金属恵比須「ハリガネムシのごとく」余録

May 18 [Thu], 2017, 20:09
5月15日発売レコードコレクターズ2017年6月号に金属恵比須のアナログLP「ハリガネムシのごとく」のレビューを書きました。

金属恵比須は今や日本のアンダーグラウンド・プログレ・シーンを牽引している人気グループなので、ファンの方も多くいらっしゃってレビューを書くのにもプレッシャーがかかりましたが、なんとか仕上げたのでこのブログをご覧の方は是非ご一読いただけるとうれしく思います。




さて、レココレ誌の記事は金属恵比須について知識の無い方にも向けてのものなので、字数の制限もあったし、実は書きたくて、かつあまり「一般向けでない」ものをこちらに書いてたいと思う。

5月に入って縁あって宇都宮泰氏のAudacityとマスタリングについての講演をお手伝いさせていただく機会があった。
2016年8月に吉祥寺で行われたテニスコーツのイベントでも宇都宮氏のレクチャーは行われたが、今回はマスタリングとは?」「何のために?」といった概念論からフリーウェア「Audacity」の操作方法までより実践的内容まで広く網羅されたものとなった。

そのなかで紹介され、衝撃的だったのが某大ヒットアニメのテーマ曲のテレビ音源とCD音源の比較試聴とAudacityを使った「波形」表示である。

現象を述べると、同じ曲でもCDは殆ど全編がオーバーレベルで歪んだ聴くに堪えないものであるのに対し、テレビ音源やYOUTUBEの方が音質がレベル内に収まった普通に聴いて「良い音」であったということ。
規格的にも、流通上有償無償の問題から言っても逆であるべきなのに、なぜこのような逆転現象が起きるのか?かつ問題視されないのか?
昨今CDの販売が不振とアニメ業界は「初動」が全てであるという状況下で、いくつかの可能性について興味深い推論が述べられたが、ここでは本題から離れてしまうので別の機会に譲りたい。

ポイントはCDの音は規格に関係なく音圧を強調するために全体的にオーバーレベルで歪んだ音が入っているという点である。

上記を踏まえた上で、お題の金属恵比須アナログLP「ハリガネムシのごとく」の音質について考えてみたい。

試しに金属恵比須のCD「ハリガネムシ」収録の「光の雪」をAudacityで読み込んだ波形を見てみよう。

この気になる赤い部分はいわゆる「オーバーレベル」部分。
残念ながら金属恵比須もCDマスタリングの傾向から逃れることはできなかった。
おそらくはマスタリングの過程でかなりの情報が失われていることだろう。
(断っておくが冒頭の大ヒットアニソン曲の波形はこんなものではなかった。80%以上が赤表示)
宇都宮氏によるとこの赤い部分をオーバーサンプリングで疑似創出することでよりよい音質での再生が可能だそうだが、それも擬似技術。だが少なくともマスタリング前の2ミックスの状態ではオーバーレベルはしていないはず。

続いて今回発売されたアナログ盤「ハリガネムシのごとく」収録の「光の雪」をPCMでwavファイル化し、Audacityで読み込んだもの。

レコード特有の「チリポツ音」以外は意図的に押さえてあるのでオーバーレベル箇所は少ないのは当たり前だ。
比較のため全体を一律+3db上げてみたのがこれ。

左右チャンネル差があるが上(左)チャンネルの青色の薄い部分が「RMS(Root Mean Square)値」。
ここが世間で言う「音圧」を表していると考えてよいそうだ。

このRMSがCDだと-0.45〜0.5。レコードで-0.3。つまりCDの方が音圧が高い。
濃い青の波形はCDでは赤いオーバーレベル部分は勿論、そうでない部分も半分くらいはグラフの天井にへばりつき「頭打ち」になっている。
それに対し、アナログの波形はその殆どが「頭打ち」にならず「カーブ」が楽曲にそって形成されている。
つまりCDにくらべアナログはコンプレッサーがあまりかかっておらず、録音〜ミックス後のフラットマスターの空間性が保持されていることが推測できる。
逆にアナログはCDにくらべゲイン不足で聴くときにボリュームを上げなくてはならないとも言える。
ここが難しいところだ。
というのは昨今の180gアナログリリースの多くは聴き手にとってはかなりボリュームを上げなくては物足りず、またボリュームを上げただけでもどこか物足りない「ゲイン不足」の音が多くなってしまう部分。
昔は専門職のカッティングエンジニアがいて、ラジオのFM放送でかかった時に他の曲にくらべより「パッと聴き」で良く聞こえるよういわるゆ「ラウドカット」をしたものが現在もアナログマニアに珍重されていて、それら過去の作品に慣れた耳には、今のアナログの音は「ガッツのない」音になってしまいがち、と私は考えている。特に最近のヨーロッパのプログレの新作アナログにその傾向は顕著だ。

そこは、マスタリングの指示をした金属恵比須の宮嶋氏によれば、今回は一般的なアナログレコードと同じくらい…最大-6dBくらいのマスターを作り、内周部分の音質の問題(カッティング時点で音圧を稼ぐとどうしても溝幅が広くなり、内周の直径が小さくなるため音質が劣化する)から昔で言う「ラウドカット」を避け(カッティングの職人も残っていないことだろう)、アナログ向けマスタリングの時点で「音が太く聞こえる」ようイコライジングするに止めたとのこと。
結果的に現代アナログのゲイン不足の問題をある程度なんとかしている。
CDに比べボリュームダウンは少なめで止めているのだ。

これが「マスタリング」の意図〜用途に応じた音質調整ということだろう。

イヤホンで他の音楽とシャッフルして聴く場合、CDのこの波形の方が「良く聴こえる」のだ。
CDは今や中途半端なメディアだ。
CDプレーヤーさえ持っておらず、PCなどで一度読み込ませ、データを携帯電話やヘッドフォンステレオに移し、そのプレーヤーやイヤホンについている電子ボリュームで音量調整をし、普及型のイヤホンで聴くものなのだ。
配信が主流となった今日ではこと音楽のディストリビューションという意味では必然性に欠けるメディアなのだ。

ちなみにテレビはまだスピーカーで音を出すケースが大半だろう。
今や主流メディアのYOUTUBEは携帯+イヤホン再生だが、RMS値の上げすぎがYOUTUBE内の「ラウドネス規定」に抵触し規制の対象となるため、音圧は一定以上は上げられないのだそうだ。

その点、レコードはゆっくりと音響装置の前で、ボリュームないしDJのミキサーのゲインを好みで調節し、主にスピーカー、ないし高級ヘッドフォンで聴くものだ。
オーディオ機器のボリュームはそのほんどは入力時の直列抵抗とアースと信号との間を結ぶ抵抗を分割する構造なので、ボリュームを下げると入力インピーダンスがさがり周波数特性が悪化する(従ってラウドネススイッチを入れて補正せざるを得ない。だが電子ボリュームより高音質)。
つまり、ある程度ボリュームを上げて聴くのは全体の音質にも寄与する行為なのだ。

まとめると、金属恵比須「ハリガネムシのごとく」はフラットマスターからアナログ向けとしてスピーカーで聴くことを前提に、その空間性をできるだけ保持しつつ若干の補正を加えた結果、CDでは音圧を上げたため失われた情報が戻り、特にベースとドラムのアンサンブルがクリアとなり分離を向上させることになった、ということなのだと思う。
また、マスターでの空間性の保持に加え、レコード再生で出力インピーダンスが下がり、入力インピーダンスが上がることでオーディオ的に音像に奥行きが出てきたことも見逃せない特徴と言える。

もちろん、レコードなので「大きなジャケット」「質量」もCDとは全く異なる。
表ジャケット

裏ジャケット

横溝正史風の歌詞カード(ディスクユニオンのみの特典)

A面レーベル

B面レーベル

スターレス高嶋氏の帯文句もあるし、日本盤特有のジャケットの質感も良い。

また手頃な値段のカートリッジなら付け替えてお手軽にテイストを変えて聴く愉しみもある。
アナログの再生環境は、ちょっとした智恵(例えばターンテーブルを水平にするとか、スピーカーから遠ざけるとか)でどんどん音質が向上するという携帯で聴く音楽とは違う発見もある。

素晴らしいプロダクトなので、このレコードが少しでも金属恵比須とアナログに興味がある方のお手元に届くことを願っている。
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