昨夜の東京の雪はすごかった! 今日も寒かった! 雪の白金台の写真を載せようかと思ったけど、見てるだけで寒くなってきたのでボツ。癌患者に冷えは厳禁ですからね。暑すぎて脳みそが溶けちゃった1月のバリの写真を載せておくよ。

バリ島到着が深夜だったので、初日は空港から近いクタビーチに1泊。予想以上に快適でした。
ビーチが目の前で、プールが5階だったかな。このフロアで朝食なの
先月、術後5年を迎えた報告をしたけれど、今日2月2日は新しい胸に生まれ変わった日。2007年の今日、乳房再建の本手術を受けたのでした。
朝1番にすぐ脱げちゃう術着と白いサイハイソックス(エキスパンダーのときはハイソックスだけど、本手術のときは太ももまであるやつなの)という絶対知り合いには見られたくない(でも大勢に見られる)変な格好で、看護師さんと2人、手術室に歩いて出かけました。前の年にも同じ病棟に入院してエクスパンダー挿入術を受けていたので、緊張は無し。でも以前から最終的な希望は手術前夜に聞くから考えておいてと言われていたのに、手術が長引いたために打ち合わせの時間がほとんど取れず、デッサンだけして手術室に戻ってしまい、説明もインフォームドコンセントも全く無かったことが心残りでした。

深夜にチェックインするときに、こいつがフロントデスクにいてぎょっとしたのよ。
なんせ1月1日だからね、お祝いで乾杯してるヨーロッパ人がロビーバーにいっぱいいたわ。
前日、夕飯が過ぎてもずっと呼ばれないので、なんか嫌〜な予感がして、自分の希望を紙に書いてまとめておこうと思い立ちました。でも日頃、PCで書類を作ることしかしていないから、うまく書けないの。ノートPCを持ち込んでいたので、wordに書いてプリントできればとも考えたけど、病院のプリンタを使うわけにもいかないしね。PCバッグに会社のロゴ入りレポート用紙が入っていたので、漢字を間違えながら、何枚も失敗してどうにか書いたわよ。
結局、消灯時間から数時間過ぎても呼ばれなかったのね。静かに小説を読みながら待っていたのだけど、看護師さんが見回りに来て「あら、何してるの」なんて聞かれちゃうわけ。「あの〜、デッサンまだなんです」って、ちょっとイライラしてきたのを覚えてるわ。

あはは、ここでもコスプレ。ぐるぐる何重にも巻かれて、安全ピンを50個くらい使って止めてます。
手術が済んで、病室に戻ってきたときはまだうっすら明るくて、「まさか翌日の朝じゃないよな?」なんてボケた頭で考えていました。本当に翌日まで24時間以上かかった友もいるので、時計を何度も見て確かめました。10時間もかからなかったんだぁと思ったら、安心して眠くなりました。でも1時間おきにドプラー検査と皮弁の色を見るチェックがあるので、熟睡はできないんだよね。うとうとしたと思ったら起こされちゃうの。麻酔がまだ完全に覚めていないし、夢と現実を行ったり来たりで、気づくと胸を見せてるという変な夜です。

ランチに寄ったチャンディダサ・ビーチのホテル。
このとき皮弁の色が紫色とかグリーンに変わっていたら、血流が確保できていない可能性があります。つないだ血管に血栓ができて詰まってしまうと移植した脂肪に栄養が送れなくなり、脂肪が壊死してしまうので、緊急サルベージ手術となります。毛細血管が切れて内出血程度の場合もあります。私の場合は何事も無く、ドックンドックンと元気な血流の音を子守唄に聞きながら、夜が明けました。

クタビーチはサーフィンスクールが人気で、日本人の女の子が大勢習ってました。
翌朝もまぶしいほどの日差し。「あ〜、顔に日焼け止め塗れない。どうしよう、病院でシミ増えちゃうよ」と動けない身体で、もじもじしてました。晴天で気持ちいいからと、カーテンを開けてくれていたらしいのですが、予期せぬ日光浴だったわ。2日後に尿管が外れて最初にしたことは、トイレに行くこと、そしてSPF値の高い乳液をポーチから取り出してベッド上に置いておくことでした(この時点ではまだトイレ以外は歩行禁止だからね)。

Bagus のデラックスタイプのヴィラ。丸くてぐるりとテラスなの。
ヨガレッスンで仲良くなった日本人のご夫妻が泊まっていました。
当時は体重がマックスだった頃です。抗がん剤の副作用&後遺症で足のシビレが長く残っていたために、ころんで捻挫しちゃったり、足の爪が全部剥がれた後、巻き爪になってしまったために運動ができなかったりで、ぶくぶく太ってしまいました。あれから3年、体重的には5〜6kgは落ちたのよ。まだまだ罹患前には戻っていないけどね。ただ、脂肪で作った胸は、身体が痩せると小さくなっちゃうのです。私は豊胸もしていないから、ずいぶんボリュームが減ってしまいました。

チャイナエアラインのオンデマンドムービーでTHIS IS ITを何度も繰り返し観ちゃったよ。
ワイン飲みながら、歌うたってるうちに着いたからラクチン〜!
脂肪は土台になる脂肪に付くというか、もともと大きな胸の人や太っている人の場合、生着率が高いような気がします。統計取ってるわけではないから、シロウトがざっと周囲を見回した感想にすぎないけどね。
あ、だから痩せなくていいってわけじゃないのよ。乳がん治療で太ってしまった人は、再建術のときまでには痩せておいたほうがいいです。健側に揃えて作るから、後で痩せるとどうしても左右差が生じてしまいますから。

新年のセレモニーに集まる人たち。Tシャツ&ジーンズなんていないの。
日本の初詣は着物がどんどん減っているけど、やっぱり民族衣装はいいよね。
それに何より、乳がんに肥満は大敵ですよね。私はあと3kg、痩せます!(宣言だ)。
166cm, 50kg は、私が10年くらいキープしていた数字なんです(20代はもっと痩せていて43〜48kgくらい。ふ〜っ。今では信じがたい・・・)。
めざせ50kg、めざせはるな愛?(おやじだし)

バリ島到着が深夜だったので、初日は空港から近いクタビーチに1泊。予想以上に快適でした。
ビーチが目の前で、プールが5階だったかな。このフロアで朝食なの
先月、術後5年を迎えた報告をしたけれど、今日2月2日は新しい胸に生まれ変わった日。2007年の今日、乳房再建の本手術を受けたのでした。
朝1番にすぐ脱げちゃう術着と白いサイハイソックス(エキスパンダーのときはハイソックスだけど、本手術のときは太ももまであるやつなの)という絶対知り合いには見られたくない(でも大勢に見られる)変な格好で、看護師さんと2人、手術室に歩いて出かけました。前の年にも同じ病棟に入院してエクスパンダー挿入術を受けていたので、緊張は無し。でも以前から最終的な希望は手術前夜に聞くから考えておいてと言われていたのに、手術が長引いたために打ち合わせの時間がほとんど取れず、デッサンだけして手術室に戻ってしまい、説明もインフォームドコンセントも全く無かったことが心残りでした。

深夜にチェックインするときに、こいつがフロントデスクにいてぎょっとしたのよ。
なんせ1月1日だからね、お祝いで乾杯してるヨーロッパ人がロビーバーにいっぱいいたわ。
前日、夕飯が過ぎてもずっと呼ばれないので、なんか嫌〜な予感がして、自分の希望を紙に書いてまとめておこうと思い立ちました。でも日頃、PCで書類を作ることしかしていないから、うまく書けないの。ノートPCを持ち込んでいたので、wordに書いてプリントできればとも考えたけど、病院のプリンタを使うわけにもいかないしね。PCバッグに会社のロゴ入りレポート用紙が入っていたので、漢字を間違えながら、何枚も失敗してどうにか書いたわよ。
結局、消灯時間から数時間過ぎても呼ばれなかったのね。静かに小説を読みながら待っていたのだけど、看護師さんが見回りに来て「あら、何してるの」なんて聞かれちゃうわけ。「あの〜、デッサンまだなんです」って、ちょっとイライラしてきたのを覚えてるわ。

あはは、ここでもコスプレ。ぐるぐる何重にも巻かれて、安全ピンを50個くらい使って止めてます。
手術が済んで、病室に戻ってきたときはまだうっすら明るくて、「まさか翌日の朝じゃないよな?」なんてボケた頭で考えていました。本当に翌日まで24時間以上かかった友もいるので、時計を何度も見て確かめました。10時間もかからなかったんだぁと思ったら、安心して眠くなりました。でも1時間おきにドプラー検査と皮弁の色を見るチェックがあるので、熟睡はできないんだよね。うとうとしたと思ったら起こされちゃうの。麻酔がまだ完全に覚めていないし、夢と現実を行ったり来たりで、気づくと胸を見せてるという変な夜です。

ランチに寄ったチャンディダサ・ビーチのホテル。
このとき皮弁の色が紫色とかグリーンに変わっていたら、血流が確保できていない可能性があります。つないだ血管に血栓ができて詰まってしまうと移植した脂肪に栄養が送れなくなり、脂肪が壊死してしまうので、緊急サルベージ手術となります。毛細血管が切れて内出血程度の場合もあります。私の場合は何事も無く、ドックンドックンと元気な血流の音を子守唄に聞きながら、夜が明けました。

クタビーチはサーフィンスクールが人気で、日本人の女の子が大勢習ってました。
翌朝もまぶしいほどの日差し。「あ〜、顔に日焼け止め塗れない。どうしよう、病院でシミ増えちゃうよ」と動けない身体で、もじもじしてました。晴天で気持ちいいからと、カーテンを開けてくれていたらしいのですが、予期せぬ日光浴だったわ。2日後に尿管が外れて最初にしたことは、トイレに行くこと、そしてSPF値の高い乳液をポーチから取り出してベッド上に置いておくことでした(この時点ではまだトイレ以外は歩行禁止だからね)。

Bagus のデラックスタイプのヴィラ。丸くてぐるりとテラスなの。
ヨガレッスンで仲良くなった日本人のご夫妻が泊まっていました。
当時は体重がマックスだった頃です。抗がん剤の副作用&後遺症で足のシビレが長く残っていたために、ころんで捻挫しちゃったり、足の爪が全部剥がれた後、巻き爪になってしまったために運動ができなかったりで、ぶくぶく太ってしまいました。あれから3年、体重的には5〜6kgは落ちたのよ。まだまだ罹患前には戻っていないけどね。ただ、脂肪で作った胸は、身体が痩せると小さくなっちゃうのです。私は豊胸もしていないから、ずいぶんボリュームが減ってしまいました。

チャイナエアラインのオンデマンドムービーでTHIS IS ITを何度も繰り返し観ちゃったよ。
ワイン飲みながら、歌うたってるうちに着いたからラクチン〜!
脂肪は土台になる脂肪に付くというか、もともと大きな胸の人や太っている人の場合、生着率が高いような気がします。統計取ってるわけではないから、シロウトがざっと周囲を見回した感想にすぎないけどね。
あ、だから痩せなくていいってわけじゃないのよ。乳がん治療で太ってしまった人は、再建術のときまでには痩せておいたほうがいいです。健側に揃えて作るから、後で痩せるとどうしても左右差が生じてしまいますから。

新年のセレモニーに集まる人たち。Tシャツ&ジーンズなんていないの。
日本の初詣は着物がどんどん減っているけど、やっぱり民族衣装はいいよね。
それに何より、乳がんに肥満は大敵ですよね。私はあと3kg、痩せます!(宣言だ)。
166cm, 50kg は、私が10年くらいキープしていた数字なんです(20代はもっと痩せていて43〜48kgくらい。ふ〜っ。今では信じがたい・・・)。
めざせ50kg、めざせはるな愛?(おやじだし)
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