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March 24 [Mon], 2014, 17:45
「最初、タモリさんの司会で新番組をやると聞いたときは『ハァ!?』とビックリしました。レディース バッグ当時のタモリさんは、イグアナのマネや4カ国語麻雀など、特異な芸人さんでしたからね。昼の帯番組の司会とはとても意外なことでした」

そう語るのは、『笑っていいとも!』で番組ディレクターを務めると同時に、「テレフォンショッキング」のアシスタントとして“ブッチャー小林”の愛称で親しまれた小林豊さん(63)。スタート時から5年間にわたり毎回登場していた彼は現在、テレビ静岡の代表取締役社長。全員が“手探り状態”だったという初期のころを、こう振り返る。

「タモリさんと僕らは、合言葉のように『どうせ、半年で終わるから』という話をしていたんですよ。だから、作り手が好きなことをして楽しんじゃえ、と。『テレフォン〜』で友達を紹介するというのは、『この人とあの人が友達なの?』という、芸能人のプライベートの意外性をみせるのが狙いでした」
 だが、有名人を友達の輪でつなぐのは至難の業だった。

「ゲストの方に20〜30人友達のお名前を出してもらって、先方に打診してスケジュールを調整していました。これはかなりの手間でしたね。そして、タモリさんがいちばん会いたがった人は誰かといえば、それは吉永小百合さん。ですから、『テレフォン〜』は『いつか吉永さんにつながればいいよね』と始めたコーナーだったわけです(笑)」

長寿番組を完投したタモリに、テレビマンとして脱帽だと小林さんは語る。
「制作担当者でも、バラエティ番組は月1回、5年間もやれば飽きるものなのに、タモリさんは毎日、それも32年間ですよ!
タモリさんのまわりから、新鮮さがなくならないようにするのが僕らの仕事でした。失礼な言い方をすれば、タモリさんのまわりにいる芸人さんたちは、タモリさんの“オモチャ”。レイバン 激安そのオモチャを楽しんでもらいたいと、タモリさんには言っていましたね。
番組終了にはやはり寂しい気持ちもあります。今度タモリさんに会ったら、『おつかれさま』と言いたいし、『何が32年間も続けさせたんですか?』と聞いてみたいです」
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