grglrg

September 13 [Thu], 2012, 1:29
から基礎經驗を區別した。丁度そのやうに、右に敍述したが如くにして存在のモデルが形成される過程から、このものが形成されるところのひとつの他の過程が區別されねばならぬ。即ち存在のモデルがロゴスの見地から形作られる場合がそれである。ロゴスのうち最も優越なるものは言ふまでもなく學門的[#「學門的」は底本では「學間的」]認識であらう。しかるに學門的[#「學門的」は底本では「學間的」]認識の中に於ても、或る時代にあつては或る特定の種類の認識が、他の時代にあつては他の特定の種類の認識が、一切の認識に對するモデルとして現はれる。それのみでない、この認識のモデルの構造が存在のモデルにまで高められ、かくしてあらゆる存在がこのモデルの構造を通じてのみ理論的構成の中へ取り容れられることがある。例へば、形式論理學または數學が認識のモデルとされて、一切の認識はこの認識の形式に填る限りに於て「學問性」を與へられるばかりでなく、この認識の構造が存在一般の構造の原型と見做され、存在はそれに於て解明され得る限りに於てのみ存在として、――現今普通に「認識の對象」といふ高貴なる名をもつて呼ばれてゐるところの存在はまさに斯くの如きものではないであらうか、――理論的考察に値すると考へられる。このとき存在は存在の側から、或ひは、存在はその存在に於て問題とされない。寧ろこのとき存在そのものの無視が實に學問性の名に於て公然と行はれるのである*。存在のモデルの抽象
プロフィール
  • プロフィール画像
  • アイコン画像 ニックネーム:grgrg
読者になる
2012年09月
« 前の月  |  次の月 »
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30
最新記事
最新コメント
ヤプミー!一覧
読者になる
P R
カテゴリアーカイブ
月別アーカイブ
http://yaplog.jp/gglrlrlt565/index1_0.rdf