あしたも

June 12 [Tue], 2012, 5:12
かなり長い間の心労に安心が出て母はぐったりした様にして居ます。
 彼女はその様子に一層気のたるんだのを感じながら、ストーブの石炭からポッカリ、ポッカリ暖い焔の立つ広い部屋の裸の卓子に向い合ってまじまじと座って居ました。
 外の雪の音は厚い硝子に距てられて少しも聞えません。
 非常に静かな部屋の中に二つの心は、安心し、疲れ、嬉しがりながらがっかりして口も利かずに見合って居るのでした。
 午後になっても夕方になっても熱は出ません。
 彼女は益々安心して益々過敏になりました。
 斯う云う時の癖で暗い所に非常な不安を感じ食堂の大窓に掛けられてある薄樺の地に海老茶、藍、緑で細かく沢山な花模様に成って居るカーテンに目の廻る様な気持になりました。
 彼女は呆やりストーブの傍の椅子に寄りかかって小さい鉢植えのヒヤシンスのクルクルした花をながめて、彼の日――その花を三丁目の辻村に買いに行った日大層天気がよくて私はどんなに喜んであの通りを歩いて居ただろうとその様な事やほんとにこの一週間は日記以外に一字も殆ど書かなかったっけ等と云う事を、それはそれは隙だらけの気持で思い出したりしました。
 けれ共十一時頃になると又気が引きたって来て看護婦を起すまでの時間を珍らしく用いならした茶色につややかな太短いペンを握って何かしら思った勝手な事を書きつけて居るのでした。
 実際彼女は疲れ切って居たのです。
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