ペルソナ。

September 28 [Wed], 2011, 3:34
でもヒーローになりたいただ一人君にとってのまずいたり転んだりするようならそっと手を差し伸べるよ自分は沢山の仮面を被って生きている。ように、思う。なぜ急にこんな事を言い出したかと言うと、先日のワンゲルで募った呑み会で感じた事や聞いた話が、月からずっと引っかかっていたものに、更に拍車をかけてしまったからだ。先日、先週末の夜、大学での部活動の同期と数人の現役生でご飯を食べに行った。無論、呑みだ。そこで色々と聞いた話、特に自分に関する話だが、聞いている内に何だか自分が段々と他人みたいな気がしてきて、他人事のように思えてきて、よくわからない感覚に襲われた。自分が褒められている場合は、特に、恐縮する。僕は確かにそういう事をしたけれども、それはきっと僕がやりたかっただけの事であって、そりゃあ後輩にイイとこを見せたいとか、先輩として何か見せられる事はないかとか、自分でも模索しながら行動はしていたのだろうけれど、どっちかと言ったら、僕は反面教師的な所の方が沢山見せているような気がするし、先輩方にも色々と御迷惑をおかけしたし、「こういう先輩になっちゃダメだよ」って言う事もあるほどだ。別に嫌なわけではないのだけれど、なんとなく。僕を褒めるのは僕だけでイイ、ってちょっと思っていたりする。しかし、認められはしたいけれど。「褒める」と「認める」は、ちょっと違う。「こういう人になりたい」と「そういう考えもあるのか」が違うように。そして、それに何より違和感がある原因は、今の自分自身だ。月からの僕は、大学時代より、きっと輝いていない。一体何をもって「輝いている」というのかと言われれば上手く答えられないが、しかし、それは僕にとっては否定しようのない事実なのだ。何を隠そう、僕はこれまで年間生きてきて、ワンゲルにいた大学の年間が、一番頑張っていた、一番楽しかったのだ。輝いていないわけがない。しかし、何を頑張っていたと言われれば、それは「遊ぶ事に頑張っていた」としか言えないわけで、その答えを聞いた割くらいの親御さんはおそらく怒りに震えるわけで、あまり立派な答えにはなっていないのだろうけれど、それでもその「遊び」に学んだ事はとてもなく大きかったのだと、僕は胸を張れるのです。その当時、すごく、真剣に、のめり込めるものがあった。その為になら何だってやれる、それくらいの気持ちが持てた。しかし、今の僕がその呑み会で昔の自分の話を聞くと、何かそいは眩しくて、まるで他人事のように聞こえる。そいは昔の僕で、美化された僕で、今の僕じゃなくて。僕は、多分、ただ単に、今の僕にないものを持っているそいが羨ましい。後輩達がすごく楽しそうに話すそいは、少なくとも「今の僕」ではなくて、何だろう、何だか、すごく悔しい。と言って、別に今の僕が努力するでもなく、変わるわけでもないから、余計に心苦しい。そして、ましてやそいは、その僕は大学でしか存在しない僕だからだ。僕はの日記を年近く書いていまして、長くお付き合いされている方でしたら、結構お気付きの方もいらっしゃるのではないかと思います。僕はわかりやすいくらい二重人格で、その場所場所でキャラが変わったりと、そういう事を平気でやる人です。更に言うと、すごく浮き沈みの激しい人でもあります。語弊の無いように、もう少し詳しく言い直しますが、「平気でやる」と何だか僕が使いこなしているような言い方をしましたが、それは違います。僕はその時場所人により、キャラが「変わってしまう」人です。そして、先に言っておきますと、この大学生活、特にワンゲル内においての僕のキャラは、他の自分の持っているものとかけ離れた存在であるのです。この事を、僕は結構前々から言っていますが、うちの同期を中心とする身近な人は誰も信じてくれず、「お前はチャラ男だ」と言い放ちます。僕は他では、引っ込み思案で、高校まではろくに女の子とも話せず、いも同じ連れとおり、友達も限られ、周りの反応が恐くて、嫌われるのが怖くて、調子に乗らないように、すごく大人しく、静かに毎日過ごしていた子です。ちなみにさっきまで、地元の友達と呑んで遊んでいましたが、その友達からも「変わったよね」と言われました。僕も、そう思います。むしろ、変わらない方がおかしい。良かれ悪かれ、少なくとも、影響は必ず受けているものです。僕の中でワンゲルは、新たな自分を発見できた、または創ってくれた、そういう場所でもあると思っています。ワンゲル外では、あんなに人付き合い良くないです、僕。皆のいう「キッコロ先輩」(名称他大限定)は、ワンゲルの皆が育てた人です。でも、今はまた高校までの自分に戻りそうで、怖い。別に、どの自分が根本にあってとか、そんな事を決めるもりもないし、きっとそのどれもが自分自身なんだろうなと認めていかなくてはならないのだろうけれど、でも、やっぱり、できれば、あの楽しかった大学時のままでいたいのが本音だ。だって、きっとあの時の自分が、一番周りから信用されているから。だから何だって言われれば、特に言い返す言葉も見からない。僕は何が言いたかったのだろううん。きっと、大学時に会った皆に「ありがとう」と、その前からもずっとお付き合いしている皆に「これからもよろしく」と、そう伝えたかったのだと思う。まだまだ、自分の事でも知らない事ばかりだ。知らない事と言って、今わからない事が一ある。いや、一と言わず、わからない事だらけの僕であるが。社会に出てから、「協力」という意味がわからなくなってきたのだ。職場でも「他職との協力が大事だ」と言っている割には、手伝う素振りも見せなかったり、「そっちの仕事だろ、こっちに持ってくるな」オーラがバンバンであったり、よくわからん。上司だろうが、年上だろうが、気付いた人が指示すればそれで終わる話なんじゃないのかしら、って思う。何で放置しておくかなー、って思う。それに気付けない下も悪いのだろうけれど、気付いた所でわからないから聞くしかないし、どっちみちそっちに回るのになーって思ったり。まぁ、まだ年目のひよっこですから、世の中の仕組みとかよくわからないけれど。前に、地区の神社清掃に親の代行として行く機会があった。そこで掃除をしたわけなんだけれど、うちの地区担当の場所は早く終わって、まだ終わっていなかった地区の所も手伝おうとしたら、「そこはうちの地区じゃないでやんなくていいよ。そこら辺に座って休んでやぁ」って言われた。「違う地区の仕事を取ったらいかんでなー」とも言っていた。僕はこの言葉に、甚だ疑問だった。いや、手伝ったら早く終わるじゃん、早く帰れるじゃん。皆で掃除するって言っても、地区担当って言っても、簡単な所と大変な所とまちまちだし、終わったとこはまだのとこを手伝ったりし合えばいいのに、と思わずにはいられなかった。せかせかやっている人を見て、そこで座って休んでいるのを見て、何か違うんじゃねぇかなって思うのは、僕だけだろうか「冷たくないか」と、そう思うのは僕だけなのだろうかそれで終わった後には、「皆さん全員で楽しめるお祭りを企画したいので、ご協力ください」とか言っていて、何かモヤモヤしたまま、その日は帰った。みんなで持ち持たれやるのが「協力」っていうものなんじゃないのかなって思いも、世の中に翻弄され、それでも尚、郷に入っては郷に従えと言って動かない、あまりにちっぽけな僕がいるのです。あ、何か、僕、週連続で連休頂けました。やったねスケジュール月日ナガシマ日職場で地域ボランティア月日午前中、講習会日休み日名女大祭、打ち上げ日椙山大祭日関東ワンゲルバスターコール家出人
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