賢愚
2004年10月31日(日) 17時37分
香田証生氏の死亡が確認された。そして、数多くのBlogで率直な意見が述べられていた。そのほとんどは、この青年の軽卒な行動にただ「呆れた」という、至極当然の感想だった。身勝手さに怒りを覚える人も少なくなかったし、誹謗中傷もあった。
死んだ事実については、「いったいあなたの人生はなんだったのか?」といった感想が多かった。遺族を気遣うものもあった。事実、肉体的精神的疲労はピークなのだという。
テレビでは政治家などが「激しい怒りを覚える」と答えていたが、そういう人はBlog上では皆無だった。
あたしはこの事件で、Blogの存在意義がとても大きいことを感じた。基軸が違うのである。
【マスメディア=善vs悪】テロリストは悪人であり、悪意のない香田証生氏は善人である。悪人が善人を殺すのは許せない。
【Blog=賢vs愚】イラクの危険性を十分認識し、したがってイラクへ赴かない我々は賢人である。報道関係者でもないのに危険なイラクへ赴き、なんの防御策も講じなかった香田証生氏は愚人である。賢人が愚人に振り回されるのは許せない。
Bloggerを責めているわけではない。これは至極当然な反応であり、あたしもそう感じている。
我々小市民は、そのほとんどの時間を善悪ではなく賢愚(あるいは損得)にしたがって生きている。そして、マスメディアはこの日常生活の指針である賢愚について語り得ない。愚人をとやかく言うのは悪になるからだ。
2chのように、賢人ぶってる本人がどうしようもない愚人であるケースもネット上では間々あるが、ともかくも、賢愚の視点で多数の率直な意見が見られるBlogという存在は、心の平衡感覚を保つ上で、なかなかどうして、無視できない存在となりつつあるように思った。
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