ペルソナ 

2009年08月06日(木) 5時15分
残念ながらゲームの話ではない。心理学のお話。
ユングの言ってたことそのままになるんだけど。

ほとんどの人が、自分のペルソナやシャドウを自分の個性や性格だと思ったまま死んでいく。

ペルソナとは社会に対応する為に作り出した仮の人格に過ぎない。
これは外的価値観に対応する為の変化であり、自己から溢れる個性とは、必ずしも一致しないのである。

シャドウはペルソナによって抑圧された自分の本質と、ペルソナの負の要素として切り捨てられた、いわば「自分で負と思っているもの」の集合体である。
シャドウの一部は本質から来るものであるが、押さえつけられているために、反動で極端化して表に出てしまう。
本質から出たものではあるが、本質とは違うことをするのがシャドウだ。
シャドウが表層意識に出てくるとかなり危険なことになる。
他人や自分を攻撃したり、無気力になったり、自暴自棄になったりする。

これらは、どちらも個性や性格ではないのだ。
個性や性格というのは、実はもっと奥にある。
だが多くの人が、ペルソナやシャドウを自分の個性だと信じ込んでしまっている。

僕の知り合いや友人もほとんどがそうだ。
ペルソナとシャドウだけで生きている人もいる。(その多くは病んでいる)
それは、とても勿体無いことだと僕は思う。

ユングの定義する個性化の段階というものがある。
これらを経て、個性化が完了する、というものである。

個性化というのは、
@ペルソナ、シャドウ
Aアニマ、アニムス
Bマナ人格
を経て、個性化完了となるそうだ。

マナ人格で、老賢者や英雄の思考レベルだが、まだ個性化は完了しないのだ。
それを超えた時に人は自分を正しく知る事になる。
同時に真理や世界を正しく知る事になる。(これは必ずそうなる。自分とある程度の真理を知るのはセットだ)
一通り読んでみて、僕は個性化を一度終えた後、また退行して、アニマの段階に落ちている様だ。

ほとんどの人の悩みはペルソナとシャドウの悩みだ。
アニマ、アニムスは中年以降に多い。
マナ人格は今までの人生で数人しか知らない。
それを超えた人は1〜2人だろう。
それくらい個性化というのものは難しい。
特に今の時代は知るほどに個性化できない方向で、これからももっと個性化しにくくなる。
社会では、平均化、均一化が良しとされているからだ。(特に日本)
近年の均一化の速度は物凄いものがある。

難しいが、自分を苦しめているものが何であるか、知っておけば少しは楽になる。

自分のペルソナがどんなものなのか。
なぜ生みだしたのか。
シャドウがどんなものなのか。
なぜ生まれたのか。
それらが今まで何をもたらして、これから何をもたらすのか、自分はどうなっていくのか、考えてみると良い。

もちろん理解してペルソナやシャドウを意識化しても、新しい苦しみが生まれるが、確実に前よりはマシになっているハズだ。
ステージは確実に上がっているのだから。

愛を感じて 

2009年05月30日(土) 23時10分
人は愛無しには生きられない。

当たり前の事だが、ほとんどの人がまだまだ大切さがわかっていない。

愛は与えられた分だけ人を強くする。
十分に愛を与えられた人だけが、他人に愛を与えることができる。

逆に愛を与えられなかった者は、いつまでも愛を求め続けることになり、歪んだ感情を抱えて生きる事になる。

与えられる者を妬み、奪うことが当たり前、そんな人を作ってしまう。

愛は精神と魂を満たすエネルギーだ。

愛が無くなると人は感覚を閉ざし、生きながらに死ぬことになる。

愛を十分に受けて育つのは、今の世の中難しい。

間違った価値観で愛を愛と感じないように育ち、貧しさや忙しさで愛情不足で育つ子供達。
寂しいという感情はここで生まれる。

寂しい。
この感情の恐ろしさをもっと知らなければならない。

過剰に愛を求める時点ですでに危ないのだ。

みんなそうだって?

誰も疑問に思わない事が、一番恐ろしい事だと気付くべきだ。

人を人たらしめるのは、愛なんだ。

愛を求める人は、自分が何をきっかけにそうなったのか、何を求めているのか知っておくといい。

言葉とは不自由だ 

2009年03月03日(火) 19時09分
言葉の力と書くと、言葉って凄い、言葉には力がある、という話だと思われるだろうが、そうではない。

僕は言葉を重要視しない。

言葉とは不完全なもので、あまり信用できるものではないからだ。

言葉で言い表せないものは沢山あり、言葉で言い表せない所に、多くの意味や真実が隠れている。

身近な所で言えば、恋だ。
なぜ好きなのか上手く説明できないのはよくある話だが、好きなのは紛れも無い事実である。

感覚でできてしまう事もそうだ。
例えば自転車も、なぜ乗ることができるのか、どういうメカニズムで運転できているのか、言葉では説明できないし、できても膨大な量になってしまう。
だが私達は自転車をいとも簡単に運転する事ができてしまう。

それは、言葉では表せない「知」が存在するからだ。

自分では説明できないのに出来てしまう。
知っているのに説明できない。

言葉はこんなにも不便で表現力に乏しい。
まるでプログラムに似て、限定的で融通が効かない。

ここに言葉や現状の科学を絶対視することの限界がある。

科学や言葉では証明できない物や事象は、存在しないとしてしまいがちなプログラム的思考の自称理系の論理はここで崩れ去る。

相手の気持ちを汲み取らずに、言葉だけに反応し、1〜10まで説明しなければ仕事ができない人、しない人がいるが、それは「馬鹿になる」という。

1の言葉には状況や個人の意志等別の意味があり、それらを認識しなければ正しく意志を受け取ることはできない。

言葉だけでは認識できないことを認識できる「知」を私達は持っている。
言葉では説明できない「知」を使って現実に役立てることができる。

人は何事も自分の中にある物しか見ることができない。
内包したものしか認識できないのだ。

何かを理解した時、感じた時、それは自分の中に対象を取り込んだということになる。
つまり、「知る」という事は、自分の意識を外へと拡大して、世界を取り込んでいくことである。

ここで疑問が浮上する。
自分にある物しか認識できないのなら、最初から人は全てを内包している事になる。

なら、なぜわざわざ外から影響を受けて内包している物を再確認する必要があるのか?
最初から内包しているのならわざわざ学ぶ必要は無いのではないか?
という疑問である。

これには私なりの答えがある。
内包されているものは、初めは、ほとんど隠されている。
真実を知ることで、隠れていた自分がひとつひとつ現れていく。

世界を知るこということは、隠された自分を知ることなのだ。

全ての知は、自分が何者なのかを知る事に繋がっている。
だから勉強し、考えて求め続ける事が必要なのだ。

嘘のファンタジーを信じてはいけない。
自分の都合のいい解釈は知ではない。
それは偏見という。

現実に則してこそ、知となり真実となるのだ。
真実は貴方の献身を求める。

言葉はただのトリガーに過ぎない。
その中の精神こそが重要で、その先の意味にこそ、真実があるのだ。

人は愚かな生き物です。 

2008年11月25日(火) 15時40分
人は愚かな生き物で、易きに流れる物だという事を理解していなければ、どんどん堕落することになる。
 
戦前の日本人は、それをよくわかっていて、人や自分に厳しくあった。
どうすればどう人が育つのかを、今の時代よりハッキリと理解していたフシがある。
 
今の日本人はどうだろう?
人は良い者で、愚かでは無いという所から始まってはいないだろうか?
 
ハッキリとそう教えているワケではないが、それ前提の暗黙知を世の中が作っている様に思う。
 
だから守ってさえいれば子は育つと思っているバカ親が増える。
 
人は愚かなのだ。
正しく、厳しく、愛を持って律さねば一人前には育たない。
 
だから厳しく自分を律して、子を手塩にかけて育てなければいけないのだ。
そうしなければ、人は誇りすら持てない。
 
覚えておくべきだ。
人は愚かなのだ。

バラモスを倒すにはどうすればよいのでしょうか? 

2008年11月12日(水) 11時55分
【とあるゲーム開発者になりたい人達の集まりでの質問コーナーにて】

「どうすればゲーム業界に就職できますか?」
 
「ゲーム業界に就職するには、何をすればいいんですか?」
 
「どの学校が就職に有利ですか?」
 
「大学と専門、どちらが就職に有利ですか?」
 
「ゲームクリエイターになりたいんですが何をすれば良いのでしょうか?」
 
「デザインとプログラムと企画、どれを勉強すれば良いのでしょうか?」
 
よく聞かれる質問です。
 
ハッキリ言います。
個人的にはこの時点でもうダメです。
誰かの歯車でこき使われて終りですよ。
 
これらの質問がなぜダメなのか、共通する事があります。
それは、『自分が無い』ということです。
 
作りたい物が無い。
自分がやりたい事がわかっていない。
努力をせずに小手先を考えている。
だから他人や親の物差しで就職を考える。
 
大事なのは自分の心です。
自分が何をやりたいのか、何が向いているのか、自分でわかっていないのに、過酷な世界で生きて行けるワケがありません。
潰れて親不孝になるのがオチです。
 
まず、自分が何をしたいのか、何になりたいのか明確にしなさい。
明確になったら、そこに向かって勉強してレベルを上げればいいのです。
 
給料なんて実力次第です。
専門、大学で差はありますが、そんなのは微々たる差で、ほとんどは能力重視です。
 
就職して終りではありません。
そこからが本番です。
様々な思惑が蠢く世界であなた方は生き残るだけではなく、勝たねばなりません。
 
実力をつけなさい。
 
分かりやすくドラクエに例えます。
就職がバラモスを倒す事だとします。
あなた方がやろうとしているのは、
 
「バラモスを倒したいのですが、どんな職業が有利でしょうか?」
 
「どんな呪文を覚えれば良いですか?」
 
「レベルいくつあれば倒せますか?」
 
「装備は何が有利でしょうか?」
 
と聞いているのと変わりません。
 
職種はなんでも倒せます。
貴方の好きなのを選んで下さい。
大卒だとちょと貰えるお金が増えます。
 
呪文は職業専用スキルです。レベルを上げて、順番にまんべんなく覚えましょう。
バラモス以外にも敵は沢山います。
全部役に立ちます。
逆に言えばレベルを上げていけば、自然と呪文は覚えます。
 
レベルは期限までにできるだけ上げましょう。
低レベルクリアもできますが、それはやりこんだ人だけに可能な神業です。
一手失敗すると挽回不可能になります。
戦法もひとつしか無いので、それが通じない相手には絶対勝てなくなります。
あなた方は初心者です。
絶対に負けます。
なのでレベルはできるだけ上げて下さい。
レベルが高いとどんな奴でも、失敗しても戦えます。
 
装備はどの職業でも、究極は紙とペンがあれば戦えます。
今はパソコンがあるので昔より楽です。
 
会社にとって大事なのは貴方のレベルです。
そして、貴方の人生にとって大事なのは職種だと思うのです。
 
大体レベルが低い頃に小手先を覚えると、それに頼って成長しなくなります。
スポーツの世界では当たり前の概念ですが、社会ではまだまだ浸透してません。
小手先は良くないのです。
 
あなた方がすべきは、まず自分が何をしたいのか、何になりたいのかを知り、そのための勉強をする事です。
 
そのための質問が、全然足りないなぁ、とくたびれた開発者は思ったのでした。

がききちスペシャル 第二部 『内感覚』 

2007年09月24日(月) 12時49分
前回の外感覚に続き、今回は内感覚の話をしよう。
(前回 http://yaplog.jp/gakikichi/archive/124

内感覚とは、自分の体内へと伸びる感覚で、殆どの人はこの感覚を低レベルでしか認識できない。
(せいぜい異常を感じた時くらい。)
しかし、外感覚を伸ばすことによって、内感覚は新たなステージへと進化する。

【内感覚の伸ばし方】
内感覚は、外感覚を伸ばすことで同時に伸びていく。
内に伸ばす感覚は、外感覚と同じく、イメージ力と洞察力なのだ。

しかし、内感覚は、より感じる事に重点がおかれる。
実際に感じることのできる自分の体だから当然だ。

リラックスし、自分の体内にある神経が伸びていくイメージで体内を探るのだ。
例えば内臓をイメージして、その動きを助けるイメージをしてみよう。
コツとしては感覚よりもイメージを少し先行させてやる。
感じたら先へ、また感じたら先へ…、そうやって感覚を伸ばしていくとやりやすい。
すると、その臓器の動きが活発になるのが分るはずだ。

そうやって慣れていくことで、実際の感覚もどんどん伸びて、コントロールができるようになっていく。
それが内感覚の鍛え方だ。

【内感覚が伸びる効果】
内感覚が伸びていくと、色々な効果、恩恵がある。

『体調がよくわかるようになる』
自分の体調が手にとるように分かるようになる。
体のどこが疲労している、内臓のどこが悪い、自分の精神状態が、まるでRPGのパラメーターのようにハッキリと自覚、実感できるようになる。

『病気になりにくくなる』
体調が手にとるようにわかるので、病気になりそうな時もすぐに分かる。
事前に予防できるので、結果的に病気になりにくい。
実際に免疫力も上がっていると思う。

『体調をコントロールできるようになる』
普段、コントロールできないと言われている内臓や、筋肉をある程度コントロールできるようになる。
これにより、若干ではあるが、筋トレ効果を高めたり、治癒力を高めたり、顔つきや体型を自分の理想に近づけることが可能になる。
睡眠時間もコントロールでき、短い時間での熟睡や、起きたい時間にスッキリと起きることもできる。

これだけでも、健全に生活することが出来るようになり、生きる活力が生まれてくるようになるが、内感覚の効果とはこれだけではない。


発達した内感覚は、脳、精神のコントロールをも可能にする。

がききちスペシャル 第一部 『外感覚』 

2007年09月08日(土) 14時17分
今からワケのわからん話をします。
自分の体験から感じた事のまとめです。

長いので2部構成。

NHKスペシャルでも見るつもりで見て下さい。
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がききちスペシャル 第一部 『外感覚』

【人の感覚とは】
神経というのは人間の体中に木の根の様に張り巡らされていて、それらが感覚を感じる受信機の役割をしている。

だから人は自分の体の感覚しか感じられないと思っているが、それは大きな間違いだ。

脳は体の外の感覚も感じることが出来る。

正確にはイメージする事ができれば、ということだが、脳にとって超リアルなイメージは、実際の感覚や体験と同じ事なのである。

ここから、体の中の感覚を『内感覚』、
体の外の感覚を『外感覚』と呼ぶことにする。

【外感覚とは?】
外感覚を得ることによって、人は新たなる力を得ることができる。
ガンダムで言う、ニュータイプとかそういう力だ。

先のことが分かったり、誰がどこにいるのか、相手が何を考えているのか、危険を感知したり、理解したりする能力。
それらは超能力とかではなく、究極に伸びた外感覚によってもたらされる人間本来の能力だ。

いきなりうさんくさい内容だが、ファンタジーではない。
これは、きっと貴方の役に立つ。

【外感覚を得るには】
外感覚を得るには、超正確な現実のシミュレートが必要になる。
人、自然、物理、社会、事象、知りたい世界の全てを正確に見る必要がある。
正確に見れなければイメージはできない。
外感覚は身につかないのである。

え?そんなことは難しい?
実はそうでもない方法がある。

物事の見方を丸ごと変えてやればいい。

それは、『偏見を無くす』ことだ。

人は、あらゆるものを『自分』というフィルターを通して理解しようとする。
何でも『自分用』に変換して受け取っているのだ。

例えば、バイクは僕にとっては楽しくて刺激的な乗り物だけど、誰かにとっては、怖くて危ない乗り物としか見えないだろう。

会ったことも無いの外国人を国籍で嫌悪したり、好意的に見たりするのもそうだ。

それらは、全て自分用に変換されたイメージで、それ単体の正確なイメージではない。

バイクは誰がどんな思いを載せようが、ただのエンジンで走るメカニズムを持った二輪の乗り物だし、イメージの悪い国籍だからといってその人が悪い人とは限らない。

それは個を正確に見ていない故に、正しい情報ではないのだ。
情報を正しく受け取らないとイメージも正確にならない。

だから偏見を無くして、あるがままを受け取って見る必要がある。

そうすることで色んな世界が見えてくるようになる。

【偏見を無くす効果】
偏見を無くすことによって、人は様々な恩恵を受けることができる。

まず、『洞察力が格段に上がる』
偏見が無くなり、あるがままを見ることで、物の本質を見れるようになる。

『情報処理能力が格段に上がる』
本質で物事を捉えるので、よけいな情報をもたなくて済むようになり、多くの処理をすることができる。
つまり、同じ事をする分には、余裕ができる。

『迷いが無くなる』
本質を見れるので、よけいな情報にあれこれ迷うことはなくなる。
決断も早くなる。

『自信が持てる』
これはバカらしいと思うかもしれないが、かなり大きな効果だ。
逆に、多くの人が自分に自信を持てなくて、何も決められないでいるのは、偏見が多いせいだと言える。

根拠の無い自身ではなく、「偏見無く物事を見れる自分は正しい」と心から思えるのは、とても大きな事だ。
心の充実を元に、行動力が生まれるのだから。

迷惑かけちゃいけないと思っている人へ 

2007年05月15日(火) 0時13分
何か悩みがあったり、辛い時に、周りに心配をかけまいとして、平気なフリをし、一人で抱え込んでしまう人。
自分が相談したり、弱音を吐くことで、相手に迷惑をかけると思ってる人。
相談したら嫌われちゃうと思ってる人。

貴方は大きな勘違いをしています。

相談して下さい。
誰かに頼って下さい。

誰かに頼るのはプライドが許さないという人も勘違いです。
貴方はすでに、とんでもなく多くの人に頼って生きてきたハズです。
今更頼らないなんて無理です。そんなプライドは捨てましょう。

人は一人では生きていけません。
どんな偉い大人でもそうです。
一人で生きていけるという人は、周りが見えていない子供だけです。


実際、偉い人程相談をします。
相談しなければ周りが見えず、周りが見えなければ他人に迷惑をかけるからです。

仕事で会議が頻繁に行われるのは、相談して周りと意見を合わせ、修正していかないと、上手く行かないからです。

一人ではほとんど失敗します。
一人の世界、知識なんて、たかが知れているのです。
一人で解決できるなんて思っているのは、驕りです。
すぐに止めましょう。

相談して下さい。
潰れる前に。
SOSがなければ、助けることもできません。

助けれなかった者は、「なんで気付いてやれなかった」、「なんで言ってくれなかったんだろう」と心に十字架を背負うことになります。

なぜそう思うか?

人は実は自分の事しか感じられません。
他人の気持ちを伝える器官はないんです。

しかし、人は感情移入する事によって、相手を自分の一部と理解して捉えることができます。
他人を自分の一部とすることで、痛みや歓び、気持ちを知ることができるのです。
それは、人の素晴らしい能力です。

感情移入が得意な人は、人に優しくできます。
逆に、感情移入が苦手な人は、人を傷つけてしまいがちです。
それは、痛みを感じ取れないからです。

親しい相手が痛むと自分の事のように痛む。
だから助けたい。
幸せでいて欲しい。
そう思えるのです。

相談して下さい。
親に、先生に、友達に、先輩に…、誰かがダメなら他の誰かに。
問題が解決するまで助けを呼び続けましょう。

仕事でもプライベートでも、助けを求める事はとても大事です。
でなければ問題は解決できません。

問題があるのに黙っていたらどうなるでしょうか…?
追い詰められてパンクして、結局もっと迷惑をかけることになるのが常ですよね。

一人で無理なら助けてもらう。
これは組織ではとても大事な事なんです。

家族も、友達も組織です。
どれかが欠けたら痛いのです。

そりゃあ助けてもらってばかりではいけませんよ?
怠けて頼るのと、信頼して頼るのは違います。

要は程度と姿勢の問題です。

相談することで、信頼関係が生まれることの方が多いです。
問題も解決して、お互いがより分り合える。
何より一人じゃないと思える事は大きい。
相談された方も、信頼してくれた、助けられた、とプラスに思う面は多いのです。

怖れずに、自分を知り、無理なら助けてもらって下さい。
それが、一番、貴方や周りの人のためなのです。

自分のせいにできる人。 

2006年05月21日(日) 15時41分
最近何でも人のせいにする人をよくみかけるので書いてみようと思う。

一時的に人のせいにして後で自責の念にかられるのは、良くないが、まだいい。
救いがある。

救いがないのは、明らかに自分が悪い(もしくは自分も悪い)のに人のせいにして、他人にまで同意を求め、他人と共に相手を責める人だ。
これは非常にタチが悪い。

問題定義 

2006年04月19日(水) 13時13分
会社で、よく問題点を隠そうとする人がいるけど、逆ですよね。
問題点はバンバン出すべきです。

問題がある事が分れば、周囲は解決へと動く事が出来ます。
一番問題なのは、問題がある事を隠して認識させない事です。

怖いとか、嫌われるとか、そんなのは主観であって会社やユーザーには関係ない事です。
良い物を作る為ならそんな主観は捨てるべきだ。

ですが、問題定義を嫌がる上司がいます。
中には親切に解決策まで出してあげているのに怒り出す人までいますが、
問題定義は上司は喜ぶべきであって怒ることではありません。
そういう人は、まず保身でしか動けないバカです。

言う事は決まって「立場をわきまえろ」「それは俺がやるから(絶対やらない)」「なぜ問題を起こす?」であり、問題については一切触れません。
その後、解決された試しがありません。

上司にビビッて隠す人はダメだが、問題定義を怒るバカはもっとダメだ。
そういうバカ上司が部下の口を塞いでいく。
問題定義→解決、の繰り返しでしか、良くなる道は無いというのに…。

そして、会社は潰れた…。

愚かな話だが同情はしない。
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最近会社が変わりました。 モンハン2G三昧の日々です。
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