私ってヤバイのかなあ? 

2008年03月16日(日) 0時17分
私にとってこのブログ、正直あんまりイケてない時に書き込むので、あんまりここへは正直来たくない(笑)。来るということは、来なければならない精神状態だということで、ある意味、ここで書き込むことで気持ちのはけ口というかバランスを保っているのかもしれない。

周りの友達は結構ポジティブで基本的に私も楽しく過ごせてるし、同じように楽しい人間のフリをしている。でも、多分決定的に違うのが、本当は根の部分にあるのは暗だということだ。こればっかりは私が思うに、小さいころにしみついたものだったりトラウマだったりで変える事のできないものだという気がします。昔心に受けた傷や影が癒えたと思っていたけれど今にも影響を及ぼしているような・・・そんな気がする、時々とにかく嫌になる。暗くなる。何もかもから逃げたくなる。辛くなる。そして、それをわかってもらえない現状にイライラする。自分でしか何とかできないのに、誰かに助けてほしくなる。救ってほしくなる。そして気持ちがこの状態になると、全てがよくない方向に思考が働く。疑心暗鬼になる。たまらなく嫌なことばかりを考えたり、自分にとって辛いようなことばかりを妄想してしまう。それが事実かわからないけれど、私の頭の中ではドンドンそのストーリーが進んでいく。自分の頭の中がとめられない。これって、軽いウツなのかなあ?そういえば、旦那の友達がウツになった時の話を聞いたのと似てるかもしれない・・・。被害妄想が強くなる。。。ああ、なんだか気持ち悪い。気分が悪い。。。どうしたらこの霧、晴れるんだろうか。楽しく過ごせてる時はすっごい明るく楽しいのに、この霧の中に入ったらどっぷり漬かってしまう。一度、精神科に行った方がいいのかなあ。正直、そんなことするまでもない!って思ってはいるんだけど、そうして楽になれるのなら・・・って思う気持ちもある。抜け出したい・・・そう思えてるうちは大丈夫かなあ。。。

結構しんどい。 

2008年03月02日(日) 3時08分
自分に自信がなくなると何もかもがネガティブなほうに考えてしまう。
旦那が浮気してるんじゃないか、もう自分に興味がないんじゃないか、
そういえばメールが削除されてる、そういえば・・・そういえば・・・。
どんどんと色んなことがそういう方向に導かれていく。
それは自分が導いているっていうのはわかっているけど、
なんだかどんどん悪い方にばかり考えてしまう。
それは全て自分に自信が持てないからかもしれないけれど。。。
このままじゃいけないって思うんだけど、
自信を取り戻すのには時間がかかる。。。
どうしたら頑張れるのかなあ。頑張ってるんだけどなあ。。。
っていうか、頑張りすぎてるのがいけないのかも。
昔みたいに甘えられなくなった。母親だから強くなった。
というか、強くならなきゃって思ってるせいもあるけど・・・。
ああ、なんだかしんどい。
夫婦になったらそんなしんどい思いなんてしないと思ってた。
でも、結構夫婦もしんどいもんなんだなあ・・・。

ショックな出来事。 

2007年03月12日(月) 1時52分
くまのすけが3人目のこぐまが生まれ、ちょっとここを遠ざかってた。忙しかったのもあったけど、とてもショックなことがあったから。くまのすけの近所の友達の中で去年生まれが5人いたのだけど、その中の1人の子が突然死でなくなってしまったからだ。ほんと、今でも正直信じられないし、なんで?ってキモチが今も消えない。くまのすけでもそうなんだから、ママはもっとそうなんだろうけど、ほんとかなりショックな出来事だった。つい数日前には一緒に布団で寝てた仲間だったのに、その子がもういないなんて。。。彼女は4ヶ月のままで。こぐま3号より約2月お姉さんだったのに、もう追い越してしまったよ・・・。でも、そんな中でもママが本当に気丈にというか頑張って普通に振舞ってくれていて、それが本当に最初は痛々しくて。まだ1週間もたたないうちから遊び盛りの上の子を連れて私達と一緒に外遊びさせていた姿に私達もふとそんな出来事があったのを忘れてしまうほどだった。でも、ある時ふとこらえきれなくなって泣いて家に入った彼女を見て、自分の無力さと彼女の痛みを本当の意味わかってあげられてなかったことにズンときた。やっぱりふとした時に思い出してこらえきれなくなるらしい。そりゃそうだよね。。。自分のお腹を痛めて産んでこの手に抱いていた命だもんね。可愛くなりはじめた盛りの時に失ったんだもんね。忘れられるはずなんてないのにね。。。
あれから半年、救いは彼女がその後すぐ妊娠して春には3人目が生まれるということ。病院の先生も私達もきっと生まれ代わりだ!と本当に喜んだものです。。。元気な子を産んで欲しいし、もう2度とこんな悲しいことが誰のところにも起きないことを祈ります・・・。

親子の絆 

2007年02月08日(木) 17時43分
「夫婦より親子の方が血がつながっている分絆は強い」なんてどこかで聞いたことがあるけど、本当だろうかと思う。うちの場合特に親子のそりが合わないというか、みんな衝突が絶えないし絶縁状態になったりを繰り返している。そのうち時間が解決したりで元に戻りはするものの、これほど親子で色々あるのはなんでだろうと思う。まだ親子で一緒に住んでた頃は父親がふがいなかったこともあり、母親に対してはみんな仲間のような意識と頼る気持ちもあり一致団結したり仲良くできてた。でも、各々家庭を持つようになり、一緒に住んでない分仲直りする機会が少ないというかで絶縁状態になることが多くなって入れ替わり誰かが絶縁状態だったりだったけど、最近はなんとか平穏無事にきてたんだけど。。。

今は妹が断絶状態にある。でも、それは正直母親になった私から言わせると母親に同情するし、妹にわかってほしいと強く願っている。妹は前々から占いを信じていて、自分の名前が良くない運勢の名前らしく、改名したいと言っていて。で、それを実際実行したのが去年の年末。旦那さんの母親が亡くなったりというかなりショックな出来事もあり色んなことを払拭したい!とか色んなキモチもあったと思う。でも、やっぱり親としては自分がつけた名前を全く違うものに変えられてしまうというのはカナリショックだし、母も言っていたけど親ということを否定された気がする。色んな思いを込めてつけた大切な名前だから、もし運が悪かったり気に入らなくてもそれは受け入れて欲しい。。。くまのすけも自分が親になったからそういう思いを抱くようになったけど、まだ妹にはそのキモチはどうやら伝わらないみたい。。。

とはいえ、母は正月の集まりで身内みんなの前でしかも買える間際にその苛立ちをぶつけ、年明け早々後味の悪い集まりとなってしまった。間が悪いというかそれは妹にだけ言えばいいのにと妹は怒っているのだ。確かに母も大人気ないというかその辺は妹の言うのも一理ある。でも、元々その原因を作ったのは事実だし、周りの説得にも考え方が変わらない妹に少しショックというか変わってしまった気がして悲しくなる。早く妹にも子供ができてそのことを実感して欲しいと強く願うばかりです。。。

苦痛旅行 

2006年04月02日(日) 11時42分
くまのすけの苦痛旅行・・・なんとか無事帰ってきましたでも、ほんと苦痛旅行ってカンジで正直二度とゴメンってカンジ。。。お金は使ったし気も使って何一ついいとこなしで結局は旦那の親孝行したっていう自己満足のための旅行やったってカンジ百歩譲って子供達を見ててくれる頭数が増えたと思えば・・・というのも、結局しんどいどころは私だった気がするし1号と一緒に乗り物乗りたいからとか、ビデオ撮るからって2号を抱っこしてたり(お、重い!これもうちらだけやったら絶対ベビーカーに乗せとくのに、かわいそうとかゆーし)寝るのもさっさと寝てしまって、興奮してなかなか寝付けない2人を寝かしつけたりでよく眠れずくまはグッタリまあ、母親だし仕方ないけど、結局おいしいとこだけはもってかれたってところかなまあ、いつものことっちゃことだけど、ほんと余計に疲れたってカンジ
何より苦痛なのは、こういうのに関して旦那から何のねぎらいの言葉もなく当たり前に過ごし終わったことまあ、旦那もずっと運転で疲れたかもしれないけど、所詮自分の親やん大体一緒にいるだけでこっちがどんな気使うというかしんどいかってのを全くわかってへんし普段実家に泊まらされたりするだけでどんなに苦痛かわかってへんし、今回のだって私が何も不満をもたず行ってたと思ってるんやろかほんま、そういう鈍いところがまたむかついてしゃあない私もそういうこと言うとお互い気分悪いし・・・って思ってそんなしょっちゅうは言わないけど、そうすると大丈夫と勘違いしてるんかそういうねぎらいもないし、それどころか当たり前ムード。正直これじゃあやってられへんとはいえ、うちの親が片親だからそういう負い目もあるしうちの母親も向こうの親に気を使って家は近いけどあまり会わないようにしてりしてるのに・・・。そういうのも全然わかってくれてなくて、今回も向こうの家は毎週末泊まりで行かされて、うちの親なんてもう2ヶ月ぐらい会ってないってのに、そういう配慮も全然ないしほんと、なんかその差が余計に腹が立つしやりきれない気持ちになるおまけにこぐま達は旦那になついてるときたもんだ・・・正直、自分の存在価値を疑う今日この頃ってカンジです

正直しんどい・・・。 

2006年03月28日(火) 8時45分
旦那ぐまの仕事が期末ということで今暇らしく、今週有休をとっていいとのお達しが出たらしい
せっかくやから近場でもどっか小旅行でも行こうということになって最初は大喜びだったが、くまの気持ちはみるみる曇った今回うちはを買い換えたのだが、その時だんなぐまの両親から少し借りたので、そのお礼も兼ねてこんなチャンス(平日旅行)滅多にないから一緒にと言い出したのだそうでなくても、ここんとこ車の件とか色々で毎週のように週末泊まりで行かされてウンザリしてて、先週末もくまは仮病を使って泊まりを拒否したぐらいで・・・でも、ほんとそういうのって旦那ぐまってちゃんと言わないと全然わかってくれてないみたいで、この間の泊まり拒否の時も少し言ったからわかってくれてると思ったけど、ちゃんと言わなかったからかどうやらわかってなかったみたい。。。それに、確かにを借りて買ったとはいえ、このでの初めての旅行を家族だけで楽しみたかったのに・・・そういう気持ちもあって正直すごく嫌で
だけど、こんなことを思うくまってすごい嫌なやつってカンジで自己嫌悪・・・私さえガマンしたらみんな気持ちよくいられるんだろうし。。。ここでこんな私の気持ちを言ったところで、きっと気分悪くなるだけだしなあ、とか色々と悶々としてます
今朝までは絶対嫌だから頑張って旦那ぐまに言おうと思ってて、この間カキコしたけど育児の自信を無くしてたのもあって、必要以上に甘やかす人の存在に敏感になってて前以上に義両親に拒否反応を起こしてたんだと思う。でも、友達のカキコにも励まされて少し落ちついたというか自信がもてたし、実際1日離れてみてお互い少し反応がかわったというか、離れてみてお互いの存在を確かめ合ったというか必要だというのを感じあったような気がしてるんよねなので、ここで愚痴るだけ愚痴って気持ちを切り替えてとりあえず気持ちよく旅行は行くようにしようかと思えてるでも、旦那ぐまにはそういう頑張ってるくまのことも気づいてもらえないと悲しいし、そういうのを持ったままいるのもいずれ大きな溝になりそうだから、終わったら少し落ち着いて伝えてみようかと思ってますまた帰ってきたらきっとここでなんらか愚痴ったりしてるんだろうけど・・・(笑)。

存在価値 

2006年03月25日(土) 21時20分
うちのこぐまたちは、とっても父ちゃんっ子です。最初はそれを望んでたし、それが夢でもありました。くまのすけは幼い頃からダメな父親の姿を見てきて、母は隠す事なく逆に愚痴ったりしていた。正直子供にはそんな姿は隠してて欲しかった。おかげで父親像はないに等しく、そういう家庭にだけはしたくないと思ってきました。だから、自分が家庭を持ったときは何があっても父親というものを大切にする一家でいたいと思ってたし、子供も含めみんなで父親を取り合うような・・・そんな家族が夢でした。なのでずっとこぐまたちにも父ちゃん大好き♪って吹き込んできたし、その通りになしました。でも、最近、それがちょっと寂しいような悲しい気持ちになることが多々。家族の中で飴とムチ、怒るものと逃げ場・・・そういうのは必要だと思うし、それでいいと思ってる。だけど、おかげでやっぱり子供は飴が好きなわけで。。。2人ともが父ちゃん父ちゃん♪だとちょっと悲しくなるし、母親としてなんだか存在価値があるのか、とか私がいなくても平気なんじゃないかとか思ってしまう。
それは旦那ぐまの両親も同じで、とにかく孫に好かれるように甘やかしてて。おかげで、実家は何しても怒られない居心地のいい場所のようだ。だけど、それは正直私としては気に入らないし、後々ワガママだったり帰りたがらなかったりで嫌な思いもする。何より、お義母さんは孫を手名付けようと必死だから、こっちも子供をとられたくないって気持ちが強まる。なんだかそんな自分が嫌だし、母親として情けないなあってつくづく悲しくなる。。。次また出産でしばらく子供達に会えない時がある。正直、ちょっと不安だし、その間に向こうの実家で手なづけられたくない!とか嫌なことを思ってしまう。こんな気持ちは旦那にも言えないし言いたくない。それに、最近毎週のように色々用事を作っては泊まりで呼び出されるので、今日はしんどいと言って私は1人家に残った。それでもこぐまたちは平気だったりするからまた凹む・・・。ほんと、母親としてどれぐらい子供達の中で必要とされてるんだろうと思う。確かにキツく怒ったり自分でも厳しくしすぎかなと思う節もあるけど、愛情もしっかり注いでるつもりではいるんだけど・・・もしかして伝わっていないんだろうか?と不安になる。なんだかやりきれない。。。

価値観の違い?理解できない・・・ 

2006年02月28日(火) 21時49分
私事だが、車を買い換えることになって必要書類を揃えようと役所に行ったのだが、そこでまたあの嫌なコトを思い出した。。。印鑑証明と戸籍の書類が必要で近くの役所に行ったが、そういえばうちの戸籍は今住んでるところにはなく、旦那の父親の実家がかつてあった場所にあるのだった。今はそこには住んでいないけれど、その地域が聞こえのいい地域だからという風に理由を説明された。そしてハッキリは言わなかったが、今私たちが住んでいるところの地域の聞こえをあまりよく思っていないからのようだ。「そこがそうとは言わないけれど、誤解されることもあるから」ということだったが、全く私的には理解できなかったし、なんで?という気分の悪い気持ちでいっぱいだった。
私としては初めて自分たちで手に入れた我が家。ここに腰を据えてこれから暮らしていくつもりだし、そのことを象徴するものとして戸籍を自分のマイホームの所在地にしたかった。なのに、そんなわけのわからん理由でなんで?と本当に腹が立ったし、今でもそれは理解できないし、考えると怒りがこみあげてくる。それならいっそのこと、代々の土地にその思いを残したいからとかそういう風に言われたならまだ良かったのに。

何より、そのことに強く反対した私を逆に説得し、親の言うとおりにした旦那が本当に許せない。この件に関しては本当に納得いかないのだ。旦那は争いを嫌う人で自分が納得してなくても自分がガマンすれば丸く収まるならそれでいいと考える人で、この件もそういうことで私を諭して言うとおりにした。
向こうの両親との価値観の違いといえばそれまでだが、そういう自分たちを上等な人間だと思っているような考え方をたまに感じることがある。それが、貧乏な環境で育った私には鼻につくというか気分が悪い。その一件をまた思い出した。というか、実質的にそのせいですっごい不便な思いをするはめになった。車の手続きをするのに、書類を車で1時間かけて取りにいかなきゃいけないのだから・・・。

そんなわけで、今回この一件を機会にまたこの問題が蒸し返されるであろう。たまにしかないこととはいえ、今後こういう度に面倒なことになるのはゴメンだから私としてはこっちに移したいと思うのだ。だけど、両親がどういうか・・・。とにかく、私は納得いかないことはしたくない。。。

本当に心配・・・。 

2006年02月07日(火) 8時33分
昨日ここに書いた近所の人、今朝(といっても2時半ぐらいだったかな?)また発作がおきたようだ。またけたたましい救急車の音で飛び起きたら、案の定彼女の家へ・・・。
ほんと、2日連続でやってしまうというのは自宅での治療はムリなぐらいなところにいるんじゃないかと思う。ほんと、なんだか切なくなる。誰かどうにかしてあげられないものか。。。どうしたら治るんだろう。私はどうもしてあげられないし、そんなことを思うだけなんやけど、同じ子供を持つ親としてなんだか悲しいし、何とも言えない気持ちになる。そのうち本当に取り返しのつかない事態になんてなったらと思うと怖い。どうしたら彼女は救われるのかなあ・・・。本当にそういう日が来るのを願うばかりです。

恐れていたこと。。。 

2006年02月06日(月) 4時28分
近所にうつ病を患うママがいて、入院治療を経て今は自宅で治療中なのだが、まだまだ予断を許さない状況で。でも、色々と気持ちを落ち着かせるように車の運転をして出かけたり、打ち込めるものをと手芸に没頭したりしていて、だいぶ一時期より良くなったのかと思っていた。でも、そうじゃなかったようだ。
このママは本当に真面目できっちり何でもこなし、親分肌で正義感の強い人。明るく愚痴を言うこともなくスゴイなあと思っていたけど、逆にその性格がこの病気を引き起こしたのかも。あんなに明るくしっかりしていた人が、義理両親と同居を解消した途端人が変わったようになっていった。実際お世話は大変だったようで結局別居したのだが、普通なら喜ぶべき事が逆に自分を責める材料になってしまったらしい。自分が追い出したという幻聴が聞こえ、死ななければいけないという観念が常について回るという。そうなると、もう家族のことや周りのことは何も見えなくなる。。。と。
私たち近所は何もしてあげられないけど、できることはしたいと思ってはいる。気持ちを紛らわせるために打ち込んでいる手芸を近所でバザーをするようになり、彼女はその制作に没頭するようになり、少しずつ外ともなれる機会としてそういう場を持つようになってきた。バザー中の彼女を見る感じはずいぶんよくなったかに思っていたが、夏のバザーの際にも終了後にはリストカットをしていたとお母さんから聞いた時はショックをうけた。やっぱりまだ人と接するのはしんどかったのかな、と。そして、この週末、冬のバザーが行われ、少し心配はしていたのだが・・・。
恐れていた事は起きてしまったようだ。深夜、救急車の音で目が覚めた。真っ先に彼女の家をみると、やっぱりそうだった。ただ、救急車が結構長く家の前に止まっていたので、大事には至ってないのかなと憶測し少し安心はしたのだけれど・・・。本当にどうにかならないのだろうか?なんて難しい病気なんだろうと愕然とし、私は眠れなかった。一番に考えてしまうのは子供達のこと。7歳と2歳の子供達・・・。7歳の子なんてきっともう状況を理解できるだろうし、これが心の傷としてのこったりしなければと願わずにはいられない。そして、本当に以前の明るくチャキチャキした大阪のオカンに戻って欲しいと強く願う。