選択 

January 08 [Tue], 2008, 0:21
もうダメだ。
自分の選択を後悔している。
なぜ自分がここにいるのかわからない。
ただ、選んだからには自分の責任。やりきらなければいけないことはわかっている。

どんな時でも何とかなるさって、笑って生きていきたかった。
大好きな人と笑いあって抱き合ってシンプルな幸せをかみ締めていたかった。
人生、どうにもならないときはある。
でも、生きている限り何とでもなるし、必ず明日は来る。
だから何が起こっても大丈夫。
どんな逆境だって、笑い飛ばしてしまいたかった。

人の視線なんて気にしたくなかった。
私は私で、他の誰も関係ない。
自分が幸せであるために周りの幸せも大切にした。

だけど今はどうだ。
常に周りの視線を気にして、何かを言葉にすることを恐れ、毎日毎日何かにおびえながら、小さい枠の中で必死に固くなっている。
もっと伸び伸びと生きていきたかったのに。
もっと自由に生きていきたかったのに。

強くなれるって思ってた。
ここに立つことは自由になるための力を手に入れることだと思ってた。
もっともっと大きくなれると思ってた。

成長なんてしたかったわけじゃない。
私は自分を成長させることを目的に生きているわけじゃない。
ただ楽しむために生きてる。
楽しければ成長なんてしなくていいし、楽しむためなら成長したい。

こうやってまた文章を書き始めた。
これが一つの判断基準であることを私は知っている。
自分が文章を書こうと思うとき、それは心が病んでいるときだと知っている。

ずっと文章なんて書いていなかった。
もう、2年くらい。
それは毎日が笑えるくらい幸せで、健康だったから。

でも、もう無理だよ。
寄りかかりたい。誰かに支えて貰いたい。
わたし、そんなに強くない。


何でこんな風に失敗してしまったんだろう。
夏にも同じ失敗をしたのに、もっと大きな失敗をしてしまった。

自分を誤解していた。
しんどいこと好きだって思ってた。
根拠も無く。
それは自分で課したしんどいことであって、他人から強要されたしんどさじゃなかった。
自分を過信してた。
そうして1年をぼうにふった。


ただ、しんどい。
20年、自分なりに考えて生きてきたつもり。
何のために生きてるのか、とか、自分にとって一番大切なものは何なのか、とか。
でも、その全ての答えに反する生き方をしなければならない。

仮面をかぶるのはもううんざり。
強いフリなんてしたくない。

中学生のとき、少しばかり頭がいいからって優等生でいなければならない気がして優等生してた。
高校生になって、馬鹿になることを覚えた。
馬鹿でいたら、楽だった。
何をしても、みんな笑って許してくれた。
でも学年が上がるにつれて逆戻り。
また“いい子”の私に戻った。

勉強が出来ることが憎かった。
勉強が出来るせいで馬鹿でいられなかった。
頭が賢くてよかった。
自分が明確でいられた。

相反する気持ちがどうにもならなかった。
馬鹿でいたい。だけど賢くなりたい。
私は優等生であることを選んだ。

大学に入って。
また、優等生であることを選んだ。
で、やっぱり失敗。
どうすれば馬鹿になれるのかな。
どうしたらもっと自由にやりたいことやれる??

私には何が出来るのか? 

February 28 [Tue], 2006, 10:30
私には何が出来るのか?
それを最近考えている。

困っている人を助けたいとか、社会の役に立ちたいとか、
世界を良くしたいとか、そんな大げさなことではなくて、
これから生きていく中で、
私は、どれだけ何かを変えられるのか、ということだ。


自分が幸せになることは大切だ。
そうではないすごい人も勿論いるのだろうが、
私に限っては、自分が幸せでないときには人のことを考える余裕はない。
自分がある程度幸せと感じられる状態は必要だと思う。

けれど、自分だけが幸せになったところで何が満たされるのだろう。
人が幸せになると言うのは、どんな形であれ、
他人に認められること無しには有り得ないように思う。
そうであるならば、どうあっても人との繋がりを逃れることが出来ないのならば、
やはり、周りのために自分は何が出来るのか、を考えるべきだと思う。


世界には問題が山積みだ。
環境破壊、戦争、貧困、差別・・・数え上げればキリが無いくらいだ。
それぞれに複雑な背景が有り、多くの人の意思が絡んでいて、
考えれば考えるほど、・・・情けない話だが、
今、私はそれを前に立ち竦んでしまっている。

どうすればいいのか?
自分には何が出来るのか?
考えれば考えるほど、自分の無力さの前に打ちひしがれる。

身の丈に合わない、大きなことを考えるのがいけないのだろうかと辺りを見渡しても、
私には人一人幸せにする為の力もない。


ここまで考えて、私はまた冒頭の疑問にぶち当たる。
答えは未だ出ていない。

ただ、一つだけ思うのは、たくさん勉強しようということだ。
学校教育の言う勉強ではなくて、教養としての勉強を。
いろんな問題を自分の力で考え、議論に参加できるだけの教養が必要だと強く思う。


これ程までに前が見えないのは、
今だスタート地点にさえ立てていないからなのかもしれない。

私にとっての、文章を書くこと。 

August 09 [Tue], 2005, 15:27
私にとって文章を書くことは“自分が自分でいる為の確認作業”だと思う。
書いている現在においてはもちろん、
少し時間が経ってから読み返すときにも言えることだと思う。

書くことは頭の中でもやもやしている想いをしっかり形にすること。
その過程で、言葉の選択や言い回し、文章の流れから、
書こうとしている自分自身が気付いていなかったことに気付いたりする。
文章はたくさんの文が連なってやっと意味を成すものだから、
頭の中でもやもやしているときには先が見えなかったものでも、
文章にしていくうちに答えが出てくる。

そうして出来上がった文章は、読み返してみると、また新たな発見がある。
ある意味、私が文章を書く上でしていることは、テーマの選択だけなのかもしれない。
書き始めてしまえば、あとは自然な流れで終わりまで辿り着ける。


私の頭の中はいつでもくだらない想いに溢れていて、
たくさんの疑問やたくさんの怒りやたくさんの悲しみやたくさんの喜びや、
あまりにくだらなすぎて人に聞かせるのも申し訳ないけれど、
それでもどこかに残しておきたい。

そんなたくさんの想いを、文章に書き留めていくことで私は自分の軌跡を残している。

いつかまた迷ったとき、
私を助けてくれるように、自分を見失わずにいられるように、私が私でいられるように、
私は、失われた昨日を少しでも繋ぎとめようとしている。

親子関係。 

January 22 [Sat], 2005, 17:20
前にも書いたとおり、私の父は早くに他界しているので我が家は母子家庭だ。
子供は私と四歳上の姉の二人。
姉は高校を卒業した後少し遠くの専門学校へ進学し、
そのために家を出て伯父の家での下宿生活を始めた。
今はもう働いているが、それもまた少し遠くなので離れて暮らしている。
こうなると必然的に家にいるのは私と母だけになる。


私と母はよく意見が対立する。
これまでずっと、私は親が譲ってくれるのが当たり前だと思っていた。
そして、私と母の意見は最終的に一致してしかるべきだと思っていた。
けれどもそれは違うのだ、と最近気付き始めた。
彼女ももう五十年近く生きてきた人間なのだ。
絶対に譲れない部分はあるだろう。
私ももう十八になろうとしている。
親とは違う独自の考え方があって当たり前だ。

それを一致させようと思うから喧嘩になるのであり溝が出来る。
どちらの意見が正しいとか正しくないとかではなく、ただ存在を認めてしまえばいいのだ。
”そうだね”とは言えなくても、
”そうなんだ”もしくは”そうかもしれない”ぐらい言えれば衝突は回避できる。
ちなみに私はそれさえも言えないときは”へー”だとか”ふーん”だとか言っている。
それでも否定さえしなければ大抵の場合それで終わる。

否定なしの肯定を。 

January 20 [Thu], 2005, 11:15
何かを肯定することは何かを否定することだ。
それらは表裏一体でその間には何もない。

沈黙は金、雄弁は銀、と言うけれど、まさにそのとおりだと思う。
肯定の裏には否定が潜み、否定の裏にはまた肯定が潜む。
だったら何も言わなければいいのではないか。
そんなことはとうに考えてみたけれど、それでもこの口は、
わかってほしい、わかってほしい、とまた言葉を垂れ流すのだ。
本当の気持ちなんて決して言葉では言い表せないと知っているくせに。

誰をも傷つけようなんて思いはなく、
ただ自分のことをわかって欲しいと思って話すだけなのに、
そのために紡がれた言葉が誰かを傷つけるなら、
自分のことをわかってもらいたいと思うこと自体が暴力なのだろうか。

暴力ならば要らない。
人を傷付けずには生きていけない性格なのに、
それでもなおそうせずに済むのならば、それが一番だと思う。
矛盾している、とわかっている。
頭でわかっていることを実践すれさえばいい。
ただそれだけなのに。

”ちょっと待て、そこでそれは言ってはならない。”
そう頭の中で警鐘がなっているのに、
何の役にも立たない腐った脳みそはそれを伝達するより先に、口を動かしてしまうのだ。
わかっている、と実践できる、はまったくもって別々のものだ。
完璧にわかっているけれど少しも実践できない、よりは、
ほとんどわかっていないけれど少しは実践できる、の方がはるかにすばらしい。
”賢い”そう評されることがよくある私の脳みそは果たして、
本当に価値のあるものなのだろうか。

そんな脳みその働きを詰るより、黙っていた方がよほど楽なのではないか。
そうだ、私はうまく話そうとすることよりも、
ただ一度も口を開かないことに気を裂けばよかったのだ。
そしてゆっくりゆっくり、また話し方を覚えていけばいいのではないのだろうか。
こんな暴力的な口は要らない。
もっと優しくあるべきなのだ。

今日からは、おしゃべりなこの口が何とか開かないように努力してみよう。
そして優しい物言いをする人をじっくり観察しよう。
出来ることならば、誰をも否定せずに話が出来るような、そんな人になろう。

”優しい嘘”と”厳しい真実” 

January 19 [Wed], 2005, 17:10
ずっと悩んでいたことがある。
それは”優しい嘘”と”厳しい真実”どちらがいいのだろうということだ。
あくまでどちらが正しいのか、を言っているのではない。
どちらが相手のために、そして自分のためにいいのだろうか、と言うことだ。

私はもともと嘘が苦手なほうで、
くだらない嘘なら一日に何回吐いているか数えられないくらいだが、
真面目な場面では本当のことしか言えない。

笑えない顔で嘘を吐くくらいなら、
酷いと思われても本当のことをいうべきなのだろうと、今までは思っていた。
けれど、最近その考えを覆す、というよりも、
粉々に粉砕してくれた、と言った方が正しいくらいの事件があった。
それはあくまで私にとっては、と言う意味だが。


突然話が変わるように思われるかもしれないが、この間、センター試験を受けてきた。
あらかた終わり、手ごたえは上々、これはイケるかもな、と思った。
しかし、だ。
最後の最後、数学で大きく転んだ。
これ以上ないというくらい派手に転んだ。

その日の夜、早速自己採点をしてみた私は激しく落ち込んだ。
どう計算しても目標点まで40点ほど足りない。
最後の数学で取るはずだったものだ。

あまりのショックに何をする気力も起きず、私はそのまま布団にもぐりこんだ。
歯磨きもせずお風呂にも入らず顔も洗わず。
さすがに汚いとは思ったが、気にしてはいられなかった。
起きているだけで心臓をかなづちで叩き潰されるような痛みがあった。
寝ると大抵のことをすっきり整理できる性質なので、
明日の朝には、なんとか学校に自己採点結果を提出しに行けるぐらいには回復しているだろう、と思ったのだ。
幸運にもその日はすっと眠れた。

次の日目が覚めたとき、思ったとおり幾分か気分はマシだった。
昨日ほど辛いということもなく、学校にも行けそうだった。
みんなの顔を見れば軽口をたたけるのでは、そんな風にさえ思った。

だが、そんな私に母は言ったのだ。

私という生き方。 

January 19 [Wed], 2005, 15:50
もうすぐ18になると言うのに私はいまだにどのように人と付き合えばいいのかわからない。
おしゃべりな口はいつも酷い言葉を垂れ流すし、
引きつった笑顔も乱暴なしぐさも
その全てが他人を傷つけるとわかっているのにどうにも直せない。

私は誰かに優しくするすべがわからない。
それは根本的に優しくないからだと思う。
どんなに心の中で優しくしたいと思っていても、
どうすれば相手が喜んでくれるのかわからない。

そうして頭でっかちになった私は、
”とりあえずの笑い”と”とりあえずの話”を覚えていく。
誰の話にもテキトーに笑って、会話が途切れれば当たり障りのない話をする。

誰をも傷つけないすべなんてないとわかっているのに、
いつもそれを探している。
私はないものねだりばかりだ。


”顔が広い”とか”社交的”だとか、言われるたびに違和感を感じる。
この言葉はきっと、”とりあえずの笑い”と”とりあえずの話”で
”誰とでも適度に親しくなれる私”に向けられているのだろう。
ならば本当の私は?
本当に”話”を出来る友達なんてたったの一人でもいるのだろうか。
この答えはすでにわかっている。
ノーだ。
なぜか。
私がしたい話と周りがしたい話はまったく重ならないからだ。
こんな話をすれが重いと思うのだろう。当たり前だ。
けれど私は他の話なんてしたくないのだ。
友達の悪口やテレビの話題、彼氏がどーだとか全くもってどうでもいいのだ。

そんな話をどのように熱心に聴けばいいのかわからない。
他の人には出来ることなのに私には出来ない。
あぁ、優しくない、けれど聞きたくない。
そんな矛盾が腹の中に下水のようにどろどろと溜め込まれている。


本当は割り切ってしまえばいいのだとわかっている。
優しくないなら優しくないなりに別の方向を目指せばいいのだと。
友達の話を聞くのが億劫なら、一人で本でも読んでいればいいのだ。
けれど、一人は重い。息が詰まる。

どれも選べない。いや、選ばない。
これからもどっちつかずのあいまいな人生をふらふらと歩んでいくのだろう。
そして死ぬ間際、皮肉な笑いを浮かべ、言うのだ。
「こんなやつはこんな風に死んでいくのか。」と。
それはそれで面白いかもしれない。

夢。 

December 29 [Wed], 2004, 16:40
「何になりたい?」
小さな頃、そう聞かれて、私は答えることが出来なかった。
全てになりたかった。
どうして”たった一つ”に決めなければならないのか分からなかった。
建築家に漫画家、絵描きさんに図書館の司書、
なりたいものはいっぱいあったけれど、一つには決められなくて
「別に。なんにもない。」
そう答えていた。


「何になりたい?」
そう聞かれるのは小学生くらいまでだ。
それは、大人になるにつれて、なりたいものになれるわけじゃないことを知っていくから。
パイロットになりたいなんて言っていても、
結局はサラリーマンに落ち着くんだということに気付いていくから。
だから、大人も聞かなくなる。
「何になりたい?」
そう聞かれることは、叶わない夢をかみ締めることなのだ。

高校生になって、大学受験を控えた今、
今度は現実的な話として、
「何になりたい?」
なんて会話が交わされるようになる。

「あ、法学部に行くんだ。ってことは弁護士?裁判官?」
みたいな会話が交わされる。
医学部なら医者、工学部なら機械屋さん。
皆決められた未来に向かって、
それなりの期待と当たり前な妥協とを半々に、進んでいく。


私はと言うと、文学部に進もうと思っている。
実は”なんでも学部”みたいなのが欲しい、と密かに思っているけれど、
全国津々浦々全ての大学を探しても、そんな学部を持っている大学はないだろう。
勉強をしたいとは思うけれど、やっぱり色んな分野の勉強がしたい。
大学になんか行かずに毎日図書館にこもるのが最善のように思う。

それなのにどうして私が大学に行くために、
それも一流大学に行くために一浪まで覚悟しているのかというと、
自由が欲しいからだ。

大学にいる間はモラトリアム期間だ。
まだ職業選択への猶予を与えてもらえる。
そして学歴は力だ。
実際頭がいいかどうかなんて学歴なんかでは計れやしないけれど、
今でも学歴で人格を見る人間がいることは確かだ。

私はわざわざ人生をつらいものには変えたくない。
勉強したくらいで人に認めてもらえるなら、楽なほうを選びたい。

ファザコン。 

December 29 [Wed], 2004, 16:00
自分で言うのもなんだけど、私はオヤジ好きだと思う。
テレビの中で惚れる人は大抵三十代の後半から四十代のオッサンだし、
同じクラスのガキな男子どもより先生とかの方がよっぽど興味がある。

今まで散々周りからも非難され、異常者扱いされてきたけれど、
誰にも言わない理由がある。
言うと深刻な話になりそうだし、別に言わなくてもいいことだろうと思うから言わないけれど。

簡単に言うと私はファザコンなのだ。

だからと言って自分の父親に似ている人を探しているわけではない。
何故なら、私は自分の父親がどんな人かを知らないからだ。

私の父親は私が三歳の時に病気で死んでいる。
小学校に入るくらいまでは薄ぼんやりと記憶があったように思うのだが、
今となっては父親が本当にいたのかどうかも怪しい。
私に彼の存在を信じさせてくれるのは、
至る所にある彼の写真と仏壇、それに母親が話す思い出話だけだ。

それでどうしてファザコンになるのか、と聞かれてもよくわからない。
けれど私は確実に男の中に父親を探している。
子供を見守る優しそうな目だとか、どっしりとした安定感とか、
こう、自分を覆いこんで抱きしめてくれるような感じを。


母が話す思い出の中の父親は、それはそれはかっこよかったらしい。
私の記憶にある限り、母から父親の悪口は聞いたことがない。
「あんまりいい人やから神様にも好かれて連れて行かれちゃったんや。」
そう、いつも言っている。

その言葉が、その態度が、私にはしっかりと刻み込まれている。
それはもう拒否のしようもないくらいだ。
生まれてから十七年の短い人生の中で、十四年間、それを感じてきたのだ。

もう十三回忌も過ぎ、思い出の中の人は美化されてしまうことを私は知っている。
それでも、わからない。
私には彼の記憶がないのだから、
母の話す父の思い出話が美化されているのかさえ、判断のつけようがない。

だから、私はこれからも父親を探すのだ。
途方もなく馬鹿げたことだとは気付いている。
どれほど探してもそんな人は存在しない。

わかっている、けれどやめることは出来ない。
「理想が高すぎるんだよ。」
そう言われても。
どうしようもないのだ。

歴史。 

December 10 [Fri], 2004, 16:20
過去なんて勉強したところで飯の種にはならん。
そんなことを言って歴史のお勉強から逃げるのは簡単。
極端な話、過去を勉強する必要がないと言うのなら、
あなたの記憶も捨てちゃいましょう。
ええ、そりゃもうすっぱりさっぱりたった今この瞬間の記憶まで。
だってあなたはあなたの過去から色んなことを学んで、
今のあなたにたどり着いたんですから。
過去を学ぶ必要がないなら記憶なんて必要ないでしょう?
生まれてから今日に至るまで、
恥をかきながら苦しみながら時には死んじゃおうなんて思いながら学んだことを、
教科書でご丁寧にも教えてもらえるなんてラッキーなことじゃないですか。

小さい頃、もしかしたらあなたは、
近所の野良猫をいじめてしまったことがあるかもしれない。
おそらくお母さんや先生やに叱られて、弱いものいじめがどれほど卑怯なことか、
生き物の命がどれほど尊いものか、長々とお説教をくらったことでしょう。
誰にも見つからなかったとしても、きっと心のどこかで後ろめたさを背負ったはず。
そうしてあなたは、同じことはもうしない、と思うのです。

もしその記憶を捨ててしまったのならば、どうなるのか。
確かなことは分からないけれど、大きくなっても弱いものいじめをしてしまったり、
また、止められなくなったりしてしまうのではないでしょうか。
小さな頃ならダメと言われれば聞き分けられていても、
大きくなると妙な理屈なんて全部うそ臭く思えてきてしまうものです。
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