ヤッターマン 第1話「ヤッターマン誕生だコロン!」 / 2008年01月14日(月)
2009.10.04 [Sun] 19:06

つーことで始まりましたけど、

そんなに毎週毎週ガツガツと食い入るように見て録画して、というより、見れるときだけ見れりゃいいみたいな。
まあ、別段旧作視聴者の期待を裏切る物ではなかったんでないの? 目新しくなった部分があった訳でもないけど(アイちゃんのあからさまな萌え化ぐらい?)。

平成の子供さん方の人気を取れるとは決して思わない。でも、かつてのファンのおっさんや元女子高生の皆さんが毎週見るとも思えない。しかし、最大公約数的判断にて、平成の今に「ヤッターマン」を作るとしたらこう作るしかない。
なんだかなあ。思ってたとおりの実写映画版のタイアップ用アニメ。過去の遺産頼りのタツノコには悪いけれど、企画の中途半端さを感じて仕方ないですよ。

とりあえずOPの時点でローテンション過ぎ。旧作の、当時ガキだったわっしらがみんな声高らかに歌っていた、あのかっこよさは遥か昔…。
EDは別に期待してなかったけれど、やっぱりというかタイアップ。まあ、それでタツノコにきちんと金が入るんなら、ええんでないの(なげやり)。

嗚呼、永遠なるマンネリズムとはなんたる偉大。まあメカデザインがきちんと大河原先生だったからいいや。
 

ULTRASEVEN X Episode3「HOPELESS」 / 2007年12月19日(水)
2009.10.04 [Sun] 19:03

相手の主権・意思・未来を奪うことを“侵略”と呼び、それは遥かな昔から人が自分自身の主張と権利を賭けて抗ってきたこと。
そして、主権・意思・未来を失った者に対して行われるそれは、果たして“侵略”なのか?

希望を失った人の心、その暗部そのものが敵となってヒーローの前に立ち塞がる。シチュエーションとして使い古されたテーマながらも、“侵略”を受ける側が、ただ今日の生活の糧のために地球を売る。そして彼等は目の前の安易な楽を選びたいがために…努力も、主権も、意思をもいと簡単に捨て去ってしまう。

こと、巡礼とも呼べる試練が似合うのが「ウルトラセブン」というヒーロー。純粋な暴力に訴えてくるような侵略宇宙人以上に、本来守るべき対象のはずの――“希望を失った人間”を敵として描くその徹底さはある意味圧巻。
真面目にヒーロー番組らしい感想として、今回は宇宙人との等身大バトルながら、セブンXがその格闘的な外観のとおりのアクションの苛烈さと、かなりアクロバットな機動で飛ぶアイスラッガーがかなり見事。しかし、マックスのマクシウムソードもそうだったけど、アイスラッガーって今現在の放送コードでは「投げつける打撃武器」として使われる物なのか。

宇宙人を倒し、開放される…自ら些細な小金のために宇宙人に協力していた人々。そして今日も、ただ気楽に今を過ごせる方法だけを探すかのように散らばっていく。
希望とは、その気なれば…自分の足で立ち上がる意思さえあれば、幾らでもつかめるはずの物なのに。
見果てぬ1分1秒先の未来よりも、ただ、今だけにしか興味も生きる目的も失った人々。自らが守るべき世界、その一片の現実を目に、救世主・ウルトラセブンX――ジンの試練は続く。
 

ULTRASEVEN X Episode2「CODE NAME "R"」 / 2007年11月07日(水)
2009.10.04 [Sun] 19:01

過度な情報化社会が焙り出す、人々の孤独感という病理。こんな孤独な自分じゃない、「本当の自分」に出会うという甘美な声に誘われ“船”に乗って夜空の彼方へと旅立つ人々。そして、主人公・ジンに「船に乗らないか?」と囁く、かつて“R”と呼ばれたエージェント。
現代的でもあるテーマがドラマ面に厚みを加えているのは、ある意味「昭和42年の現代性」を反映していたとも言える旧セブンに重なる構造であります。あるいは、ウルトラシリーズにおいて度々「孤独を抱えた人間」というテーマを描いてきた太田愛脚本ゆえの視点とも取れますが。

エージェントとして現実に折り合いをつけ、日々を懸命に生きるエージェント・ケイには旅立っていく人間たちの気持ちが判らない。同じくエージェントとして充実した日々を送っていたはずのRが、愛する者を失うという非情な形で目の当たりにする、そんな充実感など虚構に過ぎなかったこと…。
船が人々を連れて行くのではなく、人々の願いに応えて船は来る。その願いを“船”が裏切る瞬間の衝撃と切なさ。夜空に轟く赤い巨人・セブンXの叫び。ウルトラヒーローの「叫び声」というのが、ここまでストーリー上効果的に響くとは。

旅立っていった者を、祝福するか逃走したと罵るかは誰にも答えの出せないこと。ただ、もし彼等が自身を取り巻く過酷から脱出できたというなら、それは幸福なことかも知れない。誰とも判り合えない、孤独という過酷――。
 

ULTRASEVEN X Episode1「DREAM」 / 2007年10月29日(月)
2009.10.04 [Sun] 18:59

SFビジュアルを描きたければまずは「ブレードランナー」。てか、あまりにそれすぎるビジュアル面がどうしたもんだか。
自らの記憶を失いつつ、状況に流されるままに自らの使命の中に投げ出されるエージェント。侵略者は既に人類の隣にいる。「ウルトラセブン」でありつつ、世界観は実は初期「ミラーマン」。ある意味、円谷ハードSF路線のやりたいこと炸裂という番組でもありますな(円谷ハードSFで、最後まで成功したのって…)。
第1話らしく、巨大宇宙人対セブンXというやる気の良さは買いだけど、残念ながら、巨大戦までのSFドラマとの繋がりがどうしても弱いというか唐突というか。巨大戦になった途端、そこまで緊迫感をもって築き上げたはずの世界が崩れた印象になっちゃうのが否めないですな。
まがりなりにも、円谷によるウルトラシリーズ新作ということで今後への期待は大。ところでバンダイからセブンXのソフビは出んの?
 

鉄のラインバレル #06「明るい夜」 / 2008年11月19日(水)
2009.09.19 [Sat] 10:40

自分にとってやや肌に合わないというアニメに対し、ここがこうあってほしい、こうあるべきではのような意見を述べるでなく、ただ不満点だけを並べ挙げた、いかにも作品を貶めるような感想の書き方は最低なアニメ感想の書き方とも愚考します。そして自分の文章がそうなる前に、アニメ版「ラインバレル」の感想からは撤退させていただきます。

誤解しないでほしいのは、作品の捉えかたなど見る人それぞれですし、このアニメ版が自分の波長に合ってて面白いという方もたくさんいらっしゃるはず。このアニメ版についてはたまたま、アニメの製作スタッフと原作好きであるイチ視聴者である当方とで、残念ながら原作に対する捉えかたに大きく齟齬があったというか…。

自分の中で明確なイメージを持たされた原作が、アニメ版の視聴にあたってどうしても、原作の解釈の仕方に対する違和感を拭えない以上、このアニメ版については冷静に意見を書くことができない。そんな駄文以下のものを書くための労力は割けないと判断しました。

もちろん、今後も発売されるプラモシリーズを追いかける形で作品自体は応援し続けます。惜しむらくは、期待して見始めたアニメに対して撤退宣言を出さざる得ないことですが…。

最後にひとつだけグチ。アニメ化にあたって原作改変するにしても、今回は…違うだろういくらなんでも…。
 

鉄のラインバレル #05「明日への道標」 / 2008年11月11日(火)
2009.09.19 [Sat] 10:39

原作で石神社長が告げた、親友の死の原因が浩一自身にあるという残酷な現実を城崎に語らせたのは、原作でもやや淡白気味なヒロインとの関係性をクローズアップさせるため? これまた原作と違い、矢島の葬式に顔を出し、矢島がもういないという現実をクラスメイトの慟哭と共に思い知る浩一。主人公を本物の“正義の味方”にステップアップさせるための試練を、アニメ化するに当たって視覚で判りやすくという思惑は察するところだけれど、なんだかなあ…もはやネタキャラ声優化してしまった中田譲治さん演じる社長のキャラが相当安っぽくなってるあたり、いわゆるところの「原作劣化」というのをまざまざと感じてしまうところ…(中田譲治さんに失礼ながら、原作で社長が有しているカリスマ性は…うん残念)。

GONZO製作ということでロボ戦シーンはさすがの安定感というか安心できる格好よさというか。今のところ、「鉄のラインバレル」という原作漫画のアピール以上の存在価値がアニメ化に感じられない…。おかげでプラモ化されたのが嬉しいぐらいですなあ。
脚本、演出の段階で苦言というか原作ファンとしてのグチが尽きないですよ。原作が完結していない以上、アニメがどこを持ってラストに至るのかという興味もあるから見続けますけど。とりあえずアニメしか見てない人には、是非原作のほうをお勧めします。
 

鉄のラインバレル #04「正義の代償」 / 2008年11月03日(月)
2009.09.19 [Sat] 10:36

「もしも君が、ある日突然巨大な力を手に入れたとき、その力をどう使う?」

「マジンガーZ」冒頭での兜甲児の問いかけは、そのまま後に続くすべてのロボット漫画・ロボットアニメの主人公たちへの問いかけ。その力の本質に気付かず、実はその巨大な力に翻弄され自らの私欲のままに揮い続けていた浩一が目の当たりにする、“正義”を自称した行為の悲劇的な末路。
巨大な力を手にしようと、瀕死の重傷を負った目前の親友を救うことはできない。どうすればいいとの絶叫に対し語られる――浩一の、これからの指針を指す言葉。

大事なのは、その手にした力を「どうすればいい」でなく、浩一自身がが「どうしたいか」ということ。

「マジンガー」冒頭での問いへの、回答のひとつを示したここが、こここそが、「鉄のラインバレル」という「マジンガー」の後継者のひとつの物語の、真のスタートライン。

前回の感想でも述べたとおり、原作でも重要なくだりとして、ここに下手なアレンジを加えなかったのは本当に正解。親友が死を賭して残してくれた指針を胸に、ラインバレルの戦いはここから始まる。
てか…3話までの微妙な出来が、なにげに自分の中でアニメ版の評価を貶めてるゆえに、本当に次回以降盛り上がってほしいもんなんですけど。今回を見ると、あのハイテンポに過ぎる主題歌がやっとかっこよく聞こえるようになりましたです。
 

鉄のラインバレル #03「蒼の戦慄」 / 2008年10月28日(火)
2009.09.19 [Sat] 10:35

回を重ねるごとに刺々しさを増してくる能登麻美子の「あなた、最低です」。馬脚を現す“正義の味方ごっこ”と失われる信頼。
ヒロイン・城崎が浩一に力を貸すのが、ブチギレると何をしでかすか判らないDV亭主に怯えているからみたいにも映るなあ。心配してくれる親友の言葉にも耳を貸さずに有頂天の浩一の胸に渦巻くのは、力がないばかりに何も出来ず、好きな女の子を他の誰かが守っているのを見つめるしかなかった苦いトラウマ。
最強の力を手に入れようが、自分よりさらに強い力の前にはなすすべもないという現実。そんな鬱憤の発散を、圧倒的な力を得ての暴力に転化する様に、ついに主人公を見限るヒロイン。

嗚呼、原作以上に痛々しい展開が続くのは…もし次回を原作準拠でやるとするなら、そこで描かれるであろう重要なクライマックスにすべてを繋げるためなんだろうなあ。原作においても、真の意味で物語のスタートラインとなるエピソードだけに、余計な改変など加えることなく描ききってほしいもんですが。
 

鉄のラインバレル #02「疾走する正義」 / 2008年10月20日(月)
2009.09.19 [Sat] 10:33

安易に手に入れた力に酔いしれ、火の付いた欲望に「正義」と名付けて暴走する。主人公が暴力性を剥き出しに一変していく様をある意味原作以上にジワジワと描こうとしているあたり、アニメ版は「デビルマン」をやりたいのかなあとか愚考してみたり(あれもある意味、主人公の“死"によって“誕生"した力と言えなくもない?)。

原作単行本2巻でも印象的だった、「昨日まで素人だったガキが努力もしないで力を手に入れ、それを行使できるたァ、つくづくムカつく存在だぜ、ファクターって奴はよォ」という沢渡の台詞が見事に今回を象徴してますですよ。
なんか聞いてて本当にムカつく浩一役柿原徹也(シモン)による調子ぶっこいた次回予告と、それに対する能登麻美子による「あなた、最低です」のツっ込みは毎回のパターンになるのか?

え? 視聴は継続しますよ。原作ファンとして。(そろそろコトブキヤのプラモも発売かあ…)
 

鉄のラインバレル #01「クロガネと少年」 / 2008年10月12日(日)
2009.09.19 [Sat] 10:31

BIGLOBEで無料配信始まったのでこれ幸いと視聴。
この痛々しさは、並みのアニメじゃ狙ったって出せないな(大汗)。あー…なんつーかねー…自分がHPでやってる厨な出来のロボ物創作いちいち思い出してこっぱずかしくなってきたというか…。「チャンピォン」に先行掲載されたアニメ第1話書き下ろし漫画からして不安だったけど不安的中過ぎ。

原作漫画は大好きなのでアニメ化および地方でも視聴できる動画サイト配信は非常にありがたかったんだけれど、つかみの第1話をあえてコッパな厨アニメとして作った意図は、第1話から主人公とヒロイン及び主役ロボの出会い、悪の組織登場、主役ロボファーストバトルと、物語の必要要素を一度に見せてしまおうってことですかね? 一応原作漫画1巻の重要テーマである「安易に手に入れた力に溺れた者の懺悔」ってのは語られそうだけれど、次回、みなぎりまくってる主人公の様子からしてまた痛々しい話が展開するんだろうなあ。
厨二病のいじめられっ子という主人公の声が、シモン役柿原徹也ってのがハマりすぎ。