われ、マミが戦うのを目の当たりにしたように、彼自身がまだ目にしていない、使い魔を操るという魔女本体との戦いに敗れて命を落としたのか?
 ソウルジェムの他、グリーフシードなどという言葉もあり、ゴルゴはいまだ理解不能だった。

「……」

 ゴルゴは天井を見上げて息を吹き出し、煙が立ち上るのを見上げながらしばし黙想すると、やがて手にした葉巻を灰皿に押し付け、服を着て出かける準備をした。

――――――――――――――――――――――――――――――――

 夜11時。
 見滝原の繁華街のバー。
 ゴルゴは一人でカウンターでバーボンを飲んでいた。
 郊外で発展しているが、都市部ほど騒がしくもないこの街らしく、そのバーもまた、ところどころ親しく楽しげな会話が大小の声で男女によって交わされ、時々嬌声や大きな感嘆の声、手を打つ音などで騒ぎが湧き起こるが、乱れた風はなかった。依頼仕事のため回った世界各地で、情報を得るため、女を得るため、くつろぐために何千回か数え切れないほど立ち寄ったバーの喧騒、猥雑さ、時には自分自身が巻き込まれた暴力事件を体験してきた彼として、治安のいい日本の国の、そのさらに静かな街のこのバーでの少しばかりの騒がしさなどいたって落ち着いたものだった。
「……」

 彼がカウンターに肘をついて一人静かにコップを傾けていると、右の方から女のやかましく甲高い声が聞こえてきた。
 ゴルゴがそちらに顔を振り向けると、悪酔いしたのか、ショートヘアに眼鏡をかけた三十過ぎの女がバーテンに絡んでいるところだった。
「だーかーらー、目玉焼きが半熟か固焼きかなんて気にする男とは付き合えないわけ!
 わかる?こっちから振ってやったのよ? フン、どうせ母親がいつも半熟にしてくれたとかそんなのでしょ、あのマザコン野郎」
 こういった酔客の相手に慣れた風のバーテンは、手際よく手にしたガラスコップを磨きながら、時々適当に相槌を打つことで相手の話を流していた。

「……」
 ゴルゴの視線に気づいた女がふと彼に目を向けると、興味を持った風に、半笑いを浮かべ、カウンターに腕をかけることで間にいくつかあるスツールの上を体を滑らせて近寄ってきた。

「あらー? おじさま、お一人? よかったら一緒に飲まないー?」
 だらしない笑みを浮かべながら、媚びているとも、楽しげに挑発しているともとれる高く甘えた声で、ゴルゴに対し体をくねらせて流し目を送ってくる。
「……」
 目を閉じて黙ってコップを傾ける彼の横顔に拒否の態度を読み取らなかった女は、今度は彼女からすると高いカウンターのスツール席に一席ごとにつっかえるように足を床につけながら先ほどまでの自席に戻ると、そこから自分が口にしていたつまみ一式とグラスを取り、それらを持ってスツール後ろから店内を回り込んで、彼の隣の席に移動してちょこんと座った。
「私、早乙女和子。中学校の教師をやってるのよ」

 中学教師という言葉にゴルゴはピクンと反応し、それまでの無関心の調子から身を起こして彼女の方を見つめた。
 そんな彼を見つめていた和子は彼の興味を引くことが出来て満足したらしく、微笑みながらゴルゴの太い上腕に目をやった。さらに馴れ馴れしい口調で話しかける。
「おじさまアスリートか何か? すごい体つきね。もうスーツの上からもわかるほどパッツンパッツン。ちょっと触ってみてもいい?」
「……」

 黙っているゴルゴの上腕をぷよぷよとした小さな手の指でスーツ越しに指で挟む和子。
「わっ、すごい。ほんと筋肉の塊って感じ。あのひょろひょろしたマザコン野郎とは大違い。
 ――ねっ、聞いて。別れた彼氏ったらね……キャッ!」
 和子は急に声を上げた。手にしていたグラスを傾けて中身を飲み干したゴルゴが、彼女の細い二の腕を取り、自分が立つと同時に彼女を無理やりに立ち上がらせたのだ。
 まだ酔い切った赤い顔だが、その眼にはっと驚きの光を宿して和子は目の前の相手を見上げた。
「――えっ……、ちょっと……。いきなり……――!?」
「……」
 じっと彼女を見下ろすゴルゴの視線を見上げて受け止めるうちに彼女の眼は徐々にとろんとしていき、彼に引かれるままバーを共に出て行った


――――――――――――――――――――――――――――――――

「アオオーッ! アオオオーッ! こ、こんなの初めて! お願いっ! 私にあの男のことを忘れさせて!
 アオオオーッ!」
「……」
 和子のマンションの一室でベッドのスプリングが激しく軋んだ。

――――――――――――――――――――――――――――――――

 1時間後、二人は布団を胸までかけたまま、ともに横たわっていた。和子は体を横向きに倒してゴルゴに寄り添うようにし、その和子を横にしながらゴルゴは仰向けに寝転がり、布団から大きく上げて持った手でカポラル葉巻を吸っていた。

「ああ、あなた、最高だったわ。これでようやくあの男のことを忘れられそう」
 葉巻の域を大きく吐き出すゴルゴ。
「……
 先ほど中学の教師と言っていたが……」

 ゴルゴの言葉に彼女はきょとんと目を開いて反応した。
「え? ああそうよ。ほんと毎日夕方から夜に残って問題作りや書類仕事やばっかり。人手が足りないから事務職員の仕事まで私達教員がやらなくちゃならないんだもん。居残りなんて言葉、今は生徒じゃなく 私達のためにある言葉よ。
 でもやりがいはある仕事ね。生徒たちが慕ってくれたら嬉しいし、みんなの成長を見守ることが出来るんですもん」

 途中からはしゃぐようにして声を高めた和子の言葉を、黙って天井を見上げたまま聞いていたゴルゴだが、
「……
 ここに来る途中、この街で中学生の失踪騒ぎがあったという噂を聞いたが……」
低く口にした。
「あ……あれね……。でもあれは隣野中学の事件で、私の勤務する見滝原中学の事ではないわ。でもやはり心配ね。親御さんの気持ちはいかばかりかしら……」
 心配そうな口調で和子が話し始めた。
「……」
「この街では以前から時々中学生の女性生徒が突然いなくなるの……。犯罪の痕跡もないし、いったいどうなっているのかしら……」
「……」

 和子が突然がばと飛びついた
「ねっ、それより抱いて! 私を朝まで寝かせず、あの男の事をきれいさっぱり頭から忘れさせて!」 
「……」
 その言葉を聞いたゴルゴは葉巻をぎゅっとベッド上の灰皿に押し付けると、彼女の方に体を向けて掻き抱いた。


 朝7時。
 スーツ姿の和子が玄関で慌ただしく片足で立って靴に足を押し込みながら言う。
「それじゃ私は仕事に行くけどゆっくりしていってね。あとこれが合鍵。廊下に置いていくわね。あなたの滞在予定は知らないけどいつでも来てくれていいのよ」
 ベッドに、下着だけの姿に上掛けを掛けたままの状態で横たわり、葉巻を吸っていたゴルゴは、玄関の彼女にも届く太く低い声で答えた。
「約束はできないが、気が向いたら来よう……」
「嬉しい! じゃ、私は行くわね」
 和子は笑いながら声を上げると、一転、慌ただしげに言い置いて出て行った。

 バタンッ
 和子が出かけて行ったのを確認したゴルゴは下着姿のまま身を起こすと、しばらく耳を澄ませて待機した後、ベッドから足をつけて降りて、室内の彼女の机や書類のラックを調べ始めた。

(……!)
 彼が見つけ出したのは一冊の中学校の卒業アルバムだが、そこに写っている笑顔の少女達の服装にゴルゴは視線を定めた
 昨日マミという金髪の魔法少女が変身を解いた時着ていたのと同じ制服だ。どうやら和子はマミが通う中学校に勤務しているらしい。

 シュボッ
 火を点けたカポラル葉巻を口にくわえながら、ゴルゴは黙々と資料を調べる作業に没頭した。

3:黒髪の少女

July 06 [Sun], 2014, 4:50
 午後3時。
 ゴルゴが見滝原市内の一角を歩いていると制服姿の少年少女が下校してくるのと多くすれ違った。
 女子が着ている制服は、昨夜マミが着ていた、イエロー・サブマリンのカーディガンと、赤い胸元のリボンの上半身に、白黒のチェック柄のスカート姿で、朝彼が和子の部屋の中学校アルバムでチェックしたのとも同じだ。履いている靴もローファーに統一されているようだが、白や茶色があり、学年によって区別されているのかもしれない。すでに見滝原市内の地図を頭に入れたゴルゴは大股の足をゆっくりと進めながら、ざわざわと騒がしく塊となって見滝原中学の方向から下校してくる生徒達の側をすれ違う形で行き交った。

 ゴルゴのすぐ脇を三人の少女達が通り過ぎた。
「ねー、まどか。今日先生目に隈が出来ていたけどすっごく機嫌よくなかった!? それに肌つや良かったし。あれ絶対新しい彼氏が出来たんだよ」
「えー、そうなのかなー。てか、さやかちゃんほんとそういうの目ざといよね……ウェヒヒ……」
「それが本当かどうかわかりませんが、もしそうなら先生のために良いですわ。今度は長続きすればいいのですけれど……」
「まーどうせまた長く持っ て三ヶ月とかでしょ。今度はご飯の炊き方がどうとかで喧嘩したりして」
「もー、さやかちゃんったら言い過ぎだよ。さすがにそれはないと思うけど……ウェヒヒ」
「クスクス……あら……?」

「……」
 いかにも年頃の女子らしくかまびすしく喋り合う三人の上に軽く視線を乗せていたゴルゴに、ふわっとした肩までかかる灰緑色の髪の毛をした穏やかな顔つきの少女が気付いた。一番活発に喋って会話を主導していた、3人の中で一番背が高い、細身のショートの青髪の娘と、その娘にいかにも仲が良さそうに受け答えしていた、ピンクのツインテールのお下げ髪をした、小柄な大人しそうな娘との、二人の会話をもっぱら傍で軽く聞いているだけという風だった娘だ。
 彼女はゴルゴに気づくと、軽く曲げた肘をいかにも上品な子らしくちょこちょこと可愛らしく振りながら彼の元に駆け寄った。その間もずっと彼の方に向けていた視線を、前に立つと改めてしっかり相手の顔に向け、軽く息を切らせながら声をかける。
「――あの、よそから来たお方ですか? 何かお探しのようですが、お困りならご案内しましょうか?」
 育ちの良い子らしく、初対面の相手に対する振る舞いも、言葉遣いも礼に適っていて丁寧だ。
「仁美ッ!?」
 一番活発に喋っていた青髪の女の子がそんな彼女の方を驚きの目で見て、思わず声をかける。

 ゴルゴは目の前に立つ少女の方を、成人男性の中でも一回りも二回りも大きい巨躯でじっと見下ろしていたが、やがて、
「……いや……その必要はない……」
答えると、無表情に彼女から顔を逸らし、またもと歩いていた、彼女らと反対の方向へと歩み去ろうとした。そんな彼の横顔に少女は気がかりそうに軽く眉をひそめて、
「そうですか……もしお手伝いできることがあれば何かおっしゃってくださいね」
声をかけた。
「……」
 ゴルゴは黙って彼女達の前から立ち去って行った。

 遠ざかってゆくゴルゴを目で追う三人の少女。
 顔を突きつけ合わせた狭い閉じた空間を作り、ひそひそ話し合っている。
「いきなり知らない人に話しかけるなんて勇気あるねー……」
「ええ……でも何か気になって……」
「あはは……確かにちょっと変わった感じの人だけど……」

 ちらちらとゴルゴの方を見ながら小声で会話する三人だが、少女達の話し声は甲高く、遠くまでよく通る。
「まさか仁美、ああいうのが好みなの……!?」
「ええっ!? 仁美ちゃん!?」
「えっ……いえっ……あの、その……確かにご立派な体格で素敵だとは思いますけど……」
 焦ったような灰緑髪の仁美と呼ばれた少女の反応を見て、青髪の女の子の声が急に高く上がった。
「ははーん、一目惚れってやつだな。しかしこれでまどかは私一人のものだーっ!」
「きゃっ! ちょっと……さやかちゃん……!」
 三人少女たちはお互いはしゃいで、元気よく小走りに下校の途について走り去っていった。

「……」
 見滝原中学校へ通じる道を通りつつ、ゆっくりと街外れへと歩みを進めてゆくゴルゴ。


 街外れの、国道から脇にそれた見滝原市への入り口の一つ。
 昨夜ゴルゴが、マミによって使い魔と呼ばれていた化け物達に襲われた場所だ。

「……」
 ゴルゴは、廃工場壁の、昨夜盛り上がったカビらしきがへばりついていた辺りを黙視し、手で撫でてみたが、その場所に昨夜の何の痕跡も残ってはいなかった。
 昨夜マミに救われた後、街灯の弱い灯りの下確認した通りだが、昼間のはっきりした光の下で見ても特に手がかりらしきものはなかった

「……」
「何物かしら?」
「!」

 ゴルゴが半分腰を下ろした状態から素早く身を起こし、翻すと、数メートル離れた所に見滝原中学の制服を着た、長く美しい黒髪の少女が立っていた。頭には濃紺色のヘアバンドをしており、その眼は年頃の少女に似合わず、感情を感じさせることなく、冷たいものだった。

 彼女はつかつかと彼のもとに歩み寄ると、強く冷たい目で見上げて言った。
「あなたよそ者ね? まとっている空気が違うわ。こんな場所で何を しているの?」
「……
 私は建築業のものだ。この廃屋の地質と傾き具合、セメント面の劣化が少し気になったので調べてみていたまでだ……」
「ふうん……」
 なおも品定めするように冷たい目でじろじろとゴルゴを眺めまわす少女は、成人男性の中でもずば抜けて体格のいい彼を見上げ、視線を受けながらも物怖じ一つしなかった。

「……」
 ゴルゴが立ち去ろうとすると、少女は厳しい声を彼の背にかけた。
「待ちなさい」
 黙って去ろうとする彼の背に向けてなおも厳しい口調で言葉を発する。

「あなたそのスーツの下――ホルスターに銃をかけているわね? それにその左足、重心の掛け具合が不自然だわ。サバイバルナイフでも忍ばせているってとこかしら」
「!」
 立ち止まったゴルゴは振り向いて少女を鋭い眼で見据えたが、彼女は真っ直ぐその視線を受け止めた。

「……」

 その場を張り詰めた空気の沈黙が支配したが、やがて少女が諦めたように口を開いた。
 彼女は溜め息を吐いて、
「あなたが何の目的でこの街の、こんな場所にいたかはもういいわ。
 ただ――」
 彼女の冷ややかな目がゴルゴを睨みつけて再び厳しく光る。
「この街にいてもろくなことはないと思うわよ。よそから来たのなら早々に立ち去るのが身のためね」
 一層険しく、突き放すような口調だった。

「……」
 ゴルゴはそんな彼女の方をじっと見据えていたが、やがて背を向け、答えることなく、来るとき使った道を街の中心部に向けて歩き出した。

 優れた姿勢と身のこなし、彼と彼の視線を前にして一歩も物怖じしない態度、彼の武器の携帯を見破った洞察力。そして何より厳しく冷たい眼。ゴルゴは歩きながら思った。
(あれも魔法少女か……)

――――――――――――――――――――――――――――――――

 立ち去るゴルゴの背を見つめながら、黒髪の少女は一人ごちた。
「昨夜ここに使い魔がいたらしいから改めて調べに来たけど……――あれは何者かしら……」

4:狙撃――ほむら

July 06 [Sun], 2014, 5:10
(「まどか……助けてまどか……!」)
「誰? 誰なの!?」

 まどかの頭の中に見知らぬ少年の声が響く。ピンクのツインテールのお下げ髪を振って辺りを見回すが、誰もいない。声の主を求めてショッピングモールの改装中の立ち入り禁止フロアに入るまどか。非常灯だけが照らし出す薄暗い空間の中、異様に長くふわふわした尻尾を持った真っ白な、猫ともイタチともつかない生き物が傷だらけで横たわっていた。
「ひどい……」
 思わず冷たいセメント床に座り込み、抱きかかえる。

「そいつから離れなさい」
 突然声が響いた。まどかが顔を上げると目の前に、ネックから出た濃いインディゴ・ブルーの物と、その下に上腕の一部まで覆う広い大きさの灰青色の二重の特殊なカラー、二つに分かれた長い鋭角の裾を持つセーラーシャツを着、胸元にラベンダーの長紐リボンの飾りをつけた、まどかの同級生の暁美ほむらが現れた。いつも学校で見るよりひときわ感情を感じさせない冷たい目付きで、人気なく寒々した、立ち入り禁止内の一角の薄闇にぞっとさせはするが、よく合うものがある表情だった。

「あなたは……。ひどいよ。どうしてこんなことするの!?」
「あなたには関係のないことよ」
 見上げて非難するまどかを意に介さぬように、ほむらは白いフリルの縁がついた灰青色のミニスカートから覗く部分を隠すようにして穿いた、縦に紫の菱形が並ぶ黒タイツの脚をつかつかと進めて、まどかが抱きかかえた小動物の方に近づいた。

 プシューッ
「!?」
「まどか!こっちこっち!」
 突然横から現れたさやかに吹きかけられた消火剤にほむらが顔を背けてひるむうちに、さやかは手にした消火器を放り出し、まどかに声をかける。まどかは促されるまま、さやかとともに小動物を抱きかかえて走り出した。

「今度は サイコな電波女かよ!
 ところでそれなに? ぬいぐるみじゃないよね? 生き物?」
「う……うん……私もよくわからないんだけど……」
 プシュッ
 ビスッ

「?」
 突然、暗い空間内にかすかに響いたくぐもった破裂音と、続いて起こった、鈍い何かに物が当たったような音の連続に走る二人は思考停止してその足を止めた。

「何……? 今の変な音」
 非常灯のぼんやりした光を頼りにきょろきょろ周りを見回してさやかが言う。と、二人の鼻に下の方からつんとした火薬の臭いが届いてきた。その臭いの筋の感覚をたどって下の方に顔を向ける二人。

「きゃあぁぁぁぁぁぁっ!」
「うわっ!」
 まどかが抱いていた小動物の小さい額に風穴が空いていた。目には見えないものの、火薬の臭いの煙はそこから立ち上っているようだった。

「どうしよう! きっと死んじゃった!」
 叫ぶまどか
「うわ……あまり血は出てないけど……これは死んだかも。とにかく急いでここから出てお医者さんに見せよう!」
「うん!」
 さやかの言葉に、小動物を大切そうに抱きかかえたまままどかは強くうなずき、二人は再び走り出した。

――――――――――――――――――――――――――――――――

 プシュッ

 響いた破裂音に黒髪の少女が立ち止まる。
(!
 今のは……サイレンサーを使った銃の音……?)

 周囲をぐるりと見回した彼女の目に映る遠くの壁に、かすかに明るいその先の角から人影が伸びているのが見えた。その人影はほむらが見るうちに身を翻すシルエットを映し、やがてタッと走り去る足音とともに角の先に引っ込んでしまった。
 ほむらは思わず目を見開いた。
(あの去っていく人影は……!?)」

 少女の周りの景色が突然ぐにゃりとゆがみ始めた。
「くっ……こんな時に……」

――――――――――――――――――――――――――――――――

「あなた達危ないところだったわね。私は巴マミ。あなたたちと同じ身滝原中学の3年生よ。
 !!」

 襲われるまどかとさやかのもとから使い魔達を追い払って満足げな表情のマミだったが、まどかが抱きかかえるキュゥべえの異変に気付くと思わず近づいた。

「これは……! ひどい……!」

 まどかに抱きかかえられたキュゥべえの頭を手で持ち上げているマミ達三人のもとにほむらが現れた。それに気付くと、きっと相手を見据えるマミ。
「キュウべえをこんなにしたのはあなたなの!? この頭の傷……もう死んだかもしれないわ!」
「その傷はあたしのじゃ――」
「いいからさっさと立ち去りなさい。こんなにまでして……これ以上あなたを見ていたらあなたを許す自信がないわ」
「……」

 弁解を聞こうとしないマミを前に、黒髪の少女はあきらめたように立ち去って行った。

「あの……この子……知ってるんですか……?」
「ええ 、私の友達よ。ちょっと待ってね、もう無理かもしれないけど何とか治療してみるわ」
 おずおずと尋ねるまどかに対し、マミは年長らしく落ち着かせるように言うと、頭の髪飾りの宝石を外して手に持った。

 パアァァァァッ!
 マミが手にした宝石から黄色い光が強く出、それに照らされた小動物の体のあちこちの傷がぐんぐん治癒していき、最後には一番深かった額の傷もすっかり塞がっていった。それを見て声を上げるさやかとまどか。
「うわっ……!」
「すごい……!」

 やがて、体の隅々まで治癒されたキュゥべえがぱっちりと目を開いて、愛くるしいクリクリした赤い目で見上げて言った。
「ふう、助かったよマミ。今回は危ないところだった」
「なんとかなったようね。よかったわ」

――――――――――――――――――――――――――――――――

 フーッ……
 モール内の喫煙コーナーで片手をポケットに突っ込み、壁に背を持たせかけながら葉巻を吸っているゴルゴ。そこに一人の少女が近づいた。
 数日前に街外れで出会った黒髪の少女だ。あの時と同じ見滝原中学校の制服を着ている。

 無表情に見返すゴルゴのもとに、少女は真っ直ぐにつかつかと歩み寄った。
「尾けられていたとはね……。しかもあなたの目的がキュゥべえだったとは……」
「……」

 黙って見返し続けるゴルゴに対して少女は言葉を畳みかけた。
「あなたはどこかの政府の特殊工作員? それともヒットマンというところかしら」
「……」
 灰皿に葉巻を押し付け、火を消して黙って立ち去ろうとするゴルゴを少女が呼び止めた。
「待ちなさい。まさかあなたあれであいつを殺せたと思っているわけ?」

「……」
 振り向いたゴルゴの視線を少女は真っ直ぐ受け止めた。

「……」
「……」

 しばらく見つめ合っていたが、やがてゴルゴの方がゆっくり口を開いた。
「……仮に――……仮に脊椎動物の哺乳類が眉間に深く傷を負ったとして――その生物が生きながらえるとでも……?」

 その言葉を聞いて少女は初めて軽く微笑むと、少し和らいだ顔立ちで元の冷たい表情に戻って言葉を続けた。
「――認めたようなものね。でも無駄よ。あいつはあんな程度じゃ殺せない。私も何度も試したもの」
「……」
 ゴルゴは黙って目の前の相手の言葉を聞いている。

「おそらくあなたの射撃の腕は相当なものでしょうけど、あいつは一発の銃弾ぐらいで到底殺せる相手じゃないわ。たとえ全身蜂の巣にしようと無駄だったもの」
「……
 その相手は……普通の生物ではないのか……?」

 相変わらず無表情で感情を表そうとしないが、今までのただ声を相手に届かせるだけといった風情から、今ははっきり少女の方に向かって言葉を発していた。
 より核心に近づいた体の相手の反応を見聞きして、少女は満足そうに微笑んだ。今度は少しくつろいだ表情で話し出す。
「そうよ。しかし、あなたの意図がどういうものか知らないけど、どうやらあたしの障害になる存在ではなさそうね。
 私は暁美ほむら。あなたの名前もいいかしら?」
 少女が自己紹介をすると、ゴルゴは彼女の方をじっと見つめていたが
「……デューク・東郷だ……」
ややあって、低くゆっくりと答えた。

「そう、東郷。あなたの目的がキュゥべえを殺すだけかは知らないけど、また会うかもしれないわね。その時はよろしくね」
 ほむらはすっかり表面だけは馴れ馴れしくしようという調子でしゃべると、ファサと長い黒髪を片手で軽く持ち上げて払った。

「……」
 ゴルゴは彼女に背を向けると、ゆっくりとその場を立ち去っていった。

5:仁美

July 06 [Sun], 2014, 5:21
 夜9時――見滝原市の外れ。
 大きな和風屋敷の閉じられた木の格子門前に見滝原中学校の制服を着た灰緑色の髪の少女が立っている。この辺りは少し外れると草地がまばらに点在している。周囲の住宅や屋敷の敷地は広く、緑に欠かない場所だったが、郊外に近い場所にあるため街灯は少なく、互いの住宅同士の距離が離れているため各家庭からの生活の明かりも外にあまり届かず周辺は薄暗い。そんな場所に年端が行かない少女が一人で佇んでいるのはいかにもそぐわなかった。

 両手を揃えて上品に体の前に鞄を捧げ持っている少女は、自分が今立つ屋敷の前の道路の一方の薄闇を一再ならず目をこらすようにして見つめていたが、やがてうなだれて溜め息を吐いた。
「はあ……。お父様遅いですわね……」
 屋敷を取り囲む瓦塀の、彼女から離れた箇所の白壁には、濡れないようにフィルムで表面を保護された紙が貼られてあり、そこには”茶道教えます”と書かれていた。どうやら彼女はその茶道教室の生徒で、制服姿のままでいるところを見ると、学校から家に帰ることなく――時間帯の事を考えると、他にもいくつもの習い事を回ってきたのかもしれない――今までレッスンを受けていたらしい。

「父がすぐ迎えに来るからと、家の中で待たせていただくのを断りましたが、やはりご好意をお受けしたほうが良かったでしょうか……」

 再びうなだれてはあと溜め息をつく少女のもとに、今まで父親の車を待ちかねて何度となく目をやっていた反対の方向から、突然側に声が響いた。
「ねーねー、君、可愛いね。-一人?」
「誰か待ってんの?」

 10代後半らしい複数の若い男達の声だ。彼女がびくっと振り向くと、三人の男達が彼女のそばに立っていた。くすんだ金髪をツンツンとワックスで固め、耳や唇に派手なピアスを刺し、足の付け根まで覆い隠すだぶだぶの灰のパンタロンを穿いた先頭の男が、だらしなく出したよれよれの上着の下に隠れたズボンポケットに両手を突っ込み、蟹股気味に前屈みになって、彼女の方に顎の出た頭を突き出し、ぎょろついた卑猥な目で目の前の少女のあちこちをじろじろと眺め回す。あと二人もいかにも騒ぎが好きな若い男達らしい派手でだらしない格好だ。

「その制服中学生? 中学生の可愛い女の子が夜一人でいたら危ないよー。家までお兄さんたちが送ってあげようか?」
「あ、それともお茶する? お茶。ティーっての。つづりはT・E・Eだっけ? 君頭良さそうだもんねー。どう? 俺もなかなかっしょ」
「お前それT・E・Aだろ!」
「え、マジ? うわ、やっべ。何でお前俺より詳しいの?」
「これくらい常識だって! アイ・ハブ・ア・ペーン」
「うっわ、すっげ。マジ英語ペラペラ。ネイティブっての? すっげすっげ」

 頭に灰のワッチキャップをかぶった後ろの男が眼球をぎょろりと上に回し、おどけて顔全体を歪めた舌を出した顔つきで単純な英文を言うと、どっと騒ぎが起こり、お互い相手の体をはたいた下卑たやり取りが続く。灰緑髪の少女はそんな目の前の男達の様子を体をすくめ、怯えた目で眺めるばかりだった。

 再び彼女に意識を戻した先頭の男がぐいと彼女に詰め寄り、すぐそばに顔を近づけた。ぎょろぎょろした目とピアスでフォルムがねじれた印象を与える。いつの間にか両手をズボンのポケットから抜き出している。
「なー、お姉ちゃん。一緒に茶をしようや。な?」
「け、結構です……」
 目の前の相手の形相と、顔に吹きかけられる吐息にガタガタ震えた少女は手に持った鞄から片手を離し、顔のすぐそばにやりながら、顔を背けてかすかな声のやっとの思いで返答した。

「あーん?」
 男の目が狂気を帯びた。それを見た少女は、学校の美術の教科書やテレビで見た仁王像の飛び出た恐ろしげな眼球を思い出した。ただ、厳めしい仏教彫刻の強い意志をも秘めた眼光の眼と違い、目の前の相手のそれはひたすら空虚で得体の知れないものだった。

「いいからさっさと来いっつってんだよ! あ?」
 男ががしと顔のそばにやった少女の腕を鷲掴みにする。細い少女の手首を掴んだ彼はぐいと引っ張って華奢な彼女の体全体をよろめかせ、自分の方に引き寄せた。男の右後ろの茶色がかった長髪をだらしなく伸ばした、面長の顔に無精髭を生やし、白いTシャツに擦り切れたGパン姿の日に焼けた浅黒い肌の男が後ろから声を出す。
「よっしゃ、あっち連れてこうぜ。マワシよマワシ」
「よっちゃん口塞ぐ? テープ持ってるけど」
 続いて、ワッチキャップの男もポケットから粘着テープを取り出して言う。

「やッ……! 離して下さいッ……!」
 半泣きになりながら、必死に腕を引き戻そうとしてもがく彼女だが、道路で騒ぎとなっても、住宅がまばらで、敷地が広く各玄関前までの距離が遠いここでは誰にも聞きつけられないようだ。

「うっせえなあ……。シュウ、はよテープよこせよ
 ん?」

 後ろの仲間に声をかけたツンツン頭の男だが、ふと顔を上げた。他二人もつられて顔を上げ、少女越しに道路の後ろを眺める。三人の異変に気付いた少女も腕を引き寄せ、半分体を持ち上げられた崩れた姿勢で涙に潤ませた目をそちらにやった。

 彼らから数メートル離れた場所に、遠くからの街灯に照らされて一人の男が立っていた。
 濃い黒髪の角刈りの頭に、太い眉毛に鋭い目つきの厳しい顔立ちをしている。その大柄な体は肩幅広く、着ているスーツ越しの張った盛り上がりが、彼の持つ内部の充実した身体を示唆していた。

「……」
 男は片手をスーツのポケットに入れ、冷たい無表情な目で彼らの方を黙ったままじっと見つめていた。

「何見てんだよおっさん」
 ツンツン頭が掴んでいた少女の手首を下に放り投げるように離すと、蟹股に、つられて揺れるだぶだぶのパンタロンとともに体を左右に振りながら角刈りの男に近づいてゆく。
 急に体ごと持ち上げられた手首を下に振り下ろされた少女は前に倒れそうになるほどつんのめったが、何とか踏みとどまり、崩れた体を起こして体を捻りながら再び後ろの方を振り返ると、先ほどちらと見た時確認したのと同じ、彼女の記憶通りの男の姿が目に映った。少女は思わず息をのんだ。
(――あの方は……!)

「……」
 目の前にツンツン頭の男が来て、恫喝するように前屈みから顔を突き出してきても、大男は黙って無表情な目で相手の方を見下ろすだけだった。

「何とか言えよおっさん」
 チンピラが左手で大男のスーツの胸ぐらを掴み、もう片方の手で相手を殴りつけようと、大きく体を捻って拳を握った腕を振りかぶると、間髪入れず大男の手刀がチンピラの首筋に激しく打ちつけられた。
 ビシーッ
 打ちすえられた衝撃音が鈍く響き渡った。

 ツンツン頭の男は延髄部に強い打撃を受け、くるっと白目を向けると、一瞬膝をガクガクさせた後、大男の足元に崩れ落ちた。それを見ると二人は動じ、一瞬唖然としたが、それもつかの間、喧嘩慣れしているらしい滑らかな動きで素早く左右に分かれると、同時に大男に向かっていった。ワッチキャップの方はポケットからジャックナイフを取り出している。

 バシッ ゴキッ
 打撃音と、人体内からの鈍く嫌な音が続いて起こる。長髪の男は顎にストレートを食らって初めの男と同じように意識を飛ばされ、ナイフの方は腕を掴まれるとともにくるりと大男に引き寄せて反転させられ、肩関節を逆に極めて外されると、そのまま男に押し出されるままに地面に倒れ込んだ。
 道路には気絶した二人の男が倒れ、ワッチキャップの男は外された肩をもう片方の手で押さえて低いうめき声を発しながら道に横たわって悶えていた。

 その様を呆然と見ていた少女だが、はっと気づくと、大男の方を見やり、たたっと小走りに近づいて目の前に立つと、顔をいっぱいに見上げて声を発した。先ほどの涙が目の周りに少し残り、上気した顔の息は切らせていたが、精一杯しっかりしたしゃべり方だった。

「――あの、ありがとうございます。おかげさまで助かりました。――えっと……以前見滝原中学校のそばでお会いした方ですよね? 私が道に迷っているのでないのかと声をおかけした――」
「……」
 息を切らせて感謝の言葉を述べる少女を、三人のチンピラ男達から彼女を救ったスーツの大男は黙って無表情に見下ろしているだけだった。少女は熱心に言葉を続けた。
「――あの、私、志筑仁美といいます。もうすぐ父が私を迎えに来ると思いますので、よろしければ何かお礼を差し上げたいのですが――」
「……」
 なおも男が見下ろして黙っていると、遠くの角の先に車のエンジン音が鳴り響き、曲がり角を曲がって二人が立つ道路に乗り込んできた。

 ブォンというゆっくり慎重に角を曲がる際の低くこもったエンジン音とともに、車が徐々に角度を変えて二人の道路に乗り入れてくるにつれて、角の塀を舐め回すようにしていたヘッドライトの光がこちらを向き、やがて遠くから真っ直ぐに二人の方にその光を届かせた。
「あっ、父の車ですわ」
 少女はそちらの方を安堵して嬉しそうな顔で見やりながら言う。車はヘッドライトの双眸の光を大きくしながら徐々にゆっくり近づいてきた。

「……」
 男は車の方を見ると、くると反対方向に体を向け、ゆっくり歩き出した。
 仁美と名乗った少女は細い糸で繋ぎ止めようとでもするように立ち去ろうとする彼に話しかける。
「あの……父とお礼をしたいのですけど……」
「……結構だ……」
 立ち止まる素振りも見せずに、低くそっけなく言葉を発して去ってゆく男の大きな背に向かって仁美は手を伸ばし、彼女を迎えに近づいてくる父の車のエンジン音に負けないように精一杯声を上げた。
「あの……お名前だけでも――!」
「……デューク・東郷……」
 男は彼女に背を向けたまま、それだけまた低く答えると、そのまま夜の闇の中に消え去っていった。

 ズザーッ
 ライトで辺りを照らし回りながらそばに停車したロールスロイス車の横で、仁美は胸の前に手を合わせ、立ち去っていった男の消えた辺りをじっと見つめ、やがて車のドアが開くそばでぽつりとつぶやいた。
「東郷様……」

6:和子への訪問

July 06 [Sun], 2014, 5:37
 土曜日の夜8時。見滝原市内の早乙女和子が借りて住むマンションの自室。
 衣服や取り散らかされた紙類で雑然とした部屋で和子がデスクに向かって開けたノートパソコンで作業をしていると、
ピルルルルル
インターホンから、マンションのエントランス部での客の来訪を告げ知らせるベル音が鳴り響いた。

(こんな夜に誰かしら?)
 椅子から立ち上がり、各マンション室内に設置されたモニター付きのインターホンで、自動ロックで閉じられたドアが閉ざされたマンションエントランス部の監視カメラの画像を眺めると、
「!」
彼女は息をのみ、続いて大急ぎでロックを解除した。
 同時にだらしなくなっている室内着と髪の身だしなみを整え、室内に取り散らかされたものも目立つものは片端から大慌てで拾ってしかるべきにまとめていく。

 ピンポーン
 1分後、今度はマンションの各室扉横に備え付けられたインターホンのチャイム音が鳴ると、和子は大急ぎでドアに飛びつき、ロックを外して扉を開けた。
「来てくれたのね……。もう会えないかと思っていたわ」
 息を弾ませ、かすれた声でしゃべる和子が見上げた先には、部屋前の廊下に立ったスーツ姿のゴルゴがいた。うるんだ輝く目付きで見上げる和子を、部屋に入ったゴルゴは玄関に手に提げて持ってきていた革鞄を置くなり抱き寄せる。目を閉じ、恍惚とした表情でされるがままになる和子。

――――――――――――――――――――――――――――――――

「あああああ〜っ! もっと!もっと! あなたは最高の男よ! あなた以上に満たしてくれる男を知らない!
 東郷! 東郷ゥ〜!
 あああああ〜っ!」
「……」

――――――――――――――――――――――――――――――――

 2時間後、二人はベッドに共に横たわっていた。和子はゴルゴに寄り添う形で、ゴルゴは仰向けになってカポラル葉巻を吸っている。
 掛布団からはだけた、ゴルゴの広く分厚い傷だらけの胸板を、和子は全裸の体を脇から彼にぴったりとつけながら愛おしそうに撫でさすっていた。

「また会えてこんな風にできるなんて嬉しい。でも前コピーキーを渡したでしょ。それを使って勝手に入ってくればよかったのに」
「突然押しかけては迷惑かと思ってな……」
「もうっ! あなたのそういうところがますます素敵よ。今までの身勝手な男達とは大違いだわ」
 天井を見上げるゴルゴの横顔に向けて和子が顔を満面にほころばせる。

 ゴルゴはちらりと開いたままのノートパソコンが置いてあるデスクの上に目をやった。
「仕事中だったようだが……」
「ええ、前も言った通り教職員は仕事が多くてね。それにこの前はうちのクラスの娘がたちの悪い不良に絡まれたみたいで……。危ない所でたまたま通りかかった男性に助けられたそうだけど、迎えに来た親御さんが伸びてる不良達を見つけて警察に通報して、私も被害に遭った娘の担任教師として警察署に出かけたわ。それなりに落ち着いた街だと思うけど、やっぱり夜の暗い街外れとなると物騒な面はあるのねえ……。あ、そういえばその子が言うには、助けてくださった男の方は大柄でスーツを着た、とても目の鋭い方だったですって。まさかあなたのことじゃないわよね。あははははは」
「……」
 ゴルゴは黙って天井に煙を吹かした。

「でも明日は日曜だから大丈夫よ。できるだけ早く済まてあとゆっくりしようと思ってたけど、あなたに会えるならどうでもいいわ」
「……」
 ゴルゴがむくりと起き上がる。
「どうしたの?」
 和子が怪訝な顔でそんな彼を見上げて言った。手持無沙汰になった、相手の胸をもてあそんでいた手で、彼が起き上がる際まくれた掛け布団を再び自分の胸を隠すように引き寄せる。

「飲み物でも入れようかと思ってな……。茶とコーヒーどっちがいい……?」
「そんなこと私がするわよ――」
 起き上がろうとする和子を制止して、
「いや……俺がやろう……」
ベッドから床に足をつけると、下着一枚の体でキッチンに歩き出した。
「もう! やっぱりあなた最高だわ!」

 15分後、ベッドの上で熟睡する和子の寝息を背に、デスクに向かって座ったゴルゴは和子が先ほどまで使って放置されたままのノートパソコンを操作していた。和子が眠るベッドのサイドテーブルには飲みかけの睡眠薬入りの紅茶が置いてあり、その脇にだらんと彼女の腕が垂れていた。
 カタカタカタ……
 ノートパソコンをいじるゴルゴ。
(やはり、土曜日は仕事を家で済ますためにメモリを持ち帰っていたか……)

 カタッ
「!」
 ゴルゴが開いたファイルには、以前二度会い、ショッピングモールで暁美ほむらと名乗った少女の、この見滝原市に引っ越して和子の勤務する学校に転校する以前、前の学校での情報が保存してあった。そこに添付された彼女の肖像写真に見られる顔立ちはしまりがなく、内気でおどおどした表情をしており、以前会った時の強く冷たい意志を感じさせる鋭い目付きの少女とはまるで別人だった。眼鏡をかけ、髪型は長い黒髪を三つ編みにしている。たしかに彼が観察する限り顔から肩にかけての骨格は同じだったが、それにしてもあまりの違いようだ。

「……」
 ゴルゴがファイルの情報を見ると、転入する以前に半年間入院していたという。これは彼の推察する通り今の彼女が魔法少女だとして、そうなったことによる変化なのか? だとすると彼女は入院中に魔法少女になったのか? いかなる手段で?

 しばらく暁美ほむらや、和子の担当クラスの生徒情報を調べた後、ゴルゴは自分が提げて持ってきた革鞄を玄関から持ってき、中に入れてあったノートパソコンを取り出して開くと電源を入れて打ち込み始めた。

「!」
 画面を確認するとゴルゴは床に脱ぎ散らかした自分のスーツポケットから携帯電話を取り出し、電話番号を入れた。
 プルルルルルル……
 発信の呼び出し音が鳴り続ける。

「へい、どなたさんで?」
 電話を受けた陽気な男の英語の声が向こうから響いた。ゴルゴは低い声でしゃべり出す。
「ジム……今関東方面にいるようだな……。いくつか調べてもらいたいことがある……」

7:ジムの報告――走る二人の少女

July 06 [Sun], 2014, 5:41
 見滝原市内の繁華街の昼下がり、ゴルゴは大通りに面したカフェの屋外テラスの席で一人の黒人の男と向かい合っていた。初夏の傾きかけた陽の光は柔らかく気怠く、各席ごとに赤と白の縞模様のパラソルが設置された席の多くは二人以上の女性客で埋められ、よく手入れされた滑らかな肌をさらして薄着した彼女達は、飲み物とデザートを乗せた白い丸テーブルに身を乗り出し、満面の笑顔で楽しげに各々その友人達と談笑している。その戸外の和やかな一角、ゴルゴは当のカフェの建物に接した席で、店の正面壁に背を向けてウッドチェアに足を組んで腰かけていた。テーブルの上の彼の前にはティーカップに入ったコーヒー。目の前の黒人男性はよく冷えたオレンジジュースを頼んでいた。

 ゴルゴの前で手と腕を振り、表情を変えて大仰に身振りを加えながら早口でまくし立てているのは、ゴルゴに電話で呼び出されたジムという男だ。茶褐色の肌にくすんだ黒の縮れ毛、大きなぎょろついた目と厚い唇をしており、ぱっとあがらない風采だが、いかにも陽気で楽しげな男だ。下にはベージュのチノパンツを穿き、白のTシャツの上に青地に白の細い線で格子模様が入った薄手の襟付き半袖ジャケットを着込んでいた。

「へい、その女のことは調べやしたが、病気がちで、前の学校では内気なため仲の良い友達もあまりいなかったそうです。それから心臓を患って半年間入院……。どうやら心室中隔欠損の先天性心疾患のようですね。しかし奇妙なことに手術を終えて数ヶ月療養して、退院間際になってから急に顔立ちと態度が変わったそうです。何でもそれまでの気弱そうでおどおどした雰囲気から別人のように冷たく、意志の強い外観になったとか。いつもつけていた眼鏡も同時に外すようになったらしいです」
「……その間、医師や看護師は彼女の周囲に起こった出来事の異変に何か気付かなかったのか?」
「へい。ほんとにそれが何の兆候もなかったそうで。詳しいことはこのレポに書いてありますが。それと一緒に頼まれていた隣野中学校の女子生徒のことはこちらで」
「……」

「マミさん! こっち こっち!」
「!」
 ジムから受け取ったレポートに目を通していたゴルゴが聞き覚えのある声と名前に反応し、十数枚の紙の束ねを次々とめくって読む作業を中断して、彼の座る席の正面の通りの向かい側に目をやった。その歩道では見滝原中学校の制服を着た二人の少女が並んで走っている。小柄なピンクのツインテールのお下げ髪をした少女が、自分より後ろにもう一人の少女の手を引いて走っている。彼女に手を引かれて走っている金髪の縦巻きロールをした少女は――紛れもない、以前彼が初めて見滝原市に入った際、使い魔と呼ばれる化け物達に襲われたのを救い出してくれた、今前を走る少女によって叫ばれた通りのマミという少女だ。そのマミの名を呼ぶ、彼女の手を引いて走っている少女にもゴルゴには見覚えがあった。以前見滝原中学校の側とショッピングモールで二度見、早乙女和子のマンションで見滝原中学の生徒の情報を探った際にも、彼女が担任するクラスの生徒として写真とともに簡単な情報が載っていた。二人の方をじっと見つめながら考える。
(ピンク髪の方は……鹿目まどかという少女か……)

 慌てて走るまどかという少女の小柄な体に手を引かれ、前屈みになって走ってついていきながらマミは声を発した。
「鹿目さん、危ないことをしてはだめよ! でもよかったわ、病院で魔女が発生したら大変なことですもの」
 マミに対してまたまどかという少女が息を切らせながら大声で答える。
「とにかく急ぎましょう!」

「……」
「旦那? どうしやした?」
 通りの反対側にじっと鋭い目をやっているゴルゴにジムが声をかける。
 ゴルゴは立ち上がった。
「急用ができた……。レポートは受け取っておこう。これが今回の報酬だ」
 折り曲げ畳んだ札束をスーツの内ポケットから取り出し、目の前の相手に手渡した。
「へへ! 旦那は気前がいいから好きですや! またいつでも頼みますよ!」

 喜んで金を受け取ったジムはその札束を大事そうに胸に押し当てて抱えながら、椅子の脇に置いてあった鞄を手に取り、笑顔で腰を屈めて何度も振り返って会釈しながら去って行った。
 再び通りの向かい側に目を向け、二人の少女の走り去って行く後姿にじっと視線を走らせるゴルゴ。
「……」

8:結界――緊縛されたほむら――共闘

July 06 [Sun], 2014, 6:00
 カフェを発ち、先を走る少女の二人組を見失わないように時に小走りになって尾けていたゴルゴだが、二人はやがて入り口の門を通り、見滝原の市立病院内へと駆け込んでいった。
 少し遅れてゴルゴが病院の敷地内へと入り込むと、夕方近い時刻の病院の屋外は人気なく、傾いた陽のオレンジの光が辺りを照らして侘しげだった。大股にゆっくりと周囲を探るゴルゴ。

 やがて、一本の病棟の角を曲がると、人のいない駐輪場に面した建物の壁の脇に以前何度か見かけた見滝原中学校の生徒が使っているスクールバッグが2つ置き去りにされているのが見えた。
「……」
 近づき、側の壁面を注意深く調べる。すると、以前見滝原市に入った際廃工場壁にあったのと同じような、カビに似た灰色に盛り上がった物質を見つけた。以前はそれを調べるために触れようとした途端不可思議な空間に取り込まれ――彼を救い出したときマミは”結界”と呼んでいた――、その中にいる使い魔と呼ばれる化け物達に襲われ、ゴルゴは窮地に陥った。

「……」
 しばらくゴルゴはじっとその得体の知れない物を見つめていたが、やがて鞄を持たない方の片手をカビらしきものに近づけた。以前の夜と同じように、周囲の景色が歪み出し、暗転し、彼は突然薄暗くも極彩色の世界に放り込まれた。

(……!)
 再び結界内に取り込まれると辺りをさっと見回し、反射的に懐の拳銃に手をやったゴルゴだが、取り出した拳銃を眺めやると、
「……」
しばらく見つめ続けた後、黙って懐にしまい直した。

 壁面が陽炎のように揺らぎ、距離感のつかめない結界内をゆっくりと進んでゆくゴルゴ。マミ達が先に進んだはずだが、今歩んでいる回廊状の道は人気がなく、使い魔という魔物の気配もない。
「……」

「!」
 ゴルゴが歩みを進めていくと、目の前に、以前ゴルゴに二度接触してきた暁美ほむらが回廊の地面と壁面、上部アーチのあちこちから繰り出された赤地に黄色い鎖紋様の巨大なリボンによって、胴体を腕ごとと、脚の二箇所を結束されて宙吊りにされている姿が見えた。

 観念したかのようにぐったりと力なく縛り吊るされ、目を閉じていたほむらだが、気配に気づいて目を開け、顔を向けると、彼女の目に、警戒しながらじっとこちらを観察して立っているゴルゴの姿が映った。
 思わず息を呑むほむら。
「あなたは……!?」
「……状況を説明してもらおうか……」
 目を見開き、驚きの声を発するほむらに対し、ゴルゴは鋭い目でじっと睨みつけながらゆっくりと口を開いた。

 初めは驚きに頭の回らない表情のほむらだったが、しばらくぼんやりとゴルゴの姿を眺めるうち、急にはっとすると、突然縛られたままの全身をじたばたもがかせ、焦ったように
「この拘束を解いて……! 早くしないとマミが……! ――マミというのは私と同じ魔法少女で――!」
「マミがこの先にいるんだな……?」
 ほむらは目を丸くした。
「――マミを知っているの……!? ――いや、それより早くこの拘束を……っ!」
 再びじたばたともがきだす。

「……」
 ゴルゴは片手に持った鞄を地に置くと、彼女にゆっくり近づき、しゃがんでズボンの裾をめくり、左足に装着したナイフポーチからサバイバルナイフを取り出した。彼がほむらを拘束した黄色いリボンに刃をかけようとすると、
「――待って……! それでは断ち切ることはできないわ……。私の手にナイフを近づけて――!」
「……」
 急に身を離し、ほむらの方をじっと見つめるゴルゴを、彼女は何が起こったか理解できないように目を見開いて数瞬見返していたが、やがてぱちぱちと瞬きし、すっと息を吸うと、得心したように説明を始めた。
「私達魔法少女の作り出した魔力物質や、ここにいる魔女といった存在に対しては普通の道具では役に立たないの。私たち魔法少女が魔力を与えないと」早口でまくしたてる。「――警戒する気持ちはわかるわ。でも私はこんな状態だし、何もできない。時間がないから早くっ……!」
「……」
 ゴルゴはゆっくりと、拘束されたほむらの後ろ手にサバイバルナイフを近づける。
「刃の方を私の手にっ……!」
指示通りにすると、
パアァァァァッ
ゴルゴの手に持つサバイバルナイフが光を帯び始めた。

 ブツッブツッ
 ゴルゴは光り輝いた刃で手際よくほむらを拘束する大きなリボン紐を断ってゆく。やがて、脚、胴と全ての結束を断ち切り、ゴルゴは腕を上げてほむらの体を抱え降ろした。年齢に似つかわしくない冷たく堂々とした態度だが、体の方は10代前半の少女らしく華奢でいたって軽いものだった。
 縛りを説かれたほむらはあちこちの体のしびれを取るかのように軽く腕と体をほぐし動かしていたが、やがてゴルゴを見上げて声を発した。
「礼を言うわ。今回は危ないところよ」
「これをやったのは、魔女なのか……?」
「いいえ、マミよ」
「……」
 黙ってほむらの方を見下ろすゴルゴだが、彼女は複雑な事情のその事には頓着しないという風で、
「今はそれより先に進んでマミを救い出さなければいけないわ」
強く言い放つと、上に向けた手の平からにゅっと、伸び立った銀の台座付きの装飾に覆われ、その表面に沿った枠から紫の光をのぞかせる宝石を取り出した。彼女がそれを目の前に持ちあげ、強く見つめると、
 パアァァァァァァッ!
ほむらの姿が光を帯び、裾や袖など鋭角的なデザインの、インディゴブルーと灰青色の二重のカラーを持つセーラーシャツ姿の魔法少女の衣装に変身した。

 すっかり冷静さを取り戻し、またきびきびした態度に戻ったほむらがゴルゴの方を振り向いて言う。
「あなた銃を持っているわね? どうやらあなたもマミに用があるようだけど、この先、魔力を持たないままの武器では通用しないわ。私に貸しなさい。先ほどと同じように魔力を与えてあげるわ。もっと も、私たち魔法少女が使うほどには効力を発揮できないけどね。それとその鞄も預けなさい。私のこの盾には――ほむらは左腕に装着した、両端に二つと、中央に黒透明の覆いで半ば覆い隠された大きな赤い輝石が埋め込まれた螺旋紋様の灰色の円盾を彼に示した――物をいくらでも収納することが出来るわ。事が終わったらちゃんと返すから、この先魔女や使い魔相手に片手では大変よ」
「……」
 ゴルゴはしばしの後、片手に下げた鞄と、懐から取り出した銃をほむらに預けた。ほむらの言う通り、ゴルゴの大きな革鞄は直径20センチほどの円盾の中央の円部ににゅっと収まり、彼女が手にし、力を込めた銃は先ほどのナイフと同じく光を帯びた。ほむらは銃を彼に返す。

 続いて、彼女は左腕の盾から自分もハンドガンを取り出した。
「私の武器もこれよ」
 一瞬険しい表情をほころばせ、くすっとしてみせてゴルゴの方を見上げて言う。そんな彼女の特殊な盾をゴルゴはじっと見つめ続けていた。
 そのゴルゴの視線に気づき、
「これも魔法少女の能力の一つね。あなたの鞄を入れたように他にもいくらでも物を入れることが出来るのよ。――他にも武器はいくらでもあるわ」
手慣れた風に手榴弾を取り出すほむら。
「あなたもいくつか持っておきなさい。恐らく私たち魔法少女が与えた魔力が、使っている内に切れるときがあるわ。その時他にも武器を持っている方がいいでしょう。それに、ここに収納された武器は常時私の魔力を浴びているから、先ほど即席で与えた魔力より強力で、効果も長持ちするはずよ」

 ほむらがいくつかの拳銃と手榴弾をゴルゴに手渡すと、ゴルゴは黙って受け取って懐にしまった後訊いた。
「ライフルはないのか……?」
「――!」
 一瞬固まったほむらだが、やがて感心したように口を開いた。
「さすが本職の人らしいわね……。――もちろんあるわよ。私にはあまり使いこなせないのだけれど」
 盾からするするとライフルを取り出す。

 受け取った銃床の短いライフルを片手に持ち、ためつすがめつ眺めるゴルゴ。
「ブルパップ銃か……」
 やがて声を発した。
 それを聞くとピクンと眉を動かして、斜めに流し見るほむら。
「――あまりお気に召さないかしら?」
 顎を突き出しツンとして探るようにゴルゴに訊いてくる。
「いや……、充分だ……。行こう……」
「ええ、急ぎましょう」
 答えるゴルゴに彼女も相槌を打つと、二人は走り出した。

9:突入――使い魔との戦闘

July 06 [Sun], 2014, 6:21
 タタタタッ
 回廊を走って奥に進むゴルゴとほむら。
 ほむらは走りながら周囲をあちこち見回した。目付きが真剣な表情を帯びる。彼女は思った。
(時間がたっているせいか、大分結界が完成されてきているようね……。この分じゃ使い魔の数も相当増えてそうだわ。間に合えばいいのだけれど……)

 なおも走り続け、二人が開けた場所に出ると、周囲の先の柱や起伏の陰からクッキーやキャンディーに手足が生やした外観の奇妙な姿の使い魔達が前方左右からぞろぞろと出てきた。
 目を見開くゴルゴ。
「!」
 ほむらも足を止め、銃を両手でチャキッと構え直す。
(来たッ!)

 ガウーン ガウーン ダダダダダッ ガウーン ターン ガウーン
 使い魔達が蔭から姿を覗かせるやいなや即座に反応して両手に持つブルパップアサルトライフルと拳銃で次々使い魔達を狙撃し、命中させていくゴルゴ。彼の反応速度に間に合わなかったほむらは、彼が戦いを始めてからもしばらく呆然と横で早速攻撃に集中しているゴルゴを眺めやるばかりだった。

 ピンッ……ズガガガガーン
 真横からひょこひょこと使い魔達が集団になって寄せてきているのに気付いたゴルゴは拳銃を持った片手のまま懐に手を突っ込んで、手榴弾を取り出すと、歯でピンをくわえて外し、素早く相手の集団の方に投げやる。魔力を持った爆破兵器は閃光とともに小さなお菓子姿の使い魔達を吹き飛ばした。ちらと一瞬横目で見やった後、また他方面の使い魔に対処する。ビスッ ビスッ ビスッと次々に彼の発する銃弾が使い魔達に命中していった。ほむらも遅れて攻撃に参加し、両手で銃の狙いを定めて近づいてくる使い魔達を狙い撃つが、しばしば隣の男のあまりに素早い掃討行動に唖然とするばかりだった。ちらちらと横に目をやり、敵の来襲よりは彼の攻撃行動にその眼差しに力を入れる。
(態度と物腰から出来るとは思っていたけどまさかここまでとは……)

 しかし、ほむらがゴルゴに比べて緩慢な射撃の一撃ずつで確実に使い魔達を倒していくのに対し、彼が素早く撃ち倒していった相手は、確実に命中させているにもかかわらずしばしばむくりとまた起き上がり、よたよたと再び二人のもとに迫ってくる。もともとひょこひょこと飛び跳ね、洗練された動きとはいえない彼らの、傷つき立ち上がって、体の重心を捉えきれずふらふらよろめいての姿は壊れかけたゼンマイ仕掛けの人形のようで、滑稽ともいえるがグロテスクだった。ほむらはそれらを観察し、ゆっくりと急を要しないため彼らが間近に来た時だけゴルゴとともにいちいちとどめの一撃を加えたが、冷静に判断した。
(さすがの戦闘技術で頼りになるけど、やはり私たち魔法少女が扱うほど使い魔たちにダメージを与えられないようね。改めてとどめを刺さないと……。しかし彼ほどの動きならやはり相当の戦力の助けになるわ)
 ゴルゴは厳しい目で新たな、また、起き上がってくる敵を倒していく。
「……」

 やがて眼前の一通りの相手を蹴散らすと、ゴルゴによってとどめを刺しきれず、動きの鈍った多くの使い魔達を無視して二人は再び走り出し、敵の間を抜けて疾走した。

 狭い廊下を抜けると再び別の大きな広間の一室が開け、先ほどと同じように使い魔たちが現れた。
 きっと強く見据えるほむら。
(新手っ……!)

 ダダダダダッ ガウーン ターン
 ゴルゴは再び、ほむらが最初に目に映った敵達に反応する前から射撃を開始していた。ほむらも再び遅れて攻撃に参加する。やがて異変に気付いた。ゴルゴが射撃した跡に注意を払い、使い魔達が起き上がってきたら対応しようと視界の端に収めていたほむらの目に、彼に倒されたうちで再び二人に向き直ってくる敵の姿が映らなかった。目を丸くし、何度もちらちらとそちらの方を確認するが、お菓子姿の使い魔達は仰向けまたはうつ伏せに倒れたままだ。

 ほむらの反応に気付いたゴルゴが射撃の騒音の中でよく通る太い声を発した。
「どうやら奴らにも頭部や心臓に相当する部分に急所があるようだな……。そこを狙えば、お前ほどの魔力がない俺の武器でも一撃で仕留めることができる……」
 攻撃の手を休めず口にするゴルゴの方をほむらは唖然として見つめた。
(さっきの少しの折衝で私も気づかないような使い魔の弱点を見破ったの……!? そしてあんな小さい対象にそれを実践して命中させることのできる射撃力……!)

 ダタタタタッ ガウーン ガウーン
 ビスビスビスッ ヒュンッ ヒュヒュンッ
「!」
 目を見開くゴルゴ。彼が最初から所有していた拳銃による射撃が使い魔達に衝撃を与えることなく吸収されていった。ライフルでなく、拳銃に狙われた方の彼らは意に介さずひょこひょこと、効果のない射撃を命中させられた体を二人に向けて迫ってくる。
「……」
 ゴルゴはその相手の動きを確認するやいなや、迷うことなく右手に持った拳銃を放り出し、一瞬の抜く手で懐からほむらから受け取った別の拳銃を取り出した。
 ガウーン ガーン ガウーン
 ビスッ ビスッ ビスッ
 彼の新しく手に持った拳銃による射撃で、再び使い魔達が倒されていく様をほむらはじっと見つめた。
(どうやら、私が即席で与えた拳銃への魔力が切れたようだけど――それに一瞬で気付いて即座に銃を持ち替えるとは――凄い判断力だわ……)

 ダーン ターン ガウーン ズガガガガーン ……

 二人が再び敵を掃討してそこを抜け、さらに前の廊下も駆け抜けると今までで最も天井高く広い広間に出た。そこにはゴルゴも見知った見滝原中学校の女子生徒が二人おり、茫然とした彼女らの見つめる先、魔法少女姿のマミが呆気に取られて見上げたまま、巨大な頭部から尾にかけて先細った、蛇のように細長い胴体を持つ人魂のような姿形をした、魔女と思しき浮遊した化け物の、白く鋭い牙を持つ巨大な口に今にも呑まれようとするところだった。

10:お菓子の魔女――ほむらの能力

July 06 [Sun], 2014, 6:30
 呑み込まれようとするマミの姿にほむらがはっとする。一瞬でこめかみに小さな汗のしずくが浮いていた。
(――マミッ……!)

 ターン ダーン ダーン
 広間に駆け込みながら、魔女がマミを襲おうとしているのを視認するやいなや発射されたゴルゴのアサルトライフルの銃弾が巨大な人魂のような魔女の顔面に当たると、マミを噛み砕こうとしていた相手は受けた衝撃に目を閉じ顔をしかめて、痛みと驚きから怯んで後退した。
 目の前の相手によって今にも呑み込まれようとしていたマミは頼りない内股姿で呆然と立ち尽くしたまま、思考が停止し尽くしたかのように呆けてそんな魔女の姿を見上げていた。

 ギロッ
 食事の邪魔をされた魔女は銃をこちらに向けているゴルゴの姿に気づくと、彼の方を睨み付けた。顔の白い”地肌”からにょきっと伸び出た鼻の鼻先に付いた星形はサンタの話のトナカイのように真っ赤で、両頬には真ん丸な黄が二つ差している。縦の楕円形の目の内部は、中心部の瞳にかけて赤、黄、青とカラフルな同心円が5つほども徐々に小さくなって並んでおり、しかしそれぞれの色位置や数、占める大きさの割合はチカチカと変化していき一定していない。黒地に赤の水玉模様の胴体部との頭の上部の生え際に赤と青の、その巨大な体を浮遊させるには不釣り合いと思われる小さな、人間の体ほどの大きさの二本の羽毛が飛び出ている。先ほどまでマミをそこに収めようとしていた巨大な口は、食事の邪魔をされて不機嫌そうにムスッとゴルゴを見つめる目の眉根と同じくしかめられており、感情に合わせてその顔全体の表情は露わに変わるようだ。顔のカラフルさと、露骨なデフォルメ表現かのように大きく変わるその表情からアメコミアニメを想起させる存在だった。魔女はマミの上を飛び越え、獲物を食べようとする魚のように口を大きく開けて一散に彼に向かって飛びかかってきた。

 ダダダダダッ
 ゴルゴは右手に持った拳銃を投げ捨てるとアサルトライフルを両手に持ち替え、その連射を魔女の巨大な顔に向ける。

 咄嗟のことに固まっていた二人の女子生徒が思考を取り戻した。青髪の少女が目を丸くして、突然飛び込んでき、魔女と戦い出したゴルゴを見る。
「――えっ……あのおじさん誰――? 前道で会った――? それに転校生?――」
 ピンクのお下げ髪の少女は事態の成り行きを理解できそうにないながらも暗い顔で不安そうに、今魔女に立ち向かっているゴルゴを見つめた。
「……」

 少し遅れて、呆然と立っていたマミが思考と判断力を取り戻した。はっとしてゴルゴに向かった魔女の方を振り返る。

 ダダダダダダダダッ
 ビシビシビシビシビシッ
 アサルトライフルの連射モードで発射された弾丸が魔女の顔の大きな的に次々命中すると、魔女はつぶてを食らったように思いきり目を閉じ、時に痛みに耐え切れず急停止するが、それでも空中を浮遊して真っ直ぐにゴルゴの方に向かった。連射射撃で魔女をひるませながらゴルゴは円を描くように体を横に移動して、迫りくる相手との距離を取る。ほむらも両手に構えて狙いを定めた拳銃で魔女にダンダンと弾丸を打ち込むが、胴の側面に弾を食らった魔女はその度にビクンと体をよじらせ、固まらせるが、それでもほむらの方を見ようとはしない。どうやら狙いはあくまでせっかくのご馳走の邪魔をしたゴルゴのようだ。

 ダダダダダダダダッ
 体を捌きながら魔女の進行をかわすゴルゴ。

 ――ヒュンヒュンヒュヒュンッ
 突然、それまで魔女の正面に衝撃とダメージを与えていたライフル弾が相手の大きな顔に溶け込むように通過していった。何事もないかのように魔女の体の中に吸い込まれてゆく。
 ゴルゴは目を見開いた。瞬時に額に汗が浮かぶ。
(――! 魔力切れッ……!)

 それまで顔に受けていた衝撃と痛みがいきなり失われた魔女は目をご機嫌よく見開き、両方の口角をにいっと釣り上げて、何の障害もなくなった進行方向に向けていきなり速度を上げ、真っ直ぐゴルゴに飛びつく。

 見ていた二人の女子生徒が恐怖に目を見開いた。お下げ髪の少女は思わず両手を口にやり、悲鳴を上げる。
「――きゃあっ!」
「おじさん!」
 青髪の子も続いて声を発した。魔女を後ろから追いかけていたマミは走りながら届かない手を伸ばし、ぎりと歯を食いしばり、焦りと苦悩に顔を歪める。
「――!」

(――……!)
 ライフルを捨て、横に飛びのけようとするゴルゴ。


カチッ


 突然、ピンクを基調とした結界内の派手派手しい光景が灰一色になり、今にも噛みつかんとする魔女の動きがゴルゴの目の前で宙に止まった。空中で進む動きを停止させたのではない。こちらに向けて、先ほどマミに対してしようとしたのと同じように丸呑みにかじりつかんばかりの口をあんぐりと開けた姿そのまま、貼り付いたように空中に静止している。その巨大な体の後ろ越しに、遠くにこちらを見る二人の女子生徒達――恐怖の表情をしたピンクのお下げ髪と、体をねじりながらこちらに必死の目を向けている青髪のショートヘアの二人――と、複数のマスケット銃を宙に浮かせて張り詰めた表情で駆けるマミの姿もあるが、彼女らも一様にその動きを空気に固着させたかのように静止している。シンとした静寂がゴルゴの耳を打った。

(――……!?)」
 気付くと、ゴルゴの鍛えられた太い腕をほむらが持ち、その女子中学生らしい華奢な白い手で引いている。さっきまで数メートル離れた所にいたはずの彼女が彼のすぐそばにおり、ゴルゴはいつの間にか小柄な彼女の導く動きのまま小走りに駆け出していた。

 彼女に腕を引かれたまま、驚かせた顔で周囲を見渡すゴルゴ。ほむらは小さく駆けながら彼に説明した。
「これが私の魔法少女の能力。時間停止能力よ。私と私が触れているものだけが動くことができるの」
「……!」
 ゴルゴは目を見開き、驚愕の表情でほむらを見やったが、やがてちらと先ほど周囲を見回した時目に映った青髪の少女の方に目を向けた。ピンクのお下げ髪の鹿目まどかと同じく、早乙女和子のマンションでその情報を得た、まどか、ほむらと同じクラスメートの美樹さやかという少女だ。しかし再び厳しく冷たい表情に戻った彼の視線が向かうのはさやかの顔に対してではなかった。彼女がその両腕に抱えているのは、以前彼がショッピングモールで額を打ち抜いたはずのキュゥべえと呼ばれる生物だ。”彼”もまた、魔女や三人の少女達と同じく、さやかに抱きかかえられた腕の中でその動きを静止させているが、クリクリした目を他の三人の少女達と同じ方に向けたまま停止したその姿はいたって元気で健康そうだ。

 ゴルゴの視線に気づいたほむら。
「当てが外れて残念だったわね。あの通り奴はぴんぴんしているわ。前言ったでしょ? 奴は不死身だって。
 ――しかし今はこいつが大事よ」
 くいと首で今しがた避けてきた場所を示す。そこでは静止した魔女が大きな口を開け、一本一本がゆうに人間の上体ほどの大きさもある、ギラギラの鋭利な薄い刃物のような歯をむき出しにしていた。もしあれに噛み砕かれたら問題なく胴体は真っ二つだろう。
(……!)
 振り返るゴルゴの額に改めて汗が浮かんだ。
 ほむらが再び口を開く。
「そろそろよ。時間が切れるわ」


カチッ


 周囲が再び明るいピンク色の世界に戻り、大気の動きが二人の肌に押し寄せてきた。

 ガキッ
 ご馳走を思いきり味わって頂こうという風に目を閉じて勢いよく巨大な歯をとじ合わせた魔女だが、その口の上下から飛び出た刃は空中を噛んだ。
「? ? ?」
 訝しげな、不機嫌そうな顔をして辺りを見回す魔女。
 と、遠く側方に離れたゴルゴとほむらの姿を認めると、再び襲おうと二人の方へ飛びかかった。
プロフィール
  • プロフィール画像
  • アイコン画像 ニックネーム:ゴルゴマギカ
読者になる
ゴルゴ13×魔法少女まどか☆マギカの二次創作クロスSS
https://twitter.com/golgomagica

にほんブログ村 アニメブログへ
にほんブログ村
にほんブログ村 漫画ブログへ
にほんブログ村
にほんブログ村 小説ブログ 漫画・アニメ二次小説へ
にほんブログ村
2014年07月
« 前の月  |  次の月 »
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31
最新記事
ヤプミー!一覧
読者になる
P R
月別アーカイブ
http://yaplog.jp/golgomagica/index1_0.rdf