ユニヴェル・ゼロ来日公演に行ってきた。ユニヴェル・ゼロ。
それは私にとってはるかな名前だ。
おそらくプログレ系の音楽に接しはじめたごく初期に現役のバンドとして遭遇し、以来ずっと現役で活動し続けてきたグループ。
最初期に買ったフールズメイト誌にも特筆すべきバンドとして掲載され、その特殊な音楽性とともに反対派ロック(Rock In Opposition)の中核的存在としてながらく活動を続けてきた。
その特徴は
・ヴァイオリン、バスーン、オーボエ等を使ったバルトーク的な強迫的な近代室内楽アンサンブル
・ヘンリー・カウらに代表されるアヴァンギャルド変拍子ジャズロック
・強烈な暗黒志向を持つ音楽傾向
・黒を基調としたホラー趣味的アートワークの徹底
といった要素をミックスしたもので、一歩間違うとブラック・サバス的な感じだが、かれらの描いた暗黒地獄絵図にインスパイアされた多くのフォロワーと共に「チェンバー・ロック(室内楽ロック?)」なる造語を産んだ。
特に初期作品としてはバルトーク的要素の強いファースト
http://yaplog.jp/geppamen/archive/96
アンサンブル志向となる以前の強烈表現主義的コラージュ作品(とはいっても立派なアンサンブル作品でもあるが)セカンド「Heresie」は若かった私を完全にノックアウトした。
それからかれこれもう30年以上継続しているのだから、見事と言うほかはない。
思えば長い歳月が過ぎた。
そして当時から考えると「夢のまた夢」とも言うべきライブが実現したわけだ。
ここからはもう、完全に個人的な思い出話をさせていただく。
私にとってユニヴェル・ゼロはそれもう思い出深いバンドだ。
10代の時から好きになったバンドである。
私が大学進学と共に上京した時リアルタイムで当時新作「Ceux Du Dehors」をリリース。
お上りさんの私は明大前のキッドアイラックホールで行われたフールズメイト主催のレコード試聴会に足を運び、「Ceux Du Dehors」を初めて聴いた。当時洋楽のメインストリームだった英米のロックとは異なるヨーロッパの知的で美的なアンダーグラウンド・ロックに大変惹かれたものだ。
その後、学生時代に少し働かせて頂いたフールズメイト誌のアンテナレコードショップ、代々木「イースタン・ワークス」がリリースした4枚のレコードのうちの一枚がユニヴェル・ゼロの「Crawling Wind」である。
(下記はこのたび本人から直筆サインをもらったもの)

特にA面のアンサンブル「15 Toujours plus à l'Est」は名曲だ。
このレコードを見ていると当時イースタン・ワークス内のカートンにつまった「Crawling Wind」が積み上げられている風景を今も鮮明に思い出す。
そして今回のライブをさらに忘れられないものしてくれたエピソードをひとつ紹介させていただく。
1982年当時、好きで読んでいた週刊少年チャンピオンに連載されていた「鏡四郎! 鏡四郎!」というギャグマンガがあるのだが、その最終回を見たとき驚いたことがある。
扉ページいっぱいに作者外園昌也先生(現・外薗昌也)がお好きだったユーロ・プログレ系のバンドの名前がギッシリを書き込まれていたのだ。
「こんな人がいるのか?全国メジャーマンガ誌こんなことして許されるのか?」
と思いながらすっかり気になってしまい、その後購入したファンタジー作品「ラグナ通信」では満月の下の音楽祭のシーンで幻想的なバンドたちが誌面に現れ、同じ誌面上幾多のユーロ・プログレ系バンド名が暗号のように細かく書き込まれているなか、見開き一面で「前回優勝のユニヴェル・ゼロ」を名乗るバンドが登場する。


当時「そうか、外薗先生にとってもユニヴェル・ゼロは特別なバンドなんだな」と思ったものだ。。。
ユニヴェル・ゼロ来日の報を聞いてから30年ぶりにこのマンガを思い出し、外薗先生の公式Twitterアカウントを見つけ出し、不躾にも一面識もない外薗先生に向けてユニヴェル・ゼロのライブに現れないものかとツイートを送ってみた。
するとなんと先生からもレスをいただき、幸運にもご一緒させていただくこととなったのだ。
なんとういうことだろう。学生時代のいくつかの記憶の断片が30年の時を経て繋がったのだ。
週はじめから風邪と発熱で体調を崩しながらもなんとか当日に帳尻を合わせた私は会場で友人で主催の方のご協力も得て外薗先生と対面し、ライブが始まった。
まずオープニング・アクトとして登場したのが、是巨人with壷井彰久だ。
リーダー格の鬼怒無月氏はMCで「壷巨人」と名乗っていたが、是巨人自体は初見。
各メンバーは他のバンドのライブで、特に素晴らしいヴァイオリンプレイを聴かせた壷井彰久氏はZAO来日公演の名演が忘れがたい。
音楽はある程度想像していたような超絶複雑変拍子ポリリズムアンサンブルで、メンバーの技量のせいか全く一糸乱れない強烈な硬派アンサンブルだ。特にドラムの吉田達也氏はあんなにいろいろ掛け持ちしているのにあの南海複雑な曲を譜面なしで全く危なげなく一気に演奏しつくした。
確かにスゴイし、あれくらいできると楽しいだろうなあと思う。
でもなんだが言いしれぬ違和感も覚える。
「日本人バンドだから?」
そうかな?そうかもしれないし違うかも。。
「メンバー全員が一貫して演奏に集中していて視線が最後まで落ちたままだったから?」
うーん、それも大きいけど。それだけじゃないような。。。。
答えはユニヴェル・ゼロの演奏の終了後になんとなく見つかったように思う。
さてメインアクトのユニヴェル・ゼロの番だ。
木管楽器奏者2名、ヴァイオリン奏者1名を含む6人というバランスをとるのが非常に難しそうな大編成バンドは、とにかく複雑な楽曲を、ずっと現役であるバンドの実力をみせつけるように圧倒的な安定感と各楽器間の絶妙なハーモニーと不協和音で聴かせつづけた。
ヴォーカルがいないことと、ドラマーであるダニエル・ドゥニがリーダーで中央奥に位置している関係で、バンドのフォーメーションが中央にスペースををあけたちょっと見かけない並びだ。
木管奏者のミシェル・ベルクマンはダブルリードをバスーン、オーボエに器用に何度も付け替えながら演奏したり、もう一人のリード奏者クルト・ビュデはクラリネット、バスクラリネット、アルトサックスなどをなんども持ち替えて実に忙しい。ヴァイオリン奏者の技術も申し分ない。5弦ベースでチョッパーも多用するベース、アンサンブルの骨格をささえるキーボード奏者も素晴らしい。
そしてなによりダニエル・ドゥニのドラムだ。叩いている姿はシンバルのセッティングの関係で影になって表情が見えなかったが、どことなくマグマのクリスチャン・ヴァンデを思い出させる。
やはりドラマーがリーダーという点で共通するものがあるのだろうか?だがクリスチャン・ヴァンデにくらべてやや手数が少なくそれでいて独特のフィルインは非常に効果的だ。手数が少ないせいで特徴としている木管楽器や弦楽器の音が良く聞こえる結果にも繋がっているように思える。
本当に「こなれている」印象が強い。
音楽自体が強い緊張感や強迫性、暗黒志向をもちながらもアンサンブルとしての印象で先立つのは譬えようのない「うつくしさ」だ。
ずっと続いて欲しいとさえ思える演奏は2時間弱でラストの曲「Dence」を迎える。
思い出深い三作目「Ceux Du Dehors」のトップを飾る名曲だ。
美しい演奏とたくさんの記憶が猛スピードで頭の中を駆け抜けていき、あっという間に演奏は終わった。
そしてアンコール曲「Toujours plus à l'Est」が始まった時、まさに万感胸をこみ上げ、涙が溢れた。
ああ、なという夜だろう。
コンサート終了後、外薗先生に持参した「ラグナ通信」初版にサインをいただき、ダニエル・ドゥニからは「Crawling Wind」にサインをいただいた。

会場内では30年ぶりに尊敬する先輩に再会するものの、いろいろといっぱいいっぱいでろくなご挨拶ができなかったとこに気づいたのは、外薗先生と友人と共にファミレスで思い出話を咲かせている時だった。
最後にライブ会場で購入したちょっとしたオマケ「ユニヴェル・メモ」
メモ帳らしいです。一応公式ですね(笑)
追記;あれほど強烈な壺巨人に感銘を受けなかった 理由について。
是巨人の音楽に 対し大いに敬意を表するし、いささかも貶めるつもりはない。
あの超絶アンサンブルは唯一無二だと思うし意味は認めるのだが、思うに私はそうした結局「わかりやすい凄さ」には最終的に惹かれないのだと思う。
アンサンブル的にはユニヴェル・ゼロの方が複雑さでは下回るが、私は感じ大いに心を動かされたユニヴェル・ゼロの醸す「美しさ」はそうした超絶技巧の追求だけでは生まれないのではないかと思う。
その「美しさ」の源こそが私の求めている「なにか」であり、たまたま是巨人に感じられなかっただけの話だと思う。
逆に同じ日本人のバンドでもP-MODELにはそれを感じることができたので、愛したのだと思うです。

と思いながらすっかり気になってしまい、その後購入したファンタジー作品「ラグナ通信」では満月の下の音楽祭のシーンで幻想的なバンドたちが誌面に現れ、同じ誌面上幾多のユーロ・プログレ系バンド名が暗号のように細かく書き込まれているなか、見開き一面で「前回優勝のユニヴェル・ゼロ」を名乗るバンドが登場する。


当時「そうか、外薗先生にとってもユニヴェル・ゼロは特別なバンドなんだな」と思ったものだ。。。
ユニヴェル・ゼロ来日の報を聞いてから30年ぶりにこのマンガを思い出し、外薗先生の公式Twitterアカウントを見つけ出し、不躾にも一面識もない外薗先生に向けてユニヴェル・ゼロのライブに現れないものかとツイートを送ってみた。
するとなんと先生からもレスをいただき、幸運にもご一緒させていただくこととなったのだ。
なんとういうことだろう。学生時代のいくつかの記憶の断片が30年の時を経て繋がったのだ。
週はじめから風邪と発熱で体調を崩しながらもなんとか当日に帳尻を合わせた私は会場で友人で主催の方のご協力も得て外薗先生と対面し、ライブが始まった。
まずオープニング・アクトとして登場したのが、是巨人with壷井彰久だ。
リーダー格の鬼怒無月氏はMCで「壷巨人」と名乗っていたが、是巨人自体は初見。
各メンバーは他のバンドのライブで、特に素晴らしいヴァイオリンプレイを聴かせた壷井彰久氏はZAO来日公演の名演が忘れがたい。
音楽はある程度想像していたような超絶複雑変拍子ポリリズムアンサンブルで、メンバーの技量のせいか全く一糸乱れない強烈な硬派アンサンブルだ。特にドラムの吉田達也氏はあんなにいろいろ掛け持ちしているのにあの南海複雑な曲を譜面なしで全く危なげなく一気に演奏しつくした。
確かにスゴイし、あれくらいできると楽しいだろうなあと思う。
でもなんだが言いしれぬ違和感も覚える。
「日本人バンドだから?」
そうかな?そうかもしれないし違うかも。。
「メンバー全員が一貫して演奏に集中していて視線が最後まで落ちたままだったから?」
うーん、それも大きいけど。それだけじゃないような。。。。
答えはユニヴェル・ゼロの演奏の終了後になんとなく見つかったように思う。
さてメインアクトのユニヴェル・ゼロの番だ。
木管楽器奏者2名、ヴァイオリン奏者1名を含む6人というバランスをとるのが非常に難しそうな大編成バンドは、とにかく複雑な楽曲を、ずっと現役であるバンドの実力をみせつけるように圧倒的な安定感と各楽器間の絶妙なハーモニーと不協和音で聴かせつづけた。
ヴォーカルがいないことと、ドラマーであるダニエル・ドゥニがリーダーで中央奥に位置している関係で、バンドのフォーメーションが中央にスペースををあけたちょっと見かけない並びだ。
木管奏者のミシェル・ベルクマンはダブルリードをバスーン、オーボエに器用に何度も付け替えながら演奏したり、もう一人のリード奏者クルト・ビュデはクラリネット、バスクラリネット、アルトサックスなどをなんども持ち替えて実に忙しい。ヴァイオリン奏者の技術も申し分ない。5弦ベースでチョッパーも多用するベース、アンサンブルの骨格をささえるキーボード奏者も素晴らしい。
そしてなによりダニエル・ドゥニのドラムだ。叩いている姿はシンバルのセッティングの関係で影になって表情が見えなかったが、どことなくマグマのクリスチャン・ヴァンデを思い出させる。
やはりドラマーがリーダーという点で共通するものがあるのだろうか?だがクリスチャン・ヴァンデにくらべてやや手数が少なくそれでいて独特のフィルインは非常に効果的だ。手数が少ないせいで特徴としている木管楽器や弦楽器の音が良く聞こえる結果にも繋がっているように思える。
本当に「こなれている」印象が強い。
音楽自体が強い緊張感や強迫性、暗黒志向をもちながらもアンサンブルとしての印象で先立つのは譬えようのない「うつくしさ」だ。
ずっと続いて欲しいとさえ思える演奏は2時間弱でラストの曲「Dence」を迎える。
思い出深い三作目「Ceux Du Dehors」のトップを飾る名曲だ。
美しい演奏とたくさんの記憶が猛スピードで頭の中を駆け抜けていき、あっという間に演奏は終わった。
そしてアンコール曲「Toujours plus à l'Est」が始まった時、まさに万感胸をこみ上げ、涙が溢れた。
ああ、なという夜だろう。
コンサート終了後、外薗先生に持参した「ラグナ通信」初版にサインをいただき、ダニエル・ドゥニからは「Crawling Wind」にサインをいただいた。

会場内では30年ぶりに尊敬する先輩に再会するものの、いろいろといっぱいいっぱいでろくなご挨拶ができなかったとこに気づいたのは、外薗先生と友人と共にファミレスで思い出話を咲かせている時だった。
最後にライブ会場で購入したちょっとしたオマケ「ユニヴェル・メモ」
メモ帳らしいです。一応公式ですね(笑)
追記;あれほど強烈な壺巨人に感銘を受けなかった 理由について。
是巨人の音楽に 対し大いに敬意を表するし、いささかも貶めるつもりはない。
あの超絶アンサンブルは唯一無二だと思うし意味は認めるのだが、思うに私はそうした結局「わかりやすい凄さ」には最終的に惹かれないのだと思う。
アンサンブル的にはユニヴェル・ゼロの方が複雑さでは下回るが、私は感じ大いに心を動かされたユニヴェル・ゼロの醸す「美しさ」はそうした超絶技巧の追求だけでは生まれないのではないかと思う。
その「美しさ」の源こそが私の求めている「なにか」であり、たまたま是巨人に感じられなかっただけの話だと思う。
逆に同じ日本人のバンドでもP-MODELにはそれを感じることができたので、愛したのだと思うです。

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