でも

November 01 [Thu], 2012, 1:15
見に行ったことがあります。この会は京都の各派の先生方からお弟子さん達まで一丸とした会で、殊に新年大会には皆きばって出品され、階上も階下も一杯掛け並べられるという盛況でした。その頃松年塾は斎藤松洲という人が塾頭でしたが、大会の翌日塾で皆が寄合って出品画の噂に花が咲いてるのを聞いていますと、塾頭が「若い者のうちではやっぱり棲鳳氏が一番うまいなア」ということでした。将来恐るべき大天才とその頃松洲氏が喝破したのはえらいと思います。
 その時の先生の御出品は「枯木にjapancupid猿」か何かで私にも記憶がありますが、その頃から先生は若い人達の間に嘱望されていられました。

 楳嶺先生の塾に私は二年ばかり御厄介になったのですが、その頃の楳嶺塾では芳文・棲鳳・香の三先生が年輩もそこそこですし気も合っていられて、競争のように勉強していられたようです。そのお三人のお姿がちっとも塾に見えないことがありまして、どうしたことかしらと思って居りましたら、鳥渡
ちょっと
この頃破門でということでした。どうした事情かちっとも知りませんが、丁度私が東京の美術協会の
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