調停4回目 

February 04 [Sun], 2007, 0:27
4回目の調停が終了した。何度経験しても行きの電車では緊張する。今回で決まるかな??いろいろな葛藤に駆られてしまうのだが・・・
毎回弁護士さんとは日弁連で待ち合わせをする。今日は急に決まったので相手側と時間が一緒だったらしく相手が入ったら弁護士さんあてに連絡が来ることになっていた。エレベーターホールでばったりなんてことになることが恐ろしいので。しかしまだ来ていないということで調査官が迎えに来てくれ一般の人には乗ることができないエレベーターで調停室に行くことになった。
結果は相手方欠席。またか・・実は1回目も欠席。このときは寝坊か何かで終了してから1時間遅れくらいできたらしく謝りのFAXが実家に届いた。2回目は出席だったが「離婚はしない」と調停員に怒りまくったらしい。3回目は留置場にいたため延期。そして今回。こないのなら電話くらいしろ。調停員が電話をしたらしいが出ないといっていた。全くモラルのない人間。全然前に進まない。
2日くらい前に裁判所から呼び出しの通知が来たと夫からメールがきていた。もちろんそれだけではなく子供は北朝鮮に拉致されたとでもおもう、人として親として恥ずかしくないのかなどなど攻撃メールだったが。親として恥ずかしいのはどっちだ???
次は出向勧告?をするそうだ。

今頃、クリスマスプレゼント 

January 30 [Tue], 2007, 23:22
今になってクリスマスプレゼントとお年玉が送られてきた。ないよりましか・・・とも思うがよく考えてみたらプレゼントで気を引こうとしているんじゃないだろうか。私たちが脱出してきてから5ヶ月が過ぎたが「お金は心が生み出すもの」とか何とか言っちゃって送られてきた生活費全部で1万5千円。それでいて子供は何よりも大切だ訴えてくる。彼には責任というものが全くないのだ。扶養、養育の義務があるとは思っていない。責任感がないから自分の気分で薬物に手を出したりするのだから仕方ないか。
この前きたメールにはまだ「子供を連れ去られた」と書いてあった。連れ去ったんじゃない。連れて逃なげるしかほかに方法はないくらい限界を超えていたのに分かってはもらえないだろうか。養育費も払わない父親に子供を会わせなければいけないのだろうか。父親にできることってほかにないと思うけど。プレゼントを送るなんて彼の自己満足でしかない。
それから4月から子供と3人で新居で生活を始めようと行政関係もあったので早めに住民票をそちらに移しておいた。ところが拘留中についた弁護士がその住所を調べて夫に教えてしまったらしく夫から来たメールに新住所が記載されていたばれてる。モラ夫、恐るべし住居を知られてしまっては住むことなんてできないじゃん!!どうしよう。また探さないといけないのか・・・どこまで振り回されていくのだろう。

メール攻撃 

January 27 [Sat], 2007, 0:18
夫から脱出後、メールでもモラハラがはじまった。
ある日のメール
今後の事をどのように考えているかは知りませんが、今まで同様、架空の人間(
俺の事らしいけど)を作り、周りを巻き込んで迷惑掛けるのはやめた方が良いの
ではないかと思います。何を言ってもいいですが言う言葉にはきちんと責任を持
って下さい。息子達はあなたと一緒に居るのですから勿論、私の事は怖いでしょ
う、あなたは「子供は覚えていない」、「まだ分かるはずがない」とよく言って
いましたが片親になればいつの日か必ず「なにかおかしい?」と心に思い、自分
の足で真実を見つけに動くと思います。聞くところによるとあなたは小さい頃か
らトラブルやアクシデントが起きる前に、時にはそれを気付く前に、ご両親が先
回りをしてそれを回避しながら育ったと聞きましたが、片親では無理です、逆に
自分の気付かない所で息子達が自分で解決するでしょう。
私は何度も言ってきたように人の事を言うなら本人に面と向かって言える、人と
すれ違って通り過ぎてから背後を見るような人間にはなって欲しくない、不器用
でいいから正直で素直な人間になって欲しい、今あなたがご両親を巻き込んでし
ていることはまさに前述に上げたふたつの事です。
時間が経てば少しづつ事実が明らかになり、あなたの言っている事はまた、少し
づつ証明出来なくなっていく。今はわたしが怖い思いをさせたと言えば通ると思
いますが、いきなり家事を放棄した事は事実として残るし、こういう後味の悪い
やり方は本当に嫌いですし、計画的だったこと(日にちは間違えたみたいですが
)家庭の中が修羅場に変わっていったこと、やはりあなたの生活ぶりにおののき
ながらいました。せめてもの反発が給料を手渡しした事。六ッ川の頃から息子は
人質なんだと感じていた、あの時に別れていればと悔やんでいます。いつか大変
なことしでかすだろうと。だから離婚しようと言ったし、生まれた後は君に対し
尋常じゃない我慢も切り抜けた、よい家庭に見せる努力もした、子供は親を選べ
ない、心に置いて下さい。人間は心の配慮を人にしながら生きるものです、金を
生み出すのも心。
「まず金」というならナゼ働かなかったのですか?私は戸塚にいた頃、埼玉のス
クールを閉めた傷心の気持ちからいたし、私を散々罵倒したのも電子を辞めてか
らの生活で忘れきれなかった事です。金に困ったとき、まず心はどうか考えて下
さい。
金の事ばかりの卑しい心を持って出しゃばらす人を背後から見て、こそこそと考
え方の同じ人間だけで徒党を組む、息子達が心配です。

着替え、おもちゃ、靴などいつでも取りに来て下さい、顔を合わせてから渡しま
す、後の物は引っ越しの時には全て処分します、取り置きするものは言っておい
て下さい。幼稚園に行くために西日暮里に勝手に来るのもやめて下さい、修には
本当に悪いと思いますが、すぐそばに自分の家があり父親がいるのに素通りする
なんてそれこそ心無い行為です。

私はあくまでも“卑怯”な真似はしません、コソコソあなたを陥れるようなこと
もありませんので親としての権利は貴方だけではなく私に半分はあり、貴方の父
上にはありませんので間違えのないように。

自分の考え方に合わないなら合わないと口に出して言いましょう。

私は息子達と暮らす準備はあります、金銭的な部分もメドが付きましたし、今ま
でのようにあなたの手に働いたお金が乗ってしまう惜しさもありませんので。

自分だけの判断で周りをここまで掻き回して、その場を逃げ出した。この事は八
年の生活を否定した事になります。人間怖いだけで逃げ出したんでは、何も乗り
越えられないし成長しませんよ。
よく考えて。


メールが4件 

January 27 [Sat], 2007, 0:09
予想通りがたびたび届く。毎日4通くらい。毎回恐る恐る開くが内容は結局自分のことばかり。私を攻め自分を擁護してる。しかも「男はある年齢になれば真実を求め父親を探し出す」って。真実も何も最終的には薬物を乱用して家庭を崩壊したことは確かだし、長男は現実を体で覚えているし、私がしっかりしていれば子供たちは分かってくれるだろうし。何を言っているのだろうか?結局のところ自分が一人で寂しいのだと思うが、未だに俺は悪くないといってる。子供を連れ去ったとか・・・違うじゃん。連れ去ったんじゃなくてもうそれしか方法がなかったんじゃん。何を言っても分からないのがモラ夫なのだがほんとに馬鹿じゃないのか?
しかしこの2日間でかなり自分が弱っているのが分かる。不思議と子供たちにもそれが分かるのか特に長男はあまり機嫌がよくない。

IKEAにて 

January 24 [Wed], 2007, 22:11
今日は子供たち引き連れIKEAというスウェーデン調の家具屋さんに行ってきた。ここは子供を無料で預かってくれるスペースや食事をするところにもキッズコーナーがあったりするのでたびたび行っている。しかも駐車場も無料なのでかなりおいしい場所。前から目を付けていたキッズテントを購入。値段は990円。帰宅してすぐに組み立てると長男はなぜかお寿司屋さんごっこをはじめた。子供って何を考えているのかわからないのがかわいすぎる次男も一緒になってはしゃいでいたから購入は大正解。ここでいろいろな遊びが広がったらいいな

うわぁぁぁぁぁ 

January 24 [Wed], 2007, 21:58
うっそーーーえーえーえー
さっき1ヶ月ぶりくらいになんと夫からメールがきてしまっきたのだ。私の予定より1ヶ月も早い。やはり釈放されたということだ。心臓がドックンドックンいって止まらない。全く連絡がなかった1ヶ月は本当に幸せで携帯電話に怯えることはなかったのにまた今日からバイブの音に恐怖を感じていかなくてはならない本当に恐ろしい。早速メールには嫌味の一言が書いてあった。それとこれからクリスマスプレゼント、お年玉を送ってくるそうだ。夫は忘れている。呆れた一番大事な次男の誕生日のことが一言も書いてない。最低だ。
今日からまた夫の存在に悩まされるのかと思うと不安になる。

通過 

January 23 [Tue], 2007, 22:44
昨日面接した会社から二次面接通過の連絡が来た。ラッキー
来週は三次面接に行くことになった。何がよかったんだろう。条件も悪いしテストは全くできなかったし。そんなに人手不足なのかな。まあでもよかったよかった。
今日から両親が2泊3日で石垣島まで旅行に行ってしまった。なので我が家は久しぶりに子供と私の3人。食費として1万円くれたがどうやって使うかが問題だ。私たちは夫から1円も生活費をもらっていない。1万円ってかなり貴重なのである。外食も考えたが私一人で2人の子供を見るのはかなり危険ということもあったので子供たちの大好きなビーフシチューをつくった。長男に「ママの作ったご飯はおいしいねえ」と言われ舞い上がってしまい思わず食後にデザートを付けてしまった。

仕事の面接 

January 23 [Tue], 2007, 0:54
先週ある会社に履歴書を送り一次が通過できたため今日面接に行ってきた。
子供たちは保育所の一時保育というものに預け久しぶりに身軽になったことに小さな幸せを感じた。
かなり本格的な面接で少し緊張したが私が働かないことには子供たちを育てていけないので自分を繕いちょっと必死だったかもしれないテストもありこれがまた全然ダメ20年ぶりくらいに脳みそをフル回転させてあげた。分数の割り算なんて・・・αなんて・・・ムリムリムリ
気持ちは今すぐにでも働きたいのだが子供が2人いるとなるとまず預け先を確保しなくてはならない。これがまた難しい。保育所の申し込みをして数ヶ月たつが空きがなくずっと待機状態。だから私は即戦力にはなれないということで多分、無理ではないのだろうか。それでも私を必要としてくれるところがあればいいのだが・・・おそらくダメだろうけど通過すれば今度は三次面接だという。えーーーこんなに大変なの???ということで明日からは電話待ちがはじまる。
子供たちは保育所で発散でき今夜はあっという間に眠ってしまった。

退院後・・・ 

January 22 [Mon], 2007, 10:10
夫が退院してからも私の頭の中は入院中の夫の発言「無理矢理作らされた」「すべてお前の責任だ」がグルグル巡っていた。だから今まで以上に気を使う日々。ホントに疲れる。唯一、長男の笑顔とお腹の子の胎動に癒されていた。夫は1ヶ月は安静にしていなくてはいけないので仕事は休んでいた。家にいるときは病人面をし身の回りのことすべて私に押し付けた。食事を運べば「こんなの食べたいものじゃない」「俺が働いた金で生活しているのだから俺の満足するようにしろ」などなど・・・そのくせ深夜になるとどこかへ出かけて行っている様子だった。いったいどこへいっているのだろう。
このころ夫の部屋のゴミ箱に血のついたティッシュが多く捨ててあることに気付いた。うーん、あの注射器とティッシュ。何
夫の外へ向いている気持ちはどんどんエスカレートしほぼ毎日どこかへ出かけていき帰宅は朝方だった。
仕事に復帰してからも「飲みに行く」「車で寝るから」などなど色々理由をつけ日付が変わる前に帰ってくることはなかった。
ある日、早く帰ってほしいとお願いすると「家に帰ろうとすると胃が痛くなる」「お前の顔を少しでもみないようにしている」「唯一ホッとできるのはネットカフェにいるときだ」といわれた。

平成18年9月  夫入院 

January 21 [Sun], 2007, 0:11
少しづつ思い出してみよう。
昨年、9月に夫は突然40度の高熱を出しガタガタと震えた。それが普通の震え方ではない。体全体が釣られた魚のようにバタバタと浮き上がって震えていたのだ。夫に何が起こっているのだ???慌てて救急車を呼ぼうとしたが大声で拒否をする。早く楽にさせてあげたいのに・・・仕方なく受け入れてくれる病院を探し車でつれていった。私は妊娠5ヶ月。尿検査の結果腎盂腎炎の疑いがあるということなので点滴をして少し落ち着きを取り戻した。しかし翌日あまり状態がよくないので嫌々だが都立病院に連れて行った。そしたら即入院。そういえば先月からトイレの回数がやけに多かったな。
レントゲン室に車椅子で向かう途中、夫が一言「こうなったのはお前のせいだ」。何が私のせいなんだろう。いつものことかと思い気にしないようにし自宅へ帰った。
夫の入院荷物をまとめようとしたら仕事のかばんに見たことのないアルミのケースを見つけた。空けてみると中にはアルミホイルが丁寧にたたまれているものと注射器が入っていた。「何これ。まさか・・・」背中に冷たいものがはしった。でももうすぐ2児の父親になる人がそんなことするはずがないと信じていた。夫はアマチュアだが週4日以上も練習をするあるスポーツをしていた。だから「筋肉を強くする薬を海外から取り寄せて投薬しているのかもしれない」といいほうに考えようとしていた。でも・・・夫には絶対に怖くて聞けない。義母に相談しようとしたが信じるわけがない。どうしよう・・・
翌日、夫のところへいくと私をものすごい目つきで睨んでいる。それとは反面、長男はベットの上に乗せかわいがっている。食べたいものや飲みたいものはないかものすごい気を使って対応する私。しかし何をしても彼にとっては空回り。早くこの場から逃げ出したい。そんな空気だった。タバコを吸うというので一緒に外に出る持っていたジュースの缶を投げた。なんだかものすごい勢いで怒っているみたい。と私は運悪くガムを踏んでしまった。誰だよこんなところに捨てたやつ。「あーあー」。それを見て夫は「神様って見ているんだよな。ガム踏むやつって悪いやつしかいないよな」だと。なにそれ。私、悪いやつなの?」と心で思うが何も反発できない。そこから彼の攻撃が一気に始まった。言いたいことは「お前が俺の人生をめちゃめちゃにした」「お前みたいに最悪な女はいない」そこまでは何度か聞いたことがあるから我慢ができた。病室の戻ってからカーテンを閉めまたもや攻撃。3歳の長男が見ているのに。今度は「お腹の子は無理矢理作らされた」?????耳を疑った。何言ってるの?
そんなことあるわけないじゃん。それから「今までのことをすべて頭を床にこすり付けて謝れ」という。私、妊娠しているのに・・・でもほかに方法がない。この場から早く脱出するにはそれしかない。私はベットの横で土下座をしひたすら謝った。それでも夫からいい返事は帰ってこない。私にどうしてほしいのだろう。こんなに嫌いなら早く離婚してくれたらいいのに。その場からどうにか脱出し帰宅したが涙が止まらない。長男にも「OOが守ってあげるから・・・」余計涙が出ちゃうよ。
義母が間に入ってくれたおかげでどうにか1週間後には無事に退院してきた。今まで以上に気まずい空気が流れていることはたしかだが、子供たちのために頑張るしかない。
夫の存在とアルミケースの中身が頭の中をめぐっていた。
プロフィール
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  • アイコン画像 ニックネーム:チョコ
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私の人生、いつから変わってしまったのだろう・・・
子供2人を連れて再出発人生なんて色々ある。子供たちと手を取り合ってゆっくりでいいから前進していこう。シングルだって必ず幸せになるんだ。
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