どう感じたかを理解するようになる

June 10 [Tue], 2014, 21:47
ある養母が老人と結婚し、二人の間には一人の女の子が生まれた。この女の子は老人の楽しみで、いつも甘やかした。養父母が彼を手放さなかったのは他に預けて余分のお金を少しでも使うことがないようにするためであった。老人は帰宅すると小さな女の子には甘いお菓子を与えたが少年には一つも与えなかった。その結果、少年は盗みを始めるようになった。彼は自分が権利を奪われたと感じ、自分を豊かにするために盗んだのである。そのことで父親は彼を殴ったが盗みはやまなかった。殴られたにもかかわらず盗み続けたということに、勇気の表れを見る人があるかもしれないが、これは本当ではない。彼はいつも見つからないことを望んだのである。これは仲間になるということがどういうことであるかを決して経験しない憎まれた子どものケースである。われわれは彼の信頼を得なければならない。彼が自分を他の人と同一視して、他の人の立場に身を置くようになれば、養父が彼の盗みを見てどう感じたか、妹が自分のお菓子がなくなったのに気がついた時どう感じたかを理解するようになるだろう。


一貫して合理的にふるまう

June 06 [Fri], 2014, 14:53
ある種の子どもたちは、今、学校で直面しているほどの多くの困難に直面したことはなかった。このような困難に圧倒され、ずる休みをしたり、あるいはまったく学校に行きたくないと思ったりするのは理解できる。学校では何も望みはないと思い込んでいる。もし、この信念が正しければ、彼らが一貫して合理的にふるまっているということに同意すべきである。しかし個人心理学は、彼らが学校で何も望みがないという信念を受け入れない。むしろ、あらゆる人が有益な仕事を成し遂げることができると考えている。誤りは、いつもあるものである。しかし、この誤りは訂正でき、子どもたちは前進することができるのである。しかし普通は、状況は適切に対処されない。子どもが学校での新しい状況に圧倒されているまさにその時に、母親は、監視し、心配そうな態度を取る。子どもは通知表を受け取ると学校で批判されたり叱責されるだけでなく、家庭でも余波を受けることになる。家庭では甘やかされてきたのでいい子だった子どもが、それまで隠されてきた劣等コンプレックスが、家庭との接触を失った途端にあらわになるので、学校で非常に悪くなるということは非常によくあることである。


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